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バーチャル空間に必要なのは「現実感」?「人間の行動心理 に合わせた」空間設計の重要性

2023.10.06(最終更新日:2023.10.06)

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仮想空間を構築する際には、どのような空間にするかを考えることが、より良いメタバースの実現に向けて非常に重要です。

メタバースの空間構築には、主に3DCGモデリングやプログラミングが必要となります。しかし、美術館などの空間や建物を仮想空間内に創り出す作業は、現実世界における建築的な視点や空間デザインの知識、経験が求められることを、筆者自身、仮想空間を設計した経験から強く感じました。なぜこれらの要素が重要なのか、またメタバース内における興味深い「人間の行動心理」について解説します。

メタバースにおける“現実感”の重要性

メタバースやVRの魅力は、実際に体験した人にしか伝わりません。筆者も、これまで美術館などのワールドや建物をメタバース内に作成してきました。ワールドを創る際には、実際の建築物の観察や建築士の意見、図鑑や写真集などを参考にして、ユーザーが迷わない空間設計を考えるように意識しています。このような要素を考慮することで、より洗練されたメタバースが実現できると感じています。

(筆者制作のVR美術館)

一般的に「メタバース」と聞くと、物理的な制約のないデジタル空間を想像する方が多いでしょう。確かに、メタバースは現実の制限を無視できる環境を提供します。しかし、ただ見た目だけが派手で広大な空間を作ったとしても、ユーザーがその空間でどう過ごすべきかがわからず、戸惑ってしまうことがあります。あまりにも非現実的な空間では、ユーザーに現実感がなく、浮遊感を覚えることもあります。初めて訪れた際には驚きを感じるかもしれませんが、継続的な興味や誰かと集まろうといった意欲は薄れがちです。

VRゴーグル(VRヘッドマウントディスプレイ)を使用する場合には、没入感が高まります。しかし、目的のない仮想空間に放り込まれると、ユーザーはメタバースの魅力を感じる前に離れてしまう可能性があります。そのため、メタバースにもユーザーエクスペリエンス(UX)デザインを導入することが重要です。

初期のiPhoneでは、「スキューモフィズム」という手法を用い、実際の物質の質感をUIに取り入れることで、直感的な操作を実現しました。この考え方はメタバース内でも効果的です。物理的な制約のないメタバースに現実の要素を組み込むことで、未経験の人でも親しみやすい環境を作ることができます。

人間は見慣れたものや経験したことのあるものに敏感です。そのため、過度に非現実的な空間では「自分の身体がそこにある」という感覚が薄れてしまう傾向にあります。現実世界を注意深く観察し、それをメタバース内のデザインに組み込むことが、魅力的なメタバースの創出に欠かせない要素となるでしょう。

メタバースと現実世界の「興味深い対比」

美術館での絵画鑑賞では、通常、作品に触れることは禁止されています。一方、メタバースの美術館では、作品に触ったり、バーチャルなペンで絵画に描き込んだりといった自由な行動が可能です。しかし、筆者が設立したメタバースの美術館を訪れたユーザーを観察すると、実際の美術館で絵画を鑑賞する際と同じように、絵画を遠くから見入っていることがほとんどで、直接触れたり何かを描き込んだりするユーザーは少ないようです。

(VR美術館で作品に落書きする美術作家・植村友哉氏本人の様子)

さらに、絵画を鑑賞中に他のユーザーが後ろにいることに気づくと、自分が邪魔になっているかもしれないと感じ、後ろに下がったり、他のユーザーの視界を妨げないように並んだりする動きが見受けられました。メタバースでは、他のユーザーとアバターが重なっても透けて見えます。それでも、ユーザーは他のユーザーを気にし、現実世界と同じような行動を取ることが興味深い現象でした。

また、メタバースでは物体の属性を設定できるため、一部の空間に透明な壁を持たせたり、物体に触れることができたり、触れないようにしたりすることが可能です。こうした仮想空間内で物体同士が衝突しているかどうかを判定する技術や処理のことを、当たり判定やCollider(コライダー)などと呼びます。これにより、物体がすり抜けられる状態であるにもかかわらず、一部の物体に当たり判定があると、ユーザーはどこがすり抜けることが可能で、どこがすり抜けることができないのか混乱することが多々あります。ユーザーのこうした行動は、現実世界での経験から得た情報に基づいているものでしょう。このような結果から、仮想空間のデザインやUI/UXにおいて、ユーザーが理解しやすい環境を構築する必要性が見えてきます。

そこで重視されるのは、Comprehension(習得性)です。現実世界での行動が仮想空間でどのように反映されるかをユーザー自身が理解できるようになることや、ユーザーがコントローラーを使用して仮想空間に自ら影響を与えていくことができるようにするなど、ユーザー体験の容易さが問われるのです。

仮想空間の「次なるステージ」

ユーザーが徐々にメタバースに慣れ親しんでいくにつれて、メタバース特有のデザインやUXが受け入れられる流れが生まれてくるのではないかと考えています。

現在のメタバースは、まだ一般の人々には馴染みが薄く、技術的な洞察力と経験を持つエンジニアが主に開発に携わり、詳細なサービス設計を行っています。そのため、技術の専門家による議論が主流となり、技術が先行する一方で、ユーザーにとっては何のための仮想空間であるかが不明確になり、ユーザーエクスペリエンスが犠牲にされることもあります。メタバースの利点を理解してもらうためには、どのような体験を提供するかを明確にし、その上で専門のデザイナーが関与することが重要です。

人間は視覚情報にかなり依存していると言われているなか、特にVRは視覚を重要な要素として活用されます。しかし、仮想空間での行動は現実の経験からの情報にも大きく影響されると考えます。現実世界での行動に合わせてユーザーが仮想空間でできることを体験させる一方で、新たな認識や表現の可能性を提供することが、メタバースとVRの空間デザインの進むべき方向ではないでしょうか。

ユーザーの信頼を獲得するためには、その仮想世界内での一貫性が欠かせません。仮想空間における行動や制約には明確な法則が必要であり、ユーザーが理解しやすいデザインが要求されます。現実世界の法則を基にしたデザインやそれを拡張したデザインアプローチは、ユーザーの理解を一層深める効果的な方法です。

一貫性を保つためには、行動心理学や人間工学、空間デザイン、建築学などの視点を組み合わせることが必要です。これにより、ユーザーがスムーズに仮想世界を理解できる環境を築くことが可能となります。

筆者自身も、多くの人々が理解しやすいメタバースのデザインのメタファーを追求し続けたいと思っています。ユーザーエクスペリエンスを向上させ、魅力的な仮想世界を実現するために、常に新たなアプローチを模索してまいります。


[筆者プロフィール]
齊藤大将

株式会社シュタインズ代表取締役。情報経営イノベーション専門職大学客員教授。エストニアの国立大学タリン工科大学物理学修士修了。大学院では文学の数値解析の研究に従事。現在はテクノロジー×教育の事業や研究開発を進める。個人制作で仮想空間に学校や美術館を創作。また、CNETコラムニストとしてエストニアとVRに関する二つの連載を持つ。