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減塩食が美味しく食べられる!? テクノロジーで「味」を再現する味覚テックのいま

2024.02.28(最終更新日:2024.02.28)

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視覚や聴覚などさまざまな感覚を仮想空間で再現するバーチャル・リアリティ技術のなかでも、特に「触覚」「嗅覚」「味覚」の再現は難しいとされてきました。しかし、近年VRゴーグルで匂いを再現する技術が登場。ますますリアルな世界を体験できるようになるなか、現在「味覚」の再現技術も進化しています。今回は、味覚再現技術の実例をもとに、進化し続ける「味覚テック」のいまを紹介します。

舐めて味見できるテレビ、塩味増強スプーン…味覚デバイスが進化

グルメ番組に登場する美味しそうな食べ物を、実際に味わいたいと願ったことがある人は多いはず。とはいえ、家にいながらテレビに映る食べ物を味わうのは至難の業です。

明治大学の宮下芳明教授によって開発が進められている「Taste the TV」は、舐めることで画面に映る食品を味わえるディスプレイ。ディスプレイにはタンクが付属されていて、タンク内のカートリッジにはさまざまな味を形作る成分がそれぞれ入っています。味覚センサーの測定値に基づき、味の成分を調合し、味見フィルムに噴射。画面上に張られたフィルムを舐めることで、味見が可能です。

Taste the TVの技術が発展するとどうなるのでしょうか。たとえば、映る料理の味を都度調合すれば、味見のできるメニューを作ることが可能に。ほかにもソムリエや料理人の教育アプリ、味覚ゲームなど、さまざまな使い方が期待されます。味見フィルムだけでなくトレーなどにも噴射できる点を活かして、トレーに置いたお菓子に好きなテイストを加えるといった使い方もできるでしょう。

味覚の再現は、食に対する社会課題の解決にも貢献します。現在、日本人の1日当たりの食塩摂取量がWHOの掲げる基準より大幅に多いことが問題視されています。この問題を受けて減塩や無塩食品市場が拡大していますが、減塩食を取り入れる人のなかには味に対する不満を抱えている人も少なくないという側面も。

そこで減塩食に対する不満を解決するべく、キリンホールディングス株式会社が宮下芳明研究室との共同研究で開発したのが「エレキソルト」です。エレキソルトは、電気味覚※で減塩食品の塩味を約1.5倍に増強させるデバイス。現在は「エレキソルト-スプーン-」と「エレキソルト-椀-」の2種類がラインナップされています。

※ 人間の舌や口腔内などに埋め込まれている、味覚を感じ取る器官に直接電気を与えると、酸味や苦味、金属的な味を感じる現象のこと

キリンホールディングス株式会社が行った調査では、減塩に取り組んでいる人が「薄味ではなく濃い味で食べたい」ものの1位は「ラーメン」、2位は「味噌汁」という結果でした。それらを気兼ねなく、濃い味で食べたい人向けに開発された当デバイス。スプーンと椀にはそれぞれに電源と制御コンピュータが内蔵されていて、これらを使って食事をすると微弱な電流が流れ塩味を強く感じることができます。さらに強度が4段階に設定できるため、舌に感じる塩味の調節が可能です。

エレキソルト・デバイスを使えば、自主的に減塩食に取り組む人はもちろん、塩分量を厳しく制限される病院食でも満足度を高く感じられ、美味しく楽しく減塩が続けられるのではないでしょうか。

「味の数値化」で美味しい組み合わせが一目瞭然

食品の味を解析する「味覚センサー」の開発も進んでいます。世界で初めて味覚センサーが実用化されたのは、1993年のことです。それから現在に至るまで、研究に研究を重ね、より詳細な味を分析できる味覚センサーが開発されてきました。

2016年にはUCC上島珈琲株式会社が、味覚センサー「SA402B」を用いてコーヒーと食品の相性を判別する分析方法「フードマッチングシステム」を発表。お互いの味覚バランスが類似したときの組み合わせのときに相性がよくなることがわかりました。さらに、たとえば「コーヒーと塩鮭」といった、一見相性が悪そうに見える組み合わせ。こうした組み合わせであっても、コーヒーが持ち合わせていない味覚(塩味)を、塩鮭が持つ塩味が補うような味覚バランスとなったときには、相性がよくなるという驚きの結果がでました。

OISSY株式会社が開発した味覚センサー「レオ」は、食品や飲料などから電気信号を測定し、ニューラルネットワークを通して味を数値データ化します。人間は「味蕾」と呼ばれる舌の表面にある器官で甘味や塩味、酸味、苦味、うま味などを知覚しますが、味覚センサーは味蕾の代わりとなる特殊なセンサーを使用して味を知覚。各食品の「5味」をチャート化します。

レオには食品の「甘味」「塩味」「酸味」「苦味」「うま味」をチャート化するだけでなく、味の相互作用を再現できるという特徴も。たとえば苦味に甘味を足すと苦味が抑制されるといった「味の抑制効果」や、旨味に塩味を足すと旨味が増強するといった「味の対比効果」が再現できます。

さらに食品同士の味のチャートを分析することで相性度を科学的に説明できたり、口の中での味の変化=後味を測定したりすることも可能です。ほかにも算出した5つの味の測定値を用いて、「コク」や「キレ」「まろやかさ」といった曖昧な味の数値化を実現。食品の味を人の感覚に近い形で数値化でき、「食べ合わせレシピ」の開発や味覚分析に基づいた最適なお酒をレコメンドする「Amazon Bar」でのお酒の提供に活用されています。

味覚を共有すればメタバースで料理をシェアすることも可能

株式会社NTTドコモは宮下芳明研究室とH2L株式会社と連携し、世界初の「相手の感じ方に合わせた味覚を共有する技術」を開発。2024年1月17日から開催されたイベント「docomo Open House’24」で、本技術の紹介をおこないました。この技術は、味覚に関するデータを把握する「センシングデバイス」と、味覚の感度に対する個人差を推定して共有する「人間拡張基盤」、そして味覚を再現する駆動機器「アクチュエーションデバイス」の3つで構成されます。

まず、伝えたい味をセンシングデバイスで分析して数値化。そして人間拡張基盤の独自のアルゴリズムによって、伝えたい相手の味覚に関する25項目のデータをもとにして推定された味覚の感度をデータ化します。

2つのデータから伝えたい味を人間拡張基盤上で相手に合わせてマイニングし、アクチュエーションデバイスで再現することで、相手に「伝えたい味」が伝わる仕組みです。ちなみに、アクチュエーションデバイスで再現される味は、基本の5味(甘味、塩味、酸味、苦味、うま味)を20種類の味覚標準液を使って表現します。

「味覚の共有」が実現することで、新しいコミュニケーションの創造が期待されます。たとえば、メタバースコンテンツにおける味覚の再現。バーチャル体験のなかで友人とスイーツをシェアしたり、リアルタイムで料理を共有したりが可能です。また、映画やアニメコンテンツでは、未来や古代の食事のような、想像のなかでしか存在しなかった料理の味を視聴者へ伝えられるかもしれません。

「食事の時間が毎日の楽しみ」という人も多いように、食事は人間にとってただ栄養を摂取するだけの行為ではありません。味覚センサーは、すでに「味」に関するさまざまな研究に役立てられています。また、エレキソルトのような「味を増強して感じさせる」技術は、今後医療など幅広い分野で活躍するのではないでしょうか。進化を続ける「味覚テック」によって、新しい食文化の創造が実現するかもしれません。


吉田康介
フリーライター