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言語化するのが難しい漁師の「勘」をデータ化。スマート漁業が作り出す、持続可能な新しい水産業

2023.09.15(最終更新日:2023.09.15)

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海に囲まれた日本は世界でも有数の海洋大国です。漁業が古くから盛んに行われており、豊富な海の幸は日本の食文化と切っても切れないものです。

漁業はこれまで、漁師たちが海での経験で培ってきた「勘」、そして数々の重労働によって支えられてきました。ところが現在、漁業は人手不足などさまざまな問題に直面しており、新たなかたちを模索する必要に迫られています。

その状況を変える鍵となるのが、AIやテクノロジーを活用したスマート漁業。本記事では、スマート漁業がどのように問題を解決できるか、また導入の課題は何かなどを見ていきます。

人材不足と技術継承の難しさに直面

今日の水産業界はどのような問題に直面しているでしょうか。最も深刻なのが人材不足です。現在は農業、林業など、第一次産業全体で若者離れ、高齢化が進んでいます。これまでの担い手が高齢化し引退していくなか、次世代の育成を進めていかなければなりません。しかし少子高齢化の影響や、低賃金であること、遠洋漁業の場合は一度漁に出ると長期間船で生活しなければならない環境などから、満足な人材確保が難しくなっています。

また、技術継承が難しいという問題もあります。漁師たちは長年かけて培った自分たちの経験によって、効率的に魚を獲る方法や質の良い魚を見極める目を養ってきました。それは1人1人が経験を積み、実践を通して身につけていく技術なので、どうしても属人化しやすい側面があります。この技術を引き継ぐには、若手は場数を踏み失敗を繰り返しながら学んでいくしかありません。

もしベテランの漁師が亡くなってしまった場合、そのノウハウが誰にも継承されずに失われてしまうというリスクがあります。今まさに漁業の現場では、テクノロジーを活用してデータ化し、誰でも効率よく技術を習得できる体制を整えることが求められています。職人の「勘」をマニュアル化し、属人化から標準化への転換期を迎えています。

さらに、現在は世界的に魚の消費量が増えており、水産資源の枯渇への懸念から養殖への転換が叫ばれています。人材不足などの問題があるなかで養殖市場を拡大するためには、さらなる効率化、人材育成は急務です。

漁業が抱える課題を解決するテクノロジー

山積する課題を一挙に解決することはできないものの、1つ1つをテクノロジーで改善に導くことはできます。実際に今、漁業の現場ではさまざまな技術革新が進行中。具体例を見ていきましょう。

くら寿司 AIを活用して養殖したハマチをブランドに

回転寿司チェーンのくら寿司は、2022年6月に新商品「特大切り AIはまち」を3日間限定で発売し話題になりました。これはくら寿司の子会社であるKURAおさかなファーム株式会社がウミトロン株式会社と協働し、同社のスマート給餌機「UMITRON CELL」を活用して育てたハマチです。ハマチのスマート養殖に成功した日本初の例です。

このスマート給餌機は、AIが魚の食欲を画像解析し、給餌の量やタイミングを最適化します。ハマチは一度に多くの餌を食べるため、いかに無駄なく生育に必要な量を食べさせるかが兼ねてより課題でした。これまでは人が毎日生け簀へ行き、目視で確認しながら与えていましたがスマート化によりエサの量は約1割削減され、生け簀に行く頻度は2〜3日に1回へ減少し、大幅なコスト削減を実現しました。

「日本初!AIを活用したハマチ養殖に成功 新商品「特大切りAIはまち」を6月24日(金)から全国で限定販売」|PR Wire

宮城県東松島市 ビッグデータで漁師の勘を定量化

2016年からスマート漁業に取り組んでいるのが、宮城県の東松島市です。天候や潮の流れが刻々と変化する海で的確な漁をするためには、漁師の実践で身に着けた「勘」が頼り。しかし経験が浅い若手の漁師の場合には十分な力量がなく、また、ベテランの漁師も「勘」が外れ失敗することも少なくありません。こうした状況下では収穫量が読めず収入は安定せず、ますますビジネスとして継続が難しくなるという悪循環がありました。

こうした状況を打破するため、東松島市が目をつけたのがビッグデータです。KDDIらが開発した「スマートブイ」を活用して、気温、気圧、水温、水圧、潮流、塩分濃度といったデータを収集。漁師たちに漁獲量の情報をスマートフォンやタブレットで入力してもらい、気候条件と漁獲量の詳細な相関関係をデータ化することに成功しました。知見を「見える化」し、漁師の「勘」を定量化、データ化することで、効率的な漁業ができるようになりました。客観的なデータとして知識を共有できるため、若手の育成にも大きく貢献します。

勘や経験だけに頼らない! 海洋ビッグデータを活用した『スマート漁業』始まる

トリトンの矛 漁師の漁獲報告をデータ化、AIが出漁判断

長崎県のベンチャー企業「オーシャンソリューションテクノロジー」が開発した「トリトンの矛」は、AIを使って最適な漁場の位置情報などを提案するアプリです。ユーザーは、操業日誌の「いつ、どこで、どんな魚がどれくらい獲れたか」という情報と、気象条件や海水温度、潮流などの衛生データをインプット。これらのデータをAIで解析し、どの場所でどれだけの魚が獲れるかなどの情報提供を行います。漁師が手書きでつけてきた操業日誌をデータベース化することで、AIが漁師のノウハウを学習します。

また、「トリトンの矛」は「出漁すべきかどうか」の判断をAIがアドバイスしてくれるのが特徴です。同社の調査によれば船団が年間に出漁する回数のうち、およそ4割が何も獲れずに帰ってくる「空振り」。一回の操業では燃料費が20万円かかるため、空振りの回数を減らすだけでも大きなコスト削減につながります。

検証では、AIの出漁判断は実用可能な精度になりました。今後さらに精度が高まれば、燃料コストの削減や休暇の増加、さらには環境負荷の削減にもつながりそうです。

トリトンの矛

はこだて未来大学 AI分析でナマコの乱獲を防止

漁業の効率化を進めると同時に重要なのが乱獲防止です。水産資源の枯渇が国際的な問題となるなか、持続可能な漁業のためには生態系を守りながら漁を行わなければなりません。ここでも、AIの活用が注目されています。

その1つが、はこだて未来大学のマリン・ITラボが開発したナマコの保全アプリです。ナマコは中華料理の高級食材でしたが、中国の経済成長とともに需要が急増。価格が高騰し、乱獲により資源枯渇の危機に陥りました。これを受け、マリン・ITラボはタブレットで使える専用のアプリを開発。漁師たちが自分で捕獲場所や捕獲量を入力すると、ほぼリアルタイムでアプリのデータが更新されます。

シンプルな設計で簡単に操作でき、ナマコの資源状況が一目でわかるアプリは漁師たちからも好評で、「獲りすぎないこと」の重要性の理解にもつながりました。結果、ナマコの資源量は1.6倍まで回復したのです。便利なテクノロジーが、関わる人たちの意識まで変えていくことが分かります。

公立はこだて未来大学YouTubeチャンネル「公立はこだて未来大学 持続可能な水産業を実現する マリンITプロジェクト」

スマート漁業の可能性と課題

AIやテクノロジーを活用し、漁師のスキルをデータ化するスマート漁業は、漁業が抱える問題を一挙に解決する可能性を秘めています。一方で、専用の機械を購入するためにかかる高額なコストや、最初のデータ収集のための負担など、導入には課題もあります。これまで最先端の技術をあまり必要としてこなかったため、現場で働く人たちにITの知識がなく、拒否感を抱く人がいる場合もあります。これらの課題は、今後さらに開発が進んでいくことで解消していくかもしれません。

スマート漁業は漁業の効率化によって生産性を向上し、1人1人の賃金を向上させることで若手人材の獲得と育成につなげ、産業として持続可能なものを目指すという好循環を作り出していくもの。おいしい魚を食べ続けられるように、技術の発展に期待したいですね。

[プロフィール]
小沼 理
企画から執筆・編集まで多彩なメディアのコンテンツ制作に携わる編集プロダクション・かみゆに所属。得意ジャンルは日本史、世界史、美術・アート、エンタテインメント、トレンド情報など。