日本も世界も大注目! 「陸上養殖事業」とは?

陸上養殖とは言葉の通り、陸上に人工的に創設した環境下で養殖を行う漁業のこと。この事業を商業用として日本でいち早く着手しはじめたのが、JR西日本でした。同社は「地域共生企業」として、産業振興による地域活性化と持続可能な社会の実現のため、地方の水産業にイノベーションを起こすことを掲げ、陸の海で魚を安全・安心に育てる新ビジネスの構想を打ち立てたのです。具体的には、すでに陸上養殖の研究が行われていた鳥取県に注目、商業ベースでの生産・販売を目的に2015年から鳥取県と共同で研究を開始。そして2017年6月から地域事業者と連携し、安心して生で食べられるマサバの生産、販売がはじまっています。
陸上養殖の技術メリットとは?

そもそも陸上養殖の仕組みは大きく2つに分けられます。ひとつは、天然環境から海水等を継続的に引き込み飼育水として使用する温泉の仕組みに似た「かけ流し式」。そしてもうひとつは、飼育槽の水を浄化して、再度飼育槽に入れる、水族館と同じ「閉鎖循環式」。JR西日本では養殖場の状況に応じた方式を適宜採用していますが、いずれにしても場所の制約がなく、環境への影響も少ないこと、高品質の魚が定時・定量・定質に供給できることなどを強みに挑戦を続けています。
陸上養殖よりも先駆けて行われている海上養殖と比較した場合、設備コストや運営に関わるランニングコストが高いことや、機械故障や停電時による全滅リスクがデメリットとあげられます。しかしながら、漁業権が不要であることによる新規参入のしやすさや事業の安定性といったメリットの方が大きいと捉える企業は多く、同社のみならず異業種参入が年々進んでいます。
この陸上養殖事業への関心の高まりは国内にとどまらず世界的にも高まり、自然環境の変化(災害、台風、赤潮など)にも対応しうる持続的な水産品供給手段としてますます期待が寄せられています。海外での事例としては、サーモン(欧州、UAEなど)や海老(東南アジア)などの生産が実現しています。
JR西日本が生み出した生で食べられるマサバ「お嬢サバ」

話を戻しましょう。JR西日本と鳥取県との共同開発によって誕生したマサバは、JR西日本として第一号にあたる魚種で、2018年3月から出荷がスタート。岩美町にある地下水井戸陸上養殖センターでは直径8mの大きな水槽が9つあり、それぞれに約4,000尾のサバが泳いでいます。
ここでの最大のポイントは、自然ろ過された地下海水を使うこと。アニサキスなどの寄生虫やウィルスの侵入リスクが極めて低くなるのです。天然のサバが生食しにくいのはまさにこのリスクによるもので、生産者のみならず消費者にとっての大きなメリットを提供することが可能になるのです。この安全な地下海水を水温、水流、給餌量等のコントロールを組み合わせること、成長予測に基づく計画的・安定的生産を行うシステムは確立し、レストランや魚専門店での提供が行われています。
また秀逸なのは、インパクトのあるネーミング。虫がつかないように大切に育てたという養殖プロセスから、箱入り娘から連想される“お嬢様”にちなんで「お嬢様サバ」と名付けられました。
陸上養殖のサバ、お味はいかに!?

現在このお嬢サバの養殖技術とシステムは確立し、鳥取県の他愛知県や静岡県にも養殖場が広がっています。寄生虫が付きにくい環境であること、衛生面や栄養面で配慮された給餌方法と、稚魚のトレーサビリティも加わり、消費者は安全性の高いサバを身近に食せるようになりつつあります。
そこで私は、東京都内のデパート魚売り場で販売されている静岡県産のお嬢サバを刺身で食べてみることにしました。皮の光沢感と色鮮やかな美しい身色に食欲を刺激されながら、冷静に口の中に入れてかみしめてみたところ、確かなおいしさを実感することができました。青魚特有の臭みはまったくなく、それでいて濃厚な旨味が口の中に染み込んでいくような、深みのある味わいを堪能することができたのです。生サバへの憧れや期待感もあり、お世辞抜きにすばらしい刺身体験をした気分で満たされました。
さらに朗報としては、このお嬢サバ、白子や真子、肝まで食べられるそう。販売時期は産地により異なるものの、全体として概ね通年での販売が可能になりつつあります。サイズは1尾約250~300gとやや小ぶりであるものの脂はしっかり乗っているので、食べた時の物足りなさはありません。

回転すしにも登場する安心な生ひらめ「白雪ひらめ」も

そしてもう1つ出回り始めているのが、「白雪ひらめ」です。クドアなどの寄生虫が付きにくく、新鮮なまま安心して生で食べられるのが最大の魅力。コリコリと歯ごたえがよく、臭みの少ない淡白で美しい白身の旨みを堪能することができました。この先出荷量をコントロールできるようになれば、鮮度の良さも大きな強みになってくるでしょう。
同社ではこの他、サーモン、トラフグ、本クエ、本カワハギなど合計8魚種9ブランドの魚が全国11カ所の養殖場で生産されています。今後私たちの食卓の魚にはますます変化が出てくるでしょう。食糧問題といった社会課題を先進技術で解決していくことは、企業の存在感を発揮する大きなチャンスになることは間違いありません。
<著者>
スギアカツキ
食文化研究家。長寿美容食研究家。東京大学農学部卒業後、同大学院医学系研究科に進学。基礎医学、栄養学、発酵学、微生物学などを幅広く学ぶ。在院中に方針転換、研究の世界から飛び出し、独自で長寿食・健康食の研究を始める。食に関する企業へのコンサルティングの他、TV、ラジオ、雑誌、ウェブなどで活躍中。