ヘルステックとは
ヘルステックとは、健康を意味する「ヘルス(Health)」と「テクノロジー(Technology)」を掛け合わせた造語です。AIやウェアラブル端末など、テクノロジーを活用したシステムやプロダクトを使い、病気やケガの治療や予防に取り組んだり、健康づくりに役立てたりすることをいいます。
また、最新の技術を用いて医療やヘルスケア関連の新しいサービスや価値を生み出すシステムそのものを指す言葉としても使われています。
ヘルステックが注目されている背景
ここでは、ヘルステックが個人だけでなく企業や地方自治体からも高い関心を寄せられる3つの理由を見ていきましょう。
2025年問題
現在日本が抱える深刻な社会課題の一つが、「2025年問題」です。第1次ベビーブーム(1947~1949年)に生まれた「団塊の世代」と呼ばれる約800万人が、2025年には後期高齢者の75歳に到達します。その結果人口の約3割が高齢者となり、労働者が減り、さらに医療費や介護費が増加します。労働者世代の社会保険料の負担増加や、人員不足による医療や介護分野サービスの質の低下など、社会システムのバランスが崩れる可能性が2025年問題として指摘されているのです。
こうした背景の中、医療や介護サービスの質の低下の解決策として注目されているのが、テクノロジーを活用したヘルスケアです。医療や介護サービスの効率化や質の向上のため、遠隔医療や電子カルテ、介護支援ロボットなどが登場し、さまざまな企業や自治体、医療従事者が中心となって普及が進められています。
少子高齢化による予防医療への高い関心
2025年問題からもわかるように、日本は労働人口が減少し、少子高齢化社会がさらに進んでいくことが危惧されています。こうした背景もあり、長く健康的に働くため、また高齢化社会でも健康的に暮らすためにも、定期的な健康診断や人間ドックなどの予防医療に高い関心が寄せられています。
より多くの人々が予防医療を実践できれば、医療費や介護費の軽減にもつながります。今後、ヘルステック分野の発展によって予防医療が拡大されることで、それらの費用の削減効果も期待できるでしょう。
ICT活用による医療技術の向上とサービスの拡大
ICT(Information and Communication Technology)は、「ITを有効活用して、人々の暮らしをより豊かにしていく技術」という意味で用いられている言葉です。ICTは医療や教育などのさまざまな分野で活用されており、ヘルステックとも深く関係しています。
医療分野ではカルテや処方箋の電子化などで以前から活用されていましたが、近年は医療のICTの活用が進んだことで、遠隔医療やオンライン診療も広まりつつあります。今後、それらが普及すれば、治療後のフォローやリハビリテーションなどにも広く活かすことができるでしょう。
さらに、IoT家電を使った高齢者見守りシステムや、地域医療情報連携ネットワークの運用によってもっと手軽に行政サービスに申し込めるようになるなど、病気の予防につながる施策も登場しています。
ヘルステックの市場規模
Global Market Insightsのレポートによると、ヘルステックの市場規模は世界レベルで年々増加しており、2021年から2030年までの10年間で1,950億米ドルから7,800億米ドルまで増える見込みと報告されています(出典1)。
日本でも、ヘルステック・健康ソリューション関連の市場が2022年には2017年と比較して50%増の3,000億円を超えるとされ、急速なスピードで市場規模が拡大していることがわかります(出典2)。
具体的なヘルステックの活用事例
遠隔医療
遠隔医療とは、医師と患者が離れたところに居ながら診察や治療を行うというものです。離島や過疎地域などに住む方や外出が難しい高齢者のほか、多忙で通院が困難な方など、幅広い層が遠隔医療の対象となります。また、医師が専門外の治療内容について専門医へ相談するなど、各医療機関の間でも遠隔医療は用いられます。
遠隔医療で代表的なのは、オンラインのビデオチャットなどを介して、医師から診療を受けられる「オンライン診療」です。タブレット端末などの情報通信機器を活用することで、通院不要で医療および健康増進に関する行為を受けられます。なおオンライン診療もすべての医療行為ができるわけではなく、対象が限られます。厚生労働省は「オンライン診療の適切な実施に関する指針」(出典3)を2018年に発表し、その具体例として「高血圧患者の血圧コントロールの確認」や「離島の患者を骨折疑いと診断し、ギプス固定などの処置の説明を実施」などを挙げています。
他にも、通院が困難な高齢者や遠方の患者に在宅でも適切な医療を提供できるよう、各地域の医師と都市部の医師が情報共有をすることも遠隔医療の一部です。今後は医療格差を解消するために、遠隔医療による手術支援なども実現が期待されています。
処方箋薬のデリバリー
処方箋を定期的に自宅へ届けるサービスや、患者が処方薬をきちんと服用しているかどうかをクラウド上などで確認できるシステムもあります。
前者は処方箋の受け取りが難しい方に、後者は患者の服薬状況を確認したい医師や家族にとって重宝するサービスです。
電子カルテ
ヘルステックの先駆けともいえるのが電子カルテです。すでに数多くの医療機関で活用されています。
近年では、電子カルテの共有によって医療機関同士で連携したり、クラウド型の電子カルテをビッグデータとして活用したりする新たな動きもあり、電子カルテは今後も広く活用されていくことが見込まれています。
ウェアラブル端末による健康管理
ICT機器のウェアラブル端末やアプリを使って個人のバイタルデータを記録し、健康管理に役立てるということもヘルステックの一つです。患者やその家族が健康状態を正確に把握し、治療に役立てることにつながります。
例えば、ウェアラブル端末で測定された体温や心拍数、歩数や消費カロリーなどのデータがスマートフォンやパソコンに記録されるシステムもあります。こうした身体情報をリアルタイムで測定することで体調の変化を把握し、異変があった際に本人や家族へ知らせるサービスも登場しています。
自宅検査サービス
専用のキットを使って、感染症検査や遺伝子検査を自宅で受けられるサービスです。
例えば、遺伝子検査(DNA検査)は、専用の解析キットで唾液や口腔粘膜などを採取して事業者に送ると、遺伝子の特性から体質や病気のリスクなどを調べることができます。また、解析結果から健康改善に向けたアドバイスや指導などを提供するサービスもあります。
現在は個人利用の多いサービスですが、一部では企業や自治体が福利厚生や市民向けサービスの一つとして検査費用の一部を負担する動きも見られます。
介護支援
超高齢社会の抱える介護職の人材不足や老老介護などの課題解決に向けて、介護支援につながるサービスも注目を集めています。
例えば「介護支援ロボット」は、移乗や入浴、排泄などの介護職員の業務を支援するタイプ、介護を受ける側をサポートするタイプなど多種多様です。さらに、利用者とのコミュニケーションによってメンタルケアを行うタイプの介護支援ロボットも活用されています。
画像診断
画像診断AI技術の進展によって、コンピューターで医用画像の処理を行い、異常所見を抽出したり病変を検出・解析したりするシステムの開発も進められています。
疾患の見落とし防止や検出・解析精度の向上を目指すだけでなく、放射線科医などの業務効率化も期待できると見込まれています。
メンタルヘルスケア
法改正によるストレスチェックの義務化や働き方改革などへの企業の意識向上を背景に、メンタルヘルス関連サービスの市場拡大も顕著です。
2016年には経済産業省が「健康経営優良法人認定制度」(出典4)を創設したこともあり、
多くの企業が従業員の健康管理を経営的な視点で捉え、投資することで生産性を高めて業績や株価の向上につなげる健康経営に関心を寄せています。
主な活用事例としては、ストレスチェックシステムやEAP(従業員支援)サービスなどが挙げられます。
EAPサービスとは、企業内のメンタル不調者を発見したり、予防および改善に向けたカウンセリングやオンラインセミナーなどを提供したりするサービスです。
また、従業員の健康管理や生活習慣改善のためにウェアラブル端末を導入し、メンタルヘルス対策に活用する企業も増えつつあります。
フィットネス
在宅勤務が浸透した近年は、運動不足の解消や健康増進を目的として、自宅でできるエクササイズコンテンツに対する需要も増えています。
スポーツクラブの中には、オンラインでプロの指導やエクササイズプログラムを受講できるサービスの提供を開始しているところも多数あります。
日本企業のヘルステック関連サービスやプロダクト
世界的な市場規模の拡大を見せるヘルステックですが、日本にもヘルステックをけん引する企業がいくつもあり、さまざまなヘルステック関連のサービスやプロダクトが開発されています。
ここでは、代表的な7社のサービスやプロダクトをご紹介します。
デジタルメディスン(大塚製薬株式会社)
大塚製薬とプロテウス・デジタル・ヘルス社が開発したデジタルメディスン「エビリファイ マイサイト」は、医薬品と医療機器を一体化させた世界初のコンビネーション製品として注目を集めました。
錠剤に摂取可能な極小センサーを組み込んだもので、服用するとセンサーがシグナルを発し、患者の身体に貼り付けた検出器がそれを検出します。検出器は患者の服薬データや活動状況などを記録し、専用アプリに送信します。データはスマートフォンなどの端末へ転送され、患者の同意があれば医療従事者や介護者と共有することも可能です。
エビリファイ マイサイトは、2017年11月に世界で初めて米FDA(食品医薬品局)から承認を取得しました。重度の精神疾患に悩む患者やその家族、ケアを行う医療従事者に対して、より適切な治療に役立つデータを提供できる革新的な方法と評価されています。
デジタルメディスン
MYCODE(株式会社DeNAライフサイエンス)
ヘルスケア事業を展開する株式会社DeNAライフサイエンスの「MYCODE(マイコード)」は、自宅で簡単に受けられる遺伝子検査です。検査を受けると、最大280個の検査項目から、病気のかかりやすさや体質などの遺伝的傾向を知ることができます。
検査方法は、専用キットに唾液を入れて郵送するだけ。結果は、Webサイトから確認できます。検査結果を基にした、医師や管理栄養士監修の疾患発症リスクを低減させるための食生活や運動などのアドバイスを活かせば、生活習慣の改善や病気の予防も期待できるでしょう。
MYCODE
LEBER(株式会社リーバー)
「LEBER(リーバー)」は、365日24時間体制でスマートフォンから医師に相談できる「ドクターシェアリングプラットホーム」の機能を搭載したアプリです。2021年12月には累計ダウンロード数が50万人を突破しています。
LEBERを使えば、病院やクリニックへの通院が困難な方でも、アプリを使って気軽に医師へ相談することができます。
また、アプリに登録された体温や体調は自動で集計され、健康管理に活用できます。LEBERは全国1,000校以上の学校で「健康観察アプリ」として採用され、毎朝30万人以上が体温や体調をアプリへ入力しています。
LEBER
CLIPLA(株式会社クリプラ)
株式会社クリプラのクラウド電子カルテ「CLIPLA」は、自由診療がメインの医療機関向けサービスです。
診療報酬を請求するためのレセプトコンピューターが不要な美容皮膚科や動物病院向けの電子カルテサービスを提供。さらに、電子カルテとレセプトコンピューターをセットで利用したい病院やクリニック向けのサービスもあります。
クリニックの受付や診察室、検査室それぞれのタブレット端末やパソコンで利用したい、自宅でもカルテを閲覧したいといったニーズにも対応しています。
眼科向けクラウド電子カルテ「CLIPLA Eye(クリプラアイ)」は、「第76回 日本臨床眼科学会 併設器械展示会」へ出展された実績があります。
CLIPLA
HELPO(ヘルスケアテクノロジーズ株式会社)
ヘルスケアテクノロジーズ株式会社の「HELPO(ヘルポ)」は健康に関する不安や疑問を、医師や看護師、薬剤師の医療専門チームへ365日24時間体制で相談できるチャットサービスです。
健康医療相談やオンライン診療だけでなく、病院検索や市販薬の購入、PCR検査やワクチン接種の支援、PCR検査結果をWeb上で確認するなどのサービスも利用できます。
HELPO
CLINICS(株式会社メドレー)
オンライン診療システム「CLINICS(クリニクス)」は、株式会社メドレーが「医療ヘルスケアの未来をつくる」というコンセプトのもと提供するサービスの一つです。
医療機関向けシステムの「CLINICS予約」「CLINICSオンライン診療」「CLINICSカルテ」を導入すれば、オンラインでの診療予約からオンライン診療、電子カルテの入力、決済、処方箋の配送までがCLINICSだけで完結できます。
患者向けサービスのオンライン診療システムと、かかりつけ薬局支援システム「Pharms(ファームス)」も合わせると、全国で7,000以上の医療機関にCLINICSは導入されています。
CLINICS
リハプラン(株式会社Rehab for JAPAN)
「リハプラン」はデイサービス向け機能訓練クラウドソフトです。最新の高齢者データベースを基に2,200種類の目標・運動プログラムが用意されており、一人ひとりに対して最適な計画や訓練を提案します。また、利用者情報も一元管理できるようになります。
利用者の身体機能の向上だけでなく、介護事業所の職員の業務負担軽減や、売上向上もサポートするサービスです。
累計導入事業所数は、2021年8月末時点で1,000軒以上を達成しています。
リハプラン
ヘルステックを活用して健康的な毎日を手に入れましょう
ヘルステックは病気の治療に役立つだけでなく、病気予防や健康増進につながるサービスやプロダクトもあります。近年はウェアラブル端末による健康管理や自宅でできるエクササイズコンテンツなど、日常生活に取り入れやすいヘルステックのサービスも多く登場しています。
社会課題の解決と日々の健康維持に向けた、最新テクノロジーを活用するさまざまな取り組みから今後も目が離せません。