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SFの世界が現実に?「ARコンタクトレンズ」で見えた“未来の景色”

この記事は1年以上前に書かれたものです。現在は状況が異なる可能性がありますのでご注意ください。

2023.03.07(最終更新日:2023.03.28)

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現実の視野の中に画像やテキストの情報などを映し出すことに加え、視線を操ることで、デバイスの操作もできるようになるという「ARコンタクトレンズ」。しかし、近い未来にそのようなことが実現できるのかという疑問を持つ人もいるでしょう。そこで今回は、ARコンタクトレンズの開発の現状や課題、将来像などについてみていきましょう。

そもそも「ARコンタクトレンズ」とは?

自分の目で見ている風景の中に、さまざまなデジタル情報を表示するのがAR(拡張現実)。すでに実用化されており、ポケモンGOなどのスマートフォンのゲームやSNOWといったカメラアプリで、実際に使ったことがある人も少なくないかもしれません。

これらのように現在のARは、スマートフォンや専用のメガネ型ディスプレイなどを使用するのが前提ですが、それらのデバイスを使わず、より簡単に、そして便利にARの世界を実現できると期待されているのが、「ARコンタクトレンズ」です。

ARコンタクトレンズとは、現在主に視力矯正のために使われているコンタクトレンズに、ディスプレイや通信、モーションセンサーなどの機能を搭載。一般的なコンタクトレンズと同じように直接目に装着することで、視野の中に画像や文字などによるさまざまな情報を表示することができたり、視線を動かすことによって操作ができるデバイスです。

コンタクトレンズにARの機能を搭載することで、スマートフォンやメガネ型ディスプレイとは異なる完全ハンドフリーを実現できることなどから、これまで以上に幅広い分野でAR技術を活用できるようになると考えられています。

ARコンタクトレンズ開発の現状は?

ARコンタクトレンズの研究開発は、世界中の企業や研究機関で行われています。なかでも実用化が近いと注目されているのが、米国Mojo Vision社が2020年1月に発表した「Mojo Lens」です。

Mojo Lensの大きさは、一般的なコンタクトレンズより一回り大きい直径17mm。その中心部に直径0.5mm弱で、1インチあたり14,000ピクセルの解像度を備えているモノクロマイクロLEDディスプレイを搭載。視界を遮らない周辺部に、超低遅延通信(※)が可能な5GHz無線や視線の動きを正確に追跡する加速度センサー、ジャイロスコープ、磁気センサー、1日中稼働できる程度のマイクロバッテリーなどを内蔵しながら、一般的なコンタクトレンズと同様に装着時の違和感が少ないものを目指しているといいます。

(※)タイムラグを極めて小さく抑えることのできる通信ネットワーク

これらの機能を搭載することによってMojo Lensは、目の動きで操作するハンズフリーのユーザーインタフェースを実現。視線を動かしても映像は安定したまま表示される一方で、加速度センサーで常に目の動きを追い、視線の動きに合わせて情報の表示範囲を変えます。また視線はポインターの役割も担い、視野の中で決められた場所を凝視することで、表示内容の変更といった操作をすることも可能になります。こうした機能によって、将来的には移動中や運動中、会話中でも動作を中断させることなく、欲しい情報にアクセスできるような世界を目指しています。

では、このMojo Lensの開発は、実際にどの程度まで進んでいるのでしょうか。Mojo Vision社のホームページによれば2022年6月、同社のドリュー・パーキンスCEOが、Mojo Lensの試作版を世界で初めて装着し、ワイヤレス通信によって、自分の視野に投影された文章を読むことができたそうです。また、これと前後して日本でも試作品が公開されました。こちらは目に装着するコンタクトレンズではなく、レンズを外側から覗き込むというものでしたが、視界の中にテキストや画像による情報が表示される体験ができました。

ARコンタクトレンズ実現に向けての課題

では、ARコンタクトレンズの実用化には、どのような課題があるのでしょうか。実は、Mojo Lensの開発には、日本国内でトップクラスのコンタクトレンズメーカーである「メニコン」が、共同開発パートナーとして加わっています。メディアの取材に対しメニコンの担当者は、現在の最も大きな課題はバッテリーであると話しています。特に給電については一層の技術向上が必要であり、世界的に見ても極小サイズのバッテリーの研究者や大手企業の開発は少ないことから、その解決のためには、独創的な技術の開発を社外も含めて模索する必要があるとしています。

また同社は製品の安全性に関わる重要な役割も期待されています。ARコンタクトレンズでは、いわゆるハードコンタクトレンズの中に複数の極小電子デバイスを正確な場所に埋め込む必要があるほか、レンズを通して多くの酸素を供給しなくてはなりません。特に、ARコンタクトレンズは従来のコンタクトレンズよりもサイズが大きく、覆う目の範囲も広いこともあり、酸素の透過性をより高める必要があります。

さらに、コンタクトレンズはいわゆる医療機器に当たることから、米国では、実際に人間に装着して開発を進めたり、米国FDA(食品医薬品局)の認可を取ったりする重要なステップがあります。また日本においても、コンタクトレンズは高度管理医療機器として医薬品医療機器法の規制対象となっていることから、製造や輸入にあたっては厚生労働大臣の承認が必要になると考えられます。

ARコンタクトレンズで実現する未来とは

ARコンタクトレンズが最初に実用化を想定しているのは、医療分野とされています。Mojo Visionでは、弱視など視覚に障害がある人にMojo Lensを装着してもらうことで、見ている物の輪郭を強調し、視力を補うことを目指しています。

また、ARコンタクトレンズのメリットの中でもユニークなのは、装着して視線を動かすだけで、画面をクリックしたり、スワイプできるため手での操作が不要になる点です。たとえば、ランニング中のコースや心拍数、ゴルフ中のコース情報やスコア、ドライブ中の地図や渋滞情報、工事現場なら設計図や機器のマニュアル確認などが挙げられるでしょう。火災現場に突入する消防士や救急医療の現場が必要とする情報も、ARでリアルタイムに提供することができると考えられます。

具体的な例としてMojo Visionのホームページで紹介されているのが、AmazonのAlexaと連携したショッピングリストの活用です。そこでは、買い物の前に、購入予定の商品を音声でAlexaのショッピングリストに登録し、ショッピングセンターでARコンタクトレンズに投影することで、買い忘れを防ぐ様子が動画で実演されています。

同社のホームページでは、ほかにアスリートとARコンタクトレンズの相性の良さも指摘しています。現在でも多くのアスリートは、スマートウオッチをはじめとするウェアラブルデバイスを活用しています。ですが、トレーニング中にそのデータを確認するには、一旦動作を中断しスマートフォンのディスプレイなどを確認しなくてはなりません。しかし、ARコンタクトレンズを装着していれば、トレーニングやパフォーマンスを中断する必要がなく、常にそのデータにアクセスできるのです。

ほかに、常に装着しているというコンタクトレンズの特性により、体の情報を取得しやすいというメリットもあります。たとえば、眼圧をモニターすることは緑内障による失明のリスクを下げることにつながりますし、糖尿病の患者の血糖値や、心臓疾患のある人の血圧や脈拍などの情報も、モニタリングできるようになるかもしれません。ARコンタクトレンズには、アイデア次第で無限の可能性が広がっているといえるでしょう。

ここまで述べたようにARコンタクトレンズには、さまざまな分野での活用が期待できる一方で、残念なニュースもあります。これまでARコンタクトレンズ開発の先端を走り、当記事でも紹介したMojo Vision社のMojo Lensの開発が、世界経済の低迷による資金難などを理由に、一時中断することが発表されました。今後は、Mojo Lensのために開発してきたマイクロLED技術にリソースを集中するものの完全に開発を中止するのではないようではあります。早期の再開に期待したいところです。

[プロフィール]

関根昭彦
医療ライター
大手医薬品メーカーでの医療機器エンジニアや医薬品MRなどを経て、フリーランスに。得意分野は医療関係全般。