健康・生活に関するデータが推定できる統計モデル「仮想人体生成モデル(VITA NAVI)」
トイレタリー業界の大手としてのイメージの強かった花王が、新たなチャレンジをスタートさせています。同社は2022年8月に、ディープランニングなどの機械学習技術を持つAI開発企業である株式会社Preferred Networks(PFN)と共同で「仮想人体生成モデル」を開発したことを発表。実用化に向けた検証を進めています。
これは、花王が持つ人の身体や生活に関する幅広い知見と、PFNが持つディープランニングや生成モデルの高度な技術を組み合わせることで実現した統計モデルで、自分の身体などに関する一部データを入力することで、健康や生活などに関する様々なデータを推定できます。
健康診断などで得られる身体に関する項目から、ライフスタイル(食事、運動、睡眠など)や性格傾向、嗜好性、ストレス状態、月経などの日常生活において関心の高い項目まで、幅広く多種多様な1,600以上の項目を網羅的に備え、これらがどのようなパターンで現れるのかを示すことができるようになっています。
例えば、自分の体重や歩数情報を入力することで、中性脂肪やLDLコレステロールといった健康診断の際に測定するような項目の値を推定することができたり、健康診断結果など手元にあるデータから、内臓脂肪量を統計的に推定することができます。これらの推定値は医療機器による測定値とは異なるレベルの参考値であるため、疾病の診断・治療・予防医療目的ではなく、あくまでも健康維持・増進のための行動変容につながるきっかけを提供するイノベーションとして期待されています。
具体的には、花王がPFNの協力のもと協業する事業者や研究機関などにAPI経由で提供し、各事業者がエンドユーザーに対してさまざまなサービスや商品開発を実現すること。その協業相手の一社が日清食品です。
協業相手の日清食品が生み出す商品にも独自のフードテクノロジーが駆使されており、今回の花王が開発したモデルとの相乗効果が期待されています。
日清食品は、花王の「仮想人体生成モデル」の中で、身長や体重のような測定時に身体的な負担が伴わない項目やアンケート項目など簡便に入力することができるデータから、血糖値のような測定時に身体的な負担が伴う項目を短時間で推定できる点に着目。このモデルを活用することで、現在、新規事業として推進している「最適化栄養食」(完全メシ)が健康状態に与える影響について完全メシの消費者自身でも具体的に把握することが可能と考え、花王とともに検証を進めていく予定です。
ここで、日清食品が開発・販売する「完全メシ」ブランドとそのテクノロジーについて紹介します。
栄養バランスのとれたカツ丼や担々麺!? 人気メニューを大変身させる日清食品のテクノロジーとは?
日清食品が2022年5月から販売している「完全メシ」は、オーバーカロリーによる「肥満」や粗食・小食を原因とした低栄養によって引き起こされるシニアの「フレイル」、カロリーは足りているけれど特定の栄養素が不足する「隠れ栄養失調」など、現代が抱える“食”の課題を解決しようとする、安藤徳隆社長肝入りの新規事業。
ブランドの定義としては、厚生労働省「日本人の食事摂取基準」で設定された33種類の栄養素とおいしさの完全なバランスを追求していること。インスタント食品や冷凍食品が持つ簡便さを強みにしながらも、おいしさと栄養バランスを両立させた夢のような商品で、年齢や性別、生活習慣など、一人ひとりの状態に合わせて主要な栄養素がバランスよく適切に調整された「最適化栄養食」の認証を受けています。
商品ジャンルは、カップライス(日清カレーメシ)、カップ焼きそば(日清焼そばU.F.O.)、カツ丼、ピザ、ラーメン、お好み焼きなどの冷凍食品、カップスープ、スムージーなど多岐に渡ります。これらのメニューは、前述したように栄養素のバランスが整っていながら、日清食品が持つフードテクノロジーによって“普段の食事と変わらないおいしさ”を実現。今回いくつかの商品を実際に食べてみましたが、言われなければ栄養バランスが整えられた特別な食品だとは到底わからない味わいに、驚きを隠せませんでした。
実はこれらのおいしさの実現は簡単なことではありません。同社がインスタントラーメンなどの開発で培ってきた最新のフードテクノロジーが駆使されています。具体的には次の通り。
1 「おいしさの再現技術」
さまざまなうまみ素材などを駆使することで、栄養素の苦みやエグみを感じることなくおいしく食べられるようにする。
2 「米の加工技術」
お湯をかけて5分で戻る同社オリジナルの製法を使い、お米と栄養素を一緒に炊き込むことで、米本来のおいしさはそのままに栄養素の配合を可能にしている。
3 「減塩技術」
世界中から約170種類もの塩を集めて研究を重ね、ミネラルやアミノ酸などを配合することにより、塩が少なくてもおいしく感じられるように。
4 「3層麺製法」
麺の中心層の一部に小麦粉の代わりに食物繊維やたんぱく質を使用する3層麺製法技術でおいしさはそのままに栄養素を配合している。
5 「肉の加工技術」
大豆たん白や野菜などをまぜてミンチ状にしてフリーズドライ加工する独自の加工技術で肉本来のおいしさを追求。
その他、商品ごとに最適な製法を開発。例えば「冷凍 完全メシ DELI やわらかロースかつ丼」では、油で揚げない特殊製法をゼロから開発。おいしさには欠かせない脂質を減らしつつも、まるで油で揚げたようなジューシーな味わいを生み出しています。
今後は、花王の「仮想人体生成モデル」を使って、食の好みやライフスタイルなどに関するアンケート項目や、これまでは食との具体的な相関が見えにくかった項目(例えば肌状態や体臭など)からその人の健康状態を推定し、完全メシのパーソナライズ化に応用していく予定といいます。
健康意識の向上や健康食の実践が、楽しく、おいしく、簡単にできるようになるのも遠い未来ではなさそうです。
<著者>
スギアカツキ
食文化研究家。長寿美容食研究家。東京大学農学部卒業後、同大学院医学系研究科に進学。基礎医学、栄養学、発酵学、微生物学などを幅広く学ぶ。在院中に方針転換、研究の世界から飛び出し、独自で長寿食・健康食の研究を始める。食に関する企業へのコンサルティングの他、TV、ラジオ、雑誌、ウェブなどで活躍中。