大人が本を読まない国でもある
一方で、社会人の平均的な読書量が少ないこともわかっています。文化庁の調査によると、全く本を読まない人が 47.3%と半数近くにのぼり、月に1,2冊の 37.2%を足すと、実に85%弱が毎月3冊以上を読む程度の読書習慣すらないのです(※1)。
いくら子どもの頃に学力が高かったとしても、社会人になって知識をアップデートすることを忘れてしまっては、社会で活躍できる人材とはなり得ません。子どもの頃に育むべきは、テストの点数で測定できる学力だけではなく、物事に興味関心を持てる「知的好奇心」であるべきでしょう。
アメリカで年々増加するホームスクーリング
子どもたちは多様な感性をもっていて、一人ひとりの興味関心や周囲への順応にはバラツキがあります。教室で机を並べて行われる一斉授業に馴染めなかったり、友人関係が上手くいかないと、不登校を選択する子も少なくありません。
ところが、日本では自宅で学ぶ「ホームスクーリング」が義務教育において正式に認められていないため、不登校の人にどのような学びの場を確保するのかは切実な問題です。
一方アメリカでは、ホームスクーリングを選択する児童・生徒が年々増えていて、小学生から高校生までの11.1%となる約500万人にのぼるという調査結果(※2)もあります。州によって制度は異なりますが、家庭で実施する学習計画を教育委員会に提出すれば、長期でも短期でもフレキシブルにホームスクーリングを行うことができるようです。
また、ホームスクール生と呼ばれる、家庭を拠点として教育を受けている児童・生徒は通学する子どもよりもテストの平均点が高いことで知られています。時間にも余裕があることから課外活動に打ち込むことができ、興味関心の幅を広げやすい環境にあります。アメリカの名門大学は学力だけではなく、出願者の課外活動を評価することから、スタンフォード大学受験者の合格率はホームスクール生の方が高いとも言われています。
テクノロジーを活用すれば、子どもたちの学習環境の選択肢が広がる
今では通学せずに自宅にいながらネットで学ぶことができるオンライン高校が日本でも普及し始めています。テクノロジーにより学習管理が容易になったので、義務教育においても制度改定などのきっかけがあれば今後広まってくるはずです。
とはいえ、在宅が良い、通学が良い、という二元論的に話が進むわけではありません。その間には中間の色がグラデーションのように広がっているはずです。大事なポイントは選択肢があり、かつフレキシブルに選択可能なことです。
もし、教育の目的が学力を上げることだけであれば、カリキュラムに沿って一つ一つ積み上げていくやり方がより効率的であることは間違いありません。そうではなく、興味のあることを深掘りして創造性や探究心を養うことを目的にすると、できるだけ幅広い選択肢の中から選べることが重要になります。
急に熱中することが見つかり通学時間を惜しんでまで取り組みたくなったら、あるいは友人関係に悩み少し時間や距離をおきたくなったら、簡単にホームスクーリングに切り替えられるようにすることは、少なくともテクノロジー面では十分に実現できる社会になっています。
子どもの教育にとってゲームは悪者?
子どもたちが時間を忘れて熱中してしまうことといえば、現代ではゲームが代表的な存在かもしれません。本来であれば子どもの熱中体験はポジティブなことですが、ゲームとなれば話は別というのが、一般的な保護者の感覚でしょう。
ゲームというバーチャル空間で長時間過ごし、生活リズムや体内時計が昼夜逆転してしまう「デジタル時差ボケ」が問題視されています。睡眠時間が削られてしまうほどの熱中はさすがに問題ですが、ゲームを一方的に悪者にしてしまうのも、また問題です。
一口にゲームといっても様々なジャンルがあり、課金をすればするほどキャラクターが強くなり、攻略しやすくなるゲームもあれば、世界中の仲間たちと協力しながら創意と工夫で困難を乗り越えていくゲームもあります。これらを一緒くたに語ってしまえるほどゲームの全体構造はシンプルではありません。
オープンワールド型ゲームは、未来をたくましく生きる訓練に
教育関係者に教育的な価値を評価されているのが、オープンワールド型ゲームです。ゲーム内のバーチャル空間において、移動の制限がなく、プレイヤーは自由にその世界を探索し、何らかのゴールに到達できるように設計されたゲームのことを指します。
オープンワールド型ゲームの良さは、自由度と創造性、共同作業にあり、学校現場でも利用されている最も有名なものは「マインクラフト」というゲームです。
「いくら創造性といっても所詮はバーチャル空間での創作だし…」、「やはり実際に触れる材料を使ってモノづくりをしないと…」と斜に構えているようでは、時代に取り残されてしまう可能性があります。
今の子どもたちが社会で活躍する2040年〜2050年代には経済活動の大部分がバーチャル空間で完結している、いわゆるメタバースが実現されると予想されます。
バーチャル空間で見ず知らずの世界中の友だちと、翻訳ツールを駆使してコミュニケーションを取りながら、小さな意思決定を繰り返し、モノづくりに励むのは、未来を生きるための立派な訓練なのです。予想される未来から逆算すると、社会に出る前の準備期間に行う教育として「ゲーム」というバーチャルなツールを過小評価すべきではありません。
バーチャル空間の利点は「思いっきり失敗できる」
技術的視点では、バーチャル空間に入り込むためのデジタルツールはまだ発展途上です。スマートフォンでは体験に限界がありますし、ARスマートグラスは高価でさらなる軽量化が望まれます。VRヘッドセットの販売台数は着実に増えているものの、愛好家向けの域を脱していません。
しかし、ツールの性能が向上し、軽量化や低価格化が進むことは疑う余地のない流れです。将来、よりウェアラブルなハードウェアとして進化してくると、リアル空間とバーチャル空間を行き来することは、息を吸うように自然にできるのかもしれません。
バーチャルの世界は思いっきり失敗することができる点でリアルよりも「やさしい空間」です。一発勝負でないだけに、納得のいくまで、いくらでもチャレンジできるのです。それは、試験本番の一日だけですべてが決まってしまう今の教育とは対極をなすものです。
知的好奇心が十分で、幅広い興味関心がもてる大人になっていくために、今の教育はどうあるべきかを考えると、一人で与えられた宿題をこなすだけよりも、仲間と協調して行う創造的な学びの方が大事であることは自明でしょう。
個々人のもつ多様な価値観を受け入れ、性格や個性に合わせた自由な教育を与えることが、未来のイノベーション創出につながるはずです。
[プロフィール]
礒津 政明
株式会社ソニー・グローバルエデュケーション 取締役会長
教育フューチャリスト
2000年東京工業大学大学院修了後、ソニー株式会社(現ソニーグループ株式会社)入社。ソフトウェアエンジニアとして、ソフトウェア・ネットワーク・ウェブ関連の研究開発に携わる。2012年、ソニーコンピュータサイエンス研究所(ソニーCSL)に異動、新規事業育成に従事。
教育分野における独自のビジネス構想を実現させるため、2015年、ソニーグループ初の教育事業会社・株式会社ソニー・グローバルエデュケーション(SGE)を設立、代表取締役社長に就任。2022年6月より現職。ロボット・プログラミング学習キット「KOOV®」や体験型プログラミング教材「PROC™」などを展開しつつ、技術と思想面から教育分野にイノベーションを起こすべく邁進している。
ほかにもZ会奨学金選考委員、株式会社銚子電気鉄道 社外取締役などを務める。2019年に発売された『5分で思考力ドリル』(ソニー・グローバルエデュケーション著・学研)シリーズは、累計26万部発行のベストセラー。