当社サイトでは、サイト機能の有効化やパフォーマンス測定、ソーシャルメディア機能のご提供、関連性の高いコンテンツ表示といった目的でCookieを使用しています。クリックして先に進むと、当社のCookieの使用を許可したことになります。Cookieを無効にする方法を含め、当社のCookieの使用については、こちらをお読みください。

泣き声から感情を解析する。「ファーストアセント」が目指す、親子の安眠

2024.05.27(最終更新日:2024.05.27)

読了時間目安 15

シェアする

ベビーテックと聞いて、ピンとくる人はどれくらいいるだろう。妊娠出産、子育てをDXやIoTでイノベーションする動きで、日本でも徐々に注目されつつある研究分野だ。今回取材した株式会社ファーストアセントも、そんなベビーテックを開発する企業。ここでは、赤ちゃんの泣き声から感情を分析し、保護者になぜ泣いているのかを見える化するという技術を手がけている。

赤ちゃんの泣き声は、その子にとって重要な自己主張。それをいったい、どうやって判別するのか。判別するために、どんな研究を行ったのか。泣き声解析AI開発などを手がける株式会社ファーストアセント代表・服部伴之さんに、開発経緯や技術に対する期待感と課題感についてお伺いした。

赤ちゃんの泣き声から感情を分析?

ーー泣き声解析AIはどのようなサービスなのでしょうか。

赤ちゃんの泣き声から感情を解析するサービスです。赤ちゃんの泣いている理由がわからず大変だという意見を元に、2万人のモニターから赤ちゃんの泣き声データを集め、泣き声診断アルゴリズムを開発しました。国内では、2012年に弊社がローンチした子育て記録アプリ「パパっと育児」内にてご利用頂けます。

アプリ「パパっと育児」の操作画面。泣き声解析AIによる泣き声解析の結果を表示している

また、赤ちゃんの寝かしつけをサポートするスマートライト「ainenne(アイネンネ)」では、この泣き声解析AIを搭載しただけでなく、睡眠記録機能を使うと睡眠の周期性も分析でき、より安定した睡眠周期を実現するための翌朝の起床時間を算出できます。

赤ちゃんの寝かしつけをサポートするスマートライト「ainenne」

ーー「泣き声から感情を分析する」すごい技術ですね…!開発にはどのようなきっかけがあったんでしょうか。

もともと総合電機メーカーで研究者をしていて、その後、ITベンチャー業界に転職して、技術責任者をしていたんですが、年齢的に自分で起業をするのなら、ギリギリのタイミングかなと思っていた時期に子どもが生まれまして、子育ての問題を目の当たりにしていました。その時に子育ての問題を解決するサービスを作るためには、IT技術だけではなく、きちんと研究をできるバックグラウンドがないと駄目だと思いまして、これこそ自分が身を置く場所だと思い、起業することにしました。

ーー現在でも赤ちゃん×デジタル領域、つまりベビーテック分野は一般的とは言い切れません。2012年というと、その概念自体存在していなかったのでは...?

そうですね。ベビーテックという言葉は、まだありませんでした。当時はビッグデータとIoTという単語が、少しずつ浸透し始めた時代でした。一方でヘルスケアは一大産業であるけれども、日々のログを集めてデータを解析していく…というプロダクトはまだ少数。とはいえ需要の高まりは必然と思っていたので、「ビッグデータ・iot・ヘルスケア」の3つの領域が融合するようなことをやりたいと思っていました。ただ、ヘルスケアといった時に医療領域まで行ってしまうと専門知識的に難しいと思っていたので、子育て周りのヘルスケア領域は、面白いんじゃないかと思いました。

ーー初期から「泣き声を分析するサービスを作る」という明確な開発目標があったのでしょうか。

「脳波がうまく測定できれば、こんなことできるかも」みたいなSFっぽいことも妄想しながら、データが集まらないと研究開発は始められない。まずは育児記録が必要でした。それで、データを大量に集める目的も兼ねて「パパっと育児」の制作を最初に決めたんです。

育児記録をアプリ化し、家族と記録をシェアする

ーー育児記録は母子手帳や連絡帳など、アナログで記録されてました。それらの記録を「パパっと育児」でデジタル化するにあたって、どんな工夫が?

研究視点でいうと入力項目を多くしたい。けれども入力項目が多いと使いづらい。使ってもらって便利と感じてほしいし、大切な思い出が記録されていると思ってもらいたい。そういった考えのもと、16項目の生活記録をできるようにしました。

「パパっと育児」の入力画面

アプリの制作に取り掛かったのは2012年ですが、その頃は子育てをする主体は、母親の割合が圧倒的に多く、まだ手書きの日記で子どもがミルクを何ml飲んだか、どの時間帯に何時間寝たのかを記録していました。もちろん、当時もスマホで計算できるアプリもありましたけれど、 私の妻はそれを使いませんでした。妻の友だちはさらに、アプリを使いながらも紙上で計算していたんです。アプリがそれほど洗練されていなかったんですね。

でも、僕はそれをアプリ上で行えるようにしたかったんです。自分が理系なのもあると思いますが、 グラフで推移を見える化したくて。そしともう一つ、普段の様子を把握するために、育児記録を共有してもらいたかったです。妻が不在にする時に「大丈夫、わかってるよ」みたいな風にやりたかった…んですけど、それができなかったのが申し訳なくて。ちなみにこの「見える化」と「育児記録の共有」は開発前にママさん達にヒアリングをしたら、すごく嫌がられました(笑)。

今から12年前は男性の育休制度も整っていなかったですし、ママさん達からすると「男性なんかそもそも育児に参加しない」という前提があって、「記録を見て何か注文を付けられるのは本当に嫌だから育児記録の共有は辞めてほしい」と懇願されました(笑)。「見える化」に関しても、「男性脳の発想」と揶揄されたのですが、「育児記録の共有」と比べると嫌悪感は強くなさそうだったので、見える化機能は実装して、共有機能は入れずにリリースしました。

ーー育児は女性がするもの、という考えは今以上に根強かったですし、だからこそ母親は口出しされたくないという気持ちは分かる気がします。

ただ共有機能をどうしても作りたかったので、アプリに少しずつ実装しました。 都合がいいときだけ共有ボタンを押すと、メールで一週間のレポートが送れるとか。そうすると、意外と使われ出すんですよ。そういう動きが増えてきたなと思ったら、数年で一気に男性も育児に参加するようになり「育児記録って共有できないの?」という風潮に一気に変わっていきました。

つい先日までドラマ『不適切にもほどがある!』※が放映されてましたけど、作中の描写を今の子どもが見てもギャグにしか見えないじゃないですか。あり得なさすぎて。でも私が子どものころの話なんですよね。それくらい、ここ数年で大きな価値観のアップデートがあったんだと思うんですよ。子育てもここ数年で本当に価値観が変わったと思います。だから、その価値観の変化を捉えながら、ちゃんとしたタイミングで必要な機能を変えていく必要があると思っています。

※2024年1月26日から3月29日までTBSで放送されていたテレビドラマ。昭和からタイムスリップした主人公が、価値観の変化が大きく起こった令和の世界で生活していくという内容。

ーー「パパっと育児」に泣き声解析AIが搭載されたのはいつなんでしょうか?

2018年の8月だったかと。その約2年前から泣き声の研究を始めて「パパっと育児」内でモニターユーザーを募りました。始めた当時は、ディープラーニングが話題になった頃で、それこそ犬と猫の違いを判別するのは人間よりもAIの方が優れてる、みたいな論文が発表された時代。それなら、赤ちゃんの泣き声もAIだったら区別可能なのか試してやろうと思いまして。すでに僕たちは子育て当事者にリーチできるし、ディープラーニングの手法を活用できるインフラや、テクノロジーが確立されてましたからね。「パパっと育児」のユーザーへ呼びかけ、泣き声とその状況のサンプルを集めて、解析していきました。ありがたいことに「そんな技術が生まれるんだったら、未来の子育てのために手伝うよ」という方が結構多く、たくさんご協力いただけて。ある程度データが集まった後はβ版をユーザーさんに使っていただき、フィードバックをもらって開発をしていました。

ーーローンチしてからは、どんな意見が寄せられましたか。

「初めてで何も分からない育児に、光を与えてくれた」という言葉はよくいただきます。泣いている理由が分からない、どうしたらいいんだろうという時に、「こうなんじゃないの?」とアプリが示唆してくれる。それを信じて対処してみたら機嫌が治った…それが成功体験になり、育児にだんだん自信がついてきたと。

特にお父さんが使ってるパターンも多かったです。日本の場合だと、やっぱり未だに母親が子供を見ている時間のほうが長い。だから、お母さんはだんだん泣いてる理由が分かるようになり、ノウハウが蓄積されます。でも夫は週末だけ見るとか、夜だけ見るとなった際に、判断材料が圧倒的に少ない。なので、子どもが泣いたらすぐ妻にパスしてしまう、という場面が多発していました。僕も似たような経験が何度かあるので、耳が痛いです。でも、泣き声解析AIが示唆してくれるおかげで、なんとか自分で考えて頑張ってくれるようになった…というご家庭は一つじゃありません。

ーー良い評判ばかりですね。子育てをするいろいろな人にとって、泣き声解析AIはまさに救世主とも言えるシステムだったんですね。

ただ逆に、アプリのことを信じすぎて、ごはんをあげすぎて体重が増えてしまったケースもありました。幼児は満腹中枢が未発達だから、ずっと「ごはん食べたい!」という欲求が消えないこともある。なので、実際にどれくらい飲んでいる、食べているのかをみて、対応していく必要があるんです。アプリはあくまで補助的な役割ですから。でも、泣く子を前に親がテンパって、判断が難しい場合は容易に想像がつく。その状況下でどんな言葉が表示されたらどう行動するか、やっぱり考えないといけない。目下一番の課題で、きっと永遠に試行錯誤し続けるのかなと思っています。

その解決案の一つとして、現在は専門家の方たちと共同し、ユーザーに対して正しい知識を発信したり、相談できるような情報提供サービスも運営しています。育児でテンパってる人たちに「私、相談してもいいんだっけ?」と思いつけるよう、門を開いておくのが正しい姿勢なのかなと。

AIは育児を拡張し、赤ちゃんとの距離を縮めるもの

ーースマートライト「ainenne」は2021年、世界最大級のテクノロジーの祭典・CESに出展し、表彰されましたよね。アメリカでの反応は?

最近こそ印象が薄れてきたとはいえ、国内だと数年前までは見守りカメラでもネガティブな感想がありました。家事中にそれを使うぐらいなら、見える範囲に置いておけばいい。いくらかお金出すよりも、ちゃんと見てあげなきゃいけないという気持ちがまだまだ根強いようです。でもCESでは育児中の女性たちに「私は親に別室で放置されていたけど、私はこれで見守ってあげてるわ。いい時代になったわよね。」とスマホを示して言われたんです。

アメリカではかなり早い段階から幼児と親は別室で寝る習慣があります。だからこそ、こういったデバイスは「現状の改善」にしかならないんですよ。むしろ別室にいても、見守ってあげられるようになるんですから。ネガティブな要素は何もない、というようなリアクションでした。

ーー技術に頼る=手抜きしている、みたいな刷り込みが日本は特に強いかもしれませんね。

でも、その気持ちも分かるというか。育児をする人はきっとみんな、それぞれ育児にこだわりがある。それは楽しい部分でもあるが故に、手塩にかけたいと思う気持ちも当然です。でもやっぱり、命を預かるとか、小さな変化も見逃してはいけないという緊張感、緊迫した状況で抱えるストレスって結構大きいですよね。だから、もうちょっと自分に優しくなってもいいところもあるんだろうなとは思いますね。

ーー今後、さらにブラッシュアップしていきたいことはありますか。

まだまだどうすればわかりやすいか、安心してもらえるのかは検討が続く部分です。こういったサービスを使うことで子育ての判断材料は増えるし、知識も広がると思うんですけど、手段自体に抵抗がある方はまだまだ結構いらっしゃる。創業当時と比べれば相当変わったなとは思いつつ、この流れをもう少し加速させたいですね。

たまに「子育てをAIに任せたいんですか?」とストレートに聞かれることもあるんですけど、全然そういうわけではありません。今まで確実性がないまま赤ちゃんの顔色・様子を一生懸命伺っていたのを、AIで見える化する。赤ちゃんが泣くことで良いコミュニケーションができるようになる。僕らはそれを正しく伝えていけたらいいなと。

<編集後記>
夜泣きや突然のぐずりの話を友人から聞くたびに「心身ともに無理がありすぎる…」と育児の大変さに引いていた私。けれど今回取材させていただいた技術によって、困っている時間が短縮したり、子どもにイライラせずにコミュニケーションが測れるようになるのかもしれないと希望が少し沸きました。これまで個人の裁量と勘で行われてきたことが、デジタルの恩恵を受けて他人の困りごとと結びつき、解決策や知恵を授ける可能性に少しワクワクします。

<プロフィール>
服部伴之
「テクノロジーで子育てを変える」をミッションに掲げるベビーテックベンチャー、株式会社ファーストアセントの代表取締役CEO。
1998年東京大学大学院工学系研究科修了。株式会社東芝で研究者として従事した後、IT業界へ転身。ベンチャー企業CTO、技術責任者などを経て2012年に株式会社ファーストアセントを創業。
国立成育医療研究センターと共同研究のノウハウを用いたAI技術を駆使した育児記録アプリ「パパっと育児」や、寝かしつけを支援するスマートベッドライト「ainenne」を開発・提供を行っている。

(文:ヤマグチナナコ、写真:飯山福子、編集:金澤李花子)