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加速する「デジタルドル」と「デジタル人民元」の開発、その狙いとは

2023.01.24(最終更新日:2023.01.24)

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米国と中国がデジタルマネーの導入を加速させています。一部では、国際通貨としての覇権をめぐる両国の抗争が取り沙汰されています。しかし、果たしてその見方は適切でしょうか。実は、米国と中国とではそれぞれデジタルマネー導入の背景となる事情が異なります。中国経済に詳しいジャーナリストの高口康太氏が解説します。

米国、中国がデジタルマネー導入に邁進する背景をどうとらえるか

米国がデジタルドルの検討を加速している。

2022年3月9日、バイデン米大統領はデジタル資産の研究開発促進を指示する大統領令に署名した。検討対象にはデジタルドルも含まれている。この大統領令を受け、9月16日には米財務省がデジタルドルに関する報告書を公開した。米連邦準備制度理事会(FRB)が進めているデジタルドルの研究をさらに支援するべく、省庁間のワーキンググループを発足させるという。

もともと米国はデジタルドルの発行についてはかなり消極的な姿勢を取っていたが、ここに来て検討を加速させた理由はどこにあるのだろうか?

さまざまなメディアで取り沙汰されるのが「デジタル人民元」の存在だ。中国は2014年からデジタル人民元の研究を開始しており、2019年末には広東省深圳市など一部地域で試験運用も始めている。中国がデジタル人民元を完成させたあかつきには、ドルの国際基軸通貨としての地位を揺るがしかねない。この事態を避けるためには米国もデジタルドルの研究を進める必要がある……とこういう論法だ。

もっともデジタル人民元に本当にそれだけの威力があるのか、中国がそうした狙いを持っているのかについては慎重に見る必要がある。

デジタルドル、デジタル人民元など、ある国の中央銀行が発行するデジタルマネーのことをCDBC(中央銀行デジタル通貨)と呼ぶ。このCDBCは「国際決済」、「金融機関間取引(ホールセール取引)」、「一般利用」という3つのレイヤーに分けて考える必要がある。

国際決済とホールセール取引

まず国際決済だが、これこそドル覇権の要諦である。国際取引の多くが米ドルで行われており、その信用から多くの国が外貨建て資産をドルで運用している。また、国際送金のルートとしてはSWIFT(国際銀行間通信協会)のシステムが使われているが、政治的リスクは否めない。ウクライナ侵攻後にロシアの主要銀行が排除されたように、台湾有事の際には中国も締め出される可能性は高い。

新たな技術を使えばSWIFTへの依存を減らせる可能性はある。米リップルは暗号通貨を用いて国際的な銀行間決済ソリューションの構築を目指している。また、ステーブルコイン(ドルなど既存通貨との交換レートを固定した暗号通貨)も国際決済の手段として存在感を高める。

新たな国際決済システムを作る技術的な要件は整いつつあるのだが、デジタル人民元を活用するには別のハードルがある。というのも、中国は為替相場の安定を求めるため、人民元の海外移動を厳しく制限している。人民元を国際基軸通貨にするためには、ドルと同じく世界のどこでも通用し自由に交換できることを是認する必要があるが、それを許せば中国国内の人民元資産が一気に海外流出するリスクもある。

つまり、人民元にはドル覇権に挑戦するための条件が整っておらず、それはデジタル人民元であっても変わらない。将来的には中国は人民元を基軸通貨にしたいと考えているだろうが、それは今ではない。

デジタルドルがライバルとして見ているのは中国というよりも、ステーブルコインを含む暗号通貨であろう。

第二に金融機関間取引、俗にホールセール取引と呼ばれるレイヤーがある。中央銀行と商業銀行などの金融機関との資本移動や決済を担うシステムで、暗号通貨の技術を使うことでコスト削減につながるとの期待が高まっている。世界各国で実験が進むが、高水準なシステムを実装している先進国は導入に慎重、システム更新のニーズが高い途上国はより積極的という傾向が見られる。すでに先端的なホールセール取引システムを導入している中国でもあまり積極的な取り組みは見られない。

CDBCは金融包摂を実現するか?

第三の一般利用、すなわちお店での買い物やネットショッピングでの利用など一般市民の利用こそが、現在、デジタル人民元の活用がもっとも模索されている分野である。

あるいは中国社会についてよくご存知の方はこんな疑問をもたれるかもしれない。「中国はすでにスマホ決済が普及し、キャッシュレス化が進展しているのに、デジタル人民元は必要なのか」と。

日本も近年はPayPayや楽天ペイなどスマートフォン決済が普及しつつある。その元祖とも言うべき存在が中国だ。2013年からリアル店舗での利用が始まったという歴史の長さもあり、今や都市部では現金をまったく使わない、持ち歩かないという人も珍しくない。中国で暮らす日本人駐在員や留学生も、現金にほとんど触ってないという方が多いのではないか。

ただ、すべての中国人がキャッシュレスを受け入れているわけではない。スマホの使い方がわからない高齢者、インターネット環境や金融機関・ATMが近場にない辺境の農村などのデジタルデバイドの問題は大きい。こうした人々にもキャッシュレスの手段を与えることが、デジタル人民元導入における最大の目的となるだろう。

実はこの課題は中国だけのものではない。日本でも銀行が支店網を縮小しATMの数を減らしているなか、現金の使い勝手が悪化する地域が増えている。金融機関や事業者にしても紙幣や硬貨というモノを管理するコストはバカにならない。誰もが使えて、かつ信頼できる支払い手段が新たにできるのであれば、現金から脱却したいというニーズは高い。

米国でも民主党バイデン政権がCDBCに積極姿勢を示しているのは「すべての人々が金融サービスを受けられるようになる」金融包摂(ファイナンシャル・インクリュージョン)の可能性を評価したためとされる。
現在でも、貧困層など銀行の金融サービスを享受できない人は一定数存在する。クレジットカードやスマホ決済は銀行口座との紐付けが前提とされている。口座を持ってない人はそもそも使えないわけだ。一方、CDBCは現金の代替物という立て付けのため、銀行口座を持っていない人でも利用できるようになっている。日本の交通機関系ICカードのような形で、デジタルドルやデジタル人民元を保有することができるからだ。

また、金融包摂が実現されることでたんにキャッシュレスで買い物ができるようになるだけではなく、融資や保険などのサービスをより多くの人々に広げていく道になる可能性がある。


ただし、CDBCをどのように構築すれば金融包摂が実現できるのかについては、まだはっきりとした路程表が示されたわけではない。デジタルドルもまだ検討が始まったばかり、そして中国のデジタル人民元も試行地域を拡大しているものの、正式導入のスケジュールは決まっていない。この新たな技術をいかに着地させるのか、慎重な検討が続けられている。

[プロフィール]

高口康太

ジャーナリスト、千葉大学客員准教授。

2008年北京五輪直前の「沸騰中国経済」にあてられ、中国経済にのめりこみ、企業、社会、在日中国人社会を中心に取材、執筆を仕事に。クローズアップ現代」「日曜討論」などテレビ出演多数。主な著書に『幸福な監視国家・中国』(NHK出版、梶谷懐氏との共著)、『プロトタイプシティ 深圳と世界的イノベーション』(KADOKAWA、高須正和氏との共編)で大平正芳記念賞特別賞を受賞。

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