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給油所で脳ドック?MRI搭載車が地域に届ける、新しい予防医療の形。

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2022.05.18(最終更新日:2022.09.13)

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くも膜下出血のもとになる動脈瘤や脳梗塞などの重大な脳の異常は、命に関わる。その早期発見、早期治療に役立つ検査にMRI(磁気共鳴画像診断)装置を使用した「脳ドック」がある。しかし、一般的な健診での脳ドックは4~5万円と費用が高い上に、医療施設で受診する際には予約が数週間先となるケースや、脳外科医の診断を必要とすることなどから、希望しても気軽に受診することが難しいのが現状だ。
そんななか、医療施設での滞在や検査時間を短く、継続的に受診することができる料金設定、2名の専門医による正確な診断を実現したのが「スマート脳ドック」サービス。
この、誰もが気軽に脳ドックを受診できる環境を構築したのが、スマートスキャン株式会社である(以下、スマートスキャン)。

2021年6月、出光興産とスマートスキャンが、MRI搭載車両を使って「スマート脳ドック」を提供する新サービスの実証実験を開始。以降、日本各地にある出光興産が運営するサービスステーション(以下SS)をベースに、移動式の脳ドックを期間限定で展開している。
なぜ今、出光興産がスマートスキャンと連携し、地域の予防医療に取り組んでいるのか? 出光興産CDO・CIOの三枝幸夫氏とスマートスキャン代表取締役の濱野斗百礼氏に話を聞いた。

ITの力で、脳ドックの「高額」「予約しにくい」「時間がかかる」を解決。

——まずはスマートスキャンさんの脳ドックサービスである「スマート脳ドック」について教えてください。MRIのシェアリングエコノミーモデルは画期的な仕組みだと思いますが、このサービスはどのような背景から生まれたのでしょうか?

濱野:脳の病気である脳血管疾患は、癌、心疾患、老衰に次ぎ、日本人の死因第4位です。さらに介護が必要になる理由の第2位でもあります。脳というのは体の司令塔ですから、問題が生じると寝たきりや半身麻痺になったり、言語や記憶に障害が出たりして、介護が必要になってしまいます。

それなのに、脳ドックを定期的に受けている人は少ないというのが現状です。健康診断や人間ドックで首から下までは診るのですが、肝心な頭までは診ません。それはなぜかというと、高度医療機器であるMRIなどを使用する脳ドックは費用が高いから。自由診療だと4〜5万円ほどかかります。さらに診断をしてその後何かあったときに対応してくれる専門医が特に地方ではとても少ないため、検査を受けられる機会が限られており、地元の総合病院で脳ドックを予約しようとすると半年待ちということも。

——高額な上、なかなか予約が取れないのですね。

濱野:一方で、実は日本の人口100万人あたりのMRI保有数は世界トップクラス*で、全国に6000台以上があります。空いているMRIがあっても使われていないことが多く、空いている時間を活用してスマート脳ドックを実施することを思いつきました。それが世界発のMRIのシェアリングエコノミーモデルです。そもそも医療施設にMRIがあれば撮影をする技師さんはいるので、追加投資せずとも「スマート脳ドック」が出来てしまいます。
2018年に「メディカルチェックスタジオ東京銀座クリニック」をプロデュースし開院、「スマート脳ドック」の提供を開始しました。検査を脳ドックに特化したことにより、1時間でMRI1台4人を撮影するというオペレーションにしました。そもそも全身を撮れるMRIで様々な部位を撮影しようとすると、1時間に1〜2人しか撮影出来ません。1時間で4人の撮影ができれば、1人が負担する額を下げることが可能になります。また、画像診断(読影)は2名の専門医が担当し、画像をクラウドにアップロードすることで、日本中、そして、世界中の専門医が診断できる仕組みに。クリニックで医師をたくさん採用して固定費を上げるのではく、読影1件ごとの変動費にしたことや、受診者が自らがスマホやパソコンから予約・問診入力、検査画像・検査結果の確認をオンライン上で完結させることで徹底的に無駄を省くことで、コストも所要時間も抑えることができています。

移動式なら、必要なとき、必要な場所にサービスを届けられる。

——この最先端の「スマート脳ドック」の仕組みを応用して、なぜ出光興産さんは移動式脳ドックで地域の予防医療に取り組もうと考えたのでしょうか?

三枝:私たちの主力事業は燃料供給ですが、今、自動車が電気自動車に置き換わるなど、世の中が脱炭素社会へと向かっています。燃料を供給するだけではビジネスが縮小していくなか、新しい事業に取り組んでいこうと私たちが掲げているのが「スマートよろずや」構想です。日本全国に6,000か所超ある出光興産のSSは、もともと地域住民の皆さんと密接な繋がりを持ってきましたが、今後は燃料の安定供給に加えて、皆さんの生活が便利で豊かになるようなさまざまなサービスを提供していきたいと考えています。そして、ただやみくもに地域のよろずやになるのではなく、デジタル技術を駆使しながら、地域固有の課題に対して必要なタイミングで必要な場所にサービスを届けていきたいという思いから「スマートよろずや」と名付けました。

どんなサービスを届けるかを長年議論していたところ、地域での共通的な課題として「健康を維持していきたい」「食の自由度を上げていきたい」という声が聞こえてきました。特に高度予防医療の分野は、地方ではなかなか受けにくいというのが現状です。そこで、ご縁があったスマートキャンさんと連携し、移動式脳ドックのサービスから始めることにしました。

——ご縁というのは何か特別なきっかけがあったのでしょうか?

三枝:大企業、スタートアップ企業、自治体が参加する「SmartCityX」という事業共創プログラムに出光興産が参加しており、そこでスマートスキャンさんと知り合うことになりました。
出光興産がもつ製油所やタンカー、全国にあるSSといったアセットを有効活用したいと話していたところ、プログラムをリードしていた「Scrum Ventures」の宮田拓弥さんが冗談半分で「脳ドックと組んでみたら?」と提案してくれたんです。

濱野:MRIを搭載した30トンの大型車両があるということは知っていたので、「地域に持ち込んでみませんか?」とこちらも話してみたところ、「それおもしろいね」と本当にやる方向で進んでいって。

三枝:移動式というのが「必要なときに必要なサービスを届ける」というスマートよろずやのコンセプトとぴったりマッチしていました。地方にある小規模の自治体にMRIを導入しても、人口が少ないから需要も少ないと思います。一年中置いておく必要はないでしょう。でも、脳ドックを受けたい人は一定数いるでしょうから、一ヶ月など期間限定で設置すれば必要な人に届けることができます。

濱野:さらに検査ビジネスのいいところはストック型というところです。データを長期的に管理することで、また来年も、再来年も、という風に患者さんがリピートして来てくれます。例えば40歳で来てくれた方が80歳まで来てくれる可能性もある。一度その場所へ行ってニーズを引き出せば、その先もずっと関係性が続いていくと思います。

三枝:ちなみに最初に実証実験を行った2つの自治体の方からは、「来年もまた来てくれますか?」と連絡をいただきました。住民からの反響が大きかったのだと思います。

ちょうどいい規模感のまちと、ウィンウィンな関係を築く。

——2021年6月に三重県員弁郡東員町、10月に静岡県島田市で移動式脳ドックの実証実験をされたということですが、利用者の反応はいかがでしたか?

三枝:東員町では約1ヶ月総合文化センターの駐車場で、島田市では約1ヶ月半SS敷地内にMRI搭載車両を設置して「スマート脳ドック」を提供したのですが、コンスタントに毎日15〜20人くらいの方が検査に来てくれました。

簡単にウェブで予約でき、車は駐車場やSS敷地内に停められて、受付からお帰りまで30分ほどで検査が受けられる、という手軽さが好評でした。検査が終わったあとご飯を食べに行くなど、寄り道感覚で来てくれた人も。土日もやっていたから受けやすかったという声もありました。

当然ですが、検査で「所見あり」の人もいて、すぐに紹介状を書いて病院へ行ってもらった人もいました。その方たちからは「命の恩人だ」と、とても感謝されましたね。周りの人にも脳ドックのことを広めてくださったようです。


濱野:「妻に言われて」「子どもが予約してくれて」など、口コミで来る方もたくさんいました。夫婦や親子が一緒に来る「ペア受診」も多かったですね。やっぱり健康は自分だけのことじゃないですから。大切な人が健康であることは重要です。実は僕自身、6年前に脳ドックを受けて1.5ミリの動脈瘤があることがわかって、大きくなっていないかを毎年確認し、経過観察しています。その時、病院の先生に言われたことは「脳疾患は遺伝が多い」ということでした。すぐに70代なかばだった父と母に脳ドックを受けてもらったのですが、父に5ミリの動脈瘤が見つかって。病院を紹介してもらって手術し、くも膜下出血のリスクを回避することができました。この経験から「スマート脳ドック」ではファミリー設定という機能をつけて、家族でも予約できるようにしています。

2021年6月に実施された東員町での実証実験の様子(素材提供:出光興産)

——東員町と島田市の2か所で実施してみて、地域差や地域による適正など、気付いたことはありましたでしょうか?

三枝:自治体規模としては島田市より東員町のほうが小さいのですが、東員町は名古屋市からの距離が比較的近く、大型のショッピングモールなどもあるため、仕事や買い物などでその地域に何かしら関わっている人の数は意外と多いです。東員町の人口は約2万5800人ですが、関わっている人の数は30万人くらいだというデータが出ています。ちなみに島田市は30〜50万人とされています。今回、どちらの実証実験も予約数や利用者の満足度の面で非常に良い結果が出たので、移動式脳ドックがちょうどマッチする人口規模だったのではないかと思っています。おそらくこの規模のまちでは、脳ドックのクリニックを作ったとしても、一年中予約で埋まるということはないと思います。


——この実証実験を行ったことにより、行政からはどんな反応がありました?

三枝:はじめは「地元の病院にもMRIがあるのに、なぜわざわざ東京からMRIを持ってきて地域医療の邪魔をするのか?」というような意見が出ることを懸念していました。しかし、結果的には移動式脳ドックで受診した方が「所見あり」と診断されたとき、その後は紹介状を書いて地元の病院に通っていただくことになり、患者さんの誘導につながりました。地元の病院からたくさんのお礼の連絡をいただきました。地域医療とウィンウィンな関係ができたというのは、新しい発見でしたね。

濱野:住民が予防医療を受けられれば、自治体の医療費や介護費の削減にもつながります。日本は少子高齢化が進み、2035年には人口の約3分の1が高齢者になると予想されています。医療費や介護費がかさめば、少子化対策に予算をかけられなくなりますよね。だから、移動式脳ドックのような自分で健康になっていくモデルは、自治体にも必要とされていると思います。元気に活動する高齢者を増やしていきたいですし、自分もそうなりたいと思っています。

ただ、もしスマートスキャンと、プロデュースしている「メディカルチェックスタジオ」のクリニックだけでこのサービスを展開しようとしても、できなかったと思います。今、医療施設でMRIの未稼働時間を活用したシェアリングエコノミーモデルを拡大していますが、出光興産さんと協働することで、地方の脳ドックが受診できる医療機関がない地域でも脳ドックの提供ができます。出光興産さんが全国に6,000以上のSSネットワークを持っていること、燃料輸送などで大型車両のオペレーションに慣れていること。そして、長年培ってきた地域での信用度があること。これらが揃ったからこそ、私たちのようなスタートアップの新しいサービスを地域に展開できたのだと思います。

検査が身近にあり、誰もが自分で健康になっていける世界へ。

——今後のスマートよろずやと移動式脳ドックの展開はどのように考えていますか?

三枝:2021年10月に行った静岡県島田市での実証実験では、脳ドックの他にデリバリー・テイクアウトのフードサービスや野菜の販売も行いました。東京西麻布発のデリバリー専門店である「ゴーストキッチンズ」のキッチンカーが出店し、静岡県内の「ご近所八百屋」が地元の新鮮な野菜のセットを販売しました。一見関係のない3つのサービスをSSに並べてみたところ、既存ビジネスとのシナジーが確認できました。
脳ドックに来た人が待っている間にキッチンカーの料理や野菜を購入し、さらにSSでオイル交換などのカーケアをしていくということも。今までは別のSSを利用していたお客さんが来てくれるようになりました。これにはSSのオーナーさんも非常に喜んでくれましたね。

濱野:僕はもともと楽天にいました。楽天市場は多くの顧客を獲得し、楽天銀行、楽天カード、楽天でんわなど、多方面にサービスを展開しています。「スマート脳ドック」もそれと同じように、SSへ来ることが最初のきっかけになって、多くの方に受診いただき健康に過ごしていただけたらいいなと思います。他のサービスとの相乗効果を期待することに加え、健康でいるための検査の種類も増やせたらいいですよね。たとえば胸部のCT検査や血液検査、ゆくゆくはDNA検査なども展開していきたいです。

三枝:今後、健康増進にもサービスを拡張できたらと考えています。食事や運動など生活に密着したサービスを提供して、患者さんと長期的な繋がりを持ち、ライフタイムバリュー※が上がっていくような拠点になっていければいいですね。

※「顧客生涯価値」と訳され、顧客が特定のサービスなどを受け始めてから終わるまでにどれだけの利益をもたらすかを算出したもの。

——2022年4月23日からの山口県山陽小野田市、その後6月23日から広島空港で移動式脳ドックを設置するということで、次の展開を教えてください。

三枝:山陽小野田市では島田市と同じ形でサービスを展開し、異なる都市を比較しながら検証したいと思います。

広島空港さんに関しては、ビジネス的な課題と目標が合致したため、ぜひやろうということになりました。今、日本の地方空港は危機に陥っています。もともと人口減とともに利用客が減り、赤字で苦しんでいた上に、コロナ禍でインバウンド客が急激に減りました。我々もSSを、給油だけではなく、他の目的を持って人が来てくれる場所にしたいと考えるなか、広島空港さんも移動拠点だけではない違う役割を持って、空港に人を呼び込みたいと考えています。そこでメディカルツーリズムのような形で、移動式の脳ドックを体験していただけたらと思ったんです。出張や観光客などが飛行機に乗る前に1時間だけ早く来るだけで検査ができれば、便利ですよね。

濱野:空港という移動の拠点に、プラスして何かがあるとより魅力的な場所になると思います。空港のラウンジにMRIが入っていたら便利ですし、需要がありそうですよね。個人的には、2025年の大阪万博に車両を持ち込み、世界の人にこんなサービスがあるのだということを伝えたいです。

三枝:日本は医療の質が高いと言われているので、技術力が確かな医者による信頼度の高い診断をするというところで、アジアやオセアニアなどを中心にアピールすればいい反応が得られると思います。

——検査が身近にある世界になっていきそうですね。最後に今後の展望を教えてください。

濱野:僕がイメージしている未来は、例えばSSで電気自動車の充電を20〜30分している間に、脳ドックを受けているという世界です。もはや検査をメインにしたくないんです。そうしないと、きっと広がらないと思うので、検査を「ながら」でできるようにしていきたいです。買い物のついで、電気自動車を充電するついでなど、何かのついでにできるくらい気軽なものにしていけたらいいと思っています。スマートスキャンの目標は、「病気にならない世界をつくる」ことなので、誰もが簡単に本当の自分の体のことがわかって、自分で健康になっていく仕組みができたらいいなと思っています。


三枝:出光興産は業態を少しずつ変えていこうとしています。ゆくゆくはガソリンを売っていないSSがあちこちにあるという未来がやってくるかもしれません。そして地域のみなさんが、今日はあの地域のスマートよろずやに行って、何か美味しいものを食べようだとか、診断を受けようと予定を立ててくれるようになればいいですよね。「今週はスマートよろずやでは何をやっているかな?」と見てくれて、楽しみにしてくれるような、そんな存在になっていければいいなと思います。

[プロフィール]

三枝幸夫●さえぐさ・ゆきお

出光興産株式会社
執行役員 CDO・CIO
情報システム管掌(兼務)
デジタル・DTK推進部長

1985年ブリヂストン入社。生産システムの開発、工場オペレーションなどに従事し、工場設計本部長を経て2016年に執行役員に就任。マーケットドリブン型のスマート工場化などを推進後、2017年よりCDO・デジタルソリューション本部長となり、全社のビジネスモデル変革とDXを推し進めた。2020年1月より出光興産に入社し、執行役員CDO・CIO デジタル・DTK推進部長を務める。

濱野斗百礼●はまの・ともあき

スマートスキャン株式会社
代表取締役

大学卒業後、Infoseekの立ち上げに参画。2000年、楽天による同社買収を経て楽天社員となり、執行役員に。2017年にスマートスキャンを設立。代表取締役社長に就任し、以来現職。画像診断に特化した「メディカルチェックスタジオ東京銀座クリニック」、「新宿クリニック」、「大阪梅田クリニック」をプロデュースし「スマート脳ドック」の提供を開始。また、世界初のMRIのシェアリングエコノミーモデルとして全国の病院・クリニックとの提携を拡大している。

(文:橋本安奈 写真:飯山福子 編集:金澤李花子)

※写真撮影時のみマスクを外して撮影しています