マッチングサービスの新しい潮流
昨今はビジネスシーンに向けたさまざまなマッチングサービスが提供されています。たとえば「資金調達したいスタートアップ企業」と「投資家」、「新規プロジェクト」と「コンテンツ制作業務を行うクリエイター」の組み合わせです。互いのニーズに合致したマッチングの機会をもつことができます。また、最近はソーシャルグッドな分野へのサービス展開へ拡大しています。社会問題の解決を目指すプロジェクトを実現するために必要な、寄付やボランティア作業への協力者を集めることができます。
プロジェクトの達成を目的とするマッチングサービスは、企画者側はプロジェクト内容、協力者側はスキル、経験などを詳細に登録するため、最適な人材をアプリやWEBサイトを通じて見つけることができます。あらゆる場所から、プロジェクトの成功につながる人材や資金を効率的に確保できるため重宝されています。
こうした流れのなか、特定性の高いテーマをもつプロジェクトにアクセスできるユニークなマッチングサービスもあります。たとえば、「サウナ小屋を建てたい」「オリジナルの家具をDIYしたい」など「木材をつかってしたいこと」がある人と、その希望を叶えるために必要な企業や個人、家具職人、林業関係者などをマッチングする「WOOD DREAM DECK」です。
ではなぜ今、テクノロジーを使って「木」をテーマに新しいプロジェクトを立ち上げる必要があるのでしょうか。その背景には、興味深い日本の実態が見えてきます。
※Web3、もしくはWeb3.0とは、主にブロックチェーン技術によって実現される分散型ネットワークを指します。インターネット創成期のWeb1.0、現在のWeb2.0に続く新しい時代という意味で、Web3、もしくはWeb3.0と呼ばれています。
実は切ったほうが良い?「ニッポンの木」
「森の木を切ってはいけない」、大半の人はそう思うかもしれません。「森林伐採」と言うと「人間の都合でジャングルが切り拓かれ、人工的に整備された平地にされてしまう…」そんなマイナスのイメージをもつ人もいるかもしれません。
一方で、日本の森林の実態は大きく異なります。日本の国土のおよそ7割は森林ですが、意外なことにその面積は、ここ50年間でほとんど変化がありません。それどころか、木々は成長をつづけ、森林自体の体積は増加傾向にあります。そのスピードは、たとえ国内の木材だけで毎年200万棟以上の家を建てても、森林の体積はさほど変わらないほどです。
日本の森林の約半分が、人の手が加えられた人工林と呼ばれるものです。植林や種まき、挿し木などを施し、おもに木材を切り出すために育てられている森林です。人工林はおしなべてスギやヒノキなど針葉樹が多く密生しています。。しかしながら、昨今の人工林の多くは手入れが進まず、樹木自体の老齢化が進み、衰退しています。さらに森林が茂りすぎるのを防ぐため間伐した樹木が、未利用のまま放置されている状況が嘆かれています。こうした事態は、大雨による土砂災害の増加や、生物多様性の棄損、森林のCO2吸収能力の低下などを招きます。
問題を解決する糸口として、地域の森林資源を使いながら植え替えていく循環利用の促進が求められています。
実は「『ニッポンの木』は伐って植え替えながら使うほうが良い」これが、あまり知られていない日本の森林の実態です。
「ニッポンの木」が抱えている根本的な問題
森林資源の豊富な日本において、「森林が活用しきれていない」という指摘は、これまでたびたびされてきました。最も根本的な原因の一つに、生えている木そのものである「立木」の価格が安すぎるということが挙げられます。
たとえば、人工林のなかで最も多いとされるスギの木は、樹齢30年以上の「立木」における平均価格は、1本あたり3,000円以下です。一方で、新たに苗木を植えてスギを育てるには、1本あたり10,000円以上のコストがかかり、明らかに赤字となってしまいます。
この状況では山の所有者である山主が「木を切りたがらない」、「切っても植えたがらない」という悪循環が生まれてしまいます。日本の人工林において木を切った後に再造林(人工林を伐採した跡地に再び苗木を植えて人工林をつくること)がおこなわれる割合は、4割以下にとどまっているのが現状です。
この問題を解決するためには、「ニッポンの木を使う」ことで生み出される製品(モノ)はもちろん、体験(コト)などの付加価値を高めて、利益を生み出し、再造林や挿し木のコストとして還元する、新しい流れが必要になります。
「ニッポンの木」×ITテクノロジーが拓く未来
ところで、環境問題の対策アクションと聞くと「我慢しなければいけない」とか「やらなきゃいけない」といった「ストイックなアプローチ」という印象をもたれやすいかもしれません。
「しなくてはいけないこと」ではなく「したいこと」から考え、それを「地域の木を使って叶える」という環境保全・地域再生につながるモデルを構築することが非常に重要です。日本の森林が抱える環境問題にポジティブに向き合えるプラットフォームとして、マッチングプログラム「WOOD DREAM DECK」は注目を集めています。web3技術を活用して次の3つの観点で新たな仕組みづくりを促進しています。
「木を使ってしたいこと」をみんなで叶える文化づくり
前述のとおり「WOOD DREAM DECK」の基本的な機能は、オンラインのコミュニティーをベースとした、「木を使ってしたいこと」がある人と、山主や製材業者、木工職人などの森林・木材関係者や、それに共感してお金やアイデアを出したり、現場などの手伝いをしたりするサポーターのマッチングです。
オンライン上のコミュニティーを活用する最大のメリットは、これまで製品を買う消費者だった人のなかから、プロジェクトを活性化する特別なモノ(製品)やコト(サービスや仕組み)を生み出すクリエイターを発掘できることです。「木を使ってしたいこと」をみんなで叶える仕組みを、文化として地域に根付かせていくことを実現します。
森林関連共通の分散型web3を活用したトークンで森林コミュニティーを活性化
森林活用の裾野は広く、木材利用以外にも多岐に渡ります。近年は、森林そのものをレジャーや教育・ヘルスケアなどに利用する動きが注目を浴びています。
一方。森林保全の分野では植林や間伐などの体験会、獣害対策としてジビエ料理の紹介など、山主にとってすぐ役立てることのできるスキルや情報をレクチャーする活動が行われています。
ですがこうした活動は縦割りになっている場合も多く、各活動を縦横無尽に横断できる人の流れをつくることが課題でした。
解決策の一つに、Web3を活用したトークンの流通があります。なぜ、トークンが有効なのでしょうか? 仕組みはこうです。トークンを発行し流通させることでインセンティブ(動機、刺激)を与えることができ、地域内外のさまざまな人たちが森林関連の活動に参加するきっかけになります。結果、コミュニティーの活性化に繋がります。トークンは「領域を超えた価値交換を叶えるツール」として重宝されています。
NFTで木を使うことへの付加価値を高める
日本の森林課題の解決のためには、地域に「木を使ってしたいこと」を叶える文化を根付かせると並行し「安い立木価格を補う利益を生み出す」ことが大切です。
日本の木材は海外からの輸入材との価格競争などの影響を受けており、立木価格を大幅に上げることは難しい状況です。この状況を打開するためには、地域の木材を使った製品や体験にweb3技術のNFTを活用して付加価値をつけ、新たな木の需要を生み出し、末端価格を高めるのが有効です。
たとえば、NFTをメディアに木の情報やメッセージの記録、利用・所有の権利やイベントへの参加資格を付与します。すると誕生日プレゼントとして相手の年齢と同じ樹齢の木を贈ったり、木をテーマにした特別なイベントへ参加できたりするなど、木に新たな価値が付加されます。木をブランディングすることができるのです。NFTを活用した木のブランド化で得た利益を、挿し木や再造林の費用に還元する好循環を生み出すことが可能になります。
森林関連の活動参加を促進するトークンのイメージ
国内の森林とweb3などのITテクノロジーをかけ合わせることで、「人と人」、「人と森」の関係性・関連性をアップデートすることができます。こうしてニッポンの森林をブランド化することで、本来の価値を蘇らせ、地域再生・林業関係者の地位の向上がかないます。近い将来脱炭素や生物多様性など、SDGsに繋がるサスティナブルなエコシステム(生態系)の構築も実現していけるでしょう。
「ニッポンの木」×ITテクノロジーが目指すゴール
先に述べたように、インターネットの最大の特徴は場所に捉われず越境的につながれることです。そしてweb3は、あらゆるモノやコトのデータをつなげて新しい価値を創造する手段でもあります。
これらのテクノロジーは、これまでデジタル化されてこなかった森林や樹木の情報を活用することで、今まで解決できなかった課題を解決に導き、本来の価値を蘇らせるだけでなく、新しい価値を創造する可能性を秘めています。
また、人口減少の問題を抱える地方においては、新しい経済圏の獲得に役立ちます。
今後ますます森林を擁する地域の経済活性化や環境保護の両立が実現されていく見通しです。
さらに、環境保全効果を明確にしていくことが可能になれば、カーボンクレジットや生物多様性クレジットの生成による新たなビジネスモデル創造のきっかけになる日もそう遠くないでしょう。
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[プロフィール]
伊藤 淳
TIS株式会社 DXクリエイティブデザイン部 クリエイティブディレクター
自動車メーカーの研究所にてエンジンの燃料噴射システムの研究開発を経て、モビリティサービスの研究や、地域コミュニティーの研究に従事。2019年に埼玉県横瀬町に移住し、同年TISへ転職。消滅可能性都市に住む当事者として人口減少社会の課題解決に向き合う。現在は「町をイチバン楽しむ町民」、「ITテクノロジーで地域をもっと楽しく」をスローガンに地域でクリエイティブな取り組みにチャレンジしている。サウナがコミュニティハブになる可能性を感じ、横瀬町では「川とサウナ」の運営、地域の木を使った「ミノペンサウナ」の建設など、サウナを中心として活動中。