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印刷会社から生まれたフェムテックIoTサービス「わたしの温度®︎」。開発を通じて見えた女性のホルモンバランスと、社会進出の関係

2024.03.21(最終更新日:2024.03.21)

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女性のからだというのは、とかく複雑にできている。生理後の二週間前後で排卵が起き、受精をすれば妊娠、受精しなければまた次の生理が始まる。排卵を軸にして、エストロゲン(卵胞ホルモン)とプロゲステロン(黄体ホルモン)のバランスが日々少しずつ変化するので、生理前にメンタルが不安定になったり、熱っぽさやのぼせが起きたりする。

そんな女性の日々の健康を測るひとつの方法に「基礎体温」の測定がある。一般的に排卵日を起点にして女性のからだは低温期と高温期のふたつに分類することができるのだが、基礎体温を測定することでホルモンのバランスや、妊娠のしやすさ、生理の近さなどを把握できる。妊活やPMS(月経前症候群)を知るために、日々記録をつけているという女性は少なくない。

「わたしの温度®」は、そんな温度リズムの測定を、簡単に・手軽にしてくれる。小型の温度計を専用のナイトブラのポケットに入れ、着用して寝るだけで、就寝中に自動で計測してくれる。その記録をもとに妊娠のしやすさやメンタルバランスに関するアドバイスももらえる「痒いところに手が届く」サービスだ。


妊活や生理周期の把握に大いに役立つフェムテック商品なわけだが、開発したのは、印刷業界の大手「TOPPANホールディングス」のグループ会社。印刷会社がなぜフェムテックに参入したのか?

デバイスの特徴や開発におけるポイント、そして「わたしの温度®」の開発を通じて会社の中で変化が起きたこと、これからの世の中で変化を起こしたいことについて、TOPPANエッジのイノベーションセンターに所属する廣瀬久美さんと都成大輔さんにお話をうかがった。

つけて寝るだけで温度リズムを測ってアプリに記録してくれる

左:イノベーションセンター イノベーション推進部 健康ビジネスチーム課長の都成大輔さん、右:イノベーションセンター イノベーション推進部 健康ビジネスチーム担当課長の廣瀬久美さん

――早速ですが、「わたしの温度®」というのはどういったデバイスなのでしょうか?

廣瀬:「わたしの温度®」は、専用のナイトブラ※にデバイスをつけて寝るだけで、女性特有の温度リズム(高温期・低温期)を手間なく簡単に把握できるIoTサービスです。
※就寝時用の女性用下着。睡眠時にバストが動かないようにキープし、ケアするもの

――ナイトブラで温度測定ができるのですか。

ナイトブラに入れる測定用デバイス。筐体のカラーリングは化粧品のパッケージを参考にしたのだとか

廣瀬:専用のナイトブラのみぞおち部分にデバイスを入れるポケットがあって、そこにデバイスを格納して着用いただくことで、寝ているあいだに温度を記録します。

都成:通常、基礎体温の測定は、目が覚めたら動かずに布団のなかで体温計を数分口に咥えて計らないといけなかったり、決まった時間に計らないといけなかったりと制約が多いのです。「わたしの温度®」はそこを大変便利にできるサービスです。

――これは便利ですね!基礎体温の測定って正しく測るための決まりが多くて……。

都成:朝って忙しいので、男女関わらず朝の数分の価値がとても大きいじゃないですか。例えば、寝坊して焦っているのに基礎体温を測るのってすごくストレスになる。そういった負荷をユーザーにはかけないように意識してつくられています。

――わかります。結局、続かないんですよね。「わたしの温度®」は記録自体をアプリで見られるんですか?

廣瀬:はい、測定記録はスマホのアプリで管理されます。日々の温度データや過去の生理の記録などから、次回の生理予測日、排卵の予測日などをお知らせしてくれる。排卵日予測から、妊娠しやすさを3段階で予測する機能があるので、妊活のバロメーターにもなります。

アプリの使用画面

都成:また女性はホルモンバランスによって、生理前にイライラしたり、生理中に気分が落ち込んだりと心身に影響を受けがちです。「わたしの温度®」では1ヶ月の心身の変化を4つのパターンに分けて表示し、体調を客観的に知ることができます。

廣瀬:また、細かな情報を書き込めるメモ機能のほか、ユーザーの目的に合わせて食事や運動などその日ごとのアドバイスを表示したり、専門家によるコラムを週1で配信したり、産婦人科や小児科医へのオンライン相談ができるといった機能があります。

――まさにかゆいところに手の届くデバイスですね。どこで手に入るのでしょうか。

廣瀬:Amazonや楽天などの大手通販サイトや産婦人科などでも販売をしています。また、最近は展示会でPRすることも多いのですが、ありがたいことに「わたしの温度®」を紹介すると「どこで売っているのですか」って言われることが多く、プロモーションとしては足りてないところではありまして……。いろいろ策を練っているところです。

客観的な記録によるデータは自分にもパートナーにも説得力を生む

――ちなみにデバイスで温度を計測するということですが、データは正確なのでしょうか?服や布団の暑さによって温度が変わりそうな気もしますが。

廣瀬:デバイスには2つの温度計がついていて、皮膚の温度と衣服内の外気温を計測して記録を取っています。
おっしゃる通り、布団をこんもりかぶっていたら暑いでしょうし、冷房が効いていれば寒いでしょうし、体温は外気温にも影響します。内と外の温度を測って、外気の温度をキャンセルするような計算がなされています。

また、測定回数も口で測るよりもずっと多いです。就寝中の安定した温度を自動で100回以上測定しているのですよ。

――100回も!口内で1回だけ測るよりも信憑性がありますね。

都成:自分のからだのことを客観的に教えてくれ、なおかつその情報がぱっと見で理解できるようなサービスを目指しています。これはパートナーの方にも有用で、「わたしの温度®」はパートナーも自分のスマホで記録データを閲覧できるようになっています。

廣瀬:妊娠したくても「そろそろ排卵日だから妊活を……」って、なかなか自分の口で伝えにくいですよね。でも、情報がアプリで届けばパートナーの方も自分で気づくことができる。

都成:あるユーザーの方は「わたしの温度®」で自分の状態が可視化できたことで、心身のバランスが悪い時、夫に素直に伝えられるようになったそうです。言葉に出すことでストレスが減って、体調も良くなったとか。

――温度リズムや排卵日、生理期間が可視化されているぶん、パートナーの方も納得感が出ますよね。「たしかにそろそろ生理前だから」って。

廣瀬:些細なことかもしれませんが、一人の女性をハッピーにできたことがとても嬉しかったですね。

都成:ちなみに「わたしの温度®」のプロジェクトを始めてくれたのは廣瀬ですけど、実際に「わたしの温度®」を活用して妊娠しました。

廣瀬:この取り組みをはじめた頃、結婚はしていたけどまだ子どもはいないっていう時期で。自分で開発した試作機を使って妊活して、無事に授かることができました。

都成:2020年くらいに私がこのチームのリーダーに着任したんですけど、彼女はちょうど出産が終わって育休中だったんですよね。「わたしの温度®」に関する知識は彼女がもっとも秀でているので、復帰を楽しみにしていたんですよ。

廣瀬:そうしたら、復帰してすぐに二人目を妊娠しまして。

――二人目も!

都成:もちろんデバイスがあれば万全、というわけではありません。ですが廣瀬が実際にプライベートで活用してくれたことで、とても優秀な製品であることをチームに教えてくれました。私は男性ですが、「わたしの温度®」が女性の体調管理にとても役立つということは、すごく納得がいきましたね。

部署を横断してはじまった新しい取り組み

――素朴な疑問なのですが、なぜ印刷会社がフェムテックデバイスを?

都成:印刷会社というと、紙になにかを印刷するイメージがあるかもしれませんが、時代の流れや技術革新に応じて変化してきました。TOPPANエッジは、従来の紙を中心とした製品やサービスと、最先端のデジタル技術を掛け合わせて、企業や社会の課題解決に貢献するソリューションを生み出そうと取り組む会社です。

廣瀬:たとえば、住所変更・口座振替などの金融や行政の手続きを、スマートフォンで簡単におこなえるAIRPOSTというサービスがあります。そのほか、環境・エネルギー分野のビジネス創出にも取り組んでいて。「わたしの温度®」も、そうした新しい課題解決を模索するなかで立ち上がりました。

――女性の体調管理に役立つデバイス、というのは当初からビジョンがあったんでしょうか?

廣瀬:最初はそうではなかったです。元々は「プリンテッドエレクトロニクス」という、印刷技術を使って配線やセンサーを開発していこうと模索していたところでした。印刷で薄いものが作れれば、役立つことがあるのではないかって。でも当時は何がいいかも自分たちではよくわかっていなくて。

――活用方法は未定だけど、いったんその技術が実現できるか、まずはつくってみようと。すてきな姿勢ですね。

廣瀬:ちょうどヘルスケアの分野にも出ていこうって目標が出てきたり、薄い印刷物で温度だとか、心拍が測れたら便利だよねって話がでてきたり、私自身が妊活のタイミングだったこともあって、技術と目的が集約されてきた流れでしたね。

――「わたしの温度®」を見ると、印刷物というよりも電子機器という感じがありますね。どういう開発経緯を辿ったのですか。

廣瀬:薄いものだと、ちゃんと温度が測れなかったんですよ……。下着に温度センサーを縫い付けて使用するというコンセプトで開発がスタートしましたが、印刷で作った温度センサーはセンサーごとのばらつきがあって使い物になりませんでした。女性の低温期と高温期の温度差って、0.3度から0.5度くらいしかないので、印刷物での温度センサーでは限界がありました。それで、きちんとした電子基板で開発したほうがいいねって話になりまして。

都成:プリンテッドエレクトロニクスの技術だけでは、フェムテックとして十分な精度が出ないので、筐体の設計や、集積回路系の基板設計に関わってもらって、より精度も処理能力も高い電子機器を用いる方向になりました。これらの技術自体は当社がもともと持っていたものではあるので。

――電子機器を用いると方向性が定まってから、スムーズに進みましたか?

廣瀬:いえいえ。最初は私と若手の男性社員の二人ではじめたのですが、二人とも化学分野の出身で「こういうことがやりたいけど、どうつくればいいのかわからない」状態で。そこで、プロジェクトという形で各部署に助けてもらうかたちになりました。

都成:アルゴリズム開発、筐体設計や電子基板設計、ソフト開発設計者などなど、いままで一緒に仕事をすることがなかった部署を横断して人が集められました。

――会社自体が大きいので、なかなか知っているけど関わったことのない部署も多そうです。

廣瀬:そうですね。これだけ横断的に人を集めたプロジェクトは、私が経験するなかでもはじめてでした。外部からも、技術アドバイザーとして多くの医師・先生方にご協力いただきました。未経験のことでしたが、そのおかげでいい製品をつくれたし、部署を横断してひとつものをつくる実績もできた。

――「わたしの温度®」の開発が、社内に新しい風を通したのですね。

都成:いまは「健康ビジネスチーム」の部署が創設され、研究開発から事業推進までワンチームでおこなっています。

開発自体は2017年にスタートして、製品として完成するまで2年半くらいかかりました。それで、2020年の秋口に、市場の声を私たちが直接聞いてみたいという思いもあって、クラウドファンディングをおこなったんです。

クラウドファンディングで直接ユーザーにむけて商品を発信

――「印刷会社がクラファンをやる」って、すごく新鮮に聞こえます。

廣瀬:そうですね。500人規模の実証実験などはやってきていたのですけど、 当社がクラファンをやるっていうのは初めての試みだったのではないかなと記憶しています。

都成:基本的に印刷会社はBtoBの会社なので、ダイレクトに商品がユーザーに向かうっていうことがなかったのです。でも現在、センター長になっている上席が、事業推進としてクラファンでいきたいと社の上層部に掛け合ってくれて。

廣瀬:結果としては、支援者215人、目標金額50万円のところにほぼ8倍の400万近い応援購入がありました。

――すごい! それだけ女性たちからのニーズがあって、マッチする製品だったということですね。

都成:そもそも印刷の会社がヘルスケアをやるって前例のないことでしたし、フェムテックも言葉もない時代でした。社内の方からは「売り上げはどう立てていく計画なのか?」という率直な疑問や、叱咤激励をもらうこともあって。 それでも……みなさんのお力添えで1歩ずつ乗り越えてきたからこそ、挑戦と、それにともなう結果を生めたのかなと。

気軽に女性の体調を把握できる技術は、社会全体のアップデートにつながる

――「わたしの温度®」は、いまは妊活を目的とするユーザーが多いのでしょうか?

廣瀬:今はまだ「温度計測」=「妊活」という理解が中心となっていますが、日々の温度を計測することでいろんなことが分かります。たとえば、無排卵月経とか。

出血があるので問題なく生理が来ていると思っていても、温度を測定すると低温期と高温期に分かれていないこともある。つまり排卵をしていないということです。無排卵月経の女性は全体の1割ほどいると言われていて、放置すると不妊の一因にもなります。

――妊娠を希望しない場合も、温度を日頃から測ることが健康に役立つんですね。

廣瀬:そうですね。PMSや更年期で悩む人にも、日々の温度計測は自分の体調を知るヒントになりますから。

都成:こういうフェムテックに関わる企業は、海外のメーカーが多いみたいで。女性への意識は日本が遅れているっていうことですよね。TOPPANグループのなかで、こういったデバイスを開発できたのはひとつ誇りに思っています。僕自身も、ものすごく勉強になりました。

廣瀬:「ジェンダーギャップ指数」を見ると、日本は他の国々に比べてまだまだ男女格差がある。それは、ホルモンバランスによって起こる女性の体調の変化に対して、社会全体の理解が不十分なことにも一因があると思っています。

都成:出産においての「産みの苦しみ」の本質を、僕も含めて男性メンバーたちは今もわかりきれないところはあると思いますが、「わたしの温度®」の開発に携わったことがきっかけで、女性のヘルスケアに関してはどんどん吸収していくことができました。うちの男性メンバーは、市井の女性よりも生理のことに詳しかったりします。

廣瀬:すごいですよ。本当に詳しくなって。

都成:本人たちが「やりたい」って言ってチームに入ったわけではない人ももちろんいるので、最初は生理やホルモンバランスが……って戸惑ったメンバーもいたと思います。でも、そこでフェードアウトせず最後まで開発に携わった人たちは「この世界で困っている女性がいる」という気づき、技術的・専門的な視点で問題を解決できないかと能動的に動くことができたかなと。

実証実験を組み合わせ、多角的に女性の健康を見守るデバイスとして

――今後の展望を教えていただきたいです。

廣瀬:海外に展開していくことも目標のひとつではあるんですが。「わたしの温度®」をモノづくりからコトづくりに進化させていきたいなと。

――モノからコト、ですか?

廣瀬:現在はtoC向けの販売が中心ですが、2023年度は、経産省からの助成金を受けて実証実験を進めています。客観視して自身の状態把握をおこなえる「わたしの温度®」に、「医師による行動変容研修」や「オンライン医療相談」を組み合わせたトータルソリューションとしてパッケージ提供を進めていく予定です。

参考:画像クリックでリンク先へ遷移します

都成:当社は元来、toBの各種企業さまや自治体さま向けにお取引をする機会が多い企業なので、toBで培ったノウハウを「わたしの温度®」にも活かしていこうという目標ですね。

廣瀬:企業の方々に協力いただきながら、実証実験にも力を入れており、企業の福利厚生の一環として、「わたしの温度®」を使ってほしいなと。女性の体調って100人いたら100通り違うので、個別の心身の状態を企業が把握することで、配慮の仕方が向上するのではないかなと。

都成:医療機関への相談もアプリでできるので、どういった対応をすれば不調を緩和できるのかのアドバイスや、コラム配信を通じて食生活やサプリの提案などのサービスなんかも付帯させていこうと思っています。「わたしの温度®」ひとつで、多角的な方法から女性の健康を見守っていければと。

<編集部コメント>

生理不順などで婦人科へ行くと必ず「基礎体温を測定しましょう」とグラフ紙が配られます。自分自身でもコントロールが難しいホルモンバランス、それが体温計測で可視化できれば、体調に振り回されることもない…と頭では分かっていつつも、習慣にすることの難しさを感じていました。きっと現在に始まったことではなく、これまで何十年もそう思っていた女性たちはいたことでしょう。その困りごとが可視化されづらかったこと自体が、日本における女性の社会進出の停滞を表しているように感じます。それがやっと「わたしの温度®︎」の開発によって可視化され、技術が生まれていることに、取材中何度も感動しました。
「常に変化なく、健康体で仕事・生活を送る」ことができる人は、実はそう多くありません。年齢と共にホルモンバランスも心身も変化し、調子がいい日もあれば悪い日もあるのは、当たり前のこと。このデバイスが広まっていくことで、社会全体の認知や仕組みが変化するきっかけが生まれたらいいなと強く思っています。

[プロフィール]

都成 大輔
TOPPANエッジ株式会社
イノベーションセンター イノベーション推進部 健康ビジネスチーム 課長
広島大学工学部卒業後、2004年にトッパン・フォームズ株式会社(現TOPPANエッジ株式会社)に入社。10年間、RFID製品の製造設備設計を担当し現量産ラインを構築。その後、研究企画部門での新事業テーマ創出、印刷IC・センサー研究に係わるNEDO公募事業のメイン担当を経て、2020年より現職に関わるラインマネージャーとして従事。


廣瀬 久美
TOPPANエッジ株式会社
イノベーションセンター イノベーション推進部 健康ビジネスチーム 担当課長
2005年 横浜国立大学大学院 工学府 機能発現工学専攻博士課程前期修了。2005年トッパン・フォームズ株式会社(現TOPPANエッジ株式会社)に入社し、中央研究所にて材料開発に従事。エマルション技術を活用したインジケータ開発、イオントフォレシス技術を用いた経皮吸収剤の開発、低温焼成導電性インクの開発などを経て、2017年より「わたしの温度Ⓡ」の開発に携わる。



(文・平山靖子、写真・Ban Yutaka、取材編集・ヤマグチナナコ)