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海底の謎がついに明かされる? 海洋分野における「AI活用」で広がる未来

2023.09.12(最終更新日:2023.09.12)

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地球の表面の約70%を占める海には、まだまだ解明されていない謎が数多く存在します。人類は長年にわたりさまざまな方法で海底探査を行ってきましたが、高い水圧による有人探査の難しさや機械調査の限界などによって、なかなか全貌にたどり着けない分野でもありました。近年ではAIを活用した海底探査方法が開発されており、詳細な実態調査や環境問題の解決に活用できるのではないかと注目されつつあります。そこで今回は、海底のデータ収集を担うAI技術の実態をご紹介します。

海底探査の難しさ

海中の調査には、音響測深機やソナーを使ったり採泥器で海底の物質を採取したりとさまざまな方法があります。また水中ドローンや定点カメラを用いて海中の様子を撮影するなど、有人の潜水艇による調査もおこなわれています。しかし海の面積のうち約95%を占める深海の調査には数々の問題があり、いまだ未知な部分が多いと言えるでしょう。

水深200mよりも深い水深帯のことを深海と呼びますが、この地点で太陽光は海上の0.1%しか届きません。当然深くなればなるほど光は届かなくなり、水深1,000mを超えると完全な暗闇の世界となります。

なにより海底探査を困難なものにするのが、水圧の高さです。水深が10m深くなるごとに水圧は1気圧ずつ高くなります。水深1,000mで約101気圧の水圧となるため、人間は生身では到底到達できません。高い水圧に耐える潜水艇や探査機が必要になりますが、開発には多額の費用が必要なため量産するというわけにはいかないでしょう。

また前述のとおり地球の約70%を占めるという広大さに加え、海底は起伏に富むため探査には時間を要します。無人探査機や海中ドローンでは一度に調査できる範囲が限られるため、全容を解明するには気が遠くなるほどの時間が必要です。

海底探査のニーズと、広大な海でいま起きている問題

非常に難しい海底探査に、なぜ人類が挑むのか。海底探査には主に以下の4つの目的があります。

・海洋生物調査
・海底資源調査
・地震、防災
・海洋底地質調査

海底資源調査の分野では、近年沖縄諸島や伊豆、小笠原諸島周辺で海底下のマグマで熱せられた温水の噴出が観測されています。海底熱水の噴出孔付近は「海底熱水鉱床」と呼ばれ、重金属を含むさまざまな金属が析出されるため新たな資源として注目されています。

また、沖縄トラフでは平成元年に海底からCO2ハイドレートが噴出されているのが観測されました。この発見が現在のCCS(CO2を回収・貯留しCO2排出量削減に役立てる技術)計画に繋がっています。

地震や防災分野の調査は、特に日本においても深刻な課題となっています。日本は北米プレートや太平洋プレート、ユーラシアプレート、フィリピン海プレートに取り囲まれた世界中でも稀に見る地震大国です。そのため深海域の海溝付近のプレート境界を観測し、地震に備える必要性が叫ばれてきました。実際に日本近海のいくつかのポイントでは海底地震計が設置されていますが、今後は海溝最深部の地殻変動などの安定的な観測が求められています。さらに海底から断層の試料を採取するためには、海底の詳細な地形や構造を計測する必要があります。

近年問題視されているマイクロプラスチックによる海底汚染

プラスチック製品の製造過程で発生するものや歯磨き粉などのスクラブ剤などに利用される「一次マイクロプラスチック」と、破棄されたビニールやペットボトルなどが自然環境にさらされて細かなプラスチック片になった「二次マイクロプラスチック」があります。これらのマイクロプラスチックが海へ流出すると、どんな問題が起こるのでしょうか。

第一に、海洋生物の生態系への影響が指摘されています。海面や海中を漂うマイクロプラスチックを海洋生物がエサと間違って食べてしまうと消化ができず、満腹感が持続します。結果的に栄養を摂ることができなくなり、個体の餓死につながるのです。実際にクジラやウミガメ、イルカなどのプラスチックゴミ誤食による死亡例が報告されています。

第二に、マイクロプラスチックに含まれる有害物質による海洋汚染の可能性です。プラスチック自体に使用されている添加剤が海中に溶け出すほか、プラスチックの表面に有害な化学物質が吸着し海洋生物に悪影響をおよぼすと指摘されています。マイクロプラスチックは海中を漂ったあと海底に堆積しているといわれていますが、深海での実態は情報不足であることは否めません。

また、これまでおこなわれてきた手作業によるマイクロプラスチックの分析では膨大な手間と時間が必要なため、分析が遅々として進まないという問題がありました。

海洋分野におけるAIの活用例

近年、前述したさまざまな問題に対してAIを活用した技術によって解決をしようとする動きが見られます。

たとえば、千葉工業大学では「AIを活用した海底熱水鉱床の探査」が研究されています。海底熱水鉱床を見つけるには、調査船から音波を海中に照射し得られた音響画像から海底熱水活動のシグナルを検知しないといけません。現在は取得した音響画像中に熱水活動のシグナルが存在するのか、存在するのならどちらの方向にあるのかといった判断をすべて人の手でおこなっていますが、この判断をAIに任せることができれば無人調査船の活用が推進され、調査コストの大幅な削減につながるでしょう。

海底の詳細な地形図をAIの活用で作成しているのが、公益財団法人日本財団、一般社団法人日本先端科学技術教育人材研究開発機構および株式会社リバネスの共同事業「DeSET」です。従来の海底探査は、大型調査船からのソナー探査で得たデータを解析し地形図を作成していました。

一方DeSETでは、魚群探知機からのデータとオープンソースの小型ドローンボートを組み合わせて、浅海域では小型漁船やレジャーボートなどから、深海域では無線ROVと水中通信システムをドローンボートと協調稼働させてデータを取得します。さらに収集したデータを、独自開発のAI分析アルゴリズムを活用して推進や底質に関する詳細な地図に落とし込んでいきます。この技術によって、より高速で高効率、広範囲、低コストで海底地形図が作成できるようになります。

海底におけるマイクロプラスチックゴミの分布状況の特定にもAIが活用されています。国立研究開発法人海洋研究開発機構はNECとの共同研究で、海水や堆積物などの試料のなかからマイクロプラスチックを分類・集計する技術を開発しました。試料のなかのマイクロプラスチックに蛍光色素で染色をし、蛍光顕微鏡下で動画を撮影。その動画からマイクロプラスチックを画像として自動検出したあと、AIの画像解析技術でサイズと形状を自動的に分析していきます。これによって、従来人の手で膨大な時間をかけていた分類が毎分60個のスピードでできるようになりました。

また、「海底プラスチックごみの実態把握及び回収支援に向けた手法・技術の開発」をテーマにした研究のなかで、水中カメラなどの映像からAIを用いて海底に堆積するゴミの面積や密度を推定する技術の確立を提唱する研究者もおり、海底のプラスチックごみをAIで解決しようとする動きが見られます。

ほかにも2023年7月には産業技術総合研究所がAIを活用した懸濁粒子(水中に浮遊している水に溶けない固体粒子のこと)の新たな観測手法の考案を発表するなど、AIの海洋分野での活用が進んでいます。

AIは海の謎を解き明かし、人類の未来を変える鍵になるのか

人類にとっていまだ未知な部分の多い深海。しかしAIの活用によって、今後さまざまな分野の研究が進んでいくと考えられます。現在日本だけでなく世界中で起こる災害や環境問題、新たな資源の発掘などを海底AIが解決する日もそう遠くないのかもしれません。


[プロフィール]
吉田 康介
フリーライター

編集=佐鳥 瑞澄