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「よそ者」視点が農業変革の要。高度農業人材を育てる新潟大学のDXプログラム

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2023.03.03(最終更新日:2023.03.03)

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日本の農業は今、3つの問題を抱えていると言われている。耕作放棄地の増加、TPP(環太平洋パートナーシップ)協定(※1)による海外諸国との価格競争…そして、農業従事者の高齢化と少子化による担い手の減少。日本を代表する農業大国として知られる新潟では、農家を取り巻く過酷な環境についても、社会課題として数多くメディアで取り上げられてきた。

そこで「今こそ、農業王国・新潟の強みを生かすべき」と立ち上がったのが、未来の農業を担う多くの学生が集う「新潟大学農学部」だ。農業機械を専門とする長谷川英夫教授は、文部科学省が2021年末に公募した「デジタルと専門分野の掛け合わせによる産業DXをけん引する高度専門人材育成事業」(※2)に、新しい農業人材育成を目指す「フィールドを舞台に農業DXをけん引する高度農業人材育成プログラム」を申請。2022年3月に採択され4月からさまざまな実証実験や授業を行い、注目を集めている。

このプログラムでは、日本初上陸となる次世代を見据えた最新鋭の農業機械を欧米から導入し、2022年5月には実習授業として、無人で田植を行うスマート田植機と遠隔で操作するロボット田植機の実演会を実施。国が掲げる科学技術政策「Society5.0」(※3)を目指して、デジタル×農業の力で労働力不足、農家の負担軽減を目指しているという。

この取り組みには新潟の農業へどんな思いが込められているのか、長谷川教授にお話を聞いてみた。

農業機械分野の教員として、新潟らしい農業の在り方を模索

――長谷川教授のこれまでの研究について教えてください。

2009年に新潟大学へ着任するために来県し、本大学では唯一の農業機械分野の教員となりました。現在はウクライナ侵攻によって交流が途絶えてしまいましたが、2014年からは、極東ロシアで食品大豆の調査研究も行ってきました。大豆は豆腐や味噌、納豆など日本の料理には不可欠な食材。農林水産省からの研究支援を受けながら、ロシア産の大豆の加工方法の適性について調査してきました。実は私は新潟生まれでも新潟大学の卒業生でもありませんがせっかく縁あって新潟に来たのだから、外からの視点を持った自分だから出来る、この地ならではの仕事をしたいと思い、研究に励んでいます。

沿海地方農業アカデミーの大豆圃場にて雑草対策を検討中(右から2番目:長谷川、右端:中田 誠教授(現新潟大学農学部長))

――「この地ならではの仕事」というと・・・?

水田の作付け面積が全国一位の新潟県は、日本が誇る農業大国。二位の北海道とは一桁数が違うくらい日本の農業に大きく貢献している土地ですから、農家人口の減少は身近な問題と考えてきました。それに加えて、私は筑波大学在籍時代から海外留学生に囲まれて過ごしてきたので、国際交流は私の行動流儀の根幹にあります。新潟の対岸にあたるロシアとの交流は新潟だからこそ出来る農業が交流手段のひとつになりえます。ロシアと新潟、それぞれの地域の特色を生かした大豆を研究対象に、日本の食料安全保障に貢献してきたことには満足感がありました。ウクライナ侵攻を受け、ロシアでの研究がしばらくストップしてしまったことから、改めて新潟の農業人口の拡大に注目し、デジタル機器・データサイエンスに力を入れるようになりました。ロボットを活用したスマート農業の導入や精密農業の実践が現在の研究です。

新潟大学農学部の長谷川英夫教授

農業の未来を変えるデータサイエンティストの育成

――「デジタル×農業」の取り組みを始めた経緯を教えてください。

筑波大学の大学院を修了したあと、幸運にも大学附属農場の助手のポストを得ることができ、農場の教員として、農場実習、ユネスコと共同した職業技術教育に関する国際セミナー事務局など大学附属農場の運営に従事しました。
2009年に新潟大学農学部に着任後は、これまでの経験を教育、研究、社会貢献に活かしたいと考えていましたが、農学部附属農場の様子を目の当たりにして、その発展に自身の経験を活かしたいと強く考えるようになりました。
そんな中、2021年末に「デジタル×専門分野」の人材育成をしていく事業を文部科学省が公募していると耳にして、「これは新潟大学農学部として参加しなければ」と思い応募しました。その補助金を活用して、最新鋭のデータ収集機能が搭載された日本初上陸の農業機械など数台を附属農場に導入しました。学生たちがその使い方を学ぶ過程を通じて高度な技術に触れることで、農業専門のデータサイエンティストの資質を備えた「高度農業人材」の育成を目指しています。このプログラムを通して、日本が提唱している理想的な未来社会のコンセプト「Society5.0」の実現にもつながっていくはずです。

新潟大学が進めるプログラムの全体像

――「高度農業人材」について、もう少し教えてください。

日本全体で人口減少が著しい中、デジタル技術を活用してその課題に向き合っていくことが農業の現場には求められています。今の学生たちは日頃からデジタルデバイスの扱いに長けている世代なので、それを活かして現場の人手不足の解決に役立てていこうというものです。今や、自治体や民間企業でも人手不足という言葉を聞かない日はありません。どの分野においてもDX(デジタルトランスフォーメーション)の存在はますます大きくなっています。農業分野でも同じ。文部科学省としても、DXが進む社会に対応した人材=「デジタル人材(高度人材)」を育成していこうと数年前から力を入れているようです。その農業DXに特化した人材を「高度農業人材」と呼びます。


――具体的に、高度農業人材は、農家さんにとってどんなメリットがあるんでしょうか。

各農業機械メーカーが次々にアップデートする最新機器の情報や、その活用の仕方はもちろん、食品加工、ドローン技術など、農業生産を取り巻く高度化したデジタル技術を分かりやすく噛み砕き、現場の農家さんが使えるように伝えることです。農家さんが農作物を作り、販売する一連の営業活動の中から得られたデータを分析することで作業の効率化を提案していくことができます。農家さんにとっては、農業全般のかかりつけ医のような、困った時に頼りたくなる存在に成り得るでしょう。

進化が止まらない農業機械に学生も期待

――今回の公募での採択を受け、どのような農業機械を導入されたのでしょうか。

畑と水田、どちらでも利用可能な土壌分析装置や、有人・無人での自動走行が可能となった最新のロボットトラクタ、スマート田植機を購入しました。新潟大学の農場では5名が、ロボットトラクタの運転免許を取得し運転しています。土壌分析装置があれば、これから作付けする農場の土の栄養を測定して今期の生育に影響はあるかなど土壌の状態を数値で見ることができます。さらに、土の栄養分に合わせて散布する肥料の量を自動で調節できるので、バラついていた農地の土の栄養状態を整えながら、無駄に肥料を使うことがなくなるため、コストカットにも貢献できます。さらに、これまで複数人いなければ不可能だった作業が、一人でも可能になりました。
また、GPSでトラクタの現在位置を確認しながら作業を行う最新のロボットトラクタは、農場の四辺を走行することで自動で農場の地図を作成してサイズを把握します。その地図を頼りに無人で土を耕すことができるため、安全監視を兼ねた有人のトラクタとの協調作業により農作業の省力化に役立ちます。さらに、ロボットトラクタには排出される排気ガスに有害物質の発生を抑える尿素水を噴霧する機能がついているため、環境にも優しい設計です。

さらに、温室効果ガスをモニタリングできる観測装置を附属農場に導入しました。この先端機器を活用して、農地から発生する温室効果ガスの発生量を定量的に把握し、農業生産と環境を関連付けて考えられる人材の育成に役立てます。最先端の機器を取り入れたことで、大学附属農場を核としてインパクトのある研究成果を社会に発信していきたいですね。

DXプログラムで購入した井関農機株式会社のスマート田植機。2種類のセンサが作土層の深さと土壌肥沃度を田植時にリアルタイムに検知して、施肥量を自動制御する。

――学生たちはどんな反応でしたか?

すごく興味があるようです。スマート田植機とロボット田植機の実演会後のアンケートでは、「農業DXに興味がある」という感想が目立ちました。メディア等でロボットトラクタや身体的な負担を軽減するアシストスーツなど、日々いろんなキーワードを耳にしている影響もありそうです。新潟大学農学部では、最先端の農業機械に触れることができるようになったので、学生たちに「新潟大学農学部に入学して良かった」と思われるような体験を継続して提供していきたいですね。

――大学と民間企業が連携して進めている取り組みもあるのでしょうか?

今は準備段階ですが、令和5年度から本格的に実施予定です。これまでにも企業と新潟大学との共同研究は行われてきましたが、「農業DX」という視座から共創拠点を形成したいと考えています。

「高度農業人材育成プログラム」では、実務家教員を採用しました。高度な農業機器が開発されても、ユーザーである農家さんに使ってもらえるようになるには、農家さんと関連企業の懸け橋となる人材が必要になります。実務家教員の経験を農業DX事業に還元することにより、高度な機器をわかりやすく、使い手の農家さん目線で言語化することで、業務効率の向上にも繋がることを期待しています。これにより、機器の取り扱いよりも土壌や生育状況の改良など、本来の業務に専念することができるのです。

稲の生育状況を測る装置を説明する山崎将紀教授(作物学)。バーコードで稲穂の長さを記録し、PCで管理している。

新たな人材が「楽しい農業」をつくる世界へ

――プログラムについて、企業からの反応はありましたか。

JA全農にいがたさんが農業機械の最新技術に興味を持ってくださいました。新潟米はこれまでも全国でおいしいお米と認められてきましたが、そこにプラスして、温室効果ガス観測装置を使えたら、おいしいのはもちろん、環境面にも配慮した「温室効果ガスの発生をこれだけ抑えたお米です」と新しい魅力をアピールできます。農業DXの導入で、美味しいだけでなく環境にもやさしいというアピールができ、地元農産物はさらに魅力が増していきそうです。

――農業DXは、今後どのように発展していくとお考えでしょうか。

最新の機能が搭載された機器はとても高価ですし、使いこなすには難解。農家さんが個々で取り入れていくには課題がたくさんありますが、私たちが研究を続けていくことで、農業の可能性を広げられるはずです。今回採択された高度農業人材育成プログラムでは、購入した先端機器を授業に活用しながら、データを収集して農業に活かすデータサイエンティストや先述の農業コンサルの資質を備えた高度農業人材の育成に力を入れていきます。それと同時に、農業分野に関心を持ってくださる企業や自治体等と共働することで、農業が楽しくなるような仕組みや新たな価値の創出に貢献したいです。

新潟に来たばかりの頃、新潟大学農学部出身の同僚先生とご飯を食べながら雑談をする機会がありました。その先生が言ってくれた「地域を変えるのはよそ者、バカ者、若者」という言葉が今でも心の中心にあります。新潟県外から来た“よそ者”の私に何ができるのか?と自問自答していた時期もありました。今では、よそ者でばか者だからこそ、抵抗なく率先して新しい技術を取り入れることが出来るし、俯瞰して新潟の農業を見ることができると思っています。これからも日本一の米どころである新潟のため、信念を持って取り組みたいですね。

編集部コメント

取材に訪れた新潟大学農学部附属フィールド科学教育研究センター村松ステーションでは、GPSで位置情報を確認しながら完全無人で走行する最新鋭のロボットトラクタ、土壌の肥沃度をその場で瞬時に分析してくれる土壌分析装置を実際に見せていただきました。本来なら重労働で人数も時間も要する作業が、これらの機器を導入することで一気に解消される。「農家さんの苦労がどれだけ楽になるだろうか」と驚きの連続でした。無人走行のロボトラクタは、危険を察知するとランプで即座に状況を報告してくれるなど、緊急事態への備えも万全。操作も不便がなく、「これなら誰でも気軽に使えそう」という安心感さえ感じました。
毎日の暮らしに地元で作られたお米、野菜、果物、そしてそれらを加工したお菓子やお酒など、おいしいものが充実している新潟県。今後は農業DXを取り入れながらこれまで以上に農産物の生産性が増すと共に、若い世代が憧れる職業になっていくのではないだろうかと期待に胸が躍りました。

[プロフィール]

長谷川英夫●はせがわ ひでお
新潟大学自然科学系教授、アジア連携研究センター専任教員、博士(農学)。愛知県出身。筑波大学大学院農学研究科を修了後、同大学に助手として採用。2009年より新潟大学勤務。農業機械を専門に教鞭を執る。2013年より農林水産省、新潟市の支援を受け、日本の実需者が求める遺伝子組換えでない食用大豆の調達先多様化とリスク分散を目的として、ロシア極東の食用大豆の調査研究を開始。新潟市西区、五泉市(旧村松町)にある大学附属農場を舞台に、農業DXをけん引する高度農業人材育成プログラムを展開している。

(文:松永春香 写真:大島彩 編集:金澤李花子)



(※1)環太平洋パートナーシップ(TPP)協定
オーストラリア、ブルネイ、カナダ、チリ、日本、マレーシア、メキシコ、ニュージーランド、ペルー、シンガポール、米国及びベトナムの合計12か国で高い水準の、野心的で、包括的な、バランスの取れた協定を目指し交渉が進められてきた経済連携協定

(※2)「デジタルと専門分野の掛け合わせによる産業DXをけん引する高度専門人材育成事業」
デジタル社会への環境変化に対応した資質・能力を涵養するため、DX教育設備を活用した教育カリキュラム開発や実験・実習の高度化など、「デジタル×専門分野」の教育を進め、我が国の産業界等のデジタル化・高付加価値化をけん引する高度専門人材育成を加速することを目的とする公募事業。

(※3)「Society5.0」
サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を高度に融合させたシステムにより、経済発展と社会的課題の解決を両立する、人間中心の社会(Society)を目指す政策のこと。狩猟社会(Society 1.0)、農耕社会(Society 2.0)、工業社会(Society 3.0)、情報社会(Society 4.0)に続く。