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市民に開かれた創造拠点を目指す、シビック・クリエイティブ・ベース東京 [CCBT]

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2023.11.08(最終更新日:2023.11.08)

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2022年10月、シビック・クリエイティブ・ベース東京[CCBT](以下、CCBT)が渋谷にオープンした。かつて宴会場だったホテルの地下1フロアを展示・制作・ワークショップなど、あらゆる活動が行える空間に改装。毎週のようにイベントが催され、これまで関わったアーティストやテクニカルスタッフの数は100人をゆうに超える。日本のメディアアート※の先駆者から、AIやWeb3などの先端技術で事業を起こす実践者までが集い、まるでリレーのように発表が続く勢いのある場所だ。
※メディアアート:デジタルテクノロジーを用いた芸術作品の総称

また市民にとっても、CCBTは作品をただ眺めるだけの空間ではない。「デジタル公民館」という比喩がしっくりくるほど、アーティストや先端技術と近くで触れられる場所なのだ。CCBTを運営する東京都と公益財団法人東京都歴史文化財団が目指したのは創造拠点、それは“つくることが中心になる場所”。デジタルテクノロジーをアーティストが魅力ある作品に昇華していく過程を公開し、市民もその一部に触れることで創造性を獲得していく。デジタルテクノロジーを身近なものとし、創造の手段にまで導くCCBTの試みと、目指すものについて伺った。

会期中に作品が増える? 展示・制作・体験が一体となった場所

東京都渋谷。世界でも有数の利用者数を誇る渋谷駅を中心に、多くの人やカルチャーが集積するこの街に、一風変わった施設が誕生した。JR渋谷駅から徒歩7分ほど、代々木公園に向かう坂を登った先、渋谷東武ホテルの地下2階にCCBTはある。

この日、地下フロアを丸ごと使用したスペースではさまざまな活動が同時に行われていた。アーティストの作品や装置が展示される傍らで、たくさんの子供がワークショップに参加している。フロア右奥の暗室で映像装置が音を鳴らして動いたかと思えば、入ってすぐ中央には3Dプリンターやレーザーカッターが置かれたガラス張りの工房もある。その様子は作品が並ぶ美術館のようでいて、さまざまな人が作業する図工室や休み時間の体育館のようでもある。

取材日にはメディアアーティストの第一人者と呼ばれる岩井俊雄氏がディレクションする「メディアアート・スタディーズ2023:眼と遊ぶ」が開催されていた。この企画では、私たちの生活に溢れる映像の起源を紐解くため、世界各国で誕生した視覚装置に触れたり、岩井氏が手がけた作品が25年ぶりに再生されていたり、映像装置を作るワークショップに参加したり。メディアアートを一つの切り口として、映像や視覚の奥深さを味わうための体験がギュッと濃縮されていた。

絵本作家でもある岩井さんの人気絵本『100かいだてのいえ』のを立体化した作品
岩井俊雄《時間層III》(1989年) 撮影:佐藤基/写真提供:シビック・クリエイティブ・ベース東京[CCBT]

さらに、岩井氏自身も展示期間中に工房の機材を使い、新たな作品を作り続けていたという。美術館に行けばアーティストの作品を見られるが、その思想や制作プロセスを間近で感じたり、ワークショップの講師として作家本人に直接出会える場所は珍しい。

ただ完成した作品を眺めるだけでなく、作家や鑑賞者自身が手を動かすことで、この場での体験は根強い記憶として刻まれることだろう。映像というデジタルテクノロジーひとつとっても、これほど多面的に堪能できる、手触り感のある密度こそCCBTの魅力と言えそうだ。

ラボに設置された3Dプリンター

人々の創造性を発揮する拠点として動き始めたCCBTは、現在進行形で多くの作家や市民を巻き込み続けているように見える。このような場所と活動が生まれた経緯や目指す未来について、CCBTの廣田ふみさんに話を伺った。

きっかけは新型コロナ。つくる環境を支えるために

ーーCCBTで起きていることの多様さに驚かされました。このような場所を作ろうとした経緯を教えてください。

CCBTは東京都と東京都歴史文化財団※によって運営されています。
※東京都歴史文化財団:東京都現代美術館や江戸東京博物館など、都立文化施設の運営やアーツカウンシル東京などの事業を行う公益財団法人。

東京都歴史文化財団はCCBTを除いて12箇所の施設を運営していますが、家賃の高い東京では、シェアアトリエのような場を持つこともハードルが高く、制作費支援が中心となる既存の助成制度では、そうした環境づくり自体を確保することは難しい。その結果、アーティストは地方にアトリエを構え、東京は発表をするだけの場所になっている状況もありました。

ーーこれから伸びていくであろう若手の作家が東京で制作環境を整えるのは、さらに難しいでしょうね。

同時期に、東京都はデジタルテクノロジー活用を推進する文化戦略※を打ち出していました。東京都と東京都歴史文化財団も運営する施設のインターネット環境を整えたり、各美術館にある収蔵品のデータベースを作ったりという施策を進めていました。
※2021年3月に発表された「『未来の東京』戦略」戦略10「スマート東京・TOKYO Data Highway戦略」および「戦略15 文化・エンターテインメント都市戦略」


CCBTの活動の中核になっているのは、アーティスト・フェロー制度です。これは、私たちが掲げる複数のテーマに応募いただき、採択されれば年間1,000万円上限の制作予算のほか、CCBTの機材やメンタリングなどを利用しながら制作活動に取り組むものです。助成金だけでは補えない、環境や人員といった部分も含めて全面的に支援するための枠組みです。

https://ccbt.rekibun.or.jp/news/2023_artistfellow から引用

2023年度に募集したテーマは「AI」「Web3」「音楽表現・パフォーミングアーツ」「ダイバーシティ&インクルージョン」「市民参画プロジェクト」といったもの。かなり明確にテーマを設定しているのは、CCBTがミッションとして取り組むべき施策と、昨今の技術的動向が反映されているからです。それぞれのテーマにフェローが取り組み、1年という期間の中で展示やワークショップ、トークイベントなどをCCBTから展開していくことで、そこに触れる市民もデジタルテクノロジーと、アーティストの仕事を身近に感じられることを目指しています。

ーーCCBTを訪れる人たちは、アーティスト・フェローの展示やワークショップへの参加を通じて、最先端の技術やトピックに触れられるのですね。アーティストの制作支援であり、デジタルテクノロジーを広める活動でもあるという枠組みは、東京都という公的な組織だからこそできるものだと感じました。

雑多で豊かな「デジタル公民館」

美術館の展示であれば、まず隣り合わないような作家や作品が並ぶのも面白いポイントです。デジタルテクノロジーという命題こそ共通していますが、あくまで制作する場所や仕組みという機能を中心に据えたことによって、異なる作風の作家たちが集い、訪れる人にとっても意外な出会いを経験できる場所になっています。

ーー今日もワークショップで何十人もの子供が活動する隣で、岩井俊雄さんの作品が音を立てて動くような、いい意味での雑多さがあると感じました。

フロア全体をゾーンで分けすぎないように意識しています。例えば2022年10月のオープニング記念展示では、アートユニットの明和電機さんにプログラムをご担当いただきました。その際もものづくりのプロセスを見せるために、アイデアスケッチや試作品の展示だけでなく、製品を量産する工程も公開制作として見せながら行いました。

オープニング記念展示の様子:https://ccbt.rekibun.or.jp/events/maywadenki-in-ccbt

写真提供:シビック・クリエイティブ・ベース東京[CCBT]

他にも、自作の楽器でライブパフォーマンスを行う中で「シビック・クリエイティブ・ベース東京だと覚えづらいけど、“CCBT”ならキャッチーだろう」ということで、1980年代に活躍した日本のバンド・C-C-Bの曲をアレンジして歌ったり...(笑)。
さらにこの施設を分かりやすく理解いただけるよう、CCBTを「デジタル公民館」という言葉で説明してくれたんです。明和電機さんも長いキャリアの中で、メディアアートという概念が伝わらなかった経験があったと思います。そんな彼らだからこそ言語化できた、一般の人にも日常と地続きな施設だということを端的に表現してくれた言葉だと思います。

ーーアートやメディアという言葉を意識せずとも、まずはフラリと来てみて、自分の興味があるものに触れられる。そんな公共性が感じられる表現ですね。

明和電機さんがオープニングで創意工夫してくれたことによって、その後のアーティスト・フェローたちも刺激を受けていました。今回の会期中は岩井俊雄さんが何十人もの子供相手にワークショップをやったり、会期中に作品を作り続けていたりしますし、アーティストがCCBTという場所のポテンシャルを広げてくれているんです。だから、私たちは中身を細かく指定するのではなく、作家が多角的な力量を発揮できるように、うまくサポートすることが大事だと思っています。

CCBTを全力で活用する先輩アーティスト達の姿は、若い世代やアーティスト・フェローにも刺激を与えている。

アーティストを権威化しない。CCBTをつくるのは、市民も含めたプレイヤーズ

ーーCCBTのWebサイトには、これまで関わった様々な職種の人たちが「プレイヤーズ」としてアルファベット順で並んでいます。アーティストやテクニカルディレクターが、同じ括りで並べているのはどのような意図なのでしょうか。

まず、アーティストを名誉職にしたくないという想いがありました。CCBTをつくっていくのは、私たちスタッフだけでも、アーティストだけでもなく、市民も含めた皆さんであると伝えたい。関係者一覧と呼ぶのもしっくりこないし、CCBTという場所を共に作り上げてきた人たちという意味で「プレイヤーズ」と名付けました。

ーーCCBTはコンテンツの量や制作物も多いと思うのですが、いわゆる美術館の学芸員とは、また違った職能が求められるのでしょうか。

企画において、重要な作品を扱うキュレーションは、財団内の学芸員とも連携して進めています。CCBTではプロジェクトマネジメントやテクニカルディレクションに強いチームを意図的に編成しています。
変化の早いデジタルテクノロジーを用いたアート作品は、これまで修復や収蔵を行う環境の整備が追いついていなくて。作品を保管し、未来に残す手助けをすることもCCBTの役割の一つだと思って取り組んでいます。今回の岩井さんの展示でも、壊れたものがあればその場で直したり、今後も再現可能なデータを残したりしていました。

最近、デジタルテクノロジーを活用した作品を見て育った世代が、こうした施設の運営に関わるようになってきました。CCBTで働くスタッフも、学校で制作や表現を学んでいたり、他の芸術文化施設で働いていた人が多いので、企画・制作・展示・修復というフローに寄り添うことができるんです。

また、スタッフも自身で作品づくりを経験している人が多くいます。CCBTにあるファブリケーション機材を使った市民向けのワークショップ「ひらめく☆道場」も定期的に行っているのですが、そこではスタッフ自ら講師を担当します。アーティストとしてのキャリアもある人が、CCBTで行う仕事の一環として制作手法や技術を子供たちに伝え、CCBTにもノウハウが蓄積していくようなエコシステムが作れれば理想ですね。

ーー大学の卒業や会社からの独立を機に、作品制作を続けづらくなるような話はよく耳にします。CCBTで最前線のアートに触れながら、物を作ったり、直したり、教えたりすることを生活の一部として取り組めることは魅力的ですね。

渋谷の街で進む、手触り感あるDX

ーーCCBTがオープンしてから約1年が経とうとしています。開設してからこれまで、反応はいかがですか?

入り口の垂れ幕を見て、ふらりとやってくる人もいらっしゃいます。展示の初日からたくさんの人が来てくれることもあれば、東京都のLINE公式アカウントでお知らせした途端にすごい数の申し込みが来たりと、タッチポイントを変えることで反応が変わるのは、渋谷らしいポイントだと感じましたね。

東京はたくさんの人や情報が集まるので、カルチャーごとにクラスターが構成されている部分があります。CCBTでも企画によって来場者の層が変わるのですが、ジャンルで壁を設けず、幅広く構え続けていきたいです。

ーー渋谷という街ならではの特性があったのですね。作家と街の関係で言うと、アーティスト・フェロー1期のSIDE COREが、公共の野外空間(目黒観測井横 空地)で展示していたことには驚かされました。東京都が運営している施設だからこそできる、大胆なサポートですよね。

そもそも、あの場所をGoogle Mapで見つけて、使いたいと伝えてくれたSIDE COREさんの発想がすごかったです(笑)。相談を受けて東京都に連絡したら担当の部局と繋いでくれて、展示が実現しました。役所としての手続き上、どうしても固くなってしまう部分はありますが、新しいチャレンジとしてオープンな取り組みを進めようとする意識はみなさん強く持っています。芸術文化のシーンにおいて、アーティストは支援の対象、行政は享受する側と二分するのではなく、フラットなパートナーとしての関係性を結んでいきたいです。

SIDE CORE「rode work 2022-2023 ver.Tokyo」《 rode work ver. under city》  ストリートカルチャーの視点から公共空間を舞台にしたプロジェクトを展開しているSIDE CORE。「都市空間における表現の拡張」をテーマに屋内・野外を問わず活動している

公的な機関だと分かりやすさが重視されがちですが、むしろエッジの効いたことをやったほうがいいと助言いただいたことがあって。民間だと補えないようなカッティングエッジな取り組みこそ、公的なサポートが必要という発想に勇気づけられました。CCBTが開設からハイペースで展示やイベントを打ち出してきたのは、斜に構えずにどんどん施策を打って、強いインパクトを残したいから。今後もいい前例を作って、CCBTから渋谷の街へと活動の幅を広げていきたいです。

ーーCCBTを中心に、渋谷、東京、そして多くの場所でデジタルテクノロジーが身近になっていく光景が想像できました。

「シビック・クリエイティブ・ベース東京」というネーミングには、デジタルの創造力を育むエンジンになってほしいという意味が込められています。でも、いきなりデジタルの力を発揮してくれ!と言われても難しいじゃないですか。だから、アーティストの制作活動を中心において、そこに市民も加わって「つくる」ことを体感しながら、デジタルテクノロジーに触れていく場所にしているんです。

最近よく注目される“共創”というキーワードや、国境を越えたコラボレーションは、これまでテクノロジーの領域では当たり前に行われてきたことです。コロナ禍で生じた働き方や暮らし方の変化や、社会で求められるDXの価値がようやく、デジタルテクノロジーとアートの世界で先行していた価値観に追いついてきたという感覚があります。公的に実現したいミッションと、私たちが追い求めてきた価値観が一致した時代だからこそ、今できることに全力で取り組んでいく。そのためのサポートは惜しみませんし、この場で一緒に取り組んでくれる仲間も加わってくれたら嬉しいです。

編集部コメント

CCBTを訪れて、ただ見るだけではない、体験できる作品の多さに驚かされました。設立から短い期間で展示内容が目まぐるしく変わってきたのは、テクノロジーの進歩が早いことの表れでもあるのでしょう。最先端のトピックを他人事でなく、実感を持って味わえる場所なのだと感じました。また、工房機能があったり、アーティスト同士が直接交流したりと、作る人たちにとっても魅力的な空間であることが印象的でした。幼少期や学生時代を終えて大人になり、(ただの)市民と呼ばれるようになったとしても、作ることを手放さないでほしい。そんなメッセージが伝わる場所が、廣田さんのような意志ある方によって運営されていることに勇気をもらえました。

プロフィール
廣田 ふみ

IAMASメディア文化センター、山口情報芸術センター[YCAM]を経て、2012年より文化庁にてメディア芸術の振興施策に従事。文化庁メディア芸術祭および海外・地方展開を含む事業を担当。2015年より国際交流基金にて、日本と東南アジアの文化交流事業の一環としてメディア文化、メディアアートをテーマとした事業を企画。2020年より現職。東京都の文化施設が有する収蔵品等の文化資源をデジタル化し、多様な形態での鑑賞体験を提供する「TOKYOスマート・カルチャー・プロジェクト」等の立ち上げに参加。2022年には、渋谷のシビック・クリエイティブ・ベース東京[CCBT]の開設に参画。


(文:淺野義弘、写真:赤羽佑樹、編集:ヤマグチナナコ)