当社サイトでは、サイト機能の有効化やパフォーマンス測定、ソーシャルメディア機能のご提供、関連性の高いコンテンツ表示といった目的でCookieを使用しています。クリックして先に進むと、当社のCookieの使用を許可したことになります。Cookieを無効にする方法を含め、当社のCookieの使用については、こちらをお読みください。

20年後には「臓器移植待ち」がなくなる? 実⽤化へ向かう「バイオ3Dプリンター」による再⽣医療

2023.09.12(最終更新日:2023.09.12)

読了時間目安 8

シェアする

⾻や⾎管、神経といった組織や臓器をバイオ3Dプリンターで作り、人体に移植する……今、再⽣医療に⼤きく貢献する「バイオ3Dプリンター」を活⽤した研究・開発が進んでいます。本格的な実⽤化はまだ先になりますが、国内の治験ではバイオ3Dプリンターで製作した指の神経の再⽣に、世界で初めて成功するというビッグニュースも届いています。そこで、最新の研究や事例を基に、期待が⾼まるバイオ3Dプリンターの活⽤について見てみましょう。

バイオ3Dプリンターとは?

3DCADなどの設計データに基づいて、樹脂や金属で立体物を作ることができる3Dプリンター。自宅でフィギュアやアクセサリー、家電の壊れた部品を製作するなど、日常生活の中でも活用されつつあります。また海外では、ベンチャー企業が家や自動車、ロケットを作ったり、NASAが月に基地を作る際に活用する計画をしたりと注目を集めています。

一方、素材に金属や樹脂などを用いるのではなく、細胞を使って立体物を作るのが「バイオ3Dプリンター」です。細胞を積み重ねて立体的な組織や臓器を作り出す先進的な技術で、医療における最終的な目標は、形も機能も本物そっくりの臓器を作り、生体に移植できるようにすることにあります。

バイオ3Dプリンターも、基本的には樹脂や金属を素材に用いるこれまでの3Dプリンターと同様に、素材を積み重ねる積層造形によって組織や臓器を製作します。しかし、単に細胞などを積み重ねれば組織や臓器を作れるのかというと、そうではありません。細胞は積み重ねるだけでは固まらず、立体化するのは簡単ではありません。そのため、研究の多くでは細胞にほかの物質を混ぜることで、立体化を試みています。具体的には、コラーゲンやゼラチンなどを細胞に混ぜると、時間の経過にともないゼリー状に固まることから、立体物を製作することが可能となります。しかし、このゼリー状に作られた臓器は強度が不足しており、人体に移植することは難しいことに加えて、これらの物質は生体にとっては異物であり、移植すると拒絶反応を起こすリスクも少なくありません。

そこで、佐賀大学と国内のベンチャー企業が共同で開発したのが、生花に使う剣山のような極めて微細な針に細胞を刺しながら造形する技術です。この方法では、まず細胞を培養によって増やし、直径が0.5ミリほどの細胞の塊を作ります。そして、剣山のように並んでいる針に、その細胞の塊を刺しながら積み上げ、目的とする臓器や組織の形にしていきます。細胞は、融合する性質があることから、時間の経過とともに細胞の塊同士が接着します。そうなれば、針を抜いても形状は維持されるうえ、針でできた穴は自然に埋まり、細胞だけで作られた組織が完成します。

バイオ3Dプリンターで再生した血管や神経を人体に移植

バイオ3Dプリンターは、すでにさまざまな分野で研究や臨床試験が始まっています。いくつか例を見てみましょう。

まず一つ目の例ですが、2020年にバイオ3Dプリンターで製作した人工血管を、血液透析患者に移植する世界初の臨床研究が佐賀大学医学部附属病院で始まっています。血液透析を受けている患者のなかには、合成繊維や樹脂でできた人工血管を腕に埋め込んでいる方がいます。血液透析では週に3回、血管に太い針を刺す必要がありますが、既存の人工血管では針穴が塞がることはありません。次第に人工血管は傷んでしまったり、詰まりやすくなったりして、摘出、交換が必要になります。一方、バイオ3Dプリンターで作った細胞製の人工血管であれば、針穴が塞がることが確認されており、これまでの人工血管にあった問題を解決すると期待されています。

また、2023年の5月には、バイオ3Dプリンターで製作した指や手首の神経を人体に移植し、患部の神経を再生させることに世界で初めて成功したと、京都大学を中心とするチームが発表しました。指の神経が損傷した場合、現在は患者自身のほかの健康な部分から取った神経を移植する「自家神経移植」が行われています。しかし、神経を採取した場所にしびれが残ることがあるほか、一般的に運動機能が回復するのは半分程度とされています。人工神経の移植もされてきましたが、自家神経移植を超えるような結果を得られておらず、あまり使われていないのが現実です。

この臨床試験では、仕事中の事故などで指や手首の神経を損傷し、痛みが残ったり、指先の感覚が鈍くなったりした30〜50代の男性3人が参加。それぞれの細胞を素材にバイオ3Dプリンターで製作した人工神経を患部に移植し、約1年間の経過観察をしたところ、移植した神経が伸びて再生したことが確認されました。また、手や指の知覚機能や神経障害の評価も正常レベルまで回復しており、実際に被験者の3人は、痛みがかなり改善したほか、指先の感覚がほぼ正常に戻ったとしています。

さらに、海外では2022年2月にテキサス州サンアントニオに住む女性が、自身の左耳から採取した軟骨細胞を使ってバイオ3Dプリンターで作った右耳の外耳再建手術を受けたと伝えられました。ほかにも、フランスの再生医療会社は、乳がんなどで乳房を切除した女性の乳房再建に利用できる、バイオ3Dプリンターによる乳腺の製作を進めています。

無限に可能性が広がるバイオ3Dプリンターがもたらす未来

バイオ3Dプリンターでは、皮膚や骨、神経、臓器など、体のあらゆるパーツを患者一人ひとりに合わせて作ることが可能になります。そのため、臓器移植もドナーから提供される臓器の代わりに自分の細胞から作った人工臓器で行えるようになり、ドナー不足の解消や、拒絶反応のリスクも少なくなると期待されています。

また、日本ではさまざまな細胞に分化することが可能なiPS細胞(人工多能性幹細胞)の研究も進んでいます。その中で、バイオ3Dプリンターと組み合わせた研究も進められており、再生医療の可能性が広がるかもしれません。

さらに期待されるのが「創薬への活用」です。現在、動物実験の代わりにバイオ3Dプリンターで作った組織や臓器を使い、薬剤の毒性や副作用、効果などをテストする試みが進められています。実際にアメリカでは、3Dプリンターで再現した臓器で新型コロナウイルスの薬剤テストが行われたといいます。バイオ3Dプリンターで作った組織や臓器を使うことで、実験動物という倫理的な問題がなくなるほか、人の組織や臓器とほぼ同じもので行えるためデータの信頼性が高く、人による治験に移った後の開発中止を避けやすくなります。

バイオ3Dプリンターは、最近10年間で急成長した新技術です。これからさらに研究が進み、普及をしていく中で、新しい問題も出てくるでしょう。それらも解決した先には、病気やけがをしたら自分の体の一部でさえも家電や車のように新しいものに交換していく……そのような時代が来るのかもしれません。

[著者プロフィール]
関根 昭彦

医療ライター 大手医薬品メーカーでの医療機器エンジニアや医薬品MRなどを経て、フリーランスに。得意分野は医療関係全般。