当社サイトでは、サイト機能の有効化やパフォーマンス測定、ソーシャルメディア機能のご提供、関連性の高いコンテンツ表示といった目的でCookieを使用しています。クリックして先に進むと、当社のCookieの使用を許可したことになります。Cookieを無効にする方法を含め、当社のCookieの使用については、こちらをお読みください。

日常も非日常も温める。WILLTEXの「発熱する布」がもたらす安心な暮らし

2024.06.18(最終更新日:2024.06.19)

読了時間目安 16

シェアする

毎日の食事や、寒さから体を守ってくれる衣服など、私たちの生活に「温かさ」は欠かせないもの。電子レンジや使い捨てカイロなど、温かさを作り出すための技術は多岐に渡りますが、災害時や外出時などには、そうした普段通りの手段が機能しないこともあります。

WILLTEXは布が発熱する特許技術を活用して、カバン型のポータブルレンジバッグや、布ヒーターが発熱する防寒ジャケットなどを開発する企業。軽くて壊れにくい布の特性を活かした製品は、シチュエーションを選ばず利用でき、有事の際にも役立つフェーズフリーの観点からも注目を集めています。

製品開発のきっかけは、家族の野球を極寒のグラウンドで見守っていたこと。また、阪神淡路大震災を経験し、食事の温かさの重要性に気付いたことも、今のプロジェクトにつながっています。暮らしにおける温かさの重要性を知るWILLTEXのお二人に、これまでの事業について伺いました。

瞬時に発熱し、繰り返し使える新たな布

布が発熱する技術があると聞き伺ったのは、横浜市にあるWILLTEXのオフィス兼ショールーム。たくさんの商品が並び興味をそそられるなか、まずは独自の技術で作られた繊維「EXFIBERS」の発熱機能を体験させてもらいました。

EXFIBERSで作られたサンプル。黒い部分が電線の役割を果たし、茶色のガーゼ部分が発熱する

茶色いガーゼのような部分の下に手を通し、取り付けたバッテリーの電源をONにすると……温かい!わずか数秒で布が発熱し、その温度が手に伝わってきました。熱い食器や鉄板に触れるというよりは、太陽が照らす砂に地肌で触れるような、じんわりと熱に包まれるような感覚です。そしてわずか数秒で、熱々に。

サーモカメラを見ると、布全体がまんべんなく発熱していることがわかります。一本の太い電熱線だけで温める形式と異なり、ヒーター部分を構成する全ての繊維が等しく発熱するため、このように均一な温まり方になるのだそう。一部が破れたり、穴が空いたりしても、そこを迂回して熱を伝えることができます。

EXFIBERS自体が電線の役割も果たすため、バッテリーとの接続端子を除いて金属部品も一切不要。それゆえ、伸びたり曲げたりしても壊れにくく、これまでの携帯式ヒーターが抱えていた、発熱のまばらさや丈夫さの課題も解決しています。

登山時の保温や加温に使える「WILLCOOK TREK」
リュックとトートの2WAYで利用でき、不使用時はコンパクトに折りたためる「WILLCOOK PACKABLE」

EXFIBERSの技術を用いた「WILLCOOK」シリーズは、外出先でも食事を温めたり、暖を取ったりできるアイテム。断熱性能が高いため、高機能の保冷バッグとしても利用できますが、そんな機能があるとは思えないほど、日常使いしやすい見た目も特徴です。

WILLTEX代表取締役 木村浩さん

WILLTEX代表の木村さんは「私たちの製品は、言うなれば糸でできている家電。丸めても壊れないし、そのまま洗濯もできるんです」と魅力を伝えてくれました。

きっかけは屋外の野球観戦、運と経験が出会いを呼び込む

発熱機能を持つ布を生かした、生活に役立つアイテムの数々。耐久性や使いやすさなど多くの利点がありますが、その開発のきっかけは意外なものでした。

WILLTEX CTO 上田彩花さん

上田:私の息子が野球をやっていて、一年中グラウンドで観戦していたんです。子ども達は動いているけれど、親はひたすら座っているだけなので、真冬は本当に寒くて……。持て余した時間の中で、寒さを凌ぐためのアイデアを考えるうちに、着ている服が温かくなればいいと思いついたんです。当時勤めていた電子基板の会社で、新事業に取り組む機会があったので、前職の繊維会社で学んだことも掛け合わせて、発熱する布の開発を始めました。

最初は電気抵抗で発熱する導電糸を試したのですが、十分な熱を得られず、布にプリントできる導電性ペーストで実験したところ、40度くらいになる布が完成しました。それをベンチコートに取り付け、プロトタイプとして技術見本市で展示したら、たまたま首都高速道路株式会社(以下、「首都高」)の役員の方に興味を持ってもらい、共同開発が始まることになって。まだまだ実験のつもりだったので、どう進めようか悩んで協力会社に相談した結果、三機コンシスさんを紹介してもらったんです。

当時上田さんが試作した、銀ペーストを使用したヒーター

上田:三機コンシスは空調設備を扱う、温度に関する様々な製品開発を行っている会社です。そちらでEXFIBERSの原型になる繊維を紹介してもらったのですが……まさに、私が作りたい発熱する布そのものだったんです。とても驚いて、繊維会社時代の上司だった木村に、こういうものがあったと伝えました。

木村:僕は30年間ずっと布や糸について勉強して、導電布や導電糸も大手さんと一緒に開発して、その上で諦めていたんです。だから「発熱する布なんて、一企業に作れるわけないでしょう」ぐらいの気持ちで三機コンシスさんに体験しに行ったら、もう本当に膝から崩れ落ちるくらいの衝撃を受けて……。この技術を使ったら、世の中の洋服の機能を丸ごと変えられると確信しました。

三機コンシスさんとしては、素材はあるけど事業化をどうしていこうかという状況だと聞いたので、「それなら僕たちが事業にします」と言って、2017年に上田とWILTEXを立ち上げました。布を発熱させる、世界に一つの技術を埋没させるわけにはいかないという思いもありました。

——おふたりが繊維や電子基板の事業に取り組んでいた経験や、三機コンシスさんとの出会いがWILLTEXの立ち上げにつながったのですね。

WILTEXは三機コンシスとライセンス契約を結んで事業に取り組んでいる

アパレルから調理へ。温かさの舞台が広がっていく

上田:WILLTEXとして事業を始め、最初に取り組んだのは首都高さんとのプロジェクトでした。温かいウェアを作るときは通常、アウターの綿を増やすようなアプローチになるのですが、EXFIBERSの技術を用いて、薄くて温かいインナーベストを開発しました。これまで使っていた作業着の下に着用できますし、動きやすさも邪魔しないんです。

その後も、大手企業にワーキングウェアとしてインナーを採用いただきました。WILLTEXの商品は、伸び縮みするので着用しやすいし、洗濯もできるのでハードな現場に適していたのだと思います。屋外だけでなく、食材庫など寒い室内で働く方の需要も多かったですね。

一般ユーザー向けに販売しているダウンベスト
背面のEXFIBERSが温まり、包まれるような温かさを感じられた

——首都高さんや企業に向けた、toBの衣類開発から事業がスタートしたのですね。WILLCOOKなど、私たちのような一般消費者に向けた製品はいつから扱うようになったのでしょうか?

上田:新型コロナウイルスの影響で、製品をアパレル業者さんに採用いただくことが難しくなっていきました。改めて自分たちのコアになる事業を検討したときに、やはり私の原体験に戻ったんです。野球を見るときにお弁当を持って行くのですが、冬場は保温容器でも食べる際にすぐに冷めてしまうんです。三機コンシスさんとその話をしたら、布でお湯を沸かせたら面白いんじゃないか?というアイデアが出てきて。

——布でお湯を沸かす!?すごい発想ですね。

上田:とはいえ、お湯が沸くほどの熱をいきなり使うのは、安全面でも課題があるので、まずは食べ物を温められるバッグ「WILLCOOK」を開発することになりました。バッグなので扱いやすさや背負い心地も大事ですし、そもそもウェアと調理器具では、対象とする温度帯が大きく変わるので苦労もありました。

実は、EXFIBERS自体が持つ熱はウェアと大きく変わらないのですが、断熱材の種類やバッグの構造を何十通りも検証して、うまく熱を集中させているんです。安全性をキープしながら、食べ物をちょうど良い時間で温められるよう調整しています。

WILLCOOKのクラウドファンディングにはWILLTEX側の想像を遥かに超え、1000万円以上の支援が集まった

——ワークウェアから幅広い日用品へと、技術の対象領域が変わっていったのですね。どのようなユーザーさんが多いのでしょう?

上田:クラウドファンディングでは防災グッズとして購入いただいた方が多かったです。小さなお子さんがいる方が、離乳食やミルクを温めるために購入するケースもありました。アウトドアで利用いただく方の声を受けて、登山用にアレンジした「WILLCOOK TREK」を第2弾として開発し、第3弾の「WILCOOK PACKABLE」では市販のモバイルバッテリーでも温められるようになりました。

TEDによる「WILLCOOK DRIVE」の紹介動画(クリックで外部サイトへリンクします)

木村:車での長距離移動時に温かい食べ物が欲しかった、という声もありました。「WILLCOOK DRIVE」は、自動車での利用を想定して開発した商品です。食事を温めることもできるし、シートに取り付けて首元や腰を温めることもできます。長距離の移動はもちろん、災害時にはプライベートの避難所にもなる自動車の中で、温かい食事が取れたら嬉しいですよね。

——ユーザーの声にも耳を傾けて、技術の応用先が広がっていったんですね。それだけ「温かさ」が求められるシチュエーションが多かったのだと思います。

フェーズフリーで、日常と非日常に寄り添う

——ここ数年、日常的に使うものやサービスを非常時でも使えるようにする「フェーズフリー」という概念が広まっています。WILLTEXの製品にも共鳴するコンセプトですよね。

上田:最初からフェーズフリーを意識していたわけではありません。しかし、WILLCOOKを2022年のフェーズフリーアワードに応募したところ、オーディエンス賞をいただいたんです。普段使っていないものは災害時にも使いづらいですから、日常使いの服やバッグに機能を持たせる方向性は間違っていないのだと自信になりました。

木村:実は、僕は阪神淡路大震災の被災者で、一ヶ月間全てのインフラが止まった環境で生活をした経験があります。支援される食料で栄養はつけられるのだけど、気持ちが沈んでいくんですよね。行政が炊き出しに来て、二週間ぶりに温かい豚汁を食べたときには、もう涙が止まらなくて……。生きている実感が湧いてきたし、これからの現実を受け入れていく意欲も湧きました。ただの食料だけでなく、人の思いやりが加わった、温度のある食事が心に刺さるんです。ものを温めることは、心のウェルビーイングにもつながるのだと思います。

——温かさは私たちの心身を、想像以上に支えているのですね。普段使いの日用品がその機能を持つことは、とても大事なことのように思えました。

木村:まさに普段使いであることが大切で、みなさん服は着ているし、バッグも持っていますよね。僕たちの事業は、そうしたいつもの日用品に、ご飯を温めてあげる機能を持たせてみませんか?というシンプルな提案なんです。

布製だから壊れにくく長持ちするし、万が一故障があっても私たちが修理します。首都高さんにはもう5年以上使っていただいていますが、これまで修理したのは1着だけなんです。一生使っていただけるものだから、少し価格は高めかもしれませんが、今は安い消耗品ばかりを使って捨てる時代ではないですよね。サステナブルで安心、かつフェーズフリーで皆さんの日常を支えられる製品づくりを目指しています。

ユーザーと共に、温かい技術を世界に広げていく

——最後に、これからの展望や作ってみたいものについて教えてください。

木村:WILLCOOKは2024年1月にラスベガスで開催された世界最大の家電見本市CESでBest of Innovationを受賞するなど、世界的にも高い評価を受けています。寒い地域はもちろん、室内の空調が効きすぎる中東地域などでもニーズがあるようで、海外との取引のために新会社を立ち上げました。これからもEXFIBERSの技術を国内や世界に、正しく安全に広めていくことが僕たちの責任だと捉えています。

上田:私はやっぱり、布でお湯を沸かしたいですね。ハンカチを広げて、その上にカップを置いてお湯を沸かしたり、目玉焼きを作ったり……。まだまだ空想ですけど、災害時にも役立つだろうし、安全性の高い製品ができるだろうと思っています。

——WILLTEXが生みだす商品は、また私たちを驚かせてくれそうですね。

上田:クラウドファンディングを通じて、すごい熱意で商品について質問してくれたり、友達のようにメッセージを送ってくれたりするユーザーさんたちとの関係も生まれました。小さな会社で行き届かないこともあるのですが、長い目線で応援してくださる方々の存在は本当にありがたいですし、その期待に応えていきたいです。

(編集部コメント)
取材前は「温かくなる布」があまり想像できなかったので、体験した時にはとても驚きました。一瞬で繊維が温まるのに、鉄板のようにダイレクトな刺激はない。砂浜かサウナか、包まれるような温かさはどこかホッとするものでもありました。食事や日々の生活に、文字通りの温もりを与えてくれるWILLTEXの技術と製品は、土地や時間を選ばず、私たちの生活を支えてくれるものだと感じました。

(プロフィール)
株式会社WILLTEX代表取締役 木村浩
各企業の収益改善と経営企画に携わり、アメリカの芯地メーカー、日本の紡績メーカー、繊維商社などを経て2018年、株式会社WILLTEXを設立。「布で未来を創造する」を企業理念に掲げ、ファイバーイノベーションで豊かな未来へ導くヒーローになるべく活動中。

株式会社WILLTEX CTO 上田彩花
繊維商社、ハードウエア設計会社を経て、2018年WILLTEX立ち上げに参加。ファブリックヒーターを用いた製品開発を担当。新たな製品開発を日々空想しながら、人や社会に貢献できるものづくりをするべく活動中。

WILLTEX公式オンラインストア:https://www.shop.willtex.co.jp/


(執筆:淺野義弘、撮影:渡邊樹、編集:ヤマグチナナコ)