自動車の歴史と、カスタマイズの歴史
自動車の起源は、蒸気の力を利用した『蒸気自動車』と言われ、誕生したのは1769年頃になります。その後、1886年に現在のクルマの原型になる『ガソリン自動車』の第1号が誕生。1903年にアメリカ人のヘンリー・フォードが『フォード・モーター』を設立し、1908年にT型フォードを発売したことで自動車の大衆化が進みました。
また同時に、スピードを追求するレース、いわゆるモータースポーツが生まれます。例えば、アメリカでは1911年にインディ500、フランスでは1923年にル・マン24時間レースなど、現在でも開催されている歴史あるレースがはじまりました。
そしてカスタマイズの文化もスピードやレースへの憧れからはじまっています。例えば、アメリカでは、1930年代に『ホットロッド』と呼ばれる、主に加速力を競い合うカスタマイズカルチャーが生まれました。当初、この車を用いてストリートでの非合法なレースが行われ、のちにサーキットを主体とした合法的なモータースポーツへと昇華。ただ、中にはモータースポーツを拒み、ストリートカルチャーにこだわった自動車愛好家もいました。さらに速さより、スタイル美に価値を見出し、ドレスアップとしてホットロッドカスタマイズを楽しむユーザーも現れます。こういったアメリカからはじまったホットロッドカルチャーがカスタマイズの原点とも言えるでしょう。
日本における自動車のカスタマイズは?
日本では、1950年頃から暴走族的なカスタムがスタートしますが、爆発的なブームは1970年代以降になります。スーパーカーブームや富士グランドチャンピオンレースなどが人気を博し、まだ改造行為が非合法な時代ではありましたが、若者の間でクルマをカスタムするという文化が広がっていきます。
その後、東京オートサロンというカスタマイズカーの祭典が開催されるようになり、少しずつチューニングやドレスアップと呼ばれる改造が一般の人の目に触れるようになります。ちなみに近いものとして『東京モーターショー(2023年からはジャパンモビリティショーという名称に変更)』がありますが、こちらは自動車メーカーや部品メーカーを主体にしていることに対して、東京オートサロンは自動車系アフターパーツメーカーやカスタムショップが主体になっています。とはいえ、近年では注目度の高さもあり、東京オートサロンにも多くの自動車メーカーが参加しています。
また、日本のカスタマイズ文化は、海外でも人気になり、東京オートサロンはタイやシンガポール、さらに今年はマレーシアで初開催されるなど、広がりを見せています。

メーカー純正カスタマイズとは?
海外や日本のクルマのカスタマイズ文化と歴史について簡単に紹介しましたが、自動車が大衆化するなかで「大量生産されたクルマを自分色にカスタムしたい」という欲求が次第に大きくなっていきます。しかし、クルマのカスタマイズはごく一部のマニアの趣味であり、アンダーグラウンドな世界でした。
そんな「カスタムしたい」という欲求に合法的に叶えるため、メーカー純正カスタマイズというものが存在します。メーカー純正カスタマイズとは、自動車メーカーが純正同等と認めるメーカー/ブランドによるカスタマイズであり、高い性能と品質を持ち合わせ、安全に装着できる、いわば自動車メーカー公認のカスタマイズです。
例えば、トヨタであればトムスやTRD、最近ではGAZOO Racingなどです。これらのメーカー直系カスタマイズブランドは、純正部品同様のアフターサポートと安全性を確保しながら、トヨタの各車種向けに合法的に自動車のカスタマイズを提案。各種パーツの購入や取り付け作業などもディーラーで行うことができ、合法的かつ安全に乗れるカスタマイズが可能です。そのほか、日産であればニスモ、ホンダなら無限やモデューロ、スバルならSITIなどの代表的なブランドがあります。また、輸入車であれば、メルセデス・ベンツのAMG、BMWのM GmbHなどが有名です。これらのメーカー純正カスタマイズは、ディーラーでも作業や購入ができ、合法的かつ安全に乗れることが特徴です。
また、その多くがモータースポーツ発祥のブランドで、走りのパフォーマンスを追求しています。そのため、ほかのプロダクトに見られるような『デザインで自分らしさを表現する』とは少し異なり、敷居も高く、マニアックな世界観を持っています。
クルマで自分らしさを表現する手法について
では、具体的にクルマで自分らしさを表現する手法とはなんでしょうか? クルマのカスタマイズ手法としては、見た目を変えるためにエアロパーツと呼ばれる外装部品の装着、タイヤ&ホイールの交換、ボディ外板色の塗り替え、ラッピングバスのようにフィルムを貼る、さらに排気音を変えるためにマフラーの交換、内装のイメージを変えるためにステアリングやシートの交換と、例を挙げればきりがありませんが、何かしら部品を交換したり、加工を加えたりすることが一般的です。
クルマに興味がない人にはイメージが難しいかもしれませんが、簡単に言えばスマートフォンにカバーを付けて見た目を変えるといったものです。ただ、スマートフォンに比べて大きく、高価なクルマなので、カバーのように簡単に着せ替えができないという側面もあり、マニアックな世界というのは自動車が誕生してから今まで変わっていません。
革新的なカスタマイズ手法を提案したBMW

冒頭のBMW『i-Vision Dee』に話を戻します。『i-Vision Dee』は、CES2022で発表した“iX Flow”という技術を進化させ、ボディ表面に240枚の電子ペーパーフィルムを貼り付け、最大32色まで瞬時に色を変化させられるという最先端の技術を盛り込んでいます。それもボディ全体を1色に変化させることはもちろん、パネルごとに色を変えることもできるので、さまざまなデザインを表現することができます。

さらにフロントガラス全体に情報を投影する斬新なヘッドアップディスプレイも採用。タッチ操作に対応した『BMW Mixed Reality Slider』により、ガラスに情報を表示できるという画期的なものです。表示するコンテンツは、ARコンテンツ、拡張現実投影、仮想世界仮想世界の情報まで5段階の切り替えが可能となっています。そのためインテリアは、メーターなどもなく、非常にすっきりとしたものになっています。

そのほかにもキーを持った状態でクルマに近づくと、サイドウインドウに自身で設定したアバターが表示され、ドアが自動で開くシステムも搭載されているそうです。
この『i-Vision Dee』が搭載しているさまざまな機能は、まさにクルマを自分色に染めるというカスタマイズの提案でもあります。従来であれば、クルマのボディカラーを変えるには、塗装をするなり、フィルムを貼り込むなり、大がかりな作業が必要でした。また、一度施工すれば簡単に元に戻せませんでした。
しかし、『i-Vision Dee』なら、スマートフォンの待ち受け画面を変えるようにデジタルの力で、気分に合わせてクルマの色を変えられます。また、メーターの表示方式などもフロントガラス全体をヘッドアップディスプレイにすることで自由自在です。
徹底的にシンプル化されたエクステリア&インテリアは、逆に無限のカスタマイズが可能という、今までとはまったく異なった発想のうえで成り立っています。エンジンから電気自動車へ、100年に1度の大変革期と言われている自動車業界ですが、それはデザインやカスタマイズの領域でも同様です。今までならパーツを変えたり、加工を施したりしないと実現不可能だったカスタマイズが、デジタル技術によって身近になる可能性を秘めています。
BMWの『i-Vision Dee』は、ただのコンセプトカーではなく、そう遠くない2025年頃に市場に投入される可能性があります。もし、市販されれば、クルマのカスタマイズというニッチなジャンルが身近になり、テックによって簡単にクルマで“自分らしさ”を表現できる時代になるかもしれませんね!
[プロフィール]
三木 宏章
モータージャーナリスト、合同会社コンテンツライト代表
学生時代からモノづくりが好きで、自動車部品製造の会社に入社。もっとクルマに近い現場で働きたいと思い立ち、自動車雑誌編集者に転身。チューニングカー専門誌『オプション』『オプション2』などの編集部に在籍し、その後、出版社やIT企業などを渡り歩き、フリーランスの編集者/ライターとして独立。現在は、合同会社コンテンツライトを設立し、チューニング&カスタマイズ系の自動車雑誌を中心に、自動車メーカー/販売店などのコンテンツ制作を担当。