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ビットコインを法定通貨化…エルサルバドルとIMF、双方の狙いとは?

この記事は1年以上前に書かれたものです。現在は状況が異なる可能性がありますのでご注意ください。

2023.01.27(最終更新日:2023.03.28)

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2021年6月9日、中米エルサルバドルでビットコインを法定通貨とする法律が可決・成立、9月7日以降、エルサルバドルではビットコインをあらゆる支払いに使えるようになりました。

しかし、法案成立から8カ月後の2022年2月9日、格付機関フィッチ・レーティングスは、エルサルバドルの格付けを投機的水準にあるB-からCCCへ引き下げることを発表しました。また、ビットコイン価格は低迷しており、エルサルバドルはビットコイン購入による含み損を抱えているとも言われています。

こうした背景から、エルサルバドルによるビットコインの法定通貨化は失敗だったという論調の記事も少なくありません。

しかし、ビットコインの法定通貨化は1年程度で成否を判断するようなスパンの問題とは思えないのです。
エルサルバドルがビットコインを法定通貨としてから約1年3カ月が経過したいま、ビットコイン法定通貨化の意義を考え直してみようと思います。

なぜビットコインを「法定通貨」に?

エルサルバドルは、ビットコインという一般的には「得体の知れないモノ」を法定通貨にするという大実験を行いましたが、これだけの大実験を行うには、国民を納得させる大義名分が必要です。

その第一は、海外出稼ぎエルサルバドル人の国際送金でしょう。

エルサルバドルは、全国民約650万人のうち、約250万人が米国等の海外で働いています。本国にいる家族への送金は、年間約59億ドル、同国のGDPの24.1%にあたる規模です。

しかし、エルサルバドルでは銀行口座を持つ人は人口の2~3割に過ぎず、口座を持たない多くの人は銀行以外の送金業者を使わざるを得ず、送金手数料として送金金額の10%以上も支払わなくてはならないという事情があります。

一方、ビットコインはスマホがあれば送金・着金が可能であり、人口の8割がスマホを持っていることからも、国内での送金・国際送金ともに、不自由なくできることになります。

制度変更が行われる場合、表向きの目的(大義名分)の後ろに「真の目的」が存在するケースは少なくありません。

途上国や社会主義国の富裕層、共通の「悩み」

では、ビットコインを「通貨」とすることの付随的効果、あるいは真の目的はどこにあるのでしょうか。筆者は、富裕層たちの国境を越えた財産の移動を容易にすることではないかと考えています。

近年社会的「格差」の存在が叫ばれている日本ですが、他国と比較するとまだその差は小さい状況です。そのため、日本人は各国の国民間における所得や資産の大きな格差に想像が及ばないようですが、例えば中国やフィリピンなどにおける国民の間の所得・資産の格差は、日本とは比較にならないほど大きいといえます。当然ですが、途上国や社会主義国にも、日本の富裕層の資産をはるかに凌ぐ資産を保有する人たちは多数存在します。

しかし、そんな途上国や社会主義国の富裕層にとってネックとなるのが、資産の国外持ち出しの難しさです。たとえば、日本の不動産を買いたい中国人の富裕層が、お金はうなるほどあるのに日本への送金が叶わず、決済できない…といった話です。

そうした悩みの根幹にあるのが「外為規制」です。途上国や社会主義国では、厳しい外為規制が敷かれて海外送金が難しく、銀行が送金させてくれないのです。

このように、「資産を持っていても国境を越えて移動させるのが難しい」というのが、途上国や社会主義国富裕層の悩みだったわけですが、暗号資産は、銀行やSWIFTという中央集権的なシステムを使わないため、やすやすと国境を越えることができるのです。

「暗号資産の法定通貨化」という大きな一歩

ここまでの話で、「ビットコインなど暗号資産の持つ威力は分かったけれど、法定通貨化する必要まではなかったのでは?」と疑問をもつ方もいるかも知れません。

実際、まさしくその通りだと思うのですが、ただ、エルサルバドルでビットコインが法定通貨化された2021年時点で、生活のすべてを暗号資産で完結していた人はいないと思われます。とくに、国によっては(例えば、筆者の会社でマイニング事業をしているロシアなどでは)、法令によって、ロシア人・企業の間での決済は法定通貨のルーブルの使用を強制されているので、生活上の決済をすべて暗号資産で完結させるということは、法令上不可能なのです。

ですから、法定通貨を暗号資産に替えたい、また逆に、暗号資産を法定通貨に替えたいという需要はあります。「ならば、暗号資産取引所で交換すればいいのでは?」という声が聞こえてきそうですが、それはなかなか難しいのが実態です。

たとえば、香港では暗号資産の取引は禁止されていないのですが、実際には、暗号資産取引所から送金されると銀行口座が凍結されてしまうことが多く、法定通貨と暗号資産の交換は、それほど簡単ではないという事情があります。

そうした国の富裕層が、資産をエルサルバドルに送れば、完全に合法的に、法定通貨を暗号資産に替えることができる、逆に、暗号資産を法定通貨に替えることもできるわけです。

この辺りについては、筆者自身もエルサルバドルに足を運んだことも、銀行口座開設にトライしたこともないので、明確なことは申し上げられませんが、もし、現地在住でない外国人であっても銀行口座開設が簡単にできるなら、エルサルバドルを拠点に、法定通貨と暗号資産との間の交換を簡単にできるということになりそうです。

「金融の安定を損なう」…勧告したIMFの胸の内

暗号資産が、銀行のような中央集権的で政府の管理を受ける機関を通さなくても送金できるということは、プラス面だけでなくマイナス面も考えられます。

もしも「エルサルバドルでなら、暗号資産も法定通貨の世界へ持ち出しやすい」ということになれば、エルサルバドルはアングラマネーが集まりやすい仮想資産のマネーロンダリングの拠点になりかねない…というわけです。

そのような背景があってからか、2022年1月25日、IMF(国際通貨基金)はエルサルバドルに対し、金融の安定を損なうなどとして、ビットコインを法定通貨から外すよう勧告しました。

IMFがこの勧告をした2022年1月25日時点で、ビットコインの価格は、前年11月から約半分にまで落ち込んでおり、この点を鑑みると、エルサルバドル国民の利益を考えた「温かい勧告」だと思えます。

ですが、米ドルを通じて世界を支配してきた米国政府や、その影響下にあるIMFにしてみれば、米ドルを通じた世界支配を脅かしかねないビットコインの法定通貨化について許しがたく思っていることは容易に想像できます。その点から、IMFの勧告もハートウォーミングには受け取れないでしょう。

このように、エルサルバドルによるビットコインの法定通貨化も、これを止めるよう勧告したIMFも、大義名分もあれば裏の目的もあるのではないかと思われますし、それこそが歴史のダイナミズムだといえます。

私たちは「通貨」という生活の基盤がこれほどまでにダイナミックに動く、スリリングで面白い時代を生きています。どのような展開が繰り広げられていくのか、今後も要注目です。

筆者:
小峰孝史
OWL Investments マネージングディレクター・弁護士