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「生成AI」が自動車の“設計”まで担当…中国で進む「AIの社会実装」と、そこから見える「ヒトの未来の働き方」

2023.11.07(最終更新日:2023.11.07)

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中国では、早くも「生成AI」の産業分野への社会実装が進んでいます。生成AIが製造現場に活用されており、成果を上げつつあります。近い将来、日本にも影響が及ぶ可能性があります。中国をはじめとする国際的なテック事情に詳しいジャーナリスト・高口康太氏が、中国で進む生成AIの活用の現状を事例とともに紹介し、生成AIを活用した「未来の働き方」の可能性を考察します。

中国が世界を一歩リード?生成AIの「実地活用」

ChatGPTの登場以来、生成AIへの注目が高まっています。チャット形式でのテキスト入力など、誰にでも使いやすい操作方法で、多様なアウトプットを引き出せることが魅力です。

生成AIを仕事で日々活用している人はまだまだ少数派だとみられますが、すさまじいペースで進化を続けていることもあり、将来的には私たちの働き方を大きく変える革命的ツールになると期待されています。

ただし、課題もあります。特に、AIのアウトプットは正確性が担保されていないため、そのまま最終的な成果物として使うことは難しいのです。どのような形で仕事に組み込んでいくか、模索が続いています。

世界的に見て、もっとも社会実装に積極的な国の一つが中国です。中国は社会実験先進国ともいわれます。日本にも一部の特区で規制を緩和し社会実験を行う制度がありますが、中国では「お目こぼし」という形で大胆な社会実験が行われているという特徴があります。

モバイル決済、シェアサイクル、ライドシェアなど、中国が世界に先駆けて社会実装に成功した技術は数多くあります。そして、今、生成AIも新たな事例として加わろうとしています。

この秋、筆者は中国を訪問し、その最前線を目にしてきました。その見聞をお伝えします。

バイドゥ社「アーニーボット」にみる生成AIの進化

第24回中国国際工業博覧会が2023年9月24日から28日にかけて、上海市・国家会展センターで開催されました。

中国国際工業博覧会は、中国工業情報化省と上海市政府、中国機械工業連合会の共催で、1999年に始まった由緒ある展示会です。もともとは工作機械関連が中心でしたが、近年ではIT企業によるスマートファクトリー、インダストリー4.0関連のソリューション展示も増えています。

今年の展示で特に目を引いたのが、検索大手「バイドゥ(百度)」のブースです。同社はクラウドベンダーとしても大手で、特にコンピュータービジョンや音声合成、自然言語処理、チャットボットなど、クラウド経由でのAIサービス提供では2019年からトップシェアを守り続けているAIの雄です(報告書『IDC中国AIパブリッククラウドサービス・マーケットシェア2022』を参照)。

バイドゥは生成AIへの取り組みにも積極的です。2023年3月には中国の主要企業で初めて、ChatGPTのように一般ユーザーが自由に使えるAIチャットボット「アーニーボット」(文心一言)を公開しました。

生成AIの開発に取り組む中国企業は多く、「千模大戦」(1,000点もの生成AIの乱立と競争)と呼ばれています。しかし、ChatGPTのように自由な用途に使えるサービスはほとんどありません。なぜなら、生成AIがどのような文章が出力されるのか、開発企業ですらコントロールが難しいからです。

「オープンAI」や「グーグル」など米国のAIベンダーも、差別発言や武器の作り方などを出力しないよう細心の注意を払っていますが、完全には防げていません。

しかも、中国では政治批判が特に問題視されやすいという固有の事情もあります。つい先日も、AIベンダー大手「センスタイム」のAIチャットボットが過去の政治指導者を批判したとのニュースが流れ、同社の株価急落につながりました。

ほとんどの企業は、ビジネス用途など利用シーンを限定することで問題が起きないようにしています。しかし、バイドゥはリスクを取って一般公開しているのです。

このチャレンジは相応のリターンを得ています。というのも、中国で一般的なユーザーが生成AIを体験しようとなるとバイドゥが第一の選択肢となります。多くのユーザーに利用され、そこからのフィードバックを得ることで、正式発表から半年あまりの間にサービスは大きくブラッシュアップされてきたのです。

2023年3月時点でアーニーボットを使うと、使用例として挙げられていたのは、ジョークを言わせる、ポエムを書かせるといった娯楽用途ばかりでした。しかし、10月現在、使用例をみると、プログラミング補助、日報作成、マーケティングのデータ収集と分析、ソーシャルメディア広告の文案作成など、仕事に直結するようなものがずらりと並んでいます([画像1]参照)。

[画像1]バイドゥ・アーニーボットのプロンプト事例集。データ収集やソフトウェアバグ修正などビジネス用途のものも多い。

いずれも、筆者が試した限りではなかなかの精度です。第三者機関の評価によると、中国語文章の生成能力では、アーニーボットはすでにGPT-3.5に迫る能力を有しているとのことです。

国際工業博覧会では、このアーニーボットを工場向けに組み込んだソリューションが展示されていました。

事例として挙がっていたのがセメント工場です。「今年1~8月の生産量を表示せよ」と入力すると、データが集計されます。「このデータを分析せよ」と入力すると、このままでは年間計画が未達に終わるペースであり、その原因が8月の水不足にあるとの分析が表示されます。最後に、計画達成のための人員増員の稟議書までAIが草稿を書いてくれるのだそうです。

他にも、警備会社向けの日報代筆、メーカーが新規開発する際にAIが必要な部品表を作成してくれるなど、チャットによってさまざまな業務を行っている事例が展示されていました。

本当にデモのとおりちゃんと動作してくれるのか、実際に使ってみるとさまざまな問題があるのでは、と疑いたくなりますが、生成AIを組み込んだプロダクトを販売していることは事実です。その大胆な社会実装には驚かされました。

問題があってもまずはやってみて、走りながら改善していく。生成AIでも中国スタイルの社会実装が進められています。

AIが「自動運転EV」の製造工程で活躍

もう一つ、紹介したい事例があります。貴州省貴陽市の自動運転スタートアップのPIX(ピックス)です。現在の主要プロダクトはROBOBUS(ロボバス)と呼ばれる小型の自動運転EV(電気自動車)です。

用途に合わせて客席部分を自由にカスタマイズできるのが売りです。小型バスだけではなく、コーヒーショップ、弁当販売店、コンビニなどさまざまな形態での活用を想定しています([画像2]参照)。

[画像2]PIXのROBOBUS(PIX提供)

このロボバス自体も魅力的ですが、それ以上にユニークだったのがロボバスの製造工程です。工場内には海外から輸入したロボットアームや3Dプリンターがずらりと並びます([画像3])。これらを駆使することで、生産ラインを組み替えることなく、「多品種・少量生産」が可能になるといいます。

[画像3]PIXの工場(貴州省貴陽市。筆者撮影)

この方式のもう一つのメリットは新規工場の立ち上げが容易だということです。一般的な工場では立ち上げ後、生産性を上げるために一定の時間が必要となりますが、PIXの方式ならば既存工場のコピーは容易なのです。海外市場での展開を目指しているため、需要地に近い海外工場の立ち上げも検討しているとのことです。

その有力な候補地が日本です。PIXは2022年7月に日本のシステム開発会社「TIS」の出資を受けており、日本での事業展開を模索しています。日本にあわせたローカライズを実現するためにも、自動運転車の製造工場を日本に作る計画を進めているのです。

生産ライン組み替え不要・低コストでのオンデマンドな「多品種少量生産」、いずれもなかなか実現は難しいものです。自動運転の実現のみならず、車両製造の面においても野心的な課題にチャレンジしている点が印象的でした。

そして、もう一つユニークな点が、設計段階での生成AI活用です。PIXのロボバスは、スケートボードと呼ばれる底面と、用途に合わせて変更する上部とに分かれています。この上部の設計支援に生成AIを用いているといいます。

参考にする資料画像を読み込ませる、デザインの方向性について文章で指示する、といった簡単な操作を行うと、AIが大量のデザイン案を提示してきます。その候補から選択していくことで、短時間でのデザインが可能になるとのことです。

たんに外観を決めるだけではなく、3Dプリンターの出力時間を短縮するように構造を変更したり、底面にあわせてサイズを変更したりといった設計支援の機能も組み込まれているといいます。

AIと“協業”する時代が到来?私たちの「未来の働き方」のヒント

生成AIによって私たちの働き方がどのように変化するのか。まだはっきりとした未来は見えません。今後、AIがどのように進化するのか、あるいはどこかで成長の限界を迎えるのか、正確性などの課題がクリアされるのか、などなど、先は見通せない状況です。

しかし、荒削りながらも社会実装を進める中国の取り組みからは、未来のヒントが見えています。それは、「人間とAIの協業」です。

AIは短時間低コストで大量の案をアウトプットすることができます。人間は、そうした数々の案の中から良いモノを選び出し、問題がないか確認し、細部を修正してブラッシュアップしていくのです。

そうなると、私たち人間には、「0→1」でアイデアのタネを作り出す能力よりも、AIが作り出した無数の「1」の中から可能性のあるものを見つけ出す眼力が必要になりそうです。

人間がAIとどのように協業していくのか、そのために人間にはどんな能力が必要なのか。頭でっかちではわからない、まずはやってみることからしか得られない未来へのヒントを、中国で垣間見た思いでした。


[プロフィール]
高口 康太
ジャーナリスト、千葉大学客員准教授。2008年北京五輪直前の「沸騰中国経済」にあてられ、中国経済にのめりこみ、企業、社会、在日中国人社会を中心に取材、執筆を仕事に。クローズアップ現代」「日曜討論」などテレビ出演多数。主な著書に『幸福な監視国家・中国』(NHK出版、梶谷懐氏との共著)、『プロトタイプシティ 深圳と世界的イノベーション』(KADOKAWA、高須正和氏との共編)で大平正芳記念賞特別賞を受賞。