絵、映像、音楽、選択肢を伴うストーリーで進むビジュアルノベルの世界
まずは「ビジュアルノベル」というゲームジャンルについて説明しましょう。1996年に日本で発売されたLeaf社の「雫」など、美少女キャラクターが登場するビジュアルノベルが1990年代後半から高い人気を誇っています。
ビジュアルノベルとは、デジタルデバイスの画面上で読む、独特の小説形式で、テキストに加えて絵、映像、音楽、選択肢、画面効果などが組み合わされたものを指します。電子書籍とは異なり、ビジュアルノベルは絵や音楽が不可欠です。
以前は恋愛シミュレーションゲームがコンシューマーゲーム機で人気を博していましたが、現在は恋愛アドベンチャーゲームが台頭しており、多くがビジュアルノベルとして分類されます。
全画面にメッセージが表示される形式が多く、プレイヤーは特定の主人公を操作するより、物語に深く没入する形でゲームを進行します。対話を通じてストーリーが進み、プレイヤーの選択によって物語が分岐することもあります。
こうしたゲームはしばしば、その文学的な要素においても高く評価されています。
英語圏でも“visual novel”という言葉が、キャラクターの立ち絵と背景、テキストボックスでセリフが表示されるスタイルのゲーム全般を指す語として使われています。
視聴者が展開を選べる? ゲームのような映画も
一方、2018年12月にNetflixで配信された『ブラック・ミラー:バンダースナッチ』という作品は、映画でありながらアドベンチャーゲームのような選択肢が出る新しい形式を採用しています。この映画では、画面に表示される選択肢を視聴者が選ぶことで、物語の展開が変わります。映画にゲームの要素が混在しているこの形式は、映画とゲームの境界を曖昧にし、新しい視聴体験を提供しています。
そして現在、このような「ゲームのような映画」または「映画のようなゲーム」といった作品が、VR(拡張現実)技術によりさらに進化しています。VR技術を活用することで、より没入感のある体験が可能になり、視聴者は物語の中でよりアクティブな役割を果たすことができます。
新時代の文学ゲーム VRビジュアルノベルとは?
VRビジュアルノベルは、伝統的なビジュアルノベルをVR技術で再現したもので、近年注目を集めています。通常のビジュアルノベルがキャラクターの立ち絵とテキストによる物語進行を特徴とするのに対し、VRビジュアルノベルはプレイヤーが物語の世界に直接没入し、キャラクターと対話する形式を取っています。テキストは引き続き表示されますが、キャラクターには動きがあり、等身大でのインタラクション(相互作用)が可能になっています。
『東京クロノス』や『ALTDEUS: Beyond Chronos』などのVRビジュアルノベル作品は、キャラクターの滑らかな動きよりも、テキストや音声を通じて物語に没入するスタイルを採用しています。これらの作品では、人気声優や歌手が音声やテーマ音楽に起用されており、臨場感と興奮を提供しています。女性キャラクターとの会話シーンは、まるで実際にそのキャラが隣にいるような感覚を生み出します。
これらの作品をプレイすると、従来のビジュアルノベルがVRの世界にどのように拡張されたかが分かります。主人公や登場キャラクターの感情や状況によってシーンや音楽が変わったり、ストーリー中には選択肢があったり、それによって物語が分岐していきます。再プレイすると異なる展開になることもあり、プレイヤーを物語の世界に深く引き込みます。
オープニングは伝統的なビジュアルノベルスタイルで始まりますが、VR空間への移行が特徴的な演出です。この演出は、二次元から三次元へのビジュアルノベルの進化を象徴しており、バーチャル空間への没入時代の到来を感じさせます。この体験は実際にVRで体験することでしか完全には理解できないため、ぜひ一度試してみることをお勧めします。
また「二次元の中に入る!」という夢を追いかけて、開発されたのが『狼と香辛料VR』。これは人気アニメ『狼と香辛料』の世界を体験できるVRゲームです。アニメの世界観をそのまま感じられたり、アニメに登場するキャラクターとのインタラクションが発生したり、まるで二次元で見ていたアニメの世界に入ったような感覚になります。
読む文学から体験する文学へ
手紙が電話になり、携帯電話のメールになり、スマートフォンのチャットに変化し、時代に対応されていったように、文学を残し、後世に引き継ぎたい想いがあるならば、文学の楽しみ方も時代の変化に対応していくべきです。
「ある朝、目覚めたら虫に変身していた」-この衝撃的な冒頭の一文は、フランツ・カフカの小説『変身(Die Verwandlung)』からのものです。2016年にはこの小説を基にしたVRインスタレーション「VRWandlung」が発表され、2018年には日本でも展示されました。VR体験を通して、カフカの「疎外」をテーマにした小説を、実際に体験する形で再現しています。
また、『Anne Frank House VR』は、オランダのVR/ARスタジオであるForce Fieldによって制作されたVR体験です。プレイヤーは、このVR体験を通して、アンネ・フランクが「アンネの日記」を書いた隠れ家を探索することができます。隠れ家内の本や写真に触れると、アンネの日記の内容が朗読形式で聞けるなど体験ができます。
文学作品をVRテクノロジーで拡張することは、従来の「文学を読む」という概念を超えて、「文学を体感する」という新しいアプローチを提案しています。読書によって育まれる想像力や、個人の人生経験に基づく解釈の多様性は、伝統的な文学の魅力です。しかし、VRを利用した「文学を体験する」という方法は、新しい楽しみ方や探究の可能性を開拓します。このように、テクノロジーを融合することで、時代にフィットした形で人々に新しい形で届けることができ、それが結果的に産業や文化を守ることに繋がるのではないでしょうか。
VRを介してアニメや文学作品の世界に没入し、登場人物との交流を通じて物語を進める体験は、これまでの楽しみ方に新たな次元を加えています。特に歴史的な文学作品を視覚や聴覚で体感することにより、その時代の雰囲気をより具体的に理解することが可能になります。
文学は、「自分の経験以上のもの」を与えてくれるものだと思います。私たちは、一人につき一つの固有の人生を生きており、他人の人生を生きることはできません。しかし文学を読むことで、他人の人生を追体験することは可能です。一度の人生で、何人もの人生を体験できることは喜ばしいことです。それが今、テクノロジーの発展によって、読むのではなく、他者の人生そのものを、その人の視点になって体験することが可能な時代となりました。そこでは、人々は何を感じ、この先の未来をどう描いていくのでしょうか。
このようなVR体験を一度試してみることをお勧めします。
[筆者プロフィール]
齊藤大将
株式会社シュタインズ代表取締役。
情報経営イノベーション専門職大学客員教授。
エストニアの国立大学タリン工科大学物理学修士修了。大学院では文学の数値解析の研究に従事。
現在はテクノロジー×教育の事業や研究開発を進める。個人制作で仮想空間に学校(私立VRC学園)や美術館を創作。