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人工知能が難病の新薬を開発?AI活用で変わる「創薬の世界」

2023.07.28(最終更新日:2023.07.28)

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新薬を開発する「創薬」は研究着手から販売に至るまで長い年月がかかることが一般的であり、その成功率は2〜3万分の1といわれています。そのようななか、研究プロセスを自動化し、ビッグデータの分析を正確に行える「AI」を活用することで、創薬分野における既存課題が解決できるのではないか、という可能性に期待が集まっています。「創薬×AI」が今後発展することにより、私たちが受けられる医療はどのように変わるのでしょうか?

完成までに15年以上、成功率は2〜3万分の1…超高難易度の「創薬」

なぜ、創薬においてAIの活用が期待されているのでしょう。その大きな理由のひとつに、創薬にかかる長い年月と莫大なコストが挙げられます。創薬は主に以下のような手順で行われます。

①ある疾患をターゲットに定める
②薬の候補となる物質を探し出す
③薬として利用できるように合成する(スクリーニング)
④動物実験などで、その化合物の効果や安全性を確かめる(非臨床試験)
⑤治験などで、人間に対する効果や安全性を確かめる(臨床試験)
⑥新薬発売のための申請を行い、承認を得る

①~④の非臨床試験までに8〜10年、⑤の臨床試験に6〜8年、⑥に1〜2年と、すべてのプロセスを合わせて15年以上かかるのが一般的です。また、ここまでに1,000億円を超える開発費がかかることも珍しくありません。

もちろん、開発の結果、新薬を発売することで多大な投資を回収できるケースもあります。そうはいっても、見つけ出した新薬候補が実際に医薬品として発売される確率は、2〜3万分の1といわれています。

製薬会社にとって「圧倒的ハイリスク」でリターンの望みは薄い――これが創薬の世界です。

ここで、上記の創薬プロセスにおける問題点を整理してみましょう。

1.効率性

まず、①において新薬の可能性がある物質を探し出す際、候補は数万種類に及びます。そのなかから有望だと考えられるものを絞り込んだあとも、その1つひとつに対し、実際に効果があるのかを実験する必要があります。

この有望な物質を絞り込む作業は、研究者の経験や勘に頼るところが大きく、とても効率性に課題があります。

2.成功率

近年では、創薬の成功率が低下しているという問題も浮上しています。

厚生労働省の資料によると、創薬成功率は2000〜2004年に約1万3,000件に1件だったのに対し、2015〜2019年は約2万3,000件に1件と、成功率はこの15年で半分近く減少しました。

成功率低下の要因としては、創薬対象が「未解決の疾患」にシフトしていることが挙げられます。創薬の難易度が上がっているのです。その結果、研究開発費が増大を続ける一方で、承認数は横ばいのまま。新薬1種あたりの開発コストも上昇し、最終的には医療費の増加にもつながっています。

こうしたなか、上記の課題を解消し、製薬企業の研究や開発のプロセスを大幅に改善する可能性があるとして期待されているのが「AI創薬」です。

時間短縮と精度向上の両立が叶う「AI創薬」

「AI創薬」とは、新薬の研究や開発のプロセスにAIの技術を活用することをいいます。AIを用いれば、比較的短時間で莫大なデータを処理し、高度なデータ分析や新たな推論を導き出すことが可能となります。

特に、近年では機械学習やディープラーニングなどの技術が大きく進歩したことでAIの性能が急激に向上しており、活用できる分野や範囲も広がっています。AIを創薬に取り入れれば、研究や開発プロセスを大幅に効率化できる可能性があるのです。

先に挙げた創薬プロセスのなかでも、ターゲットにする疾患と候補物質とを組み合わせる「スクリーニング」においてAIの有効活用が期待されます。

先述したとおり、従来このプロセスは研究者の経験や勘に頼っている部分がありました。AIは大量のデータを高速かつ正確に処理することができるため、膨大なターゲットと物質の組み合わせを、効果を発揮する可能性が高いものだけに的確に絞り込むことを目指せるのです。

これにより、実験の回数も大幅に減らすことができるほか、創薬の成功率を上げることも望めます。

このように、AIの活用による開発期間の短縮やコスト削減など狙い、国内外問わず創薬にAIを導入する製薬企業が増えています。

香港、スイス、アメリカ…世界各国が続々と「AI創薬」分野に参入

実際に、香港に本社を置くAI創薬企業「インシリコ・メディシン」は、これまで2~3年かかっていた新薬候補発見のプロセスを21日までに短縮したという研究成果を発表しました(2019年)。また、2023年には、同社のAIが選定したターゲット(特発性肺線維症)に対して同社のAIが設計した薬の臨床試験が進められ、良好な結果が得られたと伝えられています。

また、スイスを本拠地とする大手製薬企業の「ノバルティス」は2019年、マイクロソフトと共同で「ノバルティスAIイノベーションラボ」を設立。マイクロソフトが開発したAI技術を、ターゲットの探索や化合物のデザイン、スクリーニングなどのプロセスで活用することを目的としています。

さらに、Googleの親会社である「アルファベット」も、2021年にAI創薬事業を行う新会社「Isomorphic Labs」を設立するなど、世界各国がAIを活用した創薬プロセスの加速に取り組んでいます。

大手製薬企業も続々参入!日本のAI創薬産業

日本国内でも多くの企業がAI創薬に乗り出しています。

代表的なのが、バイオベンチャーである株式会社MOLCUREです。同社は、医薬品の分子設計を行うAIを製薬企業向けに提供しており、その企業が持つ新薬候補化合物の実験データをAIで分析。これにより、効率的なスクリーニングから化合物の分子設計のシミュレーションまで可能にしています。

さらに、同社では実験用のロボットも自社で開発しており、これをAIと組み合わせることで大量のスクリーニングと分子設計を自動化。

従来の20倍以上の新薬候補を創出し、候補物質を発見するまでの時間を10分の1以下に短縮することに成功しています。

ほかにも、第一三共やアステラス製薬、中外製薬、シオノギ製薬といった大手製薬会社が、AI開発を行うベンチャー企業や大学などと共同研究を進めています。

また、中堅製薬企業とAI技術に強い企業が協業するケースも増えてきています。

日本ケミファは、ほか5社と共同で先述のMOLCUREへ総額8億円の資金援助を実施し、AI創薬事業の発展を促進しています。科研製薬では、株式会社Elixが提供する、化合物プロファイル予測から構造発生までの機能がオールインワンで備えられているAI創薬プラットフォームを導入し、研究開発期間の短縮、自社創薬の成功確度向上を図っています。

さらに、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)は2020年8月、「創薬支援推進事業-産学連携による次世代創薬AI開発(DAIIA)」をスタートさせました。

これは、「創薬×AI活用」の推進を目指した産学連携のプロジェクトで、製薬企業18社に加え京都大学や名古屋大学、理化学研究所、AI技術をもつIT企業などが多数参画。これまで製薬企業に蓄積されてきた創薬研究の情報を活用しながら、化合物の最適化を飛躍的に効率化させる「実用的かつ包括的な創薬AIプラットフォーム」の構築を目指しています。

難病が治る、医療費が下がる…AI創薬の発展がもたらす未来

創薬分野にAIが活用されることで、どのようなことが可能になるのでしょうか。

1.難病に対する新薬の開発

もっとも望まれるのは、これまで治療薬がなかった難病に対する新薬の開発です。現在、有効な治療薬がない疾患は3万種以上あるといわれており、国内でも338の疾患が難病として指定されています。

また、すい臓がんやアルツハイマー病、パーキンソン病、糖尿病の合併症など、患者数が比較的多いにもかかわらず決定的な治療薬が開発されていない疾患に対する治療薬の開発にも期待がかかります。

2.医療費の削減

日本において、「薬価」はさまざまな要素を勘案して決められていますが、その要素のひとつに「開発にかかった費用」があります。薬の値段は、一定期間で開発コストが回収できるように設定されているのです。AIの活躍で開発コストが下がれば薬価も下がり、医療費全体の節約につながることが期待できます。

「AI×創薬」には課題も

一方で、AI創薬のさらなる推進には、AI学習の対象となるデータ不足、データ共有のためのプラットフォームの未整備、研究者のAIに対する知識不足やスキル不足などいくつかの問題点や課題が指摘されています。

現状、課題も散見されていますが、さまざまな企業によるAI創薬事業への新規参入や、自社にはない技術を利用できる企業同士の協業により、AI創薬を取り入れるハードルは下がっていくことが見込まれます。

始まったばかりですが、近年着実に発展を遂げている「AI創薬」。今後、わたしたちがその恩恵を肌で感じる日も確実に近づいているのです。

[著者プロフィール]
関根 昭彦
医療ライター 大手医薬品メーカーでの医療機器エンジニアや医薬品MRなどを経て、フリーランスに。得意分野は医療関係全般。