当社サイトでは、サイト機能の有効化やパフォーマンス測定、ソーシャルメディア機能のご提供、関連性の高いコンテンツ表示といった目的でCookieを使用しています。クリックして先に進むと、当社のCookieの使用を許可したことになります。Cookieを無効にする方法を含め、当社のCookieの使用については、こちらをお読みください。

かつて「6,230km離れた場所にいる患者」の手術に成功したことも…加速する「遠隔手術」の今

2023.06.12(最終更新日:2023.06.12)

読了時間目安 12

シェアする

近年、「遠隔手術」への関心が高まっています。2022年6月には日本外科学会が遠隔手術に関してのガイドラインを作成するなど、国内でも医療現場での応用が現実味を帯びてきました。さらに、2023年に入ってからは、国内で遠隔手術に関する実証実験の成功報告も相次いでいます。期待が高まる「遠隔手術」の歴史と可能性について、尾崎章彦医師(ときわ会常磐病院乳腺甲状腺外科)が解説します。

遠隔手術とは?「従来の手術」と何が違うのか

遠隔手術とは、一般に、情報通信機器を用いながら、手術支援ロボットで実施する手術と定義されます。しかしこのように説明しても、多くの読者はなかなかイメージを持ちにくいのではないでしょうか。というのも、テレビドラマなどでは、外科医(術者)が患者のすぐ脇に立ちながら(この状況を、「外科医が術野に入っている」と我々は呼んでいます)、自らメスを振るって手術を実施していく様子が描かれがちだからです。

もちろん、現在もこのような手術は実施されています。例えば筆者が専門とする乳がんにおいては、術者が術野に入り、直接病巣を取り除くような手術が圧倒的に主流です。また、過去20年ほどで急激に普及した内視鏡手術も、状況はおおむね同じです。内視鏡手術においても、術者はやはり術野に入り、モニターに映し出された画面を見ながら、自らの手で器具を操って手術を実施していきます。

有史以来、今世紀に入るまでずっと「手術」とはそういうもの、つまり原理上、遠隔では不可能なものだったのです。

その「遠隔手術」を可能にした最大の発明が、手術支援ロボットです。手術支援ロボットとは、術野で患者の体に取り付けられたロボットアームを、術者が術野外から操作するようなシステムです。

実は「10年以上前」から実施されていた!遠隔手術の歴史

現在記録されている中で最も古い遠隔手術は、2001年9月7日、ニューヨークのフランス人外科医ジャック・マレスコー博士が実施したものです。マレスコー博士はニューヨークにいながら、6,230km離れたフランスのストラスブールに住む68歳の女性患者に対し、遠隔で胆嚢摘出手術を実施しました。手術支援ロボットとしては、米国コンピューターモーション社が開発した「Zeusロボットシステム」が用いられました。また、通信手段としてフランステレコム社が高速の光ファイバーATM回線を提供したことで、通信遅延はわずか155ミリ秒に抑えられたといいます。

この手術は、ニューヨークからパリへの大西洋横断飛行の先駆者であるチャールズ・リンドバーグにちなみ、「リンドバーグ手術」と名付けられました。そして、その詳細は世界的な学術雑誌『Nature』に掲載され、当時、国際的に大いに関心を集めました。

リンドバーク手術の成功を受けて、マレスコー博士のチームはカナダでも遠隔手術の応用を進めました。そこでは現地の通信会社ベルカナダの通常回線を用いて、マレスコー博士のチームが遠隔でロボットアームをコントロールしながら、現地にいる若手外科医の手術をサポートする、という方法が採用されました。結果として、患者は現地にいながら実現しうる最上の治療を受けることができ、若手外科医は一流外科医から指導を受けられ、マレスコー博士らは、現地に行かずにその経験や知識を次の世代に伝えることができました。こうして、リンドバーグ手術より実践的で、かつ、患者・若手外科医・一流外科医の三者がいずれも恩恵を受けられる選択肢を取りながら、胆嚢摘出術だけではなく食道裂孔ヘルニアや鼠径ヘルニア、腸切除術といった合計20もの手術が、大きなトラブルもなく実施されました。

その後も遠隔手術の経験が多数蓄積され、日本でもこの数年、遠隔手術を本格導入しようという機運が全国的に高まっています。その最大の理由は、ロボット支援手術システムが国内で劇的に普及したことにあります。

盛り上がりを見せる遠隔手術の現状

現在、世界で最も認知され、日本の医療現場レベルにおいて最も導入が進んでいる手術支援ロボットは、米国インテュイティブ・サージカル社が販売する「Da Vinci(ダビンチ)サージカルシステム」です。2000年に初めて米国FDA(食品医薬品局)で使用が承認され、日本でも2012年、泌尿器科領域の前立腺がんに対して初めて薬事承認されました。現在までに外科領域や婦人科領域までその適応を拡大させたこともあってか、国内では、2022年時点で400台以上が導入されています。

実際、Da Vinciサージカルシステムはすでに、大学病院やがん専門病院といった大病院(400床以上)に限らず、ごく一般的な市中病院でも導入が進んでいます。例えば筆者が所属する病床数240床の常磐病院も、2012年に第一世代のDa Vinci Sを購入し、2020年には当時最新型だったDa Vinci Xiに買い替えを行なっているほどです。ちなみにZeusロボットシステムは2001年にFDAの承認を得ましたが、2003年に米国コンピューターモーション社が米国インテュイティブ社に吸収合併され、同年、Zeusの販売は中止されました。これにより、手術支援ロボットの開発は、Da Vinciに一本化され、現在に至るまで大きく発展してきました。

他方、日本国内では、2020年8月に川崎重工株式会社とシスメックス株式会社の共同出資により設立された株式会社メディカロイドが、手術支援ロボット「hinotoriTM(ヒノトリ)サージカルロボットシステム」について、泌尿器科領域での製造販売承認を取得しました。さらに、2022年10月には、消化器外科・婦人科領域でも承認を取得しました。

このように国産の手術支援ロボットが開発・承認されたことも、遠隔手術が盛り上がりを見せている一つの理由と言えるでしょう。事実、2023年になって報道されている国内の遠隔手術の実証実験は、hinotoriを用いたものです。例えば2023年4月7日には、hinotoriを用いて、東京の外科医が300km離れた愛知県での手術を想定した実験が行われました。この実験では、操作の際に生じるタイムラグはわずか0.032秒だったといいます。

話が逸れましたが、Da Vinci、hinotoriいずれにおいても、術者は、術野に入らずに手術を実施していきます。すなわち、術者は術野の外に用意された飛行機のコックピットのような装置に座り、術野で患者に取り付けられたロボットアームを操作して、手術を実施します。それでもこれまでは、術者が患者と同じ手術室内で操作を行うのが一般的でした。ですが術者が術野に入る必要がない以上、通信手段さえ担保されるのであれば、遠隔で安全に手術を実施することも、原理的に可能になったということです。

実用化は可能か?遠隔手術の今後

ロボット支援手術システムが急速に普及している一方で、医療現場への応用については、多くの課題が蓄積しているのも事実です。最大の課題は、ハードやインフラです。ここまで述べてきたように、遠隔手術の実施には、手術支援ロボットと安定的な通信が欠かせず、加えてこれらの高度な技術が、手術中を通じていずれも問題なく機能しなくてはいけません。すなわち、これらの技術に不具合や故障があると手術の遅延や合併症に直結しかねないことは、肝に銘じられるべきでしょう。特に術者と患者に取り付けられたシステム間のデータ伝送の「遅延」は、術者がリアルタイムで正確な動作を行う能力に影響を及ぼす重大なリスクとなります。これは今後、遠隔手術の応用を広く進めていく際に、最大の障壁となるかもしれません。

また遠隔手術が、都市部と地方あるいは僻地の間での手術を想定していることも、ハードやインフラの課題を困難にする可能性があります。現在日本では5G回線の普及が進んでおり、タイムラグを起こすことなく医師の動きを正確に再現できる通信環境は徐々に整いつつあると言えます。しかし、5G回線の普及は都市部が中心で、遠隔地では後れているのが実情です。そのため、もし地方や僻地などにおいて遠隔手術を実施しようとする場合、特別な回線が必要となる可能性があります。特別な回線の導入・維持には莫大なコストがかかる可能性も考えられ、持続性は乏しくなるでしょう。そもそも、高価な手術支援ロボットの導入は、地方や僻地では十分な症例を確保できず、採算が合わない可能性があります。一方で、ある程度の人口規模の地方都市であれば、ロボット支援手術の体制が一定程度整備されていて遠隔手術を必要としないケースも考えられます。外部からの経済的な支援などに頼らず、自立可能な形で、小規模の地方自治体や僻地で遠隔手術をいかに実施していくかは、今後の大きな課題でしょう。

さらに、遠隔地の外科医が手術を実施することについての説明や同意の取得、何らかの突発的な問題が生じた際の責任の所在などの問題もあります。そのほか、患者データをネットワーク経由で送信する際に、サイバーセキュリティ上のリスクにさらされる可能性もあります。これらの懸念に対処するためには、明確なルール作りや、法的・規制的枠組みが必要です。

とはいえ筆者自身は、遠隔手術に伴う様々な制約は、将来的に克服可能と考えています。ただし、遠隔手術を使用する場面は限定されるかもしれません。少なくとも、私見では、遠隔手術は、手術支援ロボットの導入を加速し、その手術手技の教育スピードを向上させる上で、大いに役立つように思います。すなわち、現在は指導者がわざわざ現地を訪問してロボット支援手術を指導していますが、遠隔手術によって、このような指導がより容易になる可能性があるということです。

ひいては今後、遠隔技術による海外への手術支援なども広がる可能性があります。もちろん、その際には再度、手術支援ロボットがそもそも現地に存在するか、安定的な通信システムが存在するかといった課題に取り組む必要があります。しかし、もし海外の人々が遠隔支援手術を本当に必要とし、そのための技術が求められるのであれば、何らかの形で克服されていくと筆者は考えています。

(文:ときわ会常磐病院乳腺甲状腺外科 尾崎 章彦)

筆者プロフィール:
福島県いわき市在住。いわきと南相馬で地域医療に従事しながら、震災に伴う健康影響の調査のほか、製薬マネーが医療に及ぼす影響などを調査している。

【経歴】
平成22年3月 東京大学医学部医学科卒業
平成22年4月 国保旭中央病院初期研修プログラム
平成24年4月 竹田綜合病院外科
平成26年10月 南相馬市立総合病院外科
平成30年1月 大町病院
平成30年7月 ときわ会常磐病院

【保有資格等】
日本外科学会 専門医
日本乳癌学会 乳腺専門医
日本消化器外科学会 専門医
検診マンモグラフィ読影認定
乳房超音波読影認定
新リンパ浮腫研修修了
JOHBOC E-learning セミナー修了
医師臨床研修指導医