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メタバース空間に学校を作ってみたら…見えてきた「新たな学校教育の可能性」

この記事は1年以上前に書かれたものです。現在は状況が異なる可能性がありますのでご注意ください。

2023.08.25(最終更新日:2023.08.25)

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メタバースへの注目が、教育分野にも大きな影響をもたらしています。従来の教育手法に加え、バーチャルな環境を利用した新たな学びの形が拡大しています。生徒や学生は、物理的な制約を越えて、仮想空間内でリアルタイムに学び合い、交流することが可能となりました。

筆者と友人のタロタナカ氏は、2020年にVRChat上に「私立VRC学園」という学校コミュニティを創設し、参加メンバーと共に運営を行っています。このコミュニティは公式の学校とは異なる位置づけですが、「VR空間に学校を創る」というアイデアに基づいて立ち上げられました。最初は、異なるバックグラウンドを持つ人々が集まり、交流し、新たなアイデアを生み出すためのインフラ空間をVR上で実現することが目的でした。

しかし、この取り組みからは単なるコミュニケーションの枠を超えて、教育における新たな可能性も見出されました。

メタバースの特徴を活かした「バーチャル学校空間」

(私立VRC学園初期の授業の様子)

「VRChat」とは、アバターを使用してVR空間内にログインし、多人数でコミュニケーションを取ることができる無料のソーシャルVRアプリです。

メタバースに構築した学校コミュニティでは、VR空間上で授業や部活動などの学校生活を再現することが行われています。近年では、不登校の学生数の増加に伴い、メタバースを学校に活用する取り組みも増えています。

この試みから、筆者が気づいた教育におけるメタバースの活用ポイントは、「多様なバックグラウンドを持つ人々が集まり、交流を通じて新たな文化を生み出す」という側面です。

メタバースのユーザーは基本的にアバターを使用するため、外見や年齢、性別、国籍、ハンディキャップなどの物理的な制約をある程度無視して、様々な人同士がリアルのときよりフラットな会話をすることが可能です。

しかし、単にリアルな学校環境をバーチャルなものに置き換えるだけでは、メタバースの持つ魅力や可能性を十分に引き出すことはできません。メタバースの活用が既存の学校の枠組みに閉じてしまうと、コミュニティの領域が結局は既存の学校の中に閉じ込められてしまい、新たな発展が阻害されてしまうかもしれません。

通常、学校コミュニティでは同年代の地域住民が集まる傾向があります。しかし、メタバースの学校では、10代から50代までが同じ授業を受けたり、高齢者が中学生から学ぶことができたり、遠く離れた地域に住む人々が友達となり学校活動を楽しむことが可能です。筆者自身も、メタバースで作成した学校空間で講義を行う側と受ける側、両方を経験しましたが、その際、参加者の年齢や性別、国籍について知ることはほとんどありませんでした。素性を知らないからこそ、同じ立場からコミュニケーションを取ることができるというメタバース独特の魅力を感じました。
 
私立VRC学園に参加しているユーザーの中には、学生時代に不登校気味だった過去を持つ方や、現在も不登校である方も少なくありません。彼らとの対話の中で、「現在の学校にメタバースでの授業が導入されたら、学校に通いたいと思いますか?」という質問を投げかけたことがあります。その際、多くの人が「メタバースで授業を受けるのは便利かもしれないが、学校に通いたいという気持ちにはならない」と答えたことが印象的でした。

実際の社会において、学校は勉強だけでなく個人と他者との関係構築、コミュニティの形成など、社会生活を送る上で必要なさまざまなことを指導していく重要な機関です。メタバースを学校教育に組み込む際には、ただ「現実世界の活動をそのままメタバース上に実装する」のではなく、むしろ「メタバースを通じて現実以上の体験をする」というアプローチが基本となるべきだと考えています。

アバターによって実現される「現実の縛りからの解放」

メタバースでは自分の代理の姿となるアバターを使い、環境を自らコントロールしながらコミュニケーションを取っていきます。このため、さまざまな精神的不安を一定程度回避しながら、アバターを通じて自分を表現することができます。

アバターは、異なる性別のアバターや動物、ロボットなど、自分の好みに合わせて簡単に切り替えることができます。ユーザーは、現実世界の自己像とは異なる性格や人格をアバターに反映させることも多く、これは「1人が複数のアイデンティティを持つこと」を体現する側面でもあると筆者は感じています。

現実世界とメタバースでのアバターのアイデンティティは異なるものとして捉えることができます。人間は多面的であり、状況によって異なる側面が表れるものです。アバターは、内面の一部を外部に投影し具現化したものと言えるでしょう。
 
こうしたアバターを介したコミュニケーションを通じて、個々のアイデンティティの多様性を実現することができます。その結果、多様な人々との交流やコミュニティへの参加が容易になり、現実以上に自分の居場所を見つけやすくなる可能性があります。自分の内に存在する様々なアイデンティティの一つを受け入れてくれる場所を見つけることができるかもしれません。

知的好奇心の刺激につながる感覚をどう高めていくか

インターネットを通じて教材となる素材を閲覧したり、AIが指導や情報収集の役割を担うことも可能となった現代社会では、学ぶ必要性がないと評価される教科も増えてくるでしょう。しかし、このような状況こそが、学ぶことの重要性を強調する契機となると筆者は考えます。学習の魅力や楽しさを個々の学習者が体感できるかどうかが、今後ますます重要な要素となるでしょう。

メタバースやオンライン空間が日常生活に普及する中で、学校は独自の価値を見出す必要があります。単に黒板の内容を複写するだけではなく、リアルな対話の中で協力して学び、知的好奇心を刺激する喜びをどのように育むかが、今後の学校における重要な課題となるでしょう。

現代では、インターネットを通じて人々が相互につながり、多様な知識や情報に容易に触れることが可能となりました。特に若い世代は、この情報化された時代において、これらの手段が日常生活の一部となっており、情報収集のスピードも早いです。今後は、テクノロジー、特にメタバースなどの新たな領域を活用することで、不登校の生徒を強制的に学校に戻したりするのではなく、若者たちが自信を取り戻し、未来に対する希望や楽しみを再発見できる場所を提供することを、社会全体で考えていく必要があります。

[プロフィール]
齊藤大将

株式会社シュタインズ代表取締役。情報経営イノベーション専門職大学客員教授。エストニアの国立大学タリン工科大学物理学修士修了。大学院では文学の数値解析の研究に従事。現在はテクノロジー×教育の事業や研究開発を進める。個人制作で仮想空間に学校や美術館を創作。また、CNETコラムニストとしてエストニアとVRに関する二つの連載を持つ。