医学的リハビリテーションの中心となる理学療法士をサポートするテクノロジー
リハビリは理学療法士を中心に行われます。リハビリの目的は、身体に障害のある人や障害の発生が予想される人の日常動作の回復、維持、進行の予防です。
理学療法士はリハビリのプログラムを組むために、医師の指示のもと、運動療法や物理療法など適した治療法を検討します。その際、過去のリハビリ治療のデータを参考のうえ、患者の症状やライフスタイル考慮します。データ解析をするのに、AIやスマート技術がしばしば導入されます。
医療現場では「患者の病状を定量化し、分析した確率論を主軸にプログラム決定を行う」というルールが確立されています。データ処理を得意とするテクノロジーとの相性が、非常にいい分野であると言えます。
実際に、理学療法士が担う日常業務をサポートするデジタルツールは増えました。たとえば、現場でのリハビリ指導の記録や効果の分析などです。
リハビリ分野における、工業技術×デジタルテクノロジー
リハビリは義足や義手、松葉杖など身体をサポートする器具を利用するため、工業と関りの深い分野です。本章では、工業技術とデジタルテクノロジーをかけ合わせた機器にスポットを当てます。
自立動作支援ロボットスーツ
脳卒中(脳梗塞、脳出血)、脊髄損傷、パーキンソン病、脳性麻痺、ALSなど脳神経疾患の患者、または入院を機に筋肉が衰えた方の日常動作や筋トレをサポートする医療機器が話題を呼んでいます。
なかでも、昨今注目を浴びているのが2009年に全国発明賞を受賞した、世界初の装着型・着るサイボーグ「HAL®」です。HAL®は身体機能の補助・改善・拡張に役立つ、次世代型の自立動作支援ロボットスーツです。
人の脳は「歩きたい」「手を伸ばしたい」と何かしらの動作を「したい」と考えるとき、皮膚に微弱な電位信号が発生します。
この電位信号を読み取ることができるのが、最大の特徴です。センサーがこの電位信号を感知すると、各関節のモーターに指示が行きます。「歩く」「座る」「立ち上がる」などの動きをスムーズに行えるように、関節のモーターが過剰に可動域を広げすぎたり、力を強く入れすぎたりすることなく、的確にアシストできる仕組みになっています。
コロナ禍を経て、ますます重要性が叫ばれる遠隔リハビリテーション
昨今の少子高齢化や、働き方の多様化が進むなか、改めて重要度を高めているのが遠隔リハビリテーション(以下、遠隔リハビリ)です。オンラインミーティングと遠隔用リハビリ機器を組み合わせて、医療従事者と同じ場所にいなくとも、患者がリハビリを受けられます。
遠隔リハビリは感染予防や、患者が病院に通うのが困難な場合に、有用です。たとえば「家から病院が遠い」「外出には介護が必要だが、病院まで付き添う人が見つからない」「仕事が多忙で時間をとるのが難しい」など、さまざまな事情があります。病院に出向くことなくリハビリが受けられるのが魅力です。
患者の耳に装着して、バイタルデータをリアルタイムで共有するヘッドセット
遠隔リハビリ機器を1つ紹介しましょう。2020年より京セラ株式会社と東京医科歯科大学が共同開発を行っているヘッドセット型の「ウェアラブルシステム」です。血中酸素飽和濃度などのバイタルデータを、計測と同時に取得できるのが最大の特徴です。
患者がヘッドセットを身につけると、耳たぶから計測されたバイタルデータが病院側へ送られ、リアルタイムの数値を確認しながらリハビリを進めることができます。
患者は医師や理学療法士の指示を骨伝導で聞くことができます。音楽用によく見られる、密閉型(カナル型)イヤホンや耳全体を覆うヘッドフォンとは異なり、耳を塞ぐことがないため、周囲の音を聞き取ることができ安全です。
市販のスマートグラス(モニターとして使用できるメガネ)と接続して使用することも可能です。医療従事者がスマートグラスをかけると、メガネレンズに患者のデータが表示されます。データを目視するのに視線を外す必要がないため、安全かつ効率的にリハビリを実施できます。
現在は試験運用の段階ですが、本格導入を目指して研究が進められています。
「遊びながらリハビリ」できるVR(仮想現実)ゲームが誕生
リハビリに伴う患者の身体的負担および精神的負担は計り知れません。楽しく行うための工夫は、効果を得るうえで大変重要です。ゲームを楽しみながら、遊び感覚でリハビリができるVR(仮想現実。以下、VR)ゲームが話題を呼んでいます。
「modiVRカグラ」は、VRゲーム仕様のリハビリテーションサポート専用の医療機器です。頭部にヘッドマウントディスプレイを装着し、ゲームの進行に合わせて左右交互に腕を伸ばすことで、すべての動作の基本となる、姿勢バランスや重心移動のコツを体得します。椅子に座ったまま利用できるため、転倒リスクが低いのもメリットの1つです。
たとえば、モニターに現れるターゲットの位置に腕の位置を合わせて、手に持っているコントローラーでシューティングする「水平ゲーム」や、落下するボールの落下位置とタイミングを予測してシューティングする「落下ゲーム」など、複数のゲームがプログラミングされています。症状の進行度に合わせて難易度を選択します。
ゲームのなかのVR空間で、ターゲットの位置と速度を「認識」し「手を伸ばす」という二重課題のトレーニングができるのがポイントです。このような認知課題と運動課題を同時に処理する能力は、日常生活を送るうえで不可欠です。
本ゲームは経済産業省・厚生労働省主催のジャパンヘルスケアコンテストで2018年に、グランプリを受賞しました。
現在、全国の大学やリハビリテーション病院、介護付き有料老人ホーム、デイケア施設などで導入されています。
リハビリができない症状の患者をサポートする新技術に注目
運動障害に関わる疾病により、思いどおりに言葉を発することや、ものを書くことができない患者がいます。「Cyin®福祉用」は、発話や身体動作を伴わずに意思伝達を行うことのできるインターフェイスです。人が身体を動かそうとする際に皮膚表面に発生する、微弱な電位信号を読み取ることができます。
自らの意思で身体をまったく動かせず、筋活動(まばたきや呼気等)による機械の操作が難しい方でも「はい」「いいえ」等の意思伝達や任意の文章作成、ナースコールによる呼び出しなどを行うことができます。
まとめ
遠隔リハビリの課題
これまで紹介した最新テクノロジーを活用することで、身体が不自由な人のQOL(Quality of life=クオリティ オブ ライフ、生活の質)やリハビリ効果の向上が期待できます。一方で、課題もあります。
たとえば、遠隔リハビリにおける非言語コミュニケーションの不足です。
リハビリ従事者が患者の筋肉や関節に直接触れ、症状の回復や進行を確認したり、リハビリ運動を正しく誘導したりといったアプローチは、効果を上げるのに有用です。ですがこれらを補う方法はまだ確立されておりません。
また、遠隔リハビリの専用機器は、操作できる人や導入できる施設が少ない現状にあります。
さらに、患者側に基本的な操作能力が求められることもまた大きな問題です。パソコンやデジタル機器に馴染みがないため、操作が困難であったり、オンラインによるリハビリそのものに抵抗をもったりする場合もあります。
テクノロジーの力でリハビリの未来を切り拓く
日本は少子高齢化、平均寿命の高まりにより、リハビリを必要とする患者は今後増加する見込みです。
昨今、理学療法士の数は年々増加傾向にあります。ですが、理学療法士の活躍の場は病院以外に老人福祉施設、身体障害者福祉施設、児童福祉施設、地域包括支援センターなど多岐に渡り、需要が高まっていることから「人手不足」といわれています。
現在、これらの課題を解決するべく研究・開発が進められています。1歩先の未来では、日本のどこにいても誰もが最適なリハビリを受けられるようになるかもしれません。
未来のリハビリ現場で、たくさんの笑顔が生まれることを願ってやみません。
(編集/福永 奈津美)