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中国発・車選びの新基準「スマートコックピット」…スマホメーカーが続々と自動車業界に参入するワケ

2024.02.01(最終更新日:2024.02.01)

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2023年、中国自動車業界にとっては2つの意味で、記録的な1年となりました。第一に日本を抜き、輸出台数が世界一となったこと。こちらは日本のメディアでも大きく取り上げられたため、ご存じの人も多いでしょう。しかし、第二の記録はほとんど知られていません。それは中国自動車市場における中国メーカーのシェアが56%と初めて過半数を超えたことです。

中国メーカーが販売シェアを伸ばしている背景にあるのが、400万円以上の中高価格帯の電気自動車で採用が進む「スマートコックピット」の人気の高まりです。本稿では、今後日本にも波及する可能性がある車選びの新基準「スマートコックピット」の最新トレンドについて、国際的なテック事情に詳しいジャーナリスト・高口康太氏が解説します。

EVの急激な普及が進む中国…新車販売台数の3分の1を占める「NEV」とは?

中国市場では長年にわたり、日本、ドイツ、米国など海外メーカーがシェアを握り、中国メーカーは太刀打ちできずにいました。中国メーカーの自動車も品質を高めてきましたが、ブランド力やアフターサービスで逆転することは困難でした。

しかし中国メーカーには、中国人好みに特化した車を作れるという点では強みがあります。実際、14年から17年にかけては中国人が好むSUV(スポーツ・ユーティリティー・ビークル)人気を背景にシェアを高めましたが、海外メーカーがこのトレンドに追随するとシェアは再び下落しました。

それが21年から急激にシェアを伸ばし、23年にはついに中国にとっては“悲願”となる過半数を達成したのです。

出所:中国自動車工業協会の資料をもとに筆者作成。

その原動力となったのは、EV(電気自動車)の普及です。

中国のNEV(新エネルギー車。電気自動車、プラグインハイブリッド、燃料電池車を総称した中国独自のカテゴリー。外部電源から充電できないハイブリッド車は含まれない)販売台数は前年比37.9%増の949万5,000台に達しました。

中国で販売された新車の31.6%はNEVとなっています。まだまだEVが珍しい日本に住んでいる身としてはこの数字だけでも驚きですが、なんと中国メーカーに限ると新車販売台数の約半分がNEVになっているのです。

EVは充電設備が少ない内陸部や寒さで航続距離が短くなる東北部では売れづらく、大都市や南部で普及が先行しています。現在では、上海市や広東省の街で走っている車はEVばかりという印象です。

なぜこれほど急激に中国でEVが普及したのかというと、政府の補助金や自動車購入税減免といった政府の支援策、充電ステーションの数が多いというインフラ整備、充電料金が安く内燃車と比べると燃費が数分の1になるという運用コストの安さなど、背景には複数の要因があります。

そして、日本ではあまり知られていない話ですが、EVが買われるようになった理由の1つとして、“スマートコックピット”の人気の高まりが挙げられます。

スマホ市場で培った技術をスマートコックピットに応用

スマートコックピットは400万円以上の中高価格帯のEVでの採用が進んでいます。

その機能は「運転支援」「スマート操作」「サービス・エンターテイメント」という3つの要素に分けられます。

「運転支援」はハンドル操作や加速減速、車線変更を車が行うという機能です。運転自動化レベルとしてはレベル2に該当し、運転主体は人間となるため事故などのアクシデントに対応できるよう常にハンドルを握っている必要があります。この運転支援は利用できる地域が限定されています。

まずは高速道路での利用が広がりましたが、昨年からは特定の都市でも利用できるようになりつつあります。通信機器・端末大手ファーウェイ、新興EVメーカーのリ・オートなどの運転支援機能提供メーカーは競い合うようにカバーする都市を増やしています。

続いての「スマート操作」ですが、運転席に設置されたタブレットのタッチ操作や音声認識、あるいはハンドサインによって、エアコンやラジオ、ドアや窓の開け閉めなどの車の操作を可能とする機能です。また、フロントガラスにナビ情報を映し出すAR HUD(拡張現実ヘッドアップディスプレイ)の採用も増えてきました。

従来の車内設備の操作はボタンやつまみなど物理的なスイッチでしたが、それをスマートフォンと似たようなスタイルに置き換えるというものです。筆者は実際に中国のディーラーを回って、スマートコックピットを採用しているEVに乗ってきましたが、初めて乗る車でも直感的に操作できる点は魅力です。

筆者はよくレンタカーを借りるのですが、そのたびに操作方法がわからずに困っていたため、タッチ操作や音声認識はかなり魅力的に感じました。ディーラーでも、ディスプレイの大きさやどれだけスムーズに動くかといった点を気にしている客を多く目にしました。

「スマート操作」を支えるタッチ操作や音声認識などの技術はスマートフォン市場で発展してきました。中国ではファーウェイやシャオミなどのスマートフォンメーカーが自動車分野に進出していますが、それはスマホ市場で培った技術がスマートコックピットに採用できること、また、スマホでのビデオ通話を自動車のタブレットに移行させるなどのシームレスな連携が重要になることから、携帯端末メーカーの強みを発揮できるためです。

反対に新興EVメーカーのNIOは昨年、スマートフォンを発売しています。自動車メーカーがスマホを開発するのは一見すると不思議ですが、携帯端末とEVの連携を考えれば納得できます。

“サードプレイス”としての車とは?

そして3つめに「サービス・エンターテイメント」です。

まず、わかりやすいユースケースとして、音楽やゲーム、映画、カラオケなどのコンテンツ消費があります。大画面のディスプレイでコンテンツを楽しめるだけではなく、スピーカーを多数配置してサラウンドオーディオを楽しめるようにしています。

そこまで車内を快適にする必要はあるのだろうか……と、ちょっと不思議に感じますが、中国では車内をどれだけ快適な空間にできるかが大きなポイントなのだそうです。

こうした議論をする際に、中国自動車業界で使われる用語が「サードプレイス」です。

もともとは米国の社会学者、レイ・オルデンバーグ氏が提唱した言葉で、自宅と職場に次ぐ3番目の場所という意味です。大手コーヒーショップチェーンのスターバックスコーヒーが「サードプレイス」を標榜していることをご存じの人も多いでしょう。

もともとは喫茶店やパブ、商店など地域のコミュニティの核となる社交の場という意味合いなのですが、中国では「自宅でも職場でも、自分だけの空間」というように、少々意味合いが変わっています。

将来的に完全自動運転が実現したあかつきには、移動中に仕事や勉強、あるいは映画鑑賞など、時間を自由に使えることが想定されています。しかし、自動運転が実現していない現在であっても、車を快適な自分だけの空間として使いたいというニーズが強いのです。

ファーウェイの技術を採用した、セレスグループの最新SUV『AITO M9』は車外の壁に100インチサイズの、後部座席用には32インチの動画を投影できるプロジェクターを装備するなど、エンタメ性能が大充実しています。

宣伝ではカップルでドライブにでかけ、暗い駐車場に停車して一緒に映画を楽しむというユースケースが紹介されていました。

また、リ・オートの新型車両『L9』は後部座席が高級ソファ並みの座り心地の良さで、しかも大型ディスプレイと冷蔵庫を装備しており、車を映画館化していることを大々的に打ち出しています。

エンタメ性能だけではありません。引き出し式のテーブルが用意されていて食事やパソコン作業ができる、愛犬を乗せやすいドッグモード、さまざまな色合いに変えられるLED車内灯、シチュエーションに合わせた香りを車内に流す機能、表情認識によってドライバーの疲労を警告してくれる機能などなど、どうにも使いようがわからない機能からこれは良いかもと思わせる機能まで百花繚乱、日米欧のメーカーではまったく見かけない機能も少なくありません。

スマートコックピットを搭載しているのは中高価格帯の車ばかりです。

十分にお金があるならば、なにも車の中をそこまで快適にしなくても自宅でくつろいだり、ホテルやカラオケボックスに行ったりすればいいのでは。と、感じそうなものですが、中国に暮らす筆者の友人は「実際にオーナーにならないと分からないだろうけど、結構良いものです」と語っています。

中国では車選びの重要なファクターとなっているスマートコックピット。モバイルインターネットとEVの普及で中国が先行していることを考えると、この波は今後、日本や米国など他地域にも広がっていく可能性は十分にありそうです。



〈著者〉
高口 康太
ジャーナリスト、千葉大学客員准教授。2008年北京五輪直前の「沸騰中国経済」にあてられ、中国経済にのめりこみ、企業、社会、在日中国人社会を中心に取材、執筆を仕事に。クローズアップ現代」「日曜討論」などテレビ出演多数。主な著書に『幸福な監視国家・中国』(NHK出版、梶谷懐氏との共著)、『プロトタイプシティ 深圳と世界的イノベーション』(KADOKAWA、高須正和氏との共編)で大平正芳記念賞特別賞を受賞。