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超高齢社会ニッポンを救う…「介護テック」の現在地

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2023.06.16(最終更新日:2023.06.16)

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総務省によると、2022年の高齢化率は29.1%と、超高齢社会の現在。介護需要はいっそう高まる一方、介護業界は深刻な人手不足に悩まされています。そんななか、ITの力を借りて業務を効率化し、人手不足を解消する「介護テック」が注目を集めています。介護業界が直面する複数の課題と、介護テックのメリット・導入事例についてみていきましょう。

介護の領域にもITの力を!いま注目の「介護テック」とは

金融業界の「フィンテック」、農業業界の「アグリテック」をはじめ、ITを活用して既存の産業構造に革新をもたらす「クロステック」が、さまざまなジャンルの産業に広まっています。こうしたなか、介護の領域でも「介護テック(ケアテック)※1」と呼ばれる新しいビジネスモデルが登場し、熱い視線を浴びています。

介護テックとは、「介護」と「テクノロジー」を組み合わせた造語。つまり、デジタル技術を導入することで、これまでの介護サービスのあり方や仕組みにイノベーションを起こそうというわけです。

介護業界が直面する、「深刻な人手不足」

介護テックが注目を集める背景には、介護業界が直面する厳しい現状があります。

厚生労働省の「平成30年度介護保険事業状況報告※2」によれば、社会の高齢化にともない、2008(平成20)年に467万人だった要介護・要支援認定者数は、10年後の2018(平成30)年には658万人と急増しています。その一方で、こうした要介護・要支援者をケアする受け皿が不足する状況が続いています。

厚生労働省は2021(令和3)年、市町村の介護サービス見込み量などに基づき、近い将来必要となる「推定介護職員数」を公表しました※3、※4。これによると、2019年度時点での介護職員数約211万人を基準とした場合、介護需要増加にともない23年度には約22万人、25年度には約32万人、40年度には約69万人もの介護職員が足りなくなる見込みです。

こうした状況を踏まえ、政府は、介護職員の給与アップや介護人材の確保・育成、外国人材の受け入れ拡大など、“あの手この手”で介護職員を増やそうと施策を行っていますが、なかなかうまくいっていません。これにはいくつかの原因が考えられますが、最も大きいのは、「待遇に比べ、業務における心身の負担が重すぎる」という点でしょう。

心身ともにすり減る介護業務…職員の「離職」が後を絶たない

介護の仕事は、体力がモノをいいます。たとえば、寝たきりの人を介助する場合、その人の身体を起こし、抱きかかえ、移動する際は車椅子に乗せる必要があります。自身で動くことができないとはいえ、70歳以上でも男性は平均で60kg以上体重がありますから、たいへんな重労働です。「腰痛」は介護士の職業病ともいわれ、体力が続かずに離職する人が後を絶ちません。

さらに、介護職員は、メンタルへのダメージも受けやすい仕事です。介護施設の入所者は認知症を患っている場合もあり、記憶障害により同じことを何度も繰り返し尋ねたり、被害妄想により介護職員を責めるなどのケースも多くみられます。

また身体が不自由なことから、思うように動くことができず、溜まった不満をつい近くにいる介護職員にぶつけてしまうこともよくあります。このように、入所者が介護職員に暴言を吐く、暴力を振るうなどした結果、離職につながってしまうことも非常に多いです。さらには、要介護者の家族からハラスメントを受けるケースもあります。

こうした問題を解決するには、「体力があってメンタルも強い人を、高給で採用すればいいのでは?」と安易に考える人もいるでしょう。しかし、一筋縄ではいきません。

介護業務は“常時”人手が必要

現在の介護サービスは、人海戦術に頼る典型的な「労働集約型」のサービスです。とりわけ、主な対象が要介護状態の高齢者のため、食事や入浴、排泄など、生活にかかわるほぼすべてのタイミングで人の力が必要です。このように、常時多くの人手を要していることも介護現場が慢性的な人材難である要因のひとつです。

しかし、介護事業所も、スタッフをおいそれと増員するわけにはいきません。国の財政がひっ迫していることもあり、事業収入となる「介護報酬」は厳しく抑えられているため、人件費を簡単に増やすことができません。その結果、介護職員は、「給料は上がらないが仕事は増える」というジレンマに陥っています。

夜間業務を90%削減できたケースも!「介護テック」の実例

そこで、こうした介護現場の苦境を救う新たなソリューションとして期待されているのが、「介護テック」です。ITによって業務効率化や大幅な省力化を図り、介護職員の負担を軽減するのが大きな狙いです。介護テックが普及すれば、過酷な介護現場の労働環境も改善され、新たな職員も集めやすくなることが期待されます。

介護テックは、大きく分けると、

1.介護職員の代わりにAIやロボットが要介護者を見守ったり、介助したりする技術
2.介護職員の業務自体をAIやロボットが代替したり、支援したりする技術

の2つがあります。①では、高齢者向けの誤嚥予防や排尿予測、フレイル(注)の予兆を検知する技術、②では、介護作業の負担を減らす「アシストスーツ」などの研究開発が進められています。
(注)フレイル……心身の機能が低下し、要介護状態となる一歩手前の状態。

では、実際に活用されている介護テックの事例を、いくつかご紹介しましょう。

1.「介護ロボ」の活用で職員・要介護者双方の負担がゼロに

「ロボヘルパーSASUKE※5」は、移乗を手助けする介護ロボットです。自力で起き上がることが難しい要介護者をベッドから車椅子に移す際、2本のアームで「お姫様だっこ」をするようにシートごと抱きかかえ、車椅子に座らせることができます。

これを使えば介護職員が抱きかかえる必要はなく、要介護者も寝たままでいいため、双方に負担がありません。すでに老人ホームなど複数の施設で活躍しており、いままで職員2人がかりで行う必要があった介助作業も、職員がほとんど力を使うことなく行えるようになったケースもあるそうです。

2.AIによる見守りで、夜間巡視業務を「90%」削減

パナソニックは2020年、介護施設内をAIが自動モニタリングするサービス「ライフレンズ※6」をリリースしました。センサーや記録システム、コールシステムなどを通じて、入所者のなんらかの異常を検知すると、AIが集中管理センターに通報し、そこにスタンバイしている担当職員が居室に駆けつけるという仕組みです。

これにより、職員が夜間1時間ごとに行う巡回が不要になり、サービス付き高齢者向け住宅を運営する会社では、夜間巡視業務を約90%削減できた例もあるようです。

3.「ドライブボス」

介護には、在宅や通所(デイサービス)のサービスもあります。2016年の経済産業省の調査※7によれば、デイサービスの業務負担のうち「利用者の送迎」が約3割を占め、そのなかでも、利用者の家を回る順番やルートを決める「送迎計画」に、最も時間を割いていることがわかっています。

そこで、パナソニックカーエレクトロニクス株式会社は2018年、AIによる送迎支援サービス「ドライブボス※8」をスタートしました。利用者1人ひとりの条件に合わせた送迎計画をボタン1つで自動作成できるうえ、送迎車両の走行記録によって、ドライバーの運転状況なども逐一把握できるため、安全運転の意識向上も図れるといいます。

サービス導入によって、送迎計画の作成時間が約6分の1に低減できた事業所もあるようです。

便利な一方、いまだ導入への抵抗感根強く…「介護×IT」の未来は

上記のように、介護テックは期待を背負って複数の事業所で普及しつつあるものの、その一方で導入への抵抗感が根強い事業所も少なくありません。

導入に反対する理由のひとつが、「機械が相手では、利用者が嫌がるのでは?」といった思い込みです。しかし、先述したライフレンズの導入事例では、巡回時間が減った分、介護職員が入所者に接する時間が増え、かえって入所者の満足度が向上したそうです。

もうひとつ、導入の大きな障壁となるのが「コスト」でしょう。たしかに、介護テックで新たに必要となる機器やサービスはイニシャルコストが高いケースも多く、導入を躊躇する事業所が多いのも頷けます。行政による初期費用の補助や低利の融資といった支援策も必要でしょう。

とはいえ、上記の事例でも見たように、業務効率化による人件費の削減をはじめ、長い目で見た介護テックのコストパフォーマンスの高さは見逃せません。先述した「ライフレンズ」は、その効果を厚生労働省にも認められ、介護施設の職員配置基準の緩和につながったほどです。中長期的な視点から、導入を積極的に検討すべきでしょう。

今後は、若手を中心に人材獲得がますます困難になり、介護業界でもデジタルシフトは避けられません。介護テックの活用が、介護事業所にとって重要な経営テーマとなるはずです。

[プロフィール]
野澤 正毅
1967年12月生まれ。東京都出身。専門紙記者、雑誌編集者を経て、現在はビジネスや医
療・健康分野を中心に執筆活動を行っている。