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(画像はイメージです/PIXTA)

農村のレンガ壁に「最新スマホのペンキ広告」を出稿?…新興国の開拓にイノベーションを起こす、中国発“アドテク”の新展開

2024.03.08(最終更新日:2024.03.08)

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2月9日、中国では特別番組「春節連歓晩会」(通称:春晩)が放送されました。再放送も合わせると10億人以上が視聴するという怪物番組であり、親子三世代がテレビの前に集まって視聴することも多いこの番組の広告枠を利用し、スマートフォンやアプリケーションを提供する企業が新規ユーザー獲得を実現しています。中国ではほかにも、デジタルな情報が届きにくい「下沈市場」「銀髪経済」向けの宣伝を行うため、ユニークなアドテク(広告技術)が次々に生まれています。本稿では、日本企業にも重要な示唆を与え得る中国の最新アドテクについて、国際的なテック事情に詳しいジャーナリスト・高口康太氏が解説します。

スポンサー広告が目立つ「中国版紅白歌合戦」

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「さあ、スマホにあるJDドットコムのアプリを開いてシェイクしてください。抽選が始まりますよ。わずか0.1元(約2円)でステキなギフトが購入できます!その数なんと1億点。30億元(約600億円)のお年玉もあります」

これは2023年2月9日に放送された、中国中央電視台(CCTV)の特別番組「春節連歓晩会」(通称は「春晩」)の一幕です。歌、コント、マジック、カンフーなどが詰め込まれた内容ですが、再放送も合わせると10億人以上が視聴するともいわれる怪物番組です。毎年、旧暦の大みそかに放送されるため、日本では「中国版紅白歌合戦」として紹介されています。

日本の紅白歌合戦と大きく異なる点は広告の多さ。番組途中に挿入される一般的なコマーシャルはない代わりに、スポンサー広告が目立ちます。

コントの一場面をみてみると、ソーシャルメディア「RED」のアイコンをかたどったクッションが置かれていたり、背景の壁に「チャイナモバイルの光回線で高速インターネットを楽しもう」というポスターが貼られていたり、会場参観者に配られた大手飲料メーカー・ワハハの飲み物が画面に映っていたり……という具合です。

こうした広告のなかでも目玉的な扱いをされているのが、EC(電子商取引)大手のJDドットコム。番組中に7回の抽選タイムがあり、そのたびに冒頭で紹介したメッセージとともにキャンペーンが紹介されます。

EV(電気自動車)や洗濯機、パソコンなど1億点もの商品がわずか2円で購入できる権利や、約600億円のお年玉(電子マネー)が提供されました。番組中にアプリを開いてシェイクすることが参加条件となりますが、延べ552億人の参加があったといいます。

番組中にアプリを使ってギフトやお年玉を配るスポンサー枠は「独占インタラクティブ・パートナー」と呼ばれ、2015年から始まりました。最初のパートナーとなったのはIT大手テンセントが展開するモバイル決済サービスのウィーチャットペイ。この広告を起爆剤として先行するアリペイに追いつきました。

以後、EC大手のアリババグループや検索のバイドゥ、ショート動画のクワイやバイトダンスといった大手IT企業が次々に登場し、自社サービスをアピールする場となっています。

春晩以外にもみられる「旧正月のデジタル化」

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中国新経済研究院は2020年の報告書『中国新年俗発展トレンド報告』内で「新四大旧正月風習」を発表しました。

選ばれたのは「集五福」「クラウド新年のあいさつ」「お年玉競争」「家族旅行」です。

最後の家族旅行は、旧正月休みの定番の過ごし方が、大家族の集まりから核家族での旅行に切り替わったという意味ですが、残る3つの風習はいずれもデジタル化と関係しています。

「集五福」とはアリババグループの決済アプリ、アリペイが2016年から実施しているイベントで、内容は毎年変わるものの、原則的なルールは身の回りにある「福」の字を撮影してアップロードするというもの。5つ以上を集めた人には抽選でお年玉やギフトが当たります。

「クラウド新年の挨拶」とは、直接訪問するのではなくビデオチャットを使ってカジュアルに挨拶を交わすこと。

「お年玉競争」とはモバイル決済アプリを使ってお年玉を送ることです。競争と付いているのは、いくらもらえるかは運で決まるというゲーム要素を取り入れているためで、「たくさんもらえた」「少なかった」と盛り上がるネタになります。親から子ども、経営者から従業員に送られるだけではなく、友人同士でお年玉を送り合う遊びもすっかり定着しました。

古くさい宣伝も新たな思考で

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スマホをシェイクして抽選に参加すると聞けば、極めてシンプルなユーザー参加型イベントのように感じますが、数億人に上る参加者のアクセスを捌くサーバー側の対応はきわめてハードであり、入札で決まる春晩のスポンサー枠も高額です。

どれだけ負荷が大きくとも企業サイドが取り組むべきだと判断している理由は、この手法がいま中国でもっとも重要な2つのマーケットである「下沈市場」と「銀髪経済」にアクセスするための有効な手段だと考えられているためです。

下沈市場は農村や内陸部などの経済後発地域を指し、銀髪経済は中高年消費者を意味します。

都市部の若者・中年世代と比べると、インターネットの利用率も低く、また新しいサービスやブランドの利用に消極的です。つまり、なかなか広告を届かせにくい層といえます。多くの開拓余地が残されているこれら2市場をどう攻略するのかが、ITサービスや新興消費ブランドにとっての目下の課題となっているのです。

春晩のギフトや集五福、クラウド挨拶などは非常にシンプルな仕掛けにみえますが、下沈市場・銀髪経済攻略という観点から考えると、スマートフォンを使い慣れていない人にも使ってもらえるようなわかりやすさが前提であり、むしろシンプルであることが必須です。

旧正月休みは田舎の高齢者のそばに若い世代がおり、スマートフォンやアプリの使い方を教えることができます。そこで実際にデバイスを触ってみたユーザーのうち、たった何割かでもその後も利用を継続してくれればいいという考えです。

なお、下沈市場や銀髪経済へのアプローチは旧正月だけに限られた話ではありません。

中国の農村に行けば、ボロボロのレンガの壁に、最新スマートフォンや新しいスマートフォンアプリの広告がペンキで書かれている光景をよく目にします。かつて中国農村の壁といえば、毛沢東の言葉などの政治的スローガンでいっぱいでした。とくに「不妊手術は必須だ」「違法に子どもを産めば家を壊す」といった一人っ子政策のスローガンが書かれていたことは有名です。

『AAA REPORTS(2023年10月)』内、「中国、巨大広告市場の現在地(藤井直毅)」によると、22年の中国の年間広告費は34.3兆円と日本の約6倍に達していますが、新聞や雑誌などのオールドメディアの広告費では日本を下回っています。

日本以上のペースでデジタル化が進んだ中国では活字媒体の衰退が急速に進んでおり、テレビ以外で農村の中高年に広告を届けるチャネルとして、農村の壁のペンキ広告が重視されるようになったのです。

ペンキ広告そのものは古い手法ですが、その出稿方法自体は変わっています。

もともと屋外広告といえば、広告面を持っているオーナーと出稿者の相対交渉が相場でしたが、近年ではWebサイトから簡単に落札できるプラットフォームが広がっているのです。

ペンキ広告にもその波が広がり、広告出稿者は現地に行かずとも、中国全土に数千もの屋外広告を出せるようになりました。ペンキ広告を描く職人の手配もできますし、スプレーを吹きかけて描くための型紙を制作する業者もあります。

手書きの広告には味がありますが、型紙を使うとブレがないのが長所なのだとか。農村に行くことなく、インターネット経由で広告を出す側からすると型紙のほうが安心かもしれません。

表向きは昔と変わりませんが、出稿方法や制作といった裏側でイノベーションが起きているのです。

中国の広告トレンドには「BOP市場」開拓のヒントが詰まっている

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同じように伝統的な外見をしているのに、イノベーションを組み合わせているのがリアルのイベントです。中国語では「地推」と言います。地を這うような地域密着型の販促イベントという意味合いです。

百貨店やデパートの前で試供品を配るといった、日本でもよくみられるようなものから、繁華街でナンパのように声をかけられて「この通販アプリをインストールしていますか? いまここでインストールすれば割引クーポンを受け取れます」と勧誘されるケースもあります。また、団地の入口で「アプリをインストールしたら卵10個プレゼント」といったイベントが行われていることもあります。

あまりに非効率的な宣伝にみえますが、普通の広告では動かない、保守的な傾向の層に入り込むには効果的なのだといいます。また、ひたすらに人海戦術を展開しているようにみえて、実は地域住民の年齢、所得、行動データなどから効率的な宣伝を行っており、「地推」を計画するコンサルティング事業が登場するほどです。

古くみえても、新たな技術でその効率を高めていくという図式はここでも共通しています。

下沈市場と銀髪経済にねらいを定めた中国の新たな広告のトレンドは、日本人・日本企業にとっても大いに参考になります。中国市場を狙うためだけではなく、BOPマーケティングへの応用が利くと考えられるからです。

BOPとはBase of the Economic Pyramidの略で、全世界の人口を所得別に見たときの下位に相当する層を指します。一人ひとりの所得は少なくとも、その数は約40億人と膨大であり、今後の潜在的な成長性が期待されています。いまBOPマーケティングに成功すれば、将来的に大きなリターンとして帰ってくる可能性があるということです。

下沈市場と銀髪経済は所得による分類ではありませんが、一般的な広告が届きづらい、デジタルリテラシーが低く保守的といった点ではBOPと共通点があります。中国企業からは中国国内で培った広告手法を横展開して、すでに海外のBOPマーケティングに成功している企業も登場し始めています。

その代表例と言えるのが中国スマートフォンメーカーのTranssion(トランシオン)です。日本ではほぼ無名の企業ですが、調査会社IDCによれば23年の世界シェア(出荷台数ベース)は第5位。コストパフォーマンスの高さと巧みな広告戦略で、アフリカやインドなどの途上国市場で圧倒的な人気を誇ります。

農村広告や「地推」のような、中国では一般的な宣伝手法をアフリカやインドに持ち込み、ほかのグローバルメーカーが入り込めていない領域で圧倒的な存在感を作り出した結果、世界のスマートフォン市場が前年比3.2%減と縮小するなかで、トランシオンは30.8%と爆発的な成長を遂げています。

古さと新しさが同居した、ちょっと風変わりな中国の広告トレンドには、世界市場をねらうヒントが詰まっています。

〈著者〉
高口 康太

ジャーナリスト、千葉大学客員准教授。2008年北京五輪直前の「沸騰中国経済」にあてられ、中国経済にのめりこみ、企業、社会、在日中国人社会を中心に取材、執筆を仕事に。クローズアップ現代」「日曜討論」などテレビ出演多数。主な著書に『幸福な監視国家・中国』(NHK出版、梶谷懐氏との共著)、『プロトタイプシティ 深圳と世界的イノベーション』(KADOKAWA、高須正和氏との共編)で大平正芳記念賞特別賞を受賞。