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服のデザインをフルCGで作る。「ファッションテック」は、日本のファッション業界復興のカギ

2023.09.08(最終更新日:2023.09.08)

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既存の業界ビジネスと、AI、ICTなどの最先端テクノロジーを融合し、新しい価値を生み出す「X-Tech(クロステック)」。ファッション業界でもその動きは進み「Fashion Tech(ファッションテック)」として注目を浴びている。2017年には、流行に敏感なファッションの聖地・原宿にTokyo Fashion technology Lab(以下、TFL)が設立された。TFLでは、国内ファッション産業でテクノロジーを活用し、新たなデザインやビジネスを創造する人材を育成することを目的とし、生徒は最新のファッションテックについて学ぶことができるという。今回、TFLの代表取締役の市川雄司さんに、日本のファッション業界が抱える課題や、それに対するテクノロジーでのアプローチ、そしてファッションテックの未来について伺いたい。

市場縮小、環境・労働問題……、世界から遅れている日本のファッション業界

――まずは、TFLについて教えてください。ここではどのようなことが学べるのでしょうか?
TFLは3DCGやAIなどの最新テクノロジーを活用し、日本のファッション産業を変えていく人材の育成を目的に2017年に設立された、社会人向け専門スクールです。「日本初のファッションテック人材の養成学校」という立ち位置になっています。
当校では、テクノロジーをあくまで効率化のためのツールとして位置づけ、“人間が”価値を生み出すことを重視しています。テクノロジーを使いこなすための力と、新しいビジネスやデザインを生み出すデザイン思考の両面に力を入れた教育に取り組んでいます。

――具体的なコースや講師についても教えていただけますか?
服のデザインを3DCGで作る技術者を育成するコースと、新しいビジネス・ブランドを作るデザイナーを育成するコースに分かれています。後者であっても、テクノロジーを使いこなす授業は必ず受講することになります。
講師も様々な分野から招集しており、ファッションデザイナーはもちろん、テクノロジー分野のプロフェッショナル、数多くのビジネスを生み出す経営者の方など、ファッション業界外の方もたくさんいます。

――どのようなきっかけで開校したのでしょうか?
私は元々、13年間ファッション企業で勤めた後、母校であるバンタンデザイン研究所で17年間ファッション教育に携わっていました。そうした中で、日本のファッション業界に問題意識を持つようになったのです。
設立した2017年は、X-Techの概念も広まり、様々な業界とテクノロジーの掛け合わせが増えてきた時代でもありました。でも、ファッションとテクノロジーの結びつきはまだ薄く、ようやく店舗のEC化が進んできている程度。世界から見ても、日本のファッションテックは大きく遅れをとっていました。
日本のファッション業界の課題解決のために、ファッションテックを広めたい。そして次の世代がファッションを心から楽しめるようになってほしいという願いから、 TFLを立ち上げました。

――日本のファッション業界が抱える問題を具体的に教えてください。
市場の縮小、環境問題、労働問題、デザイナーが育たないという4つの問題があります。
まずは日本のファッション市場の収縮について。バブル崩壊後の人口減少と、商品単価の下落により、市場は右肩下がりです。しかし、グローバルな視点で見ると、ファッション業界は人口増加に伴い市場が伸びている産業でもあります。つまり、日本のファッション業界だけが抱える課題があるのです。
それは、現在の日本のファッションが「安くすれば売れる」とされていること。そのため、海外の安い労働力を使い、大量生産、大量廃棄が当たり前の産業構造になっています。その結果、商品の半数以上が売れ残ってしまっています。

▲日本のファッション産業において、衣服の消化率は46.9%(2018年試算分)。つまり半分以上が売れ残り、廃棄されているという

この構造が、環境問題や労働問題、さらにはデザイナーが育たないという問題にもつながっています。大量の服を生産するためにCO2を排出し、水を汚し、さらには多くのゴミを出す。さらに、服を安く作るためには人件費を下げる必要があります。なので、海外の工場に生産機能を移し、外国人に低賃金で長時間労働を強いてしまっています。
また、大量生産のノウハウを溜め込むことに注力してきたので、若者がデザインを学ぼうとしても安く綺麗な製品を作る技術ばかりが身についてしまいます。斬新なデザインを生み出す創造力を学ぶ機会がないので、日本国内はファッションデザイナーが育ちにくい環境になってしまっています。

3DCG技術で、無駄の無い服の生産が可能に

――ファッションテックは、これらの問題にどのようにアプローチできるのでしょうか?
テクノロジーを使用して、大量生産型の産業構造を変え、1着の価値を上げる。これにより環境的な無駄をゼロにし、労働問題も改善し、市場も伸ばすことができます。さらに、手間がかかる部分をテクノロジーで効率化することで、人間は価値を創造することに注力できるのです。
現在、具体的に注力しているのが服のサンプルを3DCGで作るテクノロジーです。1着の服を制作する時、本来は何パターンもサンプルを作り、それぞれのサイズ・色違いも用意して検討した上で、採用デザインを決定して量産し販売していました。つまり、採用されなかったサンプルは全て捨てるしかありません。
しかし、3DCG技術を使えば、1枚の生地をスキャンして、自分のデザインデータに当てはめることで、いくつものテストパターンを作ることができます。重力の中で生地がどう動き、どうドレープが出るかまでデジタル上で表現できるのです。他にも、糸1本からニットの3DCGデザインができるソフトもあります。型紙と少しの素材さえあれば、無駄なゴミやCO2を出さず、効率的にデザインを形にすることができるのです。

▲3DCGで作ったデジタルサンプル。実際の写真と比べて、服の質感がリアルに再現されている

また、この技術を使えばファッション業界のサプライチェーンを変えることもできます。これまでは大量生産を実現するために、糸を作る業者、生地を作る業者、服を企画する業者、縫製する業者、販売する業者とそれぞれが分かれていたので、情報も統合されていませんでした。糸、生地、服は全て“見込み”で生産するしかなく、どの段階でも無駄が生まれていました。
しかし、先に3DCGでデザインを作れば、生産前にSNS等で消費者の反応を見ることもできます。しかもその情報は業界全体で情報が共有可能になるので、各業者は見込みでモノを作ることがなくなり、無駄な在庫を防ぐこともできて、必要なモノを必要な分だけ生産することができるのです。

――では、ファッションテックにより、消費者の消費行動にも変化が起きるのでしょうか?
3DCGでデザインのカスタマイズがスピーディーにできるようになるので、服の選択肢が増えます。さらにメタバースも組み合わせることで自分にそっくりなアバターでの試着もできるので、自分が本当に好きな服を手に入れることができます。一方、大量生産ではなくなる分、服の価格は一時的には上がるとは思います。ただし、これまでが安すぎただけで、あるべき価格に戻る、といったイメージです。「良い物を長く着よう」という価値観に消費者側も徐々に変わっていくと思います。

デザイナーは手よりもテクノロジーを使い、デザイン思考を鍛える

――ファッションデザインで使用する3DCGの技術は誰でも身に付けることができるのでしょうか?
学べば使えるようになる、というのが正しいかもしれません。ソフトを使いこなすためには、パターンの知識や生地の知識、ライトの当て方なども理解しなければならないので、ある程度の習熟度が必要です。
誰でも楽に操作できるわけではなく、自分が持っているデザインのスキルを拡張してくれるイメージのソフトですね。TFLでは最長1年間のコースを用意していて、最大で週3日間通います。当初ファッションの知識がなくても、卒業後に会社を設立している方はとても多く、かなり実践的に学べると思います。

――生徒には、ファッション業界外の方も多いのでしょうか?
そうですね。開校当初は、新しい技術に敏感な、どちらかといえばテック寄りの方が多かったですが、現在は多様な業界の方がいます。医療機器メーカー勤務の方、ソフトウェアメーカーの営業の方、自動車メーカーのディーラーの方など、個人的にファッション業界に何かしらの課題感を持っている方が多いと感じます。

――なぜ市川さんはファッションとテクノロジーに、さらに育成を掛け合わせた事業を展開しているのでしょうか?
自分が教育分野にいたから実感するのですが、現在の日本のファッション系専門学校には0から1を生み出す教育が圧倒的に足りないと感じるからです。技術教育を重視し過ぎるあまり、ひたすら生地を縫ったり、パターンを作ったり、手を動かすことばかりして3~4年間が終わってしまうことがほとんどです。しかもその先には過酷な労働環境が待っていて、市場も右肩下がりだと、若者も夢を持てませんよね?
実際、デザイナーという職業は、今でも小学校低学年の女の子の「なりたい職業ランキング」で上位です。ただ、高校生になり実際に自分の進路を考えるようになると、これらのマイナスイメージから「デザイナーになりたい」という方がいなくなってしまう。デザイナーという仕事はもっとクリエイティブだということを知ってほしい。そのために、新しい価値を想像できる力を持った上で、ツールとしてテクノロジーを使える人材を輩出したいと考えています。

――TFLのようなファッションテック×教育の取り組みによって、業界全体が明るい未来に向かうのではないかと感じます。
ありがとうございます。ファッション業界には、独特で閉ざされているイメージがあると思います。オシャレな人が先進的なことをしている……というように(笑)。でも、テクノロジーを使うことで、業界の壁や固定観念を壊し、色んな方が参入できるようになるのです。
ファッションテックがもっと浸透すれば、“コレクションが流行の発信地”でもなくなります。これまでは有名コレクションを参考にして「これが流行る」という情報を元に既製服メーカーがデザインを作り、いくつかパターンを作るという流れでしたが、これからは例えばSNSに先にサンプルをあげて、ユーザーを巻き込んで服を作っていくようになるかもしれません。一部の人しか手に入れることしかできなかった情報をもとにするモノづくりから、誰でもファッションに参画し、デザイナーになれる時代になってくるのです。

日本でもファッションテックが浸透すれば、再び世界のトップを目指せる

――TFLで、学生たちがファッションとテクノロジーを組み合わせることで生み出した、印象的なプロジェクトも教えてください。
TFLには有志の生徒による研究会がいくつかあるのですが、中でもAI研究会では、AIにファッションの感性を学ばせることに成功しました。これにより、カメラの前に立つと「エレガンス」や「スポーティー」など、今着ているファッションが8系統のうちそれぞれ何%で構成されているか、数値化することができます。それを街ごとに分類して、「この街はこの系統の人が多い」などの統計もとっています。

――2017年の立ち上げ当初は、日本は世界に比べ、ファッションテックの分野が遅れているとの事でしたが、現在はいかがですか?
正直、アパレル制作で3DCGを使っている企業はまだまだ少ないのは事実です。人材育成が難しいことや、コロナ禍でアパレルの売り上げがさらに落ち込んだことで、新しい領域への投資に腰が重くなっています。もっと広めるために、我々も2年前から他の専門学校へのコンサルティング事業を展開し、人材育成を進めています。

グローバル視点で見るとファッション業界はこれからも伸び続けると言われています。現在、200兆円と言われている市場規模が、10年後には人口増と発展途上国の経済成長で300兆円まで成長が見込まれています。さらに、ゲームの中やメタバースの中で売れるバーチャルファッションの市場も100兆円に伸びるとも言われています。
そんな中、海外の大手ファッションブランドの中にはSDGsの観点から取引先に生地のデジタル化を義務化しているブランドも増えています。また、ヨーロッパのファッションブランドでは、使用生地の選定条件が厳しくなってきていて、日本の分業化による生地生産は環境配慮の観点から規制に抵触してしまう恐れがあります。すると、日本の高い技術で作られた生地が輸出できなくなってしまうという問題も起こります。時代はどんどん変わっているので、日本のファッション業界もその流れに合わせて変わらないと、さらに取り残されてしまいます。

――これから、日本でファッションテックは浸透すると思いますか?
便利になるためというベクトルのデジタル技術は、必ず広がっていくと思います。まだファッション領域でのCGに多くの人が慣れていないだけで、いずれ浸透するはずです。例えば、自動車はカタログもCMも全てCGです。それをわかった上で消費者も購入するのですから、ファッション業界もそのように変化していくと思います。
日本のファッション業界は戦後からバブルまで約40年間成長をし続けていました。バブル直前の頃は「日本の高品質で安いファッション製品が世界をリードしてる」とまで言われていたほどです。また、いまだに海外のデザイナーさんからは「日本のファッションは楽しい」と言ってもらえるほど、多様なジャンルが発展しています。
日本が育んだファッション業界の良い面を引き継ぎ、3DCGを筆頭としたテクノロジーで拡張していくことで、もう一度、日本が世界のファッション業界を牽引できるように盛り上げていきたいと考えています。

【プロフィール】
市川雄司
 いちかわ・ゆうじ
株式会社TFL代表取締役、株式会社FMB代表取締役、一般社団法人FDE理事

バンタンデザイン研究所ファッション学部卒業後、株式会社三陽商会入社。企画職に従事。その後、株式会社東京クロスにてデザイナー職、株式会社クルーズにてインポートバイヤーなどファッション企業で13年間就業。母校であるバンタンデザイン研究所にて、ファッション教育ビジネスに 17 年間携わる。2016 年 8 ⽉に株式会社 TFL 創業。現在は、経済産業省生活製品課主催「繊維の将来を考える会」ボードメンバーでもあり、「ファッションDX」「3Dモデリング」に関するセミナーを数多く行う。

(文:菱山恵巳子 写真:飯山福子 編集:高山諒)