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漁業×農業のハイブリッド型農法「アクアポニックス」が築く、持続可能な農業スタイルとは?

2024.02.15(最終更新日:2024.02.15)

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農業従事者の高齢化と少子化による担い手不足や、人材不足、海外諸国との価格競争など、様々な課題を抱える農業。
そんな社会課題への糸口になるのが「アクアポニックス」といわれる農法だ。聞き馴染みがないかもしれないが、養殖している魚の排泄物を肥料にして植物を育てる、漁業と農業のハイブリットともいえる循環型の農法だ。
新潟県長岡市に拠点がある「株式会社プラントフォーム」は、アクアポニックスで国内最大規模の工場を持ち、効率的・生産的に農作物やチョウザメから採れるキャビアを商品化して出荷しているという。

今回は株式会社プラントフォーム代表の山本さんにお話を伺い、アクアポニックスという農法や、今までゆかりのなかった新潟県長岡市でこの事業をはじめたきっかけなどを語ってもらった。

チョウザメを養殖しながら、水耕栽培で野菜も育てる「アクアポニックス」

▲株式会社プラントフォーム・山本祐二代表取締役CEO

──はじめに、アクアポニックスについて教えていただけますでしょうか?

アクアポニックスは、水産養殖の「Aquaculture」と、水耕栽培の「Hydroponics」からなる造語です。その名の通り農業と漁業のハイブリッドの農法で、ハウス内でキャビアが採れるチョウザメを育て、バクテリアがその排泄物を分解した水を活用してレタス等を育てています。同じハウス内で魚と植物を同時に育てる日本にはまだあまり導入されていない農法で、1980年代頃のアメリカが発祥とされていますね。

──チョウザメの養殖で利用した水が植物のフィルターを通じて、またチョウザメに使われる。エコな農業とも言えますが、そのようなことがなぜ可能なのでしょうか?

2019年にこの施設をスタートさせましたが、始めたときから今日まで一度も水を変えずに、循環させています。通常、水槽の中でチョウザメの飼育をすると、排泄物の毒素が溜まるため定期的に水換えをしなければなりませんが、アクアポニックスでは、バクテリアを用いることでこれらの毒素を植物が吸える栄養素に変えるんです。さらに植物がこの栄養を吸い上げることで自然のフィルターとなり、毒素のない浄化された水として生まれ変わります。これをまた水槽に戻すという仕組みで、水も無駄にしませんし、何より排水がないため農業による環境を大幅に減らすことが可能です。

──水槽で育てる魚にチョウザメが選ばれたのには、どのような理由があるのでしょうか?

アクアポニックスを用いた魚の養殖では、ティラピアや鮭、エビなどを育てている方もいますが、チョウザメを選んだのにはいくつか理由があって、一つはすごく飼いやすい魚だということ。魚を育てるためには温度に敏感にならなければなりませんが、チョウザメは生存できる温度の幅がとても広いんです。チョウザメは0度から30度まで生存可能なため、水温調整に必要な電気代も節約できます。また、平均寿命50年以上と長生きする魚で、長期間に渡って繁殖できるんですよね。

もう一つは、チョウザメから採れるキャビアが高級食材ということもあり、ハウスのような限られた面積でも収益を上げられるという点です。プラントフォームでは現在「FISH VEGGIESキャビア」という名前を付け、通販やふるさと納税の返礼品として食べ比べセットなどを販売しています。

▲株式会社プラントフォームが販売するFISH VEGGIESキャビア 3種食べ比べセット

──野菜の栽培でいうと、現在レタス、クレソン、サンチュなどの葉物やエディブルフラワーなどを育てているとのことですが、この選定基準は?

収穫のスパンが早く、市場価値が高いものを栽培するようにしていますね。弊社の代表的な生産物のレタスだと、通常収穫までに2〜3ヶ月かかりますが、水耕栽培にすることで最短3〜4週間程度で収穫が可能です。
また、市場価値の面で、有機栽培で葉物野菜やエディブルフラワーを栽培するのはなかなか難しいため、希少なんですよね。というのも、屋外で野菜や花を化学農薬を使わずに育てると、虫や細菌が寄って来てしまうんです。更に気候にも左右されるため、なかなか安定的な生産が難しい。弊社ではハウスの中で育てていて、温度やLEDの光もすべてコントロールしており、害虫がいないため、1年を通じて安定的に栽培することが可能です。

▲植物工場で水耕栽培されるレタス

収穫の早さと、市場価値などをスタッフとディスカッションした上で、現在は様々な野菜やエディブルフラワーを育てています。長岡市内のスーパーや直売所などで出品しているほか、個別にご要望をいただいたレストランなどでも展開していますね。

▲「フィッシュベジ」 とブランド化されたレタスやハーブ、エディブルフラワー

──通常の農法で育てる野菜と、アクアポニックスでは味の違いはあるのでしょうか?

お客様からは「甘みも苦みもしっかりしていて美味しい」「えぐみが少ない」「食感が柔らかい」「香りが豊か」と言っていただけますね。通常の農法で使用する農薬や化学肥料を一切使用せず、水耕栽培で栄養価の高い野菜を育てられるため、苦味やえぐみが少ないのかもしれません。「野菜嫌いだった子供でも食べられる」といったお声もいただき、ありがたい限りですね。

東京の会社員が新潟県・長岡市で事業をはじめた理由

──エコで生産性の高い画期的な農法のアクアポニックスですが、そもそも山本さんは東京で会社員をされていたとお伺いしました。

そうですね。私はもともと農業や漁業には縁がなかったんですよね。それまでは東京の広告会社でメディア事業を担当し、その後はネットの広告代理店でデータ分析やマーケティングコンサルをしていました。業務の中で常にデータを扱っていて、今でこそバズワードになっている“ビッグデータ”の領域も担当していました。しかし、当時データをマーケティングで活用するとなると、インフラ自体が古く、アクセス制限というセキュリティの考えも強かったため、なかなかスムーズにいかないという課題がありました。ですので、セキュリティを担保した上で、データの利用ができるデータセンター事業を立ち上げようと、2016年に起業し、長岡市にデータセンターを作りました。それが長岡市との最初のつながりです。

──データセンターの設立に、なぜ長岡という土地が選ばれたのでしょうか?

データセンターは莫大な電気を必要とする施設で、データセンター事業の原価の約8割が電気代に費やされます。例を挙げると、東京都全体で使っている電力の10%はデータセンター事業者が使っていると言われるくらいです。その電力の半分は、IT機器を稼働させたことで発生する熱を冷却するための空調用です。つまり、それだけCO2を発生させている産業なんですよね。

さらに、これまでデータセンターは首都圏に集中していて、地方分散化が社会的な課題にもなっていました。データは活用したい、でもCO2の問題や首都圏に集中するといった社会課題も同時に解決したい。相反する二つの考えですが、「データセンターを地方の寒冷地に移すことでこの問題が解決できるのではないか」と考えたんです。降雪地の長岡なら雪を活用して機器を冷却できる点や、長岡は東京から新幹線で1時間半もかからずに行けるため、何かあったときでもエンジニアがすぐ駆けつけられる距離感が決め手になり、この土地にデータセンターを立ち上げました。

社会にとって持続可能な農業の仕組みを考えていくことが必要不可欠

──データセンターを立ち上げてから、どのようにしてアクアポニックス事業に繋がっていくのでしょうか?

データセンターを立ち上げる際に、IT機器から出る熱を再利用したいと考えていたんです。東京のデータセンターですと、ただ外に排出してしまうだけですが、長岡の広い土地ならその熱を何かに使えるのではないかと。そこで、その熱が食料生産につながったら面白いのではと考えて、リサーチをするようになったんです。皆さんが日常の中でスマートフォンでゲームしたり、YouTubeを見たりしているエネルギーが回りまわって、食料生産につながるのであれば、新しい価値を世の中に提供できるのではないかと思ったんですよね。

海外を含めてリサーチを続ける中で、アメリカで循環型農業の技術が話題になっているという情報を知り、辿り着いたのがアクアポニックスでした。しかも、埼玉県で既にアクアポニックスを実践している方がいらっしゃって、その方からどのようなノウハウで実現しているのか、2〜3年ほどその農場に通い勉強するようになりました。
2018年にその埼玉県でアクアポニックスを研究されていた方をCTO(最高技術責任者)に迎え、プラントフォームを立ち上げました。

──最後に農業界の課題や、プラントフォームの今後の展望などはありますか?

私が農業出身ではないことをポジティブに捉え、これまでの慣習や常識にとらわれることなく、大胆なチャレンジを行っていきたいと考えています。農業従事者は高齢化していますし、重労働で生産性もなかなか上がらないというのが農業全体の課題です。また、年々、気象も変わっているために生産量の安定性もなくなってきています。テクノロジーの活用としては、ドローンを使ったり自動運転のトラクターを使ったりと、農業でもITの技術を駆使して生産効率を上げる取り組みを目にしていますが、構造的な問題はなかなか変わりません。だからこそ、私の用な新参物やベンチャーが我が国の農業事業の再生へ向けて重要な役割を担っていくと考えています。

現在、弊社ではアクアポニックスへの参入を検討されている企業、自治体、農業・養殖事業者様へ向けて、導入支援事業も行っていて、岩手県や栃木県などでは長岡プラントの規模を超える大型プラントの導入をしていただいています。こうした各地での事業支援を行うのも、社会にとって持続可能な農業の仕組みを考えていくことが必要不可欠だと感じているからです。特に、今あるもの、自然を利用して循環させていくこの仕組みは、日本人の感覚に合っているし、今様々な課題に直面している日本の技術が世界の先頭を走るべきだと思っています。

アクアポニックスはこれまでとは全く違ったイノベーションだと感じていて、世界の農業のプラットフォームになれるのではないかと。そういう想いを込めてプラントフォームという社名を付けましたので、これからも持続可能なこの仕組みを各地へさらに展開していきたいですね。

[プロフィール]
株式会社プラントフォーム 代表取締役CEO 山本 祐二

2003年株式会社リクルートにて企画営業職。株式会社メディックスでBtoB、BtoCのマーケティング支援に従事。2012年に新規事業開発室を立ち上げ、ECコンサルティングサービスをリリース。2016年に世界で2例目となる雪冷熱を活用した世界最先端のデータセンターを建設し、インフラからデータマネージメントサービスを提供する株式会社データドックを創設(取締役CMO就任)。財務担当として総額63億円の資金調達を実施。18年にデータセンターから発生する廃熱と雪冷熱の余剰エネルギーを有効活用してアクアポニックス事業を行うアグリベンチャー、株式会社プラントフォームを創業。


(文・写真:高山諒、編集:金澤李花子)