欧米で急成長を遂げた代替肉市場
そもそも代替肉市場は欧米で急成長を遂げました。考えられる要因はさまざまですが、欧米の食文化には食肉が深く根づいており、USDA(U.S. Department of Agriculture)の調査によると、2020年時点における米国の食肉消費量は約900億ポンド(約 4,082 万トン)にのぼります。
米国の国勢調査(センサス)によると、米国の総人口は2020年4月1日時点で約3億3,000万人です。単純計算で1人当たり、年間123.7キロ消費しているということになります。
さらに、前述の調査では消費食肉量の約3分の1が牛肉を占めています。牛肉はたんぱく質、ビタミンB12、鉄分などが豊富に含まれ栄養たっぷりですが、主食であるパンやイモ類などの炭水化物に加え、脂質の高いメインディッシュを日々摂り続ける食事スタイルはカロリーオーバーを招きやすくもあります。実際に、欧米における成人の肥満率は、WHO(世界保健機関)の公表によると、31.8%にのぼります。すなわち、約3人に1人が肥満であるという計算になります。ちなみに、同調査で日本の成人肥満率は4.5%で、約22人に1人です。
こうした背景もあり、欧米では近年健康意識が高まり、よりカロリーの低い代替肉が注目を集めました。それに伴い、代替肉やサプリメントの品ぞろえが豊富なオーガニックスーパーの普及も進みました。代替肉やオーガニック食品は既存のものと比較して高価な傾向にありますが、「健康に投資する」という概念が浸透した結果、両者ともに市場を拡大していきました。
全米のケンタッキーで代替肉チキンが発売
最近では、2022年に米ケンタッキーフライドチキンが、植物性代替チキン「ビヨンド・フライドチキン」を期間限定で発売したことが話題になりました。「ビヨンド・フライドチキン」はカリフォルニア州に本社を置く、アメリカの代替肉市場において高いシェア率を誇るスタートアップ企業「ビヨンド・ミート」が本商品のために開発した製品です。事前に行われた1日限定の試験販売では数時間で完売し、その注目度の高さが伺えます。
「ビヨンド・ミート」は2022年の秋に、傘下にマルエツ、カスミなどのスーパーを擁する日本企業「ユナイテッド・スーパーマーケット・ホールディングス(U.S.M.H)」と独占契約を結んでおり、日本市場へも参入しています。
日本のファストフード店で食べられる代替肉
日本のファストフード店で気軽に試せる代替肉メニューにはどんなものがあるでしょうか? 「モスバーガー」では大豆由来の植物性たんぱくから作られた「ソイパティ」を使用した「ソイモス野菜バーガー」が2015年から発売されています。その他、「ドトールコーヒーショップ」では、同じく大豆由来の食材を使用した「全粒粉サンド 大豆ミート~柚子胡椒豆乳ソース~」が2021年から発売されました。ペースはゆっくりであるものの、日本でも代替肉メニューが着実に広まりつつあります。
世界的にフードテックが注目される理由
環境への配慮が大きな要因の1つに挙げられます。食肉文化を支えている畜産業は、地球温暖化に影響しています。牛のげっぷに含まれるメタンガスは温室効果ガスの1種です。畜産業が排出する温室効果ガスは、産業全体が排出する温室効果ガスの4%にすぎないものの、同じく温室効果ガスの二酸化炭素(CO2)と比べて、その温室効果は約25倍とも言われています。畜産が盛んなアメリカではいち早く取組みを進めており(参考:https://www.alic.go.jp/joho-c/joho05_000777.html)世界もそれに付随し、環境負荷の軽減が見込めるフードテックが現在注目されています。
シンガポールでフードテック市場が拡大している理由
シンガポールの食料自給率は10%未満にとどまります。そこで、シンガポール政府は食料自給率を2030年までに30%まで引き上げることを目指す「30×30」というプランを掲げています。シンガポール政府は代替肉・代替魚を始めとしたフードテック領域に、研究開発から生産・販売まで一貫支援しており、スタートアップ企業の進出を積極的に促しています。
こうした背景から、日本のフードテックベンチャー企業であるネクストミーツ株式会社は、シンガポールでの事業展開に力を入れています。現地の食肉加工企業と開発した植物性代替肉「NEXT Wagyu」は2022年から現地レストラン向けに展開されています。こうした植物性代替肉は大豆、エンドウ豆などの豆類を原料にしてつくられ、「プラント・ベース・ミート」と呼ばれています。
「プラント・ベース・ミート」ではない代替肉の登場
しかし、この「プラント・ベース・ミート」もまた植物(豆類等)を必要とします。シンガポールは国土に占める農業用地の割合が約0.9%であるため普及が難しく、食糧自給率を上げる効果的な施策とは言えませんでした。そこで「プラント・ベース・ミート」の代替として、国内では注目を浴びているのが培養肉・培養魚です。
そうした背景もあり、シンガポール政府は世界で初めて培養鶏肉の販売許可を出し、話題を集めました。
培養鶏肉の販売許可を世界で初めて認可したシンガポール
植物性たんぱく質を由来とする代替卵「JUST Egg(ジャストエッグ)」を展開しているアメリカ企業のイート・ジャストは、シンガポール食品庁から2020年12月に世界で初めて培養鶏肉の販売許可を取得しました。同国で培養鶏肉「GOOD Meat(グッドミート)」を販売し、現地のレストランで提供されています。同社は2030年までに培養鶏肉を畜産の鶏肉と同等価格にすることを目指しています。
シンガポールは培養肉に続いて、培養魚の開発も進んでいます。魚の培養脂肪を研究しているシンガポール企業「ImpactFat(インパクトファット)」は、世界初の培養魚脂肪を発表し、シンガポール食品庁の認可を受けました。同社は2022年3月に設立されたばかりですが、同年のアジア最大級の環境技術公募「2022年ザ・リバビリティ・チャレンジ」、「Asia Pacific Agri-Food Innovation Summit」を受賞し、目覚ましい成果をあげています。
培養魚はまだ商品化されておりませんが「ImpactFat(インパクトファット)」はシンガポールのナショナルギャラリーで試食会を開き、参加者からその風味について、高い評価を獲得しています。
魚の脂肪は不飽和脂肪酸を多く含み、心疾患リスクを軽減します。培養肉よりさらに、多くの人が選択できる食品になることが期待されます。
まとめ
培養肉・培養魚は実際に、「プラント・ベース・ミート」のように製造の過程で生き物が全く関係していないわけではありません。動物・魚の細胞を摂取し培養を行っているため、ヴィーガンやベジタリアンの人は手に取れない可能性があります。ですがそれでも、環境負荷が低く、動物の搾取も大幅に軽減できます。
魅力的な風味はそのままに、テクノロジーの力であらゆる面で考慮された培養肉・培養魚は、今後のわたしたちの消費や食事の選択肢を増やしてくれるでしょう。
(文:福永奈津美)