最近、聞くようになったスペーステックって?
ITをはじめ、さまざまな科学技術が目覚ましく発達している今日、新しい技術用語も次々に登場しています。そうしたなかで最近、注目されるようになったのが、「スペーステック」というキーワードです。
スペーステックとは、宇宙を意味する「Space(スペース)」と、技術を意味する「Technology(テクノロジー)」を組み合わせた造語で、宇宙に関連するハイテク全般を指します。
スペーステックの対象領域は幅広く、代表的なのは宇宙ロケットや人工衛星、宇宙ステーションといった、人類が宇宙に進出するための先端技術です。開発状況などについてしばしば報道されているため、知っている人も多いでしょう。
たとえば、米中の両大国は軍事目的による宇宙利用拡大のため、スペーステックの開発で火花を散らしています。そうした動きに呼応する形で、日本政府も2022年12月、航空自衛隊を2023~27年度にも「航空宇宙自衛隊」に改称する方針を打ち出しました。
スペーステックは、開発に天文学的な額のコストが必要だったため、これまでは国家単位のプロジェクトがメインでした。しかし、最近ではスペーステックの普及と低コスト化に伴って、民間による宇宙利用も活発化しています。
2021年12月にファッションEC大手、ZOZOの創業者である前澤友作氏が、2人分で約100億円とも言われる巨費を投じて、「民間日本人初の宇宙旅行者」として国際宇宙ステーションに滞在したことは話題になりました。
また、遺骨や遺灰をロケットで宇宙空間に届ける「宇宙葬」もあります。1997年に米国でスタートし、全世界で300人以上が利用したといわれ、宇宙ビジネスとしては歴史があります。遺灰を納めたカプセルを月まで送り、月を眺めながら故人を偲べるという「月面供養」の場合、費用は120万円以上とのこと。
そのほか、宇宙空間で太陽光発電を行い、電気をマイクロ波に変換して地球上に送るというスペーステックの開発も進められています。懐かしのSFアニメ『未来少年コナン』にもアイデアが登場した夢のエネルギー技術です。
一方で、壊れた人工衛星や宇宙ロケットの破片などが宇宙空間に増えてしまい、世界的な問題になっています。そうした「スペースデブリ(宇宙ゴミ)」を回収する日本のベンチャー企業「アストロスケール」も話題を集めました。スペーステックが発達するにつれて、今後も新しい宇宙ビジネスが続々と増えていきそうです。
SARを活用した情報サービスが新登場
これまで紹介した事例のほか、宇宙ビジネスのホープとして期待されているのが、進化形の人工衛星を活用した宇宙通信の領域です。
従来の人工衛星は、主に気象観測や「GPS」のような測位、衛星放送などに利用されてきましたが、人工衛星の小型・高性能化によって、物流・農業・金融といったさまざまな領域でも、人工衛星を使った新しい情報サービスが生まれているのです。
なかでも注目されているのが、「SAR(合成開口レーダー)」です。人工衛星から地球に向けてマイクロ波を発し、跳ね返ってきたマイクロ波を解析して、地表の広域情報を把握するのがSARの仕組み。可視光に頼る従来の気象衛星とは違い、悪天候でも夜間でも、地表の凹凸などの状況を詳しく検知でき、水や人工建造物などの識別もできるのが利点です。
その半面、SARは電波を発するため、電力消費量が大きく、大型人工衛星にしか搭載できず、得られる画像データも粗いといったネックがありました。ところが、技術革新で超小型人工衛星にも搭載できるようになり、AI(人工知能)による画像解析技術も向上。コストダウンも進んで、SARの応用範囲が広がっているのです。
日本では、政府や自治体が大規模災害の発生に備え、救助活動の初動の質を高めるためにSARを活用しています。地盤沈下や隆起をSARで発見して、トンネルや道路の優先補修箇所を特定する試みもはじまっているそうです。
また、商用では、新興国の都市開発状況や海上船舶の動きの把握、海底油田の発見などに役立てようとしています。SARによって水害の被害エリアと浸水状況を高精度で調査し、これまで2~3週間かかっていた保険金支払いまでの期間を大幅に短縮した日本の損害保険会社もあるとのことです。
人工衛星を利用したネットサービスも普及
スペーステックでは米国が世界をリードしていて、有力なスペーステック企業も成長しています。最も名高いのは、「スペースX(正式な社名はスペース・エクスプロレーション・テクノロジーズ)」でしょう。
米国の電気自動車メーカー大手、テスラの創業者であるイーロン・マスク氏が2002年に創設。民間企業として初めて、宇宙船による地球周回飛行と帰還、国際宇宙ステーションとのドッキングに成功しました。
スペースシャトルの後継機となる有人飛行用宇宙船の開発についてNASA(米国航空宇宙局)と契約し、2020年には民間初の有人宇宙飛行も実現させました。宇宙旅行ビジネスを初めて軌道に乗せたのも同社で、前澤友作氏もスペースXの利用客でした。
それだけではありません。スペースXは、スペーステックによってインターネットビジネスにも革新をもたらそうとしています。それが、新しい衛星通信サービスである「スターリンク」です。
スターリンクは、高度約3万6,000㎞という従来型の通信衛星と違って、高度約550㎞という低い軌道を通信衛星が回り、しかも現在、3,400基以上という膨大な数の通信衛星が打ち上げられているそうです。それらの通信衛星によって地球上の広域をカバーできるので、幅広いエリアで大容量高速通信を提供できるわけです。
日本でも、2022年10月にKDDIがスペースXと提携し、スターリンクのサービスが開始されました。
たとえば、光ファイバーの敷設が難しい離島や山間部でも、スターリンク対応のアンテナがあれば、インターネットが利用できるようになります。KDDIのスマートフォンのユーザーは、将来的に人工衛星を介してインターネットにアクセスできる可能性があるそうです。
他方、2020年には米国アマゾンも衛星インターネット接続サービスを行う事業計画「プロジェクト・カイパー」を始動させました。2029年までに約3,200基の通信衛星を打ち上げ、地球上のあらゆるエリアで、大容量高速通信を実現することを目標としています。
衛星通信ビジネスは、スターリンクのライバルの参入によって、今後もヒートアップしそうです。
日本でもスペーステック企業が台頭
世界的な金融グループである米国モルガン・スタンレーによれば、宇宙ビジネス全体の市場規模は2017年には37兆円でしたが、2040年までには約3倍の100兆円に拡大すると予想されています。スペーステックは、それだけのビジネスチャンスを秘めているのです。
米国などに比べて出遅れ気味の日本ですが、政府も「宇宙基本計画」を打ち出し、2017年時点で約1.2兆円だった宇宙産業全体の市場規模を、2030年代の早期に2.4兆円まで倍増させる目標を掲げています。
そうしたなか、日本でもスペーステックのベンチャー企業が育っています。前述したスペースデブリ回収事業を行う「アストロスケール」のほか、北海道を本拠とする「インターステラテクノロジズ」が注目されています。
「インターステラテクノロジズ」の事業構想が誕生したのは1997年。“ホリエモン”の愛称で知られる、起業家の堀江貴文氏が出資したことでも有名です。
超小型人工衛星の打ち上げに対応し、低コストの小型液体燃料宇宙ロケットの開発に力を入れてきました。最近では、宇宙大量輸送のニーズが高まっていることを受け、大型宇宙ロケットの開発にも乗り出しました。
日本のベンチャーが、宇宙ビジネスでも活躍するようになったのは頼もしい限りです。日本が「自立した宇宙利用大国」となれるように、期待したいところです。
[プロフィール]
野澤 正毅
1967年12月生まれ。東京都出身。専門紙記者、雑誌編集者を経て、現在、ビジネスや医療・健康分野を中心に執筆活動を行っている。