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仕事中の「眠い」「ダルい」…による経済的損失「20兆円」のニッポン。「オンライン産業医」が切り拓く、社員の健康サポートを通じた経営戦略の未来

2024.04.09(最終更新日:2024.04.09)

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あなたは仕事をしているときに「ダルくて、調子が出ない……」「眠い」と感じたことがありますか? 欠勤するほどではないけれど、倦怠感や眠気、頭痛や腹痛など心身の不調により自身の生産性が低下するという経験をしたことがない人はいないのではないでしょうか。この状態を「プレゼンティーイズム」といいます。


昨今は「スタッフの健康保持・促進は、中長期的に企業の収益性を高める投資である」と捉える「人的資本投資」という新しい経営の考え方が、重視されています。

この考え方において、企業価値を高めるためにプレゼンティーイズムの段階からケアすることが必要となってきます。

本記事では「従業員の健康サポートを通じた人的資本投資の推進」の実践と、「オンライン診療」に知見の深い、産業医・精神科医の吉⽥健⼀先生(株式会社フェアワーク代表取締役会⻑)に詳しいお話をお伺いしました。

「出社しているけど調子が悪い」状態、プレゼンティーイズム

プレゼンティーイズムは「しっかり寝たはずなのに眠い」「なんだか憂鬱」など、原因がはっきりしないものから、花粉症や睡眠時無呼吸症候群のように、原因や病名が判明しているものまで、勤務中に感じる心身の不調すべてを指します。

「なんだか気怠い」「頭がボーっとして集中できない……」――こうしたプレゼンティーイズムを含むスタッフ1人1人の健康状態は、生産性やパフォーマンスを大きく左右するのみならず、ひいては会社の損益や事業の継続性にも密接に関係しており、その影響は企業価値やブランド力にも及びます。

実際にプレゼンティーイズムによる経済的損失は国内で年間約20兆円(※1)といわれており、労働者1人あたりに換算すると年間約30万円になります。

(※1 2024年2月2日現在の 1ドル=146.49円の為替で換算。参照元:米シンクタンク RAND Corporation)

一方、突発的な欠勤や休職は「アブセンティーズム」と呼ばれます。従来、企業の健康管理は病気などによる従業員の欠勤や休職(=目に見えやすい損失)の予防が中心であり、「出社はしているけれども調子が悪い(=目に見えにくい損失)」状態、つまりプレゼンティーイズムへの対応は、なかなか焦点が当たってきませんでした。

「スタッフの健康」×「経営戦略」=人的資本投資

昨今、企業を取り巻く経営環境は複雑化しています。外部環境の変化に応じて企業価値を高めるためには、従業員のもつ知識や能力を資本とみなして投資の対象とし、持続的な企業価値の向上につなげる、人的資本投資が重視されています。

人的資本投資における企業価値の向上においては、従業員の健康管理について、アブセンティーズム(病気などによる従業員の欠勤・休業)から、プレゼンティーイズムの段階でのより早いタイミングでのケアを重視する方向転換が必要です。

「人的資本投資の観点から、組織の生産性向上を達成するための経営参謀として、『産業医』を活用してもらいたい」と語るのは、企業向けオンライン診療サービス「Fair Clinic」を2023年にローンチした吉⽥健⼀ 医師(フェアワーク代表取締役会⻑)。詳しくお話を伺いました。

産業医に聞く、オンライン診療が切り拓く人的資本投資の最前線

――なぜオンライン診療が法人にも必要であると考えたのでしょうか?

企業には産業医という医師を労働安全衛生法で設置するようにと定めれられているにもかかわらず、実態として活用しきれていないことに、私自身が産業医として企業に関わるなかで、課題を感じてきたからです。

日本では労働安全衛生法により、原則として、従業員が50人以上いる企業は産業医と契約しなければなりません。また、50人以上のスタッフを擁する事業所では「嘱託産業医」と呼ばれる、月毎に職場巡視等を行う産業医を選任・契約しなければなりません。さらに、1,000人以上の事業所となると業種にもよりますが、原則として、常勤の産業医を「専属産業医」として雇用しなければなりません。

しかし、社内診療所を利用したことのある方はそう多くないのではないでしょうか。実際に社内診療所の数は、企業の福利厚生費の削減などの理由により、ここ30年で半減しています。理由はさまざまですが、その1つとして、役員フロアなど一般の従業員が使いづらい場所にあるという声をよく耳にします。

私は参議院事務局をはじめとした中央官庁や上場企業を中心に、50団体以上の産業医を務めてきました。これまでの経験のなかで、忙しいビジネスパーソンが「出社はしているものの、調子が悪い」症状を放置している。もしくは、症状に無自覚なまま働いている実例を多く見てきてきました。

病院には「症状を我慢できなくなったら行こうかな」くらいに思っている方も多いのではないでしょうか。そもそも、忙しくて通院や待ち時間が必要な病院に行く時間など、ないかもしれません。

そうした背景があり、「オンライン診療を企業の産業医の活動にも活用できないか」という思いから、企業の労働生産性の改善に貢献するサービスとして、企業向けオンライン診療「Fair Clinic」の開発を始めました。


――「Fair Clinic」は具体的にどのようなサービスですか?

オンラインを活用し、産業医による診察と薬の処方まで、ワンストップで利用できるサービスです。

具体的にはメッセンジャーアプリ「LINE」から友だち登録をするだけで利用することができます。

事前問診票を記入して送信いただくと、オンライン通話で医師の問診を受けた後、症状に応じた処方薬が郵送され、自宅で受け取ることできるという仕組みです。薬は薬局等で購入できる市販薬よりも高い効果が期待できる、医療用医薬品を処方します。

対応している症例としては、プレゼティーズムの症状である、頭痛・肩や腰の痛みや、花粉症・眼精疲労・不眠症・睡眠時無呼吸症候群などです。インフルエンザが流行する時期には、インフルエンザ予防内服薬の処方にも対応しました(自費診療)。

「Fair Clinic」によって、オンラインで自宅からでも職場からでも医師の問診と薬の処方が受けられるようになります。それにより仕事や家事、プライベートの活動等に忙しい従業員の皆さんが「ちょっとした不調」を我慢することなく、医療サービスへアクセスしやすい仕組みを整えることができます。


――現在オンライン診療はさまざまなサービスがありますが、企業の福利厚生としてオンライン診療を提供するサービスはめずらしいですね。

医療関連のサービスづくりは手間もコストもかかりますし、さまざまな制約もあります。私がローンチする前はこのようなサービスはほぼなかったかと思います。



――「Fair Clinic」が企業で活用された症例を教えてください。

身近な症状だと、ドライアイや老眼ですね。医学的には「調節障害」といいます。

目が乾いてしょぼしょぼしたり、視界がかすんだり、ピントがすぐに合わなかったり……。目の問題が引き起こすプレゼンティーイズムの経済的損害は、企業側も従業員側も特に大きいといわれています。

「Fair Clinic」を活用して従業員の方へ目薬を処方した事例では、「これまで1時間に数回、目がしょぼしょぼして作業が中断されていたのが、なくなった」「数時間レベルで、仕事に集中できるようになった」という声を多くいただいています。

たとえ目がしょぼしょぼしている時間が1日10分だとしても、月に200分、年間2400分(年200日労働と仮定した場合)、40時間にのぼる作業時間のロスを改善できます。

「Fair Clinic」はフリーランス向けの福利厚生サービスとしても導入いただいています。たとえばエンジニアの方はモニターやスマホを長時間見るため、わざわざ眼科に行かなくても目薬等の処方薬を受け取れる点が喜ばれています。


――今後、オンライン診療が普及することにより、医療サービスへの関わりはどのように変化していくと思いますか?

今後は、オンライン診療とリアルな対面診療、お互いのメリットを生かしてミックスしていく形が一般的になると思います。

対面診察のメリットは、実際に触診ができるところです。私はメンタルクリニックを2院運営していて、週に100件以上の外来診療を受けもっていますが、身体を触ったり押したりしたときの感覚や、それに伴う患者さんの微妙な表情の変化、匂いなども参考にすることがあります。

一方で、対面診察のデメリットは、病院へ行く時間や待ち時間など、患者さんにとって時間と労力がかかるところです。オンライン診療を利用すれば自宅や職場からでも診察が受けられますので、忙しい合間をぬって診療所に足を運ぶ手間から解放されます。当然、待ち時間もありません。

企業の福利厚生においても、既存のリアルな社内診療所や産業医面談のメリットを生かしつつ、それを補完するサービスとしてオンライン診療をミックスして活用いただくことで、企業の投資である人的資本投資の取り組みがより加速していくと思います。


――人的資本投資を推進するために、企業側に、産業医をどのように活用してほしいですか?

企業の経営層の皆さんには、人的資本投資の観点から、組織の生産性向上を達成するための経営の参謀として産業医を活用いただきたいと考えます。

現代は少子高齢化と労働人口の減少、人生100年時代を迎え、長く健康に働くことや幸福に社会参加することに価値が見出されるようになりました。職場が労働者に提供すべきサービスは「メンタル支援」と「がんを中心とした、治療と仕事の両立支援」が重要になってくると思われます。

「経営の参謀として頼りになる産業医」には、1.多くの職場を見ている産業医であること。従業員のメンタル不調にも医学的知見から助言できること。2.精神科の産業医であること。HRテック(=Human Resource Technology、人事が抱える課題を解決に導くサービスや技術)をはじめとしたITの情報をキャッチアップしていること。3.ITリテラシーの高い産業医であること、という3点が求められると私は考えます。

まとめ

時間に追われる現代人は、多忙であることを理由に診察・治療を後回しにする傾向があります。不調の状態を「当たり前」と感じ慢性的になりやすいプレゼンティーイズムの問題は、個人にとっても企業にとっても大きな課題です。

企業の福利厚生として、オンライン診療をはじめとしたITサービスもミックスしながら産業医を経営参謀として活用することが、企業の長期的な価値向上につなげる投資、人的資本投資のスタンダードになっていくのではないでしょうか。



取材協力/株式会社フェアワーク代表取締役会⻑ 代表取締役会長 吉⽥健⼀
文/福永奈津美