スポーツジムの変革
フィットネス・ビジネスの代表格といえばスポーツジム。昔からあるこのビジネスにも大きな変化が到来し、日本のジムビジネスも激変しています。ほんの十年ほ
ど前ですと、ジムといえばウェイトトレーニング機器、ランニングなどの有酸素マシン、プール、ヨガやダンスを行うスタジオのすべてを完備した総合型ジムが主流でした。
それが現在ではウェイトトレーニング機器と有酸素マシンだけの24時間ジム、ヨガスタジオなど機能ごとに分かれた小規模専門型が主流です。低価格でサービスを提供でき、利用者の近場に店舗を構えることができる点が長所です。
大型総合ジムから小型専門ジムへの流れは中国でもコロナ禍以前から進んできました。というのも、中国ではクレジットカードによる月額課金が普及していないため、ジムの料金は6カ月分、1年分の長期利用カードを購入するスタイルが中心でした。期間を長くすればするだけ割引されるので、3年分、5年分という長期契約のカードまでありました。ところがお金を集めるだけ集めて半ば計画倒産のように潰れてしまう、そこまでひどくなくてもスタジオプログラムの中止など契約当初のサービス水準が維持されないという不当行為が横行していました。
この課題をクリアすることで人気を集めてきたのが、2010年代半ばから登場してきた「楽刻運動」や「スーパーモンキー」などの新型スポーツジムです。小規模店舗で安く通いやすいという特徴は日本とも共通していますが、月額払いや1回ごとの利用料支払いという形式を採用することで、倒産して前払い金がムダになる不安がないことが魅力でした。
問題は短期契約の場合、会員がすぐにやめてしまうというリスクがある点です。が、それを補うのがアプリです。新型ジムのアプリには支払いや会員カード代わりという役目以外にも、実に多くの機能が搭載されています。ヨガやダンスなどの有料プログラムの申込み、トレーニングプログラムの作成と保存、体重の記録や消費カロリーの計測といった内容です。
いわばフィットネスに関する機能をオールインワンで詰め込んでいるわけです。支払いと会員カード代わりのアプリならばほとんど利用する機会はないですが、これだけの機能があると日々アプリを利用する人も多いでしょう。
毎日アプリを使うということは、ジムとユーザーにデジタルの“接点”が生まれることを意味します。利用者には月額払いでいつでも辞められるという気楽さがありますが、日々アプリを使って健康やフィットネスについて考えるようになれば継続する動機が生まれるわけです。
「宅トレ」のDX
ジムでの運動以上に多いのが「宅トレ」の愛好家です。特に2020年以降は新型コロナウイルスの流行によってジムが閉鎖された時期もありましたし、感染を恐れて行く気にならない人もいたでしょう。
「自宅でもできる簡単筋トレ」といった本や雑誌は昔からありましたが、今は動画の時代です。動画配信サイトのユーチューブで検索すると、フィットネス・ユーチューバーによるエクササイズ動画が無数にあります。動画を見ながら自宅で体を動かすのが日課という方も増えているようです。
中国でもエクササイズ動画は人気ですが、録画プログラム以上に生配信されるオンラインレッスンの人気が高いのが特徴です。「もっと激しく」といった叱咤激励を受けることで、自宅にいながらにしてスタジオレッスンを受けているような感覚になるのが魅力なのだとか。「ビリビリ動画」や「ドウイン」(中国版TikTok)といった動画配信サービスに加え、有料でより専門的な動画を閲覧できる「KEEP」というアプリも人気です。ソフトバンク・ビジョン・ファンドの投資先としてご存知の方もいるかもしれませんが、MAU(月間アクティブユーザー、1カ月に1度以上利用したユーザーの数)3000万人超の人気アプリに成長しています。
オンラインレッスンのコーチにはフィットネス・インフルエンサーに加え、オリンピック選手などのスポーツ選手も参入しています。また、インスタグラムで900万人フォロワーを誇るドイツのモデル、パメラ・ライフも高い人気を誇ります。
2022年、爆発的な人気を獲得したのが台湾出身の歌手、俳優の劉畊宏(リウ・ゲンホン)です。テレビのダイエット番組でコーチ役を務めるなど一定の知名度はありましたが、その激しいレッスンが癖になると話題になり、2022年に人気が爆発。ドウインのフォロワー数は7000万人を超え、スーパースターになりました。
また、ネット接続機能付きのエアロバイクやランニングマシン、トレーナーの動作と自分の動きを同時に確認できるフィットネスミラーなどのIoT(モノのインターネット)機器を組み合わせることで、オンラインレッスンでも「もっとがんばろう」と激励される、同時受講者のカロリー消費ランキングを表示してやる気を奮い立たせてくれるといった機能が盛り込まれていることも。
オンラインレッスン以外でも、AIカメラを使って正しいエクササイズを教えてくれるスマート機器も増えています。スマートフォンやスマートテレビでエクササイズ動画を流しながらトレーニングをすると、AIカメラがその姿勢をチェックし正しい動作を行えているかを確認するというものです。
「リープフロッグ」が日本で起こるか
まとめると、「録画された動画よりも生配信が人気」「トップ芸能人クラスの超人気インフルエンサーが誕生」「IoT機器などを駆使してインタラクティブ感を強めるサービスも登場」が中国新興宅トレの特徴と言えるでしょう。
既存産業がまだ成熟していない分野で、デジタル技術を活用した新たなビジネスが一気に普及する。これを「リープフロッグ」(カエル飛び)と言います。先進国が歩んできたステップを階段飛ばしするように進化するという意味です。デジタルに全振りしている分、日本よりも思い切りがよく、スポーツジムのアプリがフィットネス関連のすべてに関与する、宅トレ・サービスがIoTを徹底活用するといった具合に、新たな技術やサービスをまとめあげていく勢いを感じます。
このように、フィットネスのDXでは中国が日本よりも先行している印象があります。ここで取りあげたサービスやビジネスモデルは近い将来、日本でも導入される可能性が高いのではないでしょうか。
[プロフィール]
高口 康太
ジャーナリスト、千葉大学客員准教授。2008年北京五輪直前の「沸騰中国経済」にあてられ、中国経済にのめりこみ、企業、社会、在日中国人社会を中心に取材、執筆を仕事に。クローズアップ現代」「日曜討論」などテレビ出演多数。主な著書に『幸福な監視国家・中国』(NHK出版、梶谷懐氏との共著)、『プロトタイプシティ 深圳と世界的イノベーション』(KADOKAWA、高須正和氏との共編)で大平正芳記念賞特別賞を受賞。