米消費量が減っているのは米離れだけが原因ではない?
日本人の米離れが進み、米の消費量が年々減少しているのは、多くの人が耳にしたことがあると思います。実際、農林水産省のデータによると、国民一人あたりの年間米消費量は、1962年が118.3kgであったのに対し、2020年は50.8kgと、およそ60年で半分以下に落ち込んでいます。
その理由の1つとしてよく言われるのが、「パンや麺類を食べるようになった」というもの。確かに総務省統計局によると、2009年に米の購入金額がパンを下回っており、その差は広がり続けています。とはいえ、日本人が米よりパンのほうが好きになったのかというと、必ずしもそういうわけではなさそうです。ある調査会社が行ったアンケートによると、米(炊いたごはん)が「好き」と回答したのは、85.1%であり、「どちらかといえば好き」と合わせると96.1%と、今でも日本人のほとんどが“ごはん好き”なのです。
では、なぜ米の消費量が減少しているのでしょうか。要因は複数ありますが、注目したいのが、特に18〜29歳の男性がもっとも多く回答した、「炊飯する時間がなくなった」「準備に手間がかかる」という理由です。この年代は仕事を持つ単身者(または共働き)が多いため、仕事から帰って少量のごはんを炊くのが面倒あるいは時間がないなどの事情が考えられます。
炊飯器は、1合だけなど少量ではおいしく炊けないという欠点もあります。なぜなら、炊飯器は炊き始めはゆっくり加熱していきますが、少量だと急速に温度が上昇してしまうからです。また、少量だと釜の上部の空間が広くなるため、熱効率が悪くなったり、圧力がかかるまでに時間がかかってしまうなど、最適な炊飯が難しくなるのです。サトウ食品のパックごはん「サトウのごはん」が、この10年で売り上げが倍増しているという一因には、こうした背景もあるのではないでしょうか。
単身者がおいしいごはんを食べられる炊飯器とは
一方、こうした「帰宅後すぐに、ごはんを食べたい」「1人分でもおいしいごはんを」というニーズに応えるため、各メーカーが新たなアプローチに取り組み始めています。たとえば、大手炊飯器メーカーが搭載し始めたのが「冷凍ごはんモード」です。1人分のごはんがおいしく炊けない場合、まとめて炊いて小分けし、冷凍しておこうという提案になります。アイデアとしては目新しくありませんが、ごはんは冷凍すると水分が抜け、味が落ちてしまうことから、「冷凍ごはんモード」では、あえて水分を多めに含んだごはんを炊き上げることで、解凍してももっちりした味わいに仕上げることが可能です。冷凍しておけば、帰宅後すぐにレンチンして食べられる点でも理に適っています。
さらに、1合のごはんがおいしく炊ける炊飯器も続々と登場しています。一時期話題になったサンコーの「おひとりさま用超高速弁当箱炊飯器」は、弁当箱の形をした炊飯器で、1合までのごはんがわずか14分で炊き上がります。コンパクトなので持ち運びやすく、電源さえあればどこでも炊けるため、帰宅後はもちろん、職場のランチでも使えるといったユニークな提案をしています。
最近では、調理家電に参入したエレコムが、1合炊き炊飯器「小型IH炊飯器 HAC-RCIH01」を発売しました。コンパクトなポット型のため単身者用キッチンにも置きやすく、高火力で炊飯できるIH式なのでおいしいごはんが炊けます。炊飯時間は約50分(早炊きで35分)かかりますが、おいしさにこだわる人には人気です。コンパクトなのでお手入れが簡単なのも嬉しいところです。
ちなみに少量炊飯といえば、タイガー魔法瓶の「土鍋圧力IHジャー炊飯器〈炊きたて〉JRX-T060」が、1合炊きする際に専用のフタをすることで、釜の容量を最適化する工夫をしています。こちらは高級炊飯器のため、若年層の単身者向けとはいえませんが、少量炊きのニーズが広くあることがうかがえます。
水と米の計量不要!外出先からごはんが炊ける炊飯器に注目
こうした時流の中、新たな炊飯習慣を生み出すと期待されるIoT炊飯器がパナソニックから登場しました。これは、アプリを操作するだけで、水と米を自動で計量してごはんを炊き始めてくれるという、業界初の「自動計量IH炊飯器 SR-AX1」です。これがあれば、あらかじめ準備をしておかなくても、外出先からごはんを炊くことができます。
事前の準備は、米タンクに無洗米を2kg(13.3合)まで、水タンクに600mlの水を入れておくだけ。あとは本体と連携した専用アプリ「キッチンポケット」で、炊きたい量を0.5合〜2合から0.25合刻みで選び、炊き上がり時間を選ぶか、「今すぐ炊飯する」を選んで、「炊飯を開始する」をタップすれば、約55分で炊き上がります(通常の炊飯モード「銀シャリ」の場合)。
これらの機能は、単身者が炊飯器に対して抱えていた悩みを解消し、ごはん離れを食い止める可能性を秘めています。そもそも、帰宅後すぐにごはんを食べたいなら、朝、炊飯予約をしておけばいいわけですが、忙しい朝に米や水を正確に計量して予約するのは面倒です。また、予約時間が長くなると、水に浸ける時間も長くなり、水を吸いすぎて味が落ちる場合もあります。さらに、炊飯予約をしておいても、帰宅が遅くなったり、急に外食することになったり、予定通りにいかないことも多いでしょう。
その点、自動計量IH炊飯器なら、事前に予約しておいても、米と水が内釜に送り込まれるのは炊き始める直前なので、浸水しすぎる心配はありません。また、予定が変更になった場合は、外出先からアプリで炊飯時間を変更したり、キャンセルすることもできます。このときも、まだ米は水に浸されていないのでムダになりません。炊き上がったら、内釜をそのままおひつのようにテーブルに持って行けるのも便利です。
肝心な味については、IH式なだけあって、しゃっきりした粒感と甘みが感じられ、通常のIH炊飯器で炊いたごはんと遜色ありません。おそらく、水と米が正確に計量されることも、おいしく炊けるポイントでしょう。炊きたいときに外出先からごはんが炊けることの利便性は、米離れが進む若年層が炊飯習慣を取り戻す大きなきっかけになると実感しました。
これからの炊飯器は、おいしさだけでなく利便性も追求
炊飯器メーカーはこれまで、「昔ながらのかまどで炊いたごはん」をもっともおいしいごはんと位置づけ、さまざまなアプローチで炊飯器を開発してきました。現在では、かなり高いレベルでおいしさを競い合っており、もはやこれ以上行きつくところはないのではないかと思ってしまうほどです。こうしたなかで次に目指すのは、“究極の味”ではなく、毎日の食生活に寄り添ってくれる炊飯器です。今回取り上げた炊飯器たちは、今の時代に求められている炊飯器の概念が形になったものといえるのではないでしょうか。
[プロフィール]
田中真紀子
家電ライター。早稲田大学卒業後、損害保険会社を経て、地域情報紙に転職。
その後フリーとなり、住まいや家事など暮らしにまつわる記事を幅広く執筆。
出産を経て、子育てと仕事の両立に悩む中、家事をラクにしてくれる白物家電、エステに行けなくても自宅美容できる美容家電に魅了され、家電専門ライターに。現在は雑誌、webにて執筆するほか、専門家として記事監修、企業コンサルタント、アドバイザー業務もこなし、テレビ・ラジオ出演も多数こなす。これまで執筆や監修に携わった家電数は1000近くに及び、自宅でも常に多数の最新家電を使用しながら、生活者目線で情報を発信している。