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ハンデキャップを感じない時代が到来?メタバースが導く「障がい者の包括的な社会参加」への可能性

この記事は1年以上前に書かれたものです。現在は状況が異なる可能性がありますのでご注意ください。

2023.08.25(最終更新日:2023.08.25)

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メタバースへの注目が高まる中で、その活用方法のひとつとして、「障がい者におけるメタバースの活用」が期待されています。アバターを使ったオンライン上での行動を可能にするメタバースは、身体や精神に障がいを抱える方にとって、これまで現実世界では難しかった活動が行えたり、新しい世界を体験できたりする可能性を秘めています。

一方で、健常者を前提としたメタバースが当たり前になってしまうと、障がいを持っている人が取り残されるケースも考えられます。障がいとメタバースにおける、課題も含めた現状と今後の展望について紹介します。

メタバースがもたらす障がい者への希望

現在、メタバースは音楽ライブや展示会、教育分野などさまざまな場面で実装されており、その活用の幅は今後も拡大することが期待されています。インターネットに接続できる環境下であれば、PCやスマホ、そしてVRヘッドマウントディスプレイ(HMD)を使用することで、誰でもメタバース上に参加することが可能です。そのため、リアルでは時間やコストのかかる活動やイベントでも、メタバースを利用することでイベント開催や参加のハードルを下げることができます。このような利点から、メタバースでは日々さまざまなイベントが開催されています。

(筆者と画家の植村友哉氏によるメタバース展示会イベントの様子)

筆者自身も、これまでメタバース学校、メタバース美術館、メタバース演劇などさまざまなイベントを主催してきました。その経験を通して感じたこととして、「メタバースは障がいを抱える方にとって、リアルよりも居心地の良い場所になり得る」ということが挙げられます。

そのなかでも、「メタバースで働く」という新しい働き方やライフスタイルには可能性を感じています。障がいを持つ人だけに限りませんが、メタバースでは自分の代理の姿となるアバターを使用するため、自分の本来の見た目の影響を受けません。さまざまなイベントが日々行われているメタバースですが、イベントスタッフや講師など、障がいの有無にかかわらず、基本的に誰もが同じように働くことができています。

アバターを通したコミュニケーションであれば、障がいを持つことも相手にはわからないことが多く、リアルでは生まれてしまいがちな差別や先入観、偏見などが発生しにくくなります。これは障がいを抱える人にとって、精神的負担を減らすことに繋がるのではないでしょうか。
 
身体的な障がい以上に、精神的な障がいを抱える人にとって、メタバースはより相性が良いのではないかと筆者は考えています。特に自閉症(自閉スペクトラム症)の人は、顔の表情やジェスチャーから相手の意図や隠された意味を読み取ることが苦手な場合が多いです。今日のメタバースでは、自閉症の人に限らず、アバターを通じてテキストメッセージやボイスチャットなどでコミュニケーションをとる場合が多く、リアルの会話よりもすれ違いや誤解が生じる可能性が減り、スムーズにコミュニケーションをすることができます。

リアルでの会話と比べて周囲からの目を気にする必要が少ないことは、対人関係に不安を感じやすい人にとっても安心材料のひとつになるでしょう。リアルでは環境に適応するために演技をしないといけないという人も、メタバースではありのままの自分でいられます。多様性という点においても、メタバースはさまざまな人の個性を受け入れる場所となり得るのです。

メタバースが障がい者を取り残してしまう可能性

一方で、気づかれにくいのがデジタル世界へのアクセシビリティです。イギリスでは、障がい者以外の人々のインターネット利用率が75%であるのに対し、障がい者コミュニティでは41%にとどまるようです(※)。たとえば身体障がいの場合、指や手を思うように動かせない人がスマートフォンやエレベーターのボタンを押すことに苦労していることに気がついていない健常者は多いです。インターネットについても同様に、すでにデジタル時代に取り残されている障がい者も少なくありません。

しかし、近年では、こうしたニーズにも対応するべく、目の動きだけでパソコンを動かす視線入力装置(アイトラッカー)や、スマートフォンでは、アプリの起動やテキストの編集などを音声だけでできる機能も搭載されています。

注目したい課題は、デジタル世界のインターフェースが変化していくことにあります。これまでデジタルの世界では画面を使ったコンピュータとのやりとりが主流でしたが、近年のメタバースは「空間」でコンピュータとやりとりするインターフェースへと歩みを進めています。ジェスチャーのような「空間」をインターフェースとしたやり取りでは、腕や指を自由に動かせない人にとっては、かえって障壁となってしまう可能性があります。また、現在のVR HMDに関しては視覚優位の技術であるため、目が不自由な人には使いこなすことが難しいでしょう。

それでは、VR HMDを活用すれば、肢体不自由な方に新たな娯楽を提案することは可能なのでしょうか。情報経営イノベーション専門職大学の学生である秋山悠氏と筆者が協力し、実際に肢体不自由の方や車椅子ユーザーの方に、VR HMDを使っていくつかのコンテンツを試してもらうリサーチと検証をしました。

実際の検証では、身体に障がいを抱える方にとってはアクション系のVRコンテンツだと、視線の高さや向き、動くスピードに対応できないため、十分に楽しむことが難しかったり、コミュニケーションをメインとするコンテンツだと、対象者が声やジェスチャーを使えないと会話が難しかったりすることがわかりました。加えて、身体障がいを抱えて生活をしていることで、比較的筋力が劣っていることもあるため、長時間VR HMDを首で支えることがストレスとなります。

(検証の様子)

また、障がい者の課題だけでなく、補助者の課題も見えてきました。VR HMDを使ってメタバースを利用する場合、酔ってしまっていないかなどを察することが難しくなります。対象者が声を発することができれば、補助者も気がつきやすいですが、そうでない場合には、VR HMDで顔が隠れてしまうため、対象者の表情での判断がしにくいのです。

メタバースで誰も取り残さない社会を

では、誰も取り残さない社会を築くために、どのようなインターフェースが開発されているのでしょうか。

メタバースを通じて誰も取り残さない社会を築くためには、健常者を前提としたデザインではなく、障がい者も含めた多様なニーズに対応できるバーチャルな環境やツールが求められます。視覚的な情報に頼らない利用方法や、身体の制約を考慮した操作の仕方など、誰でも無理なく利用できる環境づくりが必要です。

例えば、BMI(ブレイン・マシン・インターフェース)の領域では、脳波を使った操作を可能にする技術が研究され、開発が進んでいます。これにより、身体的な制約を持つ人々も脳の活動を通じてコンピュータやデバイスを操作できる可能性が広がり、多くの人々の生活の質向上に寄与する可能性が高まっています。こうした技術の進展により、メタバースやVRのようなバーチャル技術が障がい者の医療やリハビリに新たな展望をもたらすことが期待されています。

(2022年バーチャル学会での秋山氏と筆者の写真)

今回示したように、メタバースをはじめとしたバーチャル技術の発展によって、障がいのようなハンデキャップを感じない時代が訪れるかもしれません。その可能性が広がっていることは確実です。

多種多様な人々が共生していくことを重んじる時代だからこそ、相互理解が不可欠であり、そこから社会全体で技術の使い方を考えていくことが重要です。

[プロフィール]
齊藤大将

株式会社シュタインズ代表取締役。情報経営イノベーション専門職大学客員教授。エストニア国立大学タリン工科大学物理学修士修了。大学院では文学の数値解析の研究に従事。現在はテクノロジー×教育の事業や研究開発を進める。個人制作で仮想空間に学校や美術館を創作。CNETコラムニストとしてエストニアとVRに関する二つの連載を持つ。