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「自動運転」実現のカギは「道路の進化」にあった! 中国で進む「スマート道路化」構想の中身と驚くべき「経済効果」

2023.08.16(最終更新日:2023.08.21)

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世界各国で、自動運転の技術開発が行われていますが、いまだに完全な自動運転技術の実現へのタイムスケジュールは見えてきません。こうした状況を変える切り札として期待されるのが、自動車そのものの技術革新に加え、道路を高度なセンサーと通信手段を備えた「スマート道路」に進化させ、車と道路が一体となって自動運転システムをカバーするという取り組みです。この分野で先行している中国の取り組みを、ジャーナリスト・高口康太氏がレポートします。

自動運転技術を「商業化」するための課題

中国の経済メディア、テックメディアではここ1、2年、「自動運転の冬」という言葉をよく見かけます。

自動運転の鍵を握るのはAIです。AIは周囲の車両や障害物、通行人などを認識してどのように走行すればいいのかを判断します。そのAIが日進月歩の勢いで発展しているというのに、自動運転が「冬」を迎えているというのは意外にも感じます。

実際、アメリカや中国ではすでに自動運転タクシーの実証実験が始まっています。炭鉱や港湾などでは自動運転車が業務に活用されるようになりました。その映像を見ると、人間以上とも思えるような丁寧な運転で、あと一歩で完全自動運転が実現するように感じます。

問題は「あと一歩」がきわめて困難な点にあります。

自動運転が一般的に起こりうるケースの大半に対応できるようになると、残された課題は発生確率がきわめて低いイレギュラーな事態にどう対応するか、です。

ほとんど起きないけれども、しかし確率はゼロではない。「あと一歩」に見えても、そうした無数のニッチな課題にどう対応するかが難しいほか、事故が起きた場合の責任等の問題が解決できず、自動運転は実証実験から商業化へのステージに上がれない状況が続いています。

自動運転技術の開発に積極的な米EC(電気自動車)メーカー・テスラのイーロン・マスクCEO(最高経営責任者)は今年4月、完全自動運転は「今年中に実現する」と発言しています。しかし、マスク氏は過去にも同様の発言を繰り返してきただけに、懐疑的に見る人が大半を占めています。

米フォード、独フォルクスワーゲンが出資したArgo AIが昨年10月に清算されるなど、テスラ以外でも厳しい状況が続いています。

「あと一歩」をクリアできないのではないか。そうした疑念はアメリカだけでなく中国でも共有されています。今年5月には中国EC(電子商取引)大手アリババグループの研究機関であるDAMOアカデミーが自動運転ラボを解体し、スタッフの約70%にあたる200人がリストラされたことが話題を集めました。残された100人弱のスタッフは物流ソリューション部門のツァイニャオに移り、無人配送車などの開発を続けるとのことですが、あのアリババグループですら自動運転部門を縮小したことは象徴的な出来事です。

米中両国で自動運転の研究開発を続けるTusimple Holdings(図森未来)は、2021年に米ナスダック市場に上場しました。自動運転企業として初の上場という記録を打ち立てましたが、株価は上場直後の39ドルから現在は2.4ドルにまで急落し、早くも上場廃止が懸念されています。

ベンチャーキャピタルが投資に慎重になる中、他の自動運転スタートアップも上場による資金調達を狙っていますが、厳しい状況が続いています。2020年にトヨタから4億ドルを調達したことで日本でも知られるようになったPony.ai(小馬智行)は今年3月にローレンス・ステインCFO(最高財務責任者)が辞任しました。同氏は上場を実現するために2021年6月に就任したばかりでしたが、短期的には見込めないとの判断が下ったようです。

「道路」を進化させることで自動運転を実現に近づける「V2X」と「CVIS」

この「自動運転の冬」をどうにかして乗り越えられないか。そこで今、こうした状況を変える切り札として期待されるのが、車と外部の機器を通信でつなぐ技術「V2X(Vehicle-to-Everything)」と、協調型車両インフラシステム「CVIS」です。

車だけではなく、道路や街も高度なセンサーと通信手段を備えた「スマート道路」に進化させ、車と道路が一体となって自動運転システムをカバーするという取り組みです。

現在の自動運転技術は、カメラやミリ波レーダー、LiDAR(ライダー、レーザー光によるセンサー)によって周囲の状況を認識するものですが、車から離れた場所や障害物の向こうに何があるかまでは検出することはできません。しかし、この仕組みが実現すれば、より広い範囲の情報をスマート道路が認識し、車にデータを提供することができます。そして、車の高機能化だけでは達成できなかったハイレベルで安全な自動運転が実現することができます。

このCVISで世界をリードするのが中国です。スマート道路の建設という大規模なインフラ投資にも積極的に取り組む姿勢を見せています。全国政治協商会議経済委員会の苗圩(ミャオ・ウェイ)副主任は2022年3月に開催された中国EV百人会フォーラムにおいて、次のように発言しています。

「(自動運転技術は)テスラを含め、いずれも自動車単体のスマート化で進められているが、V2Xの重要性がより強く認識されるようになった。車単体ではレベル2の自動運転(特定条件下での自動運転、ドライバーによる監視が条件)は可能でも、レベル3(条件付き自動運転、車による監視)」は難しい。レベル4(特定条件下における完全自動運転)はコンピューティングパワーや電力消費の面で自動車だけで実現は不可能だ。そのため、計算量の一部は車ではなく、道路側が受け持つ必要がある。エッジコンピューティング、CVISが必要なのだ」

苗圩氏は中国政府の工業情報化部の部長(閣僚に相当)を務めた人物であり、この発言は中国政府の方向性を示すものです。すでにスマート道路の標準策定作業が始まるなど、中国はCVISへの取り組みを加速させています。

すでに社会実装が始まった都市もあります。湖南省衡陽市は自動運転スタートアップの蘑菇車聯(Mogo Auto)と戦略提携を交わし、スマート道路の整備を始めました。現時点で38kmの道路がスマート化を完了しており、自動運転バスやロボタクシー、自動運転清掃車、無人パトロール車などの実証実験が行われています。

衡陽市はスマートシティ化に積極的な都市として知られており、先端技術を活用した治安対策に取り組んでいます。CVISによる自動運転技術の投入でも無人パトカー、無人パトロール車がいち早く導入されました。無人パトロール車とは台車サイズの小さな車に、カメラ付きの筒を立てたような形状をしています。夜間や大雨など警察官のパトロールがしづらい状況でも使えるのが、無人パトロール車の強みとのこと。中国の都市といえば、いたるところに監視カメラが設置されていますが、それでも死角はあります。その隙間を補う役目が期待されています。

パートナーの蘑菇車聯はもともと車単体での自動運転技術を開発していましたが、自動運転実現にはCVISが不可欠だと判断し、地方政府向けにソリューションを販売するB2G(Business to Government、政府向けビジネス)に転向しました。「自動運転の冬」の最中でも高く評価され、2023年5月には5億8,000万元(約1,160億円)もの投資獲得に成功しました。

北京市では経済効果が「年間約5,520億円」との試算も

CVISによる自動運転の実現に期待が高まっていますが、問題は大規模なインフラ整備が必要でコストがかかること。果たして割に合う投資になるのでしょうか。

清華大学スマート産業研究院と中国検索大手バイドゥ(バイドゥ)、中国情報通信研究院、チャイナユニコムなどの研究機関、企業が共同で制作した報告書「自動運転のためのCVIS要素技術と展望 第2版」(2022年)では、次のように試算しています。

北京市の道路をハイレベルなスマート道路に改造するために必要なコストは126億1,000万元(約2,500億円)が必要とのこと。人口2,800万人が暮らす巨大都市とはいえ、一つの街の改造だけでこれだけの投資が必要となると、やはり容易ではありません。

ですが、同報告書は他方で、これは「元が取れる」投資であるとも指摘しています。交通事故減少の経済効果が年12億5,000万元(約250億円)、渋滞減少による燃費向上の経済効果が年8億2,200万元(約160億円)、そして交通効率改善に伴う経済成長が年205億6200万元(約4,100億円)との試算です。合計で約226億元(約5,520億円)。たった1年で投資額の2倍以上ものリターンが見込めるというのです。

このように、リターンの大部分を占めるのは交通効率改善ですが、北京市民にとってはきわめて魅力的です。

北京を旅行された方は目にしたと思いますが、朝晩の通勤ラッシュは悲惨そのもので、幹線道路はいつも大渋滞となっています。北京市政府は公共交通機関での移動を奨励し、路線バスや地下鉄の価格は非常に安く設定されていますが、こちらも東京の鉄道を上回るほどの混雑ぶりです。この混雑を解消するべく、企業や教育機関を一部移転する新都市「雄安新区」の建設も始まっているほどです。

自動運転の実現によって交通渋滞が解消し、通勤時間の短縮、あるいはより遠い郊外からの通勤が可能となれば、そのメリットは巨大なものがあります。

同報告書では2030年時点で全道路の30%、2050年時点で90%のスマート道路化が実現されるとの予測を示しています。もし、このロードマップが実現すれば、2030年には大都市では自動運転が現実のものとなっているかもしれません。

車だけで無理ならば都市まるごと改造してでも自動運転を実現させる。この壮大なチャレンジが「自動運転の冬」を乗り越える原動力となるのか、期待されます。

[プロフィール]
高口康太

ジャーナリスト、千葉大学客員准教授。

2008年北京五輪直前の「沸騰中国経済」にあてられ、中国経済にのめりこみ、企業、社会、在日中国人社会を中心に取材、執筆を仕事に。クローズアップ現代」「日曜討論」などテレビ出演多数。主な著書に『幸福な監視国家・中国』(NHK出版、梶谷懐氏との共著)、『プロトタイプシティ 深圳と世界的イノベーション』(KADOKAWA、高須正和氏との共編)で大平正芳記念賞特別賞を受賞。