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ウシの行動をモニタリングする国内初の首輪型IoTデバイス。畜産業界の変革に挑むアグリテック企業の思い

2023.10.18(最終更新日:2023.10.18)

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慢性的な労働力不足に後継者問題、業務の効率化、SDGsへの取り組み……。飼養規模が急激に拡大するなか、畜産業界はさまざまな課題を抱えている。

そんな畜産農家の現状を変えていきたいと立ち上がったのが、デザミス株式会社だ。2016年に創業して以来、IoTソリューションを用いて畜産農家の抱える課題解決に取り組んできた。

2017年には、ウシの行動をモニタリングするサービス「U-motion」をリリース。IoTデバイスをウシに装着すると、24時間行動データが記録され、ウシの飼育に不可欠な細やかな観察をサポートしてくれる。蓄積されたデータをもとに疾病や発情などの予兆を検知し、リアルタイムで教えてくれるアラート機能もあり、農家の負担軽減にも一役買っている。

そこで今回は、創業当初から「U-motion」開発に携わったCTOの小佐野剛さんと、事業企画・PRを担当するCBOの菊池遼介さんに、サービス開発の裏側やアグリテック領域における今後の展望について伺った。

ウシの行動を徹底的にモニタリング!農家の負担を軽減するIoTデバイス

――まずは「U-motion」について教えてください。ウシを育てる畜産農家さん向けの製品とのことですが、どんなサービスですか?

菊池:「U-motion」は、ウシの首に取り付けたセンサーがウシの行動をモニタリングし、健康状態をリアルタイムに把握できるサービスです。センサーから取得したデータをクラウド上で分析し、その結果を農家さんがソフトウェア上で閲覧できる仕組みになっています。

ウシは、個体ごとに丁寧に観察・管理することが非常に大事な動物だと言われています。日々規則的に飼育を続けていくなかで、牛を観察していると「あれ、今日は何か違うな」という瞬間があって、よくよく調べてみると病気やケガだったというケースがあるんですよね。ただ、牧場によっては1000頭以上のウシを抱えていることもありますし、慢性的に労働力が不足しているなかで一頭ずつ丁寧に見るのはとても困難なんです。そこで「U-motion」を導入していただくと、24時間365日蓄積されるウシの行動データを時系列で確認できるので、日々の観察のサポートツールとして役立てていただいています。

――具体的には、どんなデータを取得できるのでしょうか?

菊池:「U-motion」では採食・反芻・動態・横臥(おうが)・起立など、ウシの主要な行動を記録しています。農家さんが見られる画面上では、首にデバイスを付けているウシがそれぞれどんな行動をしているのか、個体ごとに確認できるほか、牛舎環境の温度や湿度などのデータも表示されます。

蓄積されたそれらのデータをAIで分析し、病気の可能性がある、もしくは長期にわたってあまり調子が良くないウシをシステム側で自動的にピックアップして、アラートを通知と音でお知らせしています。

▲「U-motion」の画面。採食・反芻・動態・横臥・起立といったウシの行動を分析できる

小佐野:さらには「起立して反芻している」のか、「横臥して反芻している」のかといった組み合わせでも確認ができます。反芻とは、ご飯を食べたあとにもぐもぐしている様子を指しますが、あれはウシにとってはリラックスしていて、心穏やかな状態なんですね。

――そうなんですね、想像すると可愛いです(笑)。

小佐野:なかでもよりリラックスしているのは、横になって反芻している状態です。私たち人間も、食後にごろごろしている状態が一番リラックスしているじゃないですか(笑)。それが自然な状態のはずが、立ってもぐもぐしているのには何か理由があるんですよね。もしかしたらケガをして足が痛いのかもしれないし、横になるベッドが窮屈だからかもしれない。あるいは、他のウシにいじめられて、社会的地位が相対的に低いから思い切った場所でリラックスできないなど、さまざまな要因が考えられます。

反芻の時間だけ見れば、リラックスしていて大丈夫だなと思うところを、「立って反芻している」時間が長いとなれば対策が必要だとわかります。このように「U-motion」では、より細やかな観察を通してウシの状態を見分けることができるんです。

▲デザミス株式会社CTOの小佐野剛さん

――なるほど。人間の目視による観察では見落としてしまいがちなところも、「U-motion」が補ってくれると。

小佐野:はい。「U-motion」はお肉として育てられる肥育牛にも有用です。肥育牛は出荷の直前になると体が重くなり、自重で起き上がれなくなる「起立困難」が起きてしまうことがあるんです。もがいている間にガスが溜まって呼吸ができなくなり、そのウシは最終的に死んでしまいます。大切に育てたのに商品にならず、現場の皆さんの心理的にもかなり辛い事故なんですよね。

だから、多くの牧場では夜中でも睡眠時間を削って定期的に見回りをしたり、お金を払って外部の方に見てもらったりしているのが現状です。そこで「U-motion」を導入していただくと、起立困難の可能性があるウシがいたらアラートでお知らせしてくれるので、農家の皆さんの見回りの負担を軽減することができます。

――アラートが鳴ったら対応すれば良いとなれば、農家さんにとってかなり負担が減りますね。一つのデバイスでさまざまな行動を判別できるのが不思議ですが、どのような仕組みになっているのでしょうか?

小佐野:デバイスには加速度センサーと気圧センサーの2つが搭載されていて、それらを組み合わせることでウシの姿勢を推定し、行動を判別しています。気圧で高さがわかるので、立っているか寝ているかを判別します。また、加速度によって動いているか完全に止まっているかがわかりますし、そのなかでさらに細かく特徴を見ていくと、採食や反芻などの分類も可能です。このセンサーの開発やデータ分析は、NTTテクノクロス社と共同で行っています。

「ウシの気持ちを知りたい」から始まった、新しい取り組み

――そもそも、ウシの行動をモニタリングするサービスの開発のきっかけは何だったのでしょうか?

小佐野:もともとデザミス代表の清家(せいけ)には、20年以上国内の大手電気メーカーのアグリ部門に携わっていたという背景があります。そこで、新型の牛舎の設計・販売や、設置する送風機などの営業をしていたのですが、あくまでメーカーの基準で決められたものを販売するなかで「これは本当にウシにとって良いことなのか」と疑問を感じていたそうなんですね。それを確かめたい、ウシの気持ちを知りたいという発想から、センサーを作ろうと考えたのがきっかけだと聞いています。そのために清家は独立をしてデザミスを創業し、「U-motion」の開発に至りました。

――小佐野さんは創業当初から、「U-motion」の開発に携わっているそうですね。

小佐野:はい。以前はSIer企業でエンジニアをやっていましたが、ある程度経験を積んだタイミングで、より効率的にエンジニアとして価値を発揮できる場所がないかと探していたところ、清家と知り合いました。そこで、畜産農家を助けたいという熱い思いや「U-motion」の構想を聞いて面白そうだと思い、デザミスの立ち上げに参画することにしたんです。

「U-motion」の設計に近い部分から、実装やファーストユーザーへの導入など一通りをやってきました。IoT製品なので、エンジニアとして単純にソフトが描ければいいわけではなく、さまざまな領域に携わる必要があって最初は手探りでしたね。

――開発にあたって特に困難だったことを教えてください。

小佐野:以前から、ウシの発情を検知するのに特化した製品は存在していましたが、さまざまな行動の分析やアラートを検知できるものはなかったため、参考事例も決まった正解もないのが大変でした。

「U-motion」には治療や移動、出荷など、毎日何をしたかという飼養管理を記録できる台帳機能があるので、まずはそれを繋がりのある農家さんに使っていただきました。「今日発情が見られた」や「病気の治療をした」など、実際に報告いただいた時刻とウシの行動データを見比べて、さまざまな仮説を重ねながら精度を高めて製品化していくのが、ソフト面で一番難しいところだったと思います。

――すごく地道な作業ですね。

小佐野:そうなんです。ハード面でも提供コストに関してはかなり試行錯誤しました。費用対効果のバランスを取るために、何でもかんでもハイスペックなものを提供するわけにはいかないんですよね。さらにIoT製品はネットワークが必須なので、現場にネットワーク機器を導入してもらう必要があります。

そうなると、施工のコストをできるだけ抑えつつ、現場の環境に耐えられるものを設計しなければならないので、そうしたコストとの闘いもありました。当時私は月の半分以上は牧場に出張して農家さんとお話しつつ、時には東京から自分でケーブルを担いでいくこともありました。

人間の目には見えない兆候をキャッチし、死亡事故減少へ

――画期的な製品ではありつつも、今まで自ら培ってきた観察力で牧場運営をしてきた農家の方々にとって、IoT製品の導入は少しハードルもあるのかなと思うのですが、いかがでしたか?

小佐野:IoT製品に対する認知度も低いので、最初は皆さん半信半疑でした。「これ本当に効果あるの?」「効果あるなら入れるけどね」と。価値を示すという点では、やはりハードルがあったかなと思います。ですので、まずは興味を持っていただける方に使ってもらって、積み重ねた実績を他の農家さんにご説明するようにしていました。また、畜産農家さん同士は距離が離れていてもいろいろな繋がりがあるので、使ってくださった方々のクチコミやご紹介で少しずつユーザーが増えてきたなと感じています。

菊池:今導入いただいているのは、約20万頭ほどですね。少し変わっているかもしれないですが、僕らは「U-motion」のデバイスを付けているウシの頭数をKPIとしています。ちなみに、日本に人間は約1億人いると言われていますが、ウシは何頭いると思いますか? 

▲デザミス株式会社、経営企画室長の菊池遼介さん

――ええ、30万頭くらいですか……?

菊池:実は日本に約400万頭いるんですよ。

――想像していたよりもかなり多くて驚きました。

菊池:そうですよね。正確には今、390万頭くらいのウシが日本にいます。そのうち「U-motion」のセンサーを付けているウシは、すでに20万頭近く。農家さんによっては、牧場の半数のウシにだけ首のデバイスを付けるとか、台帳機能をメインに使うというパターンもあって、それぞれですね。プランも農家さんの運営状況に合わせてご提案しています。

――「U-motion」を使用した農家さんからは、どのような声が届いていますか?

小佐野:「今年は病死する牛がゼロでした」という声をいただきましたね。どれだけ気をつけていても、年間に数頭は死んでしまっていたんだけれども、「U-motion」を導入してから重篤化する前に早期発見・早期治療ができて、死亡を防げるようになったと。そのぶん、治療の数はむしろ増えているようです。

あとは、一見普通に見えるけれど「U-motion」がアラートを出したウシがいて、体温測ってみたら少し発熱していたので獣医さんを呼んだら、本当に病気だったというエピソードも聞きました。「U-motion」は24時間行動データを取得しているからこそ、人間の目には見えないちょっとした変化から兆候を見つけられるんですよね。「人間が気づくより早くアラートが届いたときは、震えました」という声をいただいたときは、嬉しかったですね。

人にも、ウシにも、地球にも優しい畜産へ

――お二人は「U-motion」に携わり始めてから、ウシに対する思いに変化はありましたか?

小佐野:そうですね、以前はほぼ考えたことがありませんでしたが(笑)。入社して形作られた部分はありますね。良い牧場さんのウシってすごく人懐っこくてどんどん寄ってきますし、やっぱり可愛いなと改めて感じます。ただ同時に経済動物という側面もあるので、適切な距離感やバランス感覚を見ながら関わるようにしていますね。

菊池:僕自身も以前は、大手不動産会社やEコマース企業で人事をやってきたので、全く違う業界にいましたが、一頭一頭個性があって、丁寧に見てあげないといけないのも含めてウシって面白いなと思いますね。

今はウシをはじめとした家畜も感受性を持つ生き物として心を寄り添わせ、できるだけストレスが少なく、行動要求が満たされた状態で育てることを目指す「アニマルウェルフェア」が話題になっています。ヨーロッパだとすでに当たり前になっていて、基準をクリアした商品にきちんとお金を払うという意識が高いのですが、日本にはまだまだ広がっていません。その点、僕らはウシの健康管理の会社なので、これまで溜めてきた知見を活かしつつ、ウシにも優しい畜産を実現させたいなと思います。

――たしかに、私たちの食卓を支えてくれている家畜たちの健康的な暮らしが当たり前に守られ、良い取り組みにお金を払う社会にしていく必要がありますね。では最後に、「U-motion」の今後の展望や、事業展開について教えてください。

小佐野:昨年から、新しく「U-motion」のデータ活用をしていく取り組みに力を入れています。「U-motion」はローンチして7年目になるので、かなり膨大なデータが溜まっていますが、まだまだ活かしきれていないのが課題だと感じています。そこで今後はそれらのデータをサービスの中だけに留めずに、ステークホルダーである牧場の経営に携わる企業、たとえばウシのエサを扱う企業や、動物の薬品会社などが持つノウハウやデータと組み合わせて、新しい発見に繋げていきたいなと。そういった思いから、今「U-motion」のプラットフォーム事業を進めています。最近は海外からの問い合わせも増えてきているので、需要に応えられるような体制を整えつつ、畜産業界全体を盛り上げていけたらいいなと思っています。

菊池:畜産業界は慢性的に人手不足だと言われているなか、牧場の方々の負担を減らしたいという思いで「U-motion」は生まれました。ただ、課題のなかには機械を入れて解決できる部分とそうではない部分があると思うんですね。たとえば世界に誇る和牛は、飼育管理も一種の達人技。後継者を見つけるにも一筋縄ではいきませんし、環境に配慮しながらそうした技術をきちんと伝承していく必要があります。

どうしても人に敵わない部分はまだまだあるなかで、今は若手の担い手が本当に少ないので、人にまつわるサービスができたらいいなと思っています。そこでまずは、畜産業の3K(きつい・汚い・臭い)の要素をなくしていきたいなと。たとえば「臭い」も、最新技術で匂いを発生させないようにすることも可能になってきていますし、改善できれば田舎でなくともいろいろな場所で牧場ができるので、若い人たちのハードルも下がるのかなと思います。ゆくゆくは、海外のように畜産業が若い人に憧れられるような仕事にしていきたいですね。

編集部コメント

「牛乳の消費量が減って、酪農家の方々が今大変らしい」。恥ずかしながら、取材以前はその程度の知識しか持ち合わせていませんでしたが、畜産業界の課題や現状に触れるなかで、日々家畜に食卓を支えてもらっている私たち生活者も知っておくべきことだと、強く感じました。日々当たり前のようにスーパーで購入する肉や牛乳などは、飼育する農家の方々がいなければ手に入りませんし、そもそもウシをはじめとした家畜たちが健康でなければ、食べることができません。これからは人とウシ、そして地球にも優しい畜産へ。ウシの声なき声に寄り添い、畜産業界の変革に挑むデザミスの挑戦をこれからも見守りつつ、消費者としてもできることから始めようと思わされる取材でした。

[プロフィール]

小佐野剛(デザミス株式会社 取締役 兼 CTO)
新卒で入社したERPパッケージベンダーにて製品開発に従事。
その後、マルチクラウドインテグレーションを提供するSIerを経て、2016年より株式会社デザミスに参画。牧場向けIoTサービス「U-motion」の開発に携わる。
CTOとして開発部門の責任者を務める傍ら、データ分析、センサーシステム開発、牛の観察など様々な業務に対応。

菊池遼介(デザミス株式会社 CBO 兼 経営企画室長)
大手不動産企業、Eコマース企業にてHR・監査等に従事した後、デザミス株式会社に参画。
同社で人事及び総務のマネージャーとして幅広く業務を経験した後、事業企画、広報部門の責任者及びブランディングを管掌。


(文:むらやまあき、写真:飯山福子、編集:高山諒)