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農業に「AI」「ブロックチェーン」を応用して生産性アップ…中国で進化する「新時代のアグリテック」とは

2023.12.11(最終更新日:2023.12.11)

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人口増加に伴い世界的な食糧危機が深刻化しつつあります。テクノロジーの力で農業の生産性を向上させる「アグリテック」に注目が集まっていますが、決して容易な課題ではありません。そんななか、中国では、様々な最先端技術を応用したアグリテックの模索が続いており、その成果が見えつつあります。ドローン、AI、ブロックチェーン、フィンテック等を応用した新しい時代のアグリテックについて、中国をはじめとする国際的なテック事情に詳しいジャーナリスト・高口康太氏が解説します。

中国の消費者物価指数が「マイナス」に…原因は「豚肉」

アグリテック(農業テクノロジー)は今、世界中で注目されています。なかでも、新興テクノロジーを強みに経済成長を続ける中国では、同国が得意とする「デジタル化」が農業を大きく変革しつつあります。

現在、「中国は日本化するのでは」「デフレに突入するのでは」との不安が広がっています。消費者物価指数(CPI)が2023年に入って低迷し、7月、10月に前年比マイナスを記録したことは大きな衝撃を与えました([図表]参照)。

[図表]中国消費者物価指数推移   中国国家統計局発表をもとに筆者作成

ただし、注意すべきは、中国のCPIは豚肉価格が占める比重が大きいということです。豚肉価格の上昇下降がCPIを大きく動かしてしまうのです。中国のCPIは「チャイナ・ピッ
グ・インデックス(China Pig Index)」の略称だというジョークもあるほどです。

2023年10月のCPIは前年同月マイナス0.2%でしたが、実は食品を除くとプラス0.7%でした。CPIが急落した要因の大部分は豚肉価格によるもので、マイナス0.55ポイントもの影響がありました。つまり、豚肉価格さえ下がっていなければ、物価はプラスだったわけです。

なぜ中国の豚肉価格がこれほど大きく変動するのでしょうか。その背景には中小零細の養豚業者が豚肉生産の大部分を担っていることがあります。

中国の養豚は、農民が庭先で豚を飼っている、といったきわめて牧歌的なスタイルの零細業者が生産量の60%ほどを占めています。こうした零細事業者は、足元の豚肉価格が上がればビジネスチャンスとみて飼育数を増やしますし、価格が下がれば減らします。みながみな同じような動きをするので、価格が周期的に上昇下降してしまうわけです。

もし、大規模事業者ならば、このように足元の価格に簡単に左右されることはありません。そこで、中国政府は養豚業の集約化と大規模化を推進しています。しかし、そこには壁があります。零細事業者のほうが安く豚を育てられるのです。

どういうことかというと、大規模事業者は設備投資が必要ですし、衛生安全への投資も必要です。これに対し、零細事業者は庭に小屋がおればOKであり、大半は衛生対策らしいことを何もしていません。

2013年に、上海市を流れる黄浦江に6,000頭を超える豚の死骸が漂流しているというニュースがありました。「なんでこんなことがあるのか?」と不思議に思いましたが、零細養豚業者が病死した豚を川に捨てていたからというのが真相でした。処理施設に頼むとお金がかかるのでこっそり不法投棄したのです。不法投棄はふだんから行っていたのですが、病気で大量死があったために、目立ったのだということです。

養豚業の集約化・大規模化をしないと、このような問題も解消しません。そこで、大規模業者であっても、低コストで生産できるようにするアグリテックが求められています。

養豚の「大規模化・集約化」による豚肉価格安定への取り組み

アグリテックによる養豚業の低コスト化に取り組んでいる企業の一つに、キングキー・スマート・アグリ(京基智農)があります。地価が高い広東省深圳市に本部を置いていることもあり、同社が運営する養豚場は一般的な平屋ではなく、最低でも4階建て以上になっています。工場やビルのような構造になっているため、疫病防止という面も期待されます。

養豚場内部にはびっしりとスマート監視カメラが設置されています。中国の大手通信機器・端末メーカーのファーウェイとの共同で開発されたシステムですが、なにか異常があればただちに管理室のアラートが鳴ります。そればかりか、養豚場内の温度等もリアルタイムでコントロールしているほか、豚の重量もカメラ映像からAIが推測します。一頭一頭の重さを量る必要がなくなる省人化の仕組みです。

同社は「6750モデル」を標榜しています。これは、子どもを産む「育成豚」について6,750頭、食用に育てる肥育豚について「7万2,000頭」を1ユニットとして管理するものです。この管理に必要な人員は105人です。1人で約700頭の豚を管理している計算になりますが、これは他の大手養豚場と比べて3割ほど多いとのことです。

アグリテックによる養豚は今、ちょっとしたブームの様相を呈しています。湖北中新開維現代牧業有限公司は2022年、総工費は40億元(約800億円)をかけ、26階建てという高層養豚ビル2棟を建設しました。年120万頭もの豚が出荷されるという巨大プロジェクトです。養豚場を高層化しただけではなく、中には監視カメラやセンサーを駆使した管理ソリューションが詰まっています。

こうしたソリューションを提供する企業は多く、専門ベンダーのほかに、ファーウェイ、電子商取引大手のアリババグループやJDドットコム、検索大手バイドゥなど中国を代表する大手IT企業も参入しています。アグリテックによる養豚革命がどれほどブームになっているかを感じさせます。

養豚業に「付加価値」を与える「ブロックチェーン技術」

大手でも中小零細事業者にコスト面で太刀打ちできる養豚ができる。これが一番重要なポイントではありますが、デジタル・ソリューションでさらなる付加価値を目指す動きもあります。

アリババグループは2018年に「スマート養豚ビジネス」を発表しましたが、その際に強調されたのは、生産現場の技術革新に加え「食品トレーサビリティ」の推進です。アリババグループはEC(電子商取引)に加え、リアルのスーパーなど小売店も経営していますが、生鮮食品に貼り付けられたQRコードから生産地や流通経路を表示できるトレーサビリティを推進しています。

デジタル化が進めば、スーパーに並んでいる豚肉に関して、より多くのデータを表示できるようになります。「生まれてからずっと檻に閉じ込められていたのか、外で放し飼いにされていたのか」「生まれてから出荷されるまでに何キロ走り回ったのか」「病気をして薬を与えられた履歴はないか」といったデータをすべて記録し、消費者に提供できるようになるのです。そこから、「元気に運動していた豚の肉を食べたい」という新たなニーズの掘り起こしにつながるかもしれないと、アリババグループは未来を語っています。

こうしたデータを消費者に提供するためには、豚の健康状態や走行距離といったデータを取得していることに加え、そのデータが改ざんされていないことが前提となります。データがいくらでもごまかせるのであれば、そこに付加価値は生まれません。そこで期待されているのが「ブロックチェーン技術」です。

暗号通貨の基盤技術として知られるブロックチェーンですが、中国では暗号通貨は全面的に禁止されています。しかし、ブロックチェーンは、改ざんができないデータ記録技術として期待され、政府も推進しています。食品トレーサビリティは主要な応用シーンの一つですが、農業分野への活用はほかにもあります。

たとえば、農業に「金融」「保険」のサービスを適切に提供するための活用です。

どんな業種であっても、融資や保険といった金融サービスを供給するには、その業種のリスクに関する正確な情報が必要です。ところが、従来、農業ではその正確なデータを集めることが難しかったのです。

もし、ブロックチェーン技術を活用して、どの場所で生産された農作物がどのように流通し、いくらで売れたのかというデータが得られれば、金融や保険を提供する判断材料となります。ほかにも水道や電気の使用量データや、人工衛星から農作物の種類や生育状況を観測したデータを活用することも進められています。農業+金融の「アグリフィンテック」と呼ばれる領域です。

ブロックチェーンが「ドローン導入」による農業の効率化を後押し

アグリテックにおけるブロックチェーンの活用でユニークなのは、ドローンドライバーの信用力を数値化するサービスです。

今、中国では農業用ドローンが急激に成長しています。農薬散布や種まきなどに活用されていますし、大規模な農業企業では農地の巡回にも使われています。将来的には5G通信を使って遠隔地から操作可能な農業ドローンの運用が有望視されています。辺境の農地で農薬を散布しているドローン、その操縦士は数百キロ離れた都市のコントロールルームにいる……といった場景が現実のものとなりそうです。

現在の話に戻りましょう。中国調査企業・前瞻産業研究院は、2022年時点で13万台のドローンが活用されていると推定しています。市場規模は100億元(約2,000億円)を突破したとみられます。ラジコンヘリコプターと比べると、ドローンは操縦が簡単なことがメリットだといいます。農民に依頼を受けて農薬散布を請け負う、フリーのドローンドライバーが新たな職業となりました。

こうしたフリーのドローンドライバーは農民との個人契約で仕事を請け負います。ある人物がどれだけ稼いでいるのか、クライアントである農民から評価されているのかといったデータを金融機関が評価することは難しいのです。ドローンの購入やリース、あるいは修理代や保険加入など、金融サービスを必要なシーンは多いのに、データ不足でそれが得られないのが課題です。

そこで、アリババグループの金融関連企業アントグループと、ドローン大手DJI傘下の大疆農業が共同でドローンドライバーに対する融資・リースサービスを展開しました。ドローンドライバーは日々の仕事をこのサービスに記録することによって信用を蓄積し、金融サービスにアクセスできるようになります。

私たちの食を支える農業。これまでもテクノロジーがその進歩を支えてきました。古くは灌漑技術や新たな農地の開拓から始まり、品種改良や新たな肥料の開発、機械化などなど、枚挙に暇がありませんが、デジタル化という新しいアプローチでのアグリテックが今、大きく羽ばたこうとしています。



[プロフィール]
高口 康太
ジャーナリスト、千葉大学客員准教授。2008年北京五輪直前の「沸騰中国経済」にあてられ、中国経済にのめりこみ、企業、社会、在日中国人社会を中心に取材、執筆を仕事に。クローズアップ現代」「日曜討論」などテレビ出演多数。主な著書に『幸福な監視国家・中国』(NHK出版、梶谷懐氏との共著)、『プロトタイプシティ 深圳と世界的イノベーション』(KADOKAWA、高須正和氏との共編)で大平正芳記念賞特別賞を受賞。