見た目はクルマと違うのに「空飛ぶクルマ」といわれるワケ
1980年代からこれまで自動車産業界に深く係わってきた筆者ですが、1987年に米カリフォルニア州内でFAA(米連邦航空局)の自家用双発飛行機操縦免許も取得しています。飛行機の免許取得のきっかけは、「空を飛ぶこととクルマで走ることは、操縦者(運転者)にとって、どんな違いがあるのだろう」という素朴な疑問でした。
さらには、80年代からこれまで、世界各地で様々な「風変りな空飛ぶ乗り物」について取材し、それらの発明者や技術者などと定期的に意見交換もしてきました。
こうした実体験を基に、これから先の「空飛ぶクルマ」の可能性について、皆さんとご一緒に考えてみたいと思います。
なぜ「空飛ぶクルマ」というように、“クルマ”という表現を使うのでしょうか?
「空飛ぶクルマ」と称される乗り物は、複数のローター(プロペラ)を持つヘリコプター型、小型飛行機の変形バージョン、またはいわゆる「空飛ぶ円盤」のような外観をしているものなど数多くあります。飛ぶことが優先され、見た目はあまり「クルマっぽくない」印象です。
ですが、報道では英語でも「flying car」(フライングカー)と称されることが多いのが実状です。これは筆者の私見ですが、多くの人が「乗用車のように、気軽に空を飛んでみたい」という夢があるからではないでしょうか。また、技術進化によって「高級車並みのコストで、空を飛べる日が遠くないのではないか?」という、人々の願望も関係しているように思えます。
「コスト」という面では、小型の自家用飛行機の場合、程度のいい中古機なら乗用高級車並みの価格で購入することは可能ですが、保管やメンテナンスなどでコストがかさみます。そのため、「気軽」という点では、所有するのではなく、「共有する(シェアリング)」という発想も出てきます。
また、例えばスマートフォンで予約すると、搭乗ポイントまで自動飛行で「空飛ぶクルマが迎えにきてくれる」といった発想にもなります。
このように、技術面の可能性を並べてみると、最近話題になっている「次世代のクルマ」の話みたいだと思う人もいるかもしれません。
次世代のクルマの技術は、「CASE」(ケース)という用語が使われます。C(通信によるコネクテッド)、A(自動運転)、S(シェアリングなどの新サービス)、そしてE(電動化)です。
そうしたCASEの技術を数多く取り込んだ、小型で手軽な「空飛ぶ移動体」であることから、「空飛ぶクルマ」という名称が一般的に馴染みやすいのかもしれません。
アメリカ、ドイツそれぞれが開発中の「空飛ぶクルマ」
次に、最新の「空飛ぶクルマ」をご紹介しましょう。
1つ目は、アメリカの「Joby Aviation」(ジョビー・エビエーション)です。
見た目は、どちらかといえば飛行機っぽい感じで、複数のローター(プロペラ)が機体上部の羽根についています。
ローターは、離着陸の際には水平状態で真上を向いていますが、水平飛行に入ると徐々に前方へ倒れて垂直方向になり、推進力を得る仕組みです。これを、ティルトローターと呼びます。
こうした飛行方法は、「VTOL」(ブイトール:垂直離着機)と呼ばれ、軍用の「V22オスプレイ」ですでに実用化されていますので、ご存じの方もいるかもしれません。
また、ローターの駆動にはモーターを使うため、電動という意味で「e-VTOL」(イーブイトール)と呼ばれます。
2つ目は、ドイツの「Volocopter」(ボロコプター)です。
「コプター」という名前からも想像できると思いますが、「ヘリコプター」のイメージが強いe-VTOLになります。テスト機を見る限り、ローターは小型かつかなり多めの数で対応しているのが特長です。モーターのコストと消費電力を考慮した設計なのではないでしょうか。
日本はSkyDriveとホンダが開発に奮闘!
3つ目は、日本の「SkyDrive」(スカイドライブ)です。
元々、トヨタ自動車やトヨタ関連部品メーカーなどに勤務する人たちが有志として集まった製作集団でしたが、その後、トヨタグループ企業各社などからの出資を受けて企業となり、量産化を目指して研究開発を進めているところです。
大阪・関西万博での実用化を目指している商用第一号「SD-05」は、乗員1名とパイロットの2人乗りで、どちらかというとヘリコプターに近いイメージのe-VTOLです。
2023年1月には、先に紹介した「ボロコプター」のCTO(最高技術責任者)がスカイドライブに移籍しており、今後「SD-05」の開発が一気にスピードアップしそうです。
そして4つ目は、ホンダです。
筆者は、埼玉県和光市の本田技術研究所で、e-VTOLの開発メンバーから直接説明を受けています。こちらも、e-VTOLなのですが、他のベンチャーとはいろいろな面で違いがあります。
まず、乗員数が10人弱程度で、飛行距離は400km程度を想定。他のベンチャーでは、飛行距離は100km程度の都市内や地域内の飛行を主体としているのに対し、ホンダは都市間飛行を考えた設計になっています。
また、垂直離陸用に8つのローター、また推進用に機体後部に2つのローターというレイアウトとしています。
その上で、ホンダ「e-VTOL」の特長は電力の作り方です。
他のベンチャーは、大型電池を搭載した「空飛ぶEV(電気自動車)」であるのに対して、ジェット機などで用いるガスタービンエンジンを発電機としてローター駆動の電力を作り出す、「空飛ぶハイブリッド車」というシステム構成です。
ホンダはアメリカを拠点に商用小型旅客機「ホンダ・ジェット」を量産していますので、まさに「クルマ」と「飛ぶこと」を自社の技術で融合した形といえるでしょう。
早く乗りたい「空飛ぶクルマ」…実用化はいつごろ?
こうして各地で着々と進む「空飛ぶクルマ」の研究開発ですが、具体的にいつ、どのような形で、人々は「空飛ぶクルマ」に乗ることができるようになるのでしょうか?
この点について、日本では経済産業省が「空の移動革命に向けたロードマップ」を公開しています。
それによりますと、2024年度までは「試験飛行や実証実験」。続く2025年の大阪・関西万博を機に、2025年度から2030年にかけて「商用運航の拡大」をして、2030年代以降に「サービスエリア、路線・便数の拡大」という流れです。
運航するのは、都市内や都市と周辺都市との間、地方では観光や離島との交通。また、離島や山岳では荷物の輸送。そして、救急対応として、医師の派遣や患者の搬送も含まれます。
大阪・開催万博では、ANAやJALも商用運航を予定していますし、また商用だけではなく、自家用「空飛ぶクルマ」についても、2020年代後半から市場導入が検討されています。
まだまだ技術的な課題も残っている「空飛ぶクルマ」ですが、実用化に向けた道筋は徐々に見えてきているようです。
はたして、サービス料金や、新車(新機?)の価格はいくらになるのか?
今後の動向がとても気になります。
[プロフィール]
桃田 健史
自動車ジャーナリスト、元レーシングドライバー。専門は世界自動車産業。エネルギー、IT、高齢化問題等もカバー。日米を拠点に各国で取材活動を続ける。日本自動車ジャーナリスト協会会員。