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内覧から物件引き渡しまでが「スマホ1台」で完結?不動産業界の加速する〈DX進化〉のいま

2023.10.06(最終更新日:2023.10.06)

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内覧、書類の説明、売買時の署名捺印──。数千万円するマンションや戸建て住宅の購入には、リアル・対面での手続きが必要でした。しかし、近年は法改正やスタートアップの新サービスで不動産業界も様変わりしていることをご存知でしょうか。

日鉄興和不動産が開設した「マンションのオンラインショップ」

日鉄興和不動産は2021年7月、マンションのオンラインショップを開設しました。スマートフォン1台で、内覧から物件引き渡しまでの手続きが可能です。24時間365日稼働しており、家のソファーでスマホを片手に休日や夜にマンションを購入することさえ可能となっています。

この仕組みについて説明します。まず、会員登録をして、場所や間取りの希望条件を入れます。ショップ内の物件情報を閲覧し、支払いプランや設計変更などを設定、購入シミュレーションを行います。希望の物件を指定した後は、氏名や住所などの個人情報、クレジットカード番号を入力。この時点で、クレカで10万円を支払い、日鉄興和不動産側が入金を確認できれば、物件を仮予約できます。

マンションの初期費用としては通常、販売価格の1割の手付金が必要です。10万円は手付金に充当する「申込金」という位置づけになります。このサービスでは、買い手が気になる物件を見つけた時に即座に仮予約できるよう、迅速性を考慮して申込金を10万円にしたといいます。

その後は、オンラインによる本人確認や住宅ローン審査、契約書類の重要事項説明、電子署名などを経て購入完了となります。物件やショールーム、住宅販売会社、金融機関に赴くことなくマンションが買えるのです。スマホアプリの構築、オンラインでの本人確認・住宅ローン審査などはスタートアップの技術協力も仰ぎました。

ただし、これはあくまでも同社が思い描く「究極のオンラインマンションショップ」です。サービス開始以来、これまで10件の成約がありましたが、いずれも申し込みや融資審査、契約書類の説明など一部をオンラインで済ませたケースだといいます。モデルルームを内覧して、その後の事務手続きをオンラインで済ませたというハイブリッド型の購入形態です。

「ハイブリッド」型サービスを現実解に

近年、洋服や家電製品は実店舗で質感や機能を確かめて、購入はECで済ませる「実店舗のショールーム化」が進んでいます。同社はマンションでこのハイブリッド型を現実解に見据えているのです。

オンラインショップでは会員登録終了後に10万円相当のポイントが付与されます。このポイントは、マンション購入手続きの中で利用可能です。同社は「実店舗で契約書説明などにわざわざ来てもらう手間や、販売側で対面対応する人件費をカットできる額を還元する意味合い」と説明しています。

オンラインショップは、申し込みから物件引き渡しまでの各段階サービスをオンライン化したサービスです。

アナログな不動産業界にメスを入れた「法改正」

2010年代後半から産業界全体がDX(デジタル・トランスフォーメーション=デジタルによるビジネス・業務の変革)に大きく舵を切る中にあっても、不動産業界は膨大な書類の説明、捺印、本人確認など、アナログの手続きが数多く残っていました。

2020年の新型コロナウイルスの感染拡大の影響で、物件の内覧をオンラインにできるようにはなりましたが、産業全体のデジタル化は遅れをとっていました。潮目が変わったのが、2022年の宅地建物取引業法改正です。従来は、売買や賃貸にあたって、宅地建物取引士による重要事項説明書の説明・交付で対面が義務付けられていました。そのため、宅建士の都合に合わせて、購入者や賃借人が遠隔地から不動産販売会社に赴くケースが多くありました。しかし法改正により、この手続きをオンラインで完結できるようになったのです。

不動産特化型の電子契約システム「レリーズ」

同法の改正をビジネスチャンスとみてサービスを開始したのは不動産テック企業「GOGEN」です。2022年8月に、不動産特化型の電子契約システム「レリーズ」のサービスを開始しました。このサービスは、不動産販売会社向けに提供されており、足元では年間6000件規模の売買契約がこのプラットフォームを通じて成立しています。年間契約数は大手デベロッパーでも2000~3000件とされており、それをはるかにしのぐ契約数となっています。

戸建てやマンションを購入する際には、大量の書類の交付を受け、署名や捺印が求められます。たとえば、不動産の購入申し込み書、重要事項説明書、売買契約書、引き渡し確認書、税制優遇策を受けるための書類などです。

しかも不動産契約の書類には、国土交通省のマニュアルにより数々の順守・配慮事項が求められます。たとえば、重要事項説明書や売買契約書を電子契約で取り交わす場合は、購入者から事前の同意を取り付け、同意があったことを記録として残しておくことが求められています。

電子書類の交付や契約、署名のサービスは他のスタートアップでも手掛けていますが、こうした不動産特有のルールを落とし込んだ電子契約・署名サービスを提供できるのがGOGENの強みです。不動産会社と購入者がサービスのページへログインして、契約書のやりとりをすることができます。

不動産売買にかかる一連の契約手続きをオンラインで可能とする電子契約サービス。スマートフォン上画面(画像提供:GOGEN)

購入者にとっては、逐一不動産販売会社へ足を運ぶ手間が省ける上、紙の書面の交付がないので印紙税を払わなくて済みます。不動産売買では契約額が5000万円超~1億円以下ならば印紙税額は6万円(2024年3月末までは軽減措置で3万円)で、決して小さくはない額です。

個人のページ上では、契約書類のやり取りの履歴が残り、どこまで進捗したかが分かるようになっています。成約後も契約書類は保存可能です。契約まで、あるいは契約後の確定申告時などに、書類が見当たらず探すというトラブルも減りそうです。

同社の和田浩明CEOは「オンラインで完結できるサービスではありますが、実際には、大切な説明は不動産販売会社で対面で聞いて、最後の契約だけレリーズで済ませる、という使われ方が多いです。それでも、印紙税はかからないし、ウエブ上に契約書を格納しているので紛失リスクもなく、便利なはずです」と話します。

住宅ローンをオンラインで完結。スマホアプリ「いえーる ダンドリ」

住宅ローンをオンラインで完結できるサービスを提供しているのは、2016年設立のローンテックのスタートアップ「iYell(いえーる)」です。

住宅の購入者は従来、希望物件が決まったら、住宅販売会社で複数商品の比較説明を聞き、金融機関を選定していました。金融機関を決定した後も、融資審査の書類の説明や提出などで対面が求められることが多いです。また、一つの住宅販売会社が扱う住宅ローン商品には限りがあります。

そこで、iYellは、物件購入者に住宅ローンの複数商品を提案し、金融機関へつなぐスマホアプリ「いえーる ダンドリ」を開発しました。住宅ローン紹介を、住宅販売会社に代って担う位置づけです。

スマホアプリに購入者が購入物件の価格や返済希望年数、収入などを打ち込むと、条件に合う金融機関を複数提案し、マッチングします。提携金融機関は700社に上り、ネット銀行も含めて多様なサービスを提案可能としました。購入者にとっては、「住宅ローンの専門家」から、金利などで有利な条件の提案を受けられるメリットがあります。

スマートフォン・PCから、住宅ローンの簡易審査が可能(画像提供:iYell)

金融機関を決めた後も、融資審査や契約締結の書類記載・やりとりはオンラインで可能です。

保険や証券の購入はオンラインで完結しますが、住宅ローンは対面での手続きが残るのが現状です。しかし、ネット保険の場合は月数千円、ネット証券の取引も一度に数十~数百万円程度の規模が一般的です。住宅購入者は、数千万円規模の「一生に一度の買い物」をオンラインで完結することに抵抗感はないのでしょうか。同社担当者は「返済総額1億円以上のローンも、いえーる ダンドリで完結したケースはあります」と話しています。


不動産業界はアナログな商習慣が多く残るだけに、DXの進化余地が大きいと言えます。今後も、不動産企業だけではなく、SaaSや人工知能(AI)のテックを持つ企業の参入で、さまざまな不動産テックが生まれることが期待できそうです。


[プロフィール]
種市房子
98年から毎日新聞、同社傘下の週刊エコノミストで記者・編集者として勤務。2023年4月に独立。 毎日新聞での地方勤務は通算10年に及び、ビジネス、経済関連を中心としつつ、スポーツ、法令関連、官公庁の政策取材にも携わる。エコノミスト編集部時代は商社、半導体、電子部品、プラント産業をカバーする。