自然由来の素材で栄養価を高めた味噌汁…20~30代の支持を獲得
まずは、完全栄養食として1食分を置き換えることを想定した、主食としての味噌汁です。2021年設立のスタートアップである株式会社MISOVATIONは、味噌汁タイプの完全栄養食『MISOVATION』をEC販売しています。
セットは、パウチに入った豚肉や野菜などの冷凍食材と、味噌です。これらを容器に開けて水を加えて電子レンジで温めます。具の素材は多様な産地から選び抜いた野菜などを使い、味噌は月替わりで全国の味噌蔵の「クラフト味噌」を使っています。
ビタミンやミネラル、タンパク質など31種類の栄養素を含む『MISOVATION』のメニューを監修したのは、栄養士資格も持つ斉藤悠斗代表取締役。カゴメやリクルートに勤務していた斉藤氏は、自らも多忙により食事が疎かになった経験があるといいます。
同社は2021年3月に設立、同10月に商品を発売しました。価格は、購入プランによって異なりますが、1食当たり1,000円前後。購入層は、20~30代と40~60代が同程度です。即席みそ汁市場の主な購入層は50~80代とされるなか、『MISOVATION』が20~30代のユーザーの支持を集めている点は注目に値します。
斉藤氏によると、20~30代では「忙しいなかにあっても健康的な食事を摂りたい」、40~60代では「歳を重ねて、無茶な食事ができなくなってきた」との動機が多いそうです。いずれの年齢層でも、「1食だけで手軽に美味しく栄養バランスを整えたい」というタイパを意識した購入動機は共通しています。
同社の技術上の強みは、自然由来の素材で栄養価を高めることにあります。たとえば、ビタミンEやミネラルを増やすために、栄養素を抽出した粉末原料を配合するのではなく、自然由来の大豆や野菜、海藻などの食材を使うといった具合です。
同社は、大豆の発酵過程で栄養素が増えることに着目しました。大豆をそのまま使用するのではなく、大豆を発酵させた食品である味噌を積極的に使用しています。ただし、味噌を大量に入れれば当然、塩分過多になってしまうため、塩分を使用せずに大豆を発酵させた「無塩味噌」とでもいうべき発酵原料を配合しています。
この無塩味噌の発酵やうまみの醸成にフードテックが問われるのです。
綿密に計算されたレシピにも技術が詰まっています。消費者が水を入れて加熱すれば完成する製品を作るためには、逆算して、具材の加熱・冷凍の時間や温度を管理します。今日の商品があるのも、製造委託先とも協力して、何度もレシピを試してきた結果といいます。
2023年9月には、一人ひとりの好みや栄養素の偏りを反映して味噌や具材を選定するパーソナライズ味噌汁『MISOBOX』をクラウドファンディングで発売し、10日あまりで目標金額達成率700%に達しました。この商品は、同社が購入者から味の好みや健康上の悩みを聞き取り、最適な味噌汁を提案するものです。
今後は、パーソナライズ味噌汁のデータを蓄積して、AIに学習させて、個人に合った味噌汁を提案できるシステムを構築したい意向です。
微生物工学や分子工学の知見に基づき美味しさと栄養を両立
完全栄養食の先駆けとなったスタートアップはベースフード株式会社です。2019年に『BASE BREAD』を発売したのを皮切りに、パスタやクッキー、冷凍パスタにまで領域を広げました。
同社の分析によれば、主力の『BASE BREAD』2袋で1食に必要な栄養素約30種類の必要量をおおむね摂取できるといいます。同社の製品は全粒の小麦粉や米ぬか、昆布などの自然食品を主に使用しています。
同社では正社員の4割が研究開発(R&D)に携わっています。微生物工学や分子工学の知見を持つ社員が、日々、美味しさと栄養の両立を実現するべく、研究開発に取り組んでいるのです。
大手食品メーカーも参画する完全栄養食…2030年の市場規模は「546億円」との試算も
これまでの2社はスタートアップでしたが、総合食品メーカーとして完全栄養食に取り組んでいるのが日清食品株式会社です。同社は、国の「日本人の食事摂取基準」に基づく33種類の栄養素とおいしさのバランスを追求した『完全メシ』シリーズを2022年から展開しています。
特徴は商品の豊富さです。カップ麺、カップライス、スムージー、カップスープ、冷凍食品まで合計38種類があります。
多様な商品群でおいしさと栄養バランスを両立するために、これまでの事業で培ってきた数々の技術を駆使しています。たとえば『カレーメシ』などでは、コメを炊く際に食物繊維やたんぱく質も一緒に炊き込むことで、コメ本来のおいしさを活かしつつ、栄養摂取も可能にしています。このほか、減塩や肉の加工などにも同社の独自技術が使われています。
『完全メシ』のターゲットは、栄養バランスが気になり始めた30代半ば~40代の男女ですが、ユーザー層を広げるべく、2022年には木村屋總本店と『完全メシ あんぱん』を、2023年10月には湖池屋と『完全メシ カラムーチョ ホットチリ味』を共同開発するなど、商品の多様化が進んでいます。また、健康経営を意識する企業の社員食堂向けの『完全メシ』メニューの提供にも取り組んでいます。
同社は「完全栄養食は、一般的に『栄養バランスが完全に整った食』を意味する言葉として使用されていますが、一義的な定義や明確な基準がありません。今後、この市場が拡大していくには、安全・安心で価値のあるものだということを、生活者に分かりやすく啓蒙していく必要があると考えています」と説明しています。
急速に普及している完全食ですが、富士経済の試算では、日本市場は2030年には2021年比8.5倍の546億円に達すると見込まれます。 今後も、多様なプレーヤーが参画することで、質・量とも充実するという好循環が期待されています。
<著者>
種市房子
98年から毎日新聞、同社傘下の週刊エコノミストで記者・編集者として勤務。2023年4月に独立。 毎日新聞での地方勤務は通算10年に及び、ビジネス、経済関連を中心としつつ、スポーツ、法令関連、官公庁の政策取材にも携わる。エコノミスト編集部時代は商社、半導体、電子部品、プラント産業をカバーする。