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イーロン・マスクが「X」で目指すもの…1つのアプリで“すべて”が完結する「スーパーアプリ」への道

2023.09.26(最終更新日:2023.09.26)

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イーロン・マスクの下、Twitterは「X」へと名称が変わりました。マスクはXを、決済やエンタメなどあらゆる機能を盛り込んだ「スーパーアプリ」へと発展させることを目指しているのではないかといわれています。スーパーアプリはもともと中国で生まれ、発展してきたものです。スーパーアプリとはどのようなものか。Xはスーパーアプリになれるのか。中国をはじめとする国際的なテック事情に詳しいジャーナリスト・高口康太氏が解説します。

「X」の大改革が目指すもの

ソーシャルメディアサービス「X」(旧Twitter)の大改革が続いています。イーロン・マスクに買収されて名称が「X」へと変更になり、デザインもがらりと変わったほか、注目された書き込みに対して他のユーザーが注釈をつけられるコミュニティノート機能がリリースされるなど、外見だけではなく機能面でも変更が目立ちます。今後もさらなる機能追加が予告されており、決済やネットショッピングなど、およそソーシャルメディアとはかけ離れた機能も搭載していく模様です。

Xへと変わった後、激変が続いており、古くからのユーザーには、なじみのサービスがいったいどうなってしまうのだろうと不安に感じている人も多いようです。

EV(電気自動車)大手のテスラ、宇宙事業を手がけるスペースXなど、複数のスタートアップ企業を成功させてきたイーロン・マスクは、エキセントリックな発言で知られているだけに、思いつきだけで変えているのではと疑う人もいます。しかし、改造後のXの姿には明確なビジョンがあります。そのキーワードとなるのが「スーパーアプリ」です。

スーパーアプリとは

スーパーアプリとは、きわめて多くの機能を統合したアプリのことを指します。代表格とされるのが中国の「アリペイ」、「ウィーチャット」です。

アリペイはもともと中国EC(電子商取引)大手アリババグループのネットショッピング用決済サービスとしてスタートしましたが、送金機能やお店での決済機能などを備えていき、全面的なフィンテックサービスへと進化しました。

中国のもう一つのスーパーアプリ、ウィーチャットは2011年にサービス開始しました。中国版LINEといわれることもあるメッセージアプリですが、そのMAU(月間アクティブユーザー、月に1度以上利用したユーザーの総数)は2023年第1四半期に13億1,900万人に達しています。内訳は非公表ですが、そのほとんどが中国国内の利用者と見られます。スマートフォンを持っている中国人はほぼ全員がウィーチャットを使っています。

アリペイにせよ、ウィーチャットにせよ、決済・送金機能だけではなく、さまざまな機能への導線がついています([画像]参照)。

左:アリペイの機能導線、右:ウィーチャットの機能導線

アリペイ、ウィーチャットの機能導線は、それぞれ以下のようなものです。

【アリペイの機能導線】
《都市交通》
ディディ(配車アプリ)、ハローバイク(シェアサイクル)

《旅行お出かけ》
航空機鉄道チケット予約、ホテル予約、現地体験、鉄道公式サイト、翻訳、税関

《日常生活》
携帯電話料金支払い、怪獣充電宝(シェアバッテリー)、小電充電宝(シェアバッテリー)、宅配便追跡、ツァイニャオ(宅配便サービス)、映画チケット予約、公共料金支払い

《資金サービス》
為替レート検索、送金、クレジットカードの繰り上げ返済、紅包(ご祝儀)送金、外国人向けアリペイチャージ

《公益活動》
脱炭素関連の公益サービス、杭州アジア大会情報


【ウィーチャットの機能導線】
《フィンテック》
クレジットカードの繰り上げ返済、投資、保険サービス

《生活サービス》
携帯電話料金支払い、公共料金支払い、Qコイン(テンセントのゲーム課金)、都市サービス、公益事業、ヘルスケア

《交通》
移動サービス各種、鉄道チケット、ディディ(配車アプリ)、ホテル予約

《ショッピング》
ブランド発見、JDドットコム(EC)、フードデリバリー、映画チケット予約、格安商品購入、ピンドゥオドゥオ(格安EC)、唯品会(EC)、中古品購入、不動産


アリペイもウィーチャットも、びっくりするほど多くの機能への導線を備えています。日本に引きつけて考えてみると、公共料金の支払いや映画チケットの予約など、コンビニで利用できるサービスの多くが集約されているということです。アリペイやウィーチャットはいわば「手のひらの上のコンビニ」なのです。

他社サービスまですべて「アプリ内」で完結してしまう

どれだけ巨大な企業であっても、これほど多くのサービスを自社だけで提供することはできません。他社のサービスも多数含まれています。さらにディディやJDドットコムなど企業名が表示されているサービスまであります。重要なのはこれらのサービスを使う時、アリペイやウィーチャット以外のアプリやサイトに移動することなく、もともと使っていたアプリ内で操作が完了するという点です。

しかもまだまだ多くの機能を使うことができます。アリペイやウィーチャットには「ミニプログラム」と呼ばれる追加機能があります。通常のスマートフォンアプリよりも手軽にダウンロードでき、しかもアリペイやウィーチャットの中で動作します。カジュアルゲームやネットショップからお店の会員アプリなどさまざま。その数はアリペイで400万種類以上、ウィーチャットで700万種類以上と、膨大な数があります。米アップルの発表によると、iPhoneやiPadのストアで配信されているアプリは2022年時点で178万件だったそうです。それよりもはるかに多いミニプログラムが存在するのです。

アリペイやウィーチャットから別のアプリやブラウザに移行することなく、いろんな機能やサービスを活用することができる。これがスーパーアプリと呼ばれる理由なのです。

実際に使ってみるとわかりますが、スーパーアプリはとても便利です。いちいち新しいアプリをインストールするのはとても面倒ですよね。

イーロン・マスクはXをスーパーアプリに育てられるか

このように見ていくと、野心あふれる起業家であるイーロン・マスクがXをスーパーアプリにしたいと考えるのも理解できそうです。

ただ、その道のりは簡単なものではなく、失敗する可能性も高いと考えられます。こんなに便利なスーパーアプリですが、世界的に見てもほとんどありません。成功例としてあげられるのは、中国のアリペイとウィーチャット、そしてインドネシアのゴジェックぐらいなのです。日本でも決済アプリのPayPayがスーパーアプリを目指して多くの機能を搭載し、ミニプログラム(PayPayでの名称はミニアプリ)にも対応しましたが、まだ普及したとはいえません。

というのも、多くの企業はすでに自分たちのウェブサイトやアプリを持っており、利用者にはそれを使ってほしいと願っているからです。プラットフォーム企業の傘下ではなく、独自にユーザーと接点を持ちたいためです。

それでも中国やインドネシアでスーパーアプリが広がったのは、企業のウェブサイトやアプリが普及する前にスーパーアプリが普及したためです。利用者もそれに慣れてしまいました。企業が今から自社サイト、自社アプリに利用者を呼び込もうとすれば、膨大な労力とお金が必要になるので、しぶしぶ従っているという面があるのです。

こうした事情は中国に進出している日本企業も同じです。たとえば、生活雑貨の無印良品はMUJI passportという会員アプリを運用していますが、中国ではミニプログラムとして提供しています。当初は中国でも独自のアプリに登録してもらおうとしたのですが、消費者の抵抗感が強かったようです。

Xが主要マーケットとしているのは、日本や米国などの先進国です。今からスーパーアプリを目指しても第三者企業はなかなか協力してくれないでしょう。また、私たち消費者もすでにさまざまなサービスを使うためのアプリをインストールしており、スーパーアプリに乗り換えようという動機はあまりありません。

そう考えると、イーロン・マスクが目指すXのスーパーアプリ化構想はかなり厳しいようにも思われます。うまくいかなかったらXのサービス自体が終了してしまうのではないかという点も気がかりです。ただ、マスクはこれまでEV(電気自動車)のテスラや宇宙スタートアップのスペースXなど、困難とされてきた事業を成功に導いてきただけに、逆転の秘策に期待しましょう。



[プロフィール]
高口康太

ジャーナリスト、千葉大学客員准教授。

2008年北京五輪直前の「沸騰中国経済」にあてられ、中国経済にのめりこみ、企業、社会、在日中国人社会を中心に取材、執筆を仕事に。クローズアップ現代」「日曜討論」などテレビ出演多数。主な著書に『幸福な監視国家・中国』(NHK出版、梶谷懐氏との共著)、『プロトタイプシティ 深圳と世界的イノベーション』(KADOKAWA、高須正和氏との共編)で大平正芳記念賞特別賞を受賞。