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クレカで鉄道改札を通過する、「オープンループ」の最新事情

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2023.05.19(最終更新日:2023.05.19)

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急速に盛り上がる「オープンループ」乗車とは何か

鉄道やバスなど、公共交通機関の世界で近年注目を集めているキーワードがあります。それが「オープンループ(Open Loop)」と呼ばれる乗車システムです。クレジットカードやデビットカードで券面に「リップルマーク」と呼ばれる「タッチ決済」に対応したカードがあります。駅の改札やバスの運賃支払い箱の読み取り機に“かざす”と、乗車した区間の運賃が後ほどカードに請求される仕組みで、公共交通機関が利用可能となります。

「オープンループ」乗車に対応した福岡市地下鉄の改札とタッチ決済対応のVisaクレジットカード

従来であれば、「Suica」などの交通系ICカードを使って利用していた公共交通機関。今後は、われわれが普段買い物に利用しているJCBやVisaといったクレジットカードを使ってそのまま利用可能となるわけですが、これにはどのようなメリットがあるのでしょうか。

「タッチ」で乗車できる交通系ICカードは、2000年以降、交通各社が発行を開始しましたが、2013年以降はSuicaやPASMO、ICOCAなど主要都市で発行されるカードを中心に相互利用が開始されました。例えばSuicaであっても、関西や九州で問題なく利用できるようになりました。この相互利用可能なカード群は、その数から「10カード」と呼ばれています。

一方で、10カードではない交通系ICカードを発行する事業者の中には、こうした外部のカードが利用できず、あくまで自社ないしは地域で発行するカードしか受け付けていない場合も多いです。

例えば、鹿児島市内で路面電車やバスに乗るには「RapiCa」という地域の交通系ICカードを利用することになり、SuicaやJR九州が発行するICカード、SUGOCAといったカードは利用できません。

ですが、鹿児島市電では昨年2022年11月より、「オープンループ」の対応を開始し、一部車両でのクレジットカード払いが可能となりました。実験的な試みでしたが、筆者の執筆時点で、鹿児島市交通局は全車両への「オープンループ」拡大を表明しています。域外からの旅行者であっても、手持ちのクレジットカードでその場での支払いが可能となり、多くの人にとって利便性が高くなっています。

Suicaなどの主要交通系ICカードには対応しないが、「オープンループ」の全車両展開を決めた鹿児島市電

次に挙げられるメリットは、インバウンド対応です。コロナ禍で行われていた入国制限が緩和され、最近は街中でも外国人と思しき旅行者の姿を頻繁に見かけるようになりました。外国人旅行者にとって、交通系ICカードの取り扱いは長年、悩みの種でした。

普段、われわれが利用している交通系ICカードの入手やチャージには“日本円”の現金が必要です。つまり、海外から来た旅行者は、旅行中に必要となる分をあらかじめ現金として用意しておき、帰国時には余った分を再び現金化して自国の通貨に再両替する必要があります。しかも、交通系ICカードは帰国直前の空港移動まで必要になるため、返金窓口は空港となるわけですが、出発間際に窓口の行列に並ぶのは時間がかかるため、諦めてしまう人も少なくありません。チャージ式のプリペイド型カードならではの難点ですが、頻繁に日本を訪れるわけではない外国人にとっては面倒な作業です。

「オープンループ」であれば事前に交通系ICカードを用意する必要もなく、必要な分を“後払い”するだけなので無駄がありません。また、“後払い”であることは旅行者にとって複数のメリットがあります。この点に関しては、後ほど後述します。

こうした「オープンループ」ですが、いま世界中で利用が広がっています。当初は五輪開催に沸く英国ロンドンで全面採用されたことで注目を集めましたが、それから10年の時を経て、世界の主要都市の多くで採用が進みつつあります。Visaによれば、昨年2022年11月時点で世界で615以上の公共交通機関での導入があり、現在800以上のプロジェクトが進行中といいます。

また、日本でも、2021年4月に都市部での鉄道事業者では初となる大阪の南海電鉄での大規模実証実験が始まったことを皮切りに、日本各地の交通事業者が導入意向を示しつつあり、急速に盛り上がっています。特に大阪を中心とした関西地区では、2025年の大阪・関西万博開催を控えており、インバウンド対応を睨んだ施策が急ピッチで進んでいるなか、「オープンループ」対応は目玉の1つとなり得るでしょう。

2022年11月時点で世界の「オープンループ」導入交通事業者は615以上となり、800以上のプロジェクトが進行中という

日本で「オープンループ」が拡大する事情

もう少し、日本国内で「オープンループ」導入が進む背景を深掘りしてみます。「導入」と書きましたが、実際にはすでに“導入”している各社ともに「実証実験」をうたっており、あくまで効果測定を目的としたもので本導入ではないことを明記しています。ただ、現状で“導入”した事業者はほぼ例外なくその対象を段階的に拡大しており、その効果を認めつつ、本格導入に向けたステップを歩んでいる段階だといえます。

現在「オープンループ」導入を進めている事業者は、何かしらの課題や問題意識を抱えており、その打開策として「オープンループ」の採用を決めました。先ほど紹介した南海電鉄の場合、「インバウンド対応」と「旅客需要の拡大」がそれに該当します。

南海電鉄は関西国際空港から大阪市中心部へのアクセス路線を抱えており、大阪・関西万博でもすべての入り口となり得るインバウンドの要といえます。このような利用者を素早くスムーズに移動させるのに「オープンループ」という選択肢は非常に有力です。また、南海電鉄は霊峰である高野山方面へのアクセス路線も持っており、シーズン中は多くの行楽客の利用も見込めるわけです。

南海高野線の橋本駅に停車する南海電鉄の急行車両

南海電鉄に先立つかたちで2021年10月に「オープンループ」を導入した京都丹後鉄道は、天橋立で知られる観光地を抱えた京都府北部をカバーする鉄道路線ですが、旅客需要、特に観光地を訪れる利用者を拡大する一助としての役割を期待していました。沿線人口も少なく、もともと交通系ICカードが利用できないエリアであり、旅行者は現金で切符を購入するか、JRが直通運転で乗り入れている特急電車の乗車券を所持しているかのいずれかでしか利用できません。そのため、交通系ICカードを導入するにはコスト負担が大きく、利用者拡大と利便性向上のために選ばれたのがより低コストな「オープンループ」でした。このあたりの懐事情は鹿児島市電と似ているといえるでしょう。

宮津駅に停車する京都丹後鉄道の車両

さらに、空港バスでの「オープンループ」採用も増えており、現在、地方空港の多くが採用に向けて舵を切っています。現状は現金のみ、あるいはそれに加えて交通系ICカードに対応している事業者といった具合に分かれていますが、さらに「オープンループ」に対応するのはインバウンド需要を見込んでのものです。

空港バスは行き先にもよりますが、運賃が片道だけで1000円を超えることも珍しくなく、団体や家族など複数での移動も少なくありません。単価が高いこともありチャージ式の交通系ICカードとの相性が悪く、クレジットカード払いが有効になるというわけです。

また、空港バスや長距離バスで「オープンループ」を採用する事業者の要望として、中国で利用されている「銀聯カード」対応が多いことも特徴です。海外からの団体客により大量の1万円札が持ち込まれることで、運転手が釣り銭対応に困る事例が報告されており、「オープンループ」対応によるキャッシュレス化で回避する狙いがあります。

このように、インバウンドや旅行需要が主な導入のトリガーとなっている日本での「オープンループ」事情ですが、JR九州と東急電鉄の事例は少々毛色が異なります。東急電鉄はまだ計画の発表しか行っておらず、東京西南部をカバーする田園都市線を中心とした路線から順次導入としかコメントしていません。ただ、JR九州の鹿児島本線での「オープンループ」対応区間(博多から香椎)と田園都市線での共通点として「通勤・通学路線」ということが挙げられ、都市部の輸送需要に「オープンループ」を導入したらどうなるのかという実験であることが分かります。

コロナ禍以降、テレワークが増えて人の流れも大きく変わったといわれますが、最大の変化は定期券利用の減少です。中心部とベッドタウンを往復することを前提に都市交通は設計されており、この流れが断ち切られると沿線の商業施設が大きな影響を受けます。「オープンループ」では普段使いのクレジットカードをそのまま公共交通にも利用できるため、交通系ICカードに比べてより広い範囲の商圏分析ができます。つまり、変化した利用者の特性を見極めつつ、より効果的なマーケティングを展開するための手段の1つとして「オープンループ」を活用していこうというわけです。

JR博多駅の博多シティの夜景

技術的視点でみる「オープンループ」とその将来

「オープンループ」を技術的視点から見たとき、テクノロジーの進化でようやく実用化できた仕組みであることが分かります。クレジットカードの“タッチ”で鉄道の改札を抜ける手順を考えてみます。

まず、出発駅の改札機にクレジットカードを“タッチ”すると「ネガチェック」が行われ、問題なければ中央のセンターにカード情報を送信して利用者に改札を通過させます。「ネガチェック」とは当該のカードがブラックリストに入っていないかの確認で、無効なカードかどうかの判定を行っています。そして利用者に改札を通過させた後、当人が駅間を列車で移動中の間にカード自体の有効性をチェックし、問題があれば出場時の改札で止める処理を行います。

日本国内で利用されている三井住友カードの「stera transit」とQUADRACの「Q-move」という仕組みの組み合わせの場合、都度での運賃請求は行われず、1日単位でまとめて集計しての請求が行われます。クレジットカードで決済をするとき、短いときは数秒ですが、長いときは何十秒も応答を待つことがあります。「オープンループ」の改札機でこのような待ち時間は発生せず、比較的素早く通過できるのは、「有効性のチェックは移動中に行う」「請求の集計は後で一括して行う」というかたちで時間のかかる処理を後回しにしているからで、クレジットカードの「与信がある」という信頼性を利用した仕組みとなっているのです。

よく「Suicaの改札処理速度は世界でも最速。『オープンループ』の処理速度では日本のラッシュを捌けない」という声を聞きます。確かにSuicaは高速ですが、処理時間だけをみればSuicaが最大200ミリ秒なのに対し、日本での「オープンループ」の処理時間は最大300ミリ秒となっています。

実際には複数の要因によりSuicaの方がさらに処理が早い秘密があるのですが、「オープンループ」はそれに引けを取らないほどのレベルにあることが分かります。Suicaは高速化のためにICカード内に残高を記録する仕組みとなっており、処理も各駅ごとで行うために、高価な設備が必要という難点を抱えていました。近年では、ネットワーク技術の発達により高速な通信回線網が整備され、コンピュータの処理能力が向上したことで、「stera transit」と「Q-move」のような仕組みが実現できるようになりました。いわゆる「クラウド方式」と呼ばれるもので、すべて中央のサーバで情報が管理されます。

2023年3月18日に開業したばかりのJR東日本の幕張豊砂駅の改札。クラウド処理を可能とするQRコード読み取り機が据え付けの新型改札機を採用している

さまざまな運賃需要への対応も、オープンループであれば可能です。鉄道での区間運賃のみならず、定期券のような指定区間を一定期間定額で利用できる乗車券のほか、1日周遊券などの企画券などがあり、こうした割引運賃が鉄道利用を促すきっかけになります。交通系ICカードのようなプリペイド方式のカードの場合は事前購入が必須になりますが、オープンループであれば後から一括して請求が行われるため、より便利なかたちでの提供が可能となります。

例えば、ロンドン地下鉄を運営するロンドン交通局(TfL)の場合、「Fare Capping(フェアキャッピング)」という制度があり、1ゾーンの移動であれば1日何回移動しても8.10ポンド以上の請求は行われません。1ゾーン移動の1回券が「オープンループ」利用時で2.70ポンドですから、3回乗れば上限に達し、4回目以降は3回乗ったのと同じ料金になります。

これは「オープンループ」を利用する限りは自動で処理されるので、実質1日券を購入したのと同じ効果があります。このほか月曜日から日曜日まで1週間の「Fare Capping」設定もあり、この場合の上限は40.70ポンドです。約15回分ということで少々中途半端ですが、設定しだいでは例えば10回分の片道運賃と同等にすることで、通勤定期的な使い方も可能になります。

英ロンドンのウェストミンスター地区からロンドンアイ方面を望む

このように、クレジットカードの後払いの仕組みは割引運賃との相性がよく、運賃の設定や企画券の内容しだいでは旅行者にとって魅力的な商品になります。「オープンループ」はまだまだ発展途上であり、解決すべき課題もさまざま残っていますが、潜在的な交通需要を喚起する仕組みとして非常に魅力的です。われわれが国内のみならず、海外旅行に行ったとき、スムーズに現地の交通機関を利用できたら非常に便利だと感じるでしょう。そのような気持ちで自分たちの国の公共交通機関がどうあるべきかを考えてみると面白いかもしれません。




[プロフィール]

鈴木 淳也/Junya Suzuki

モバイル決済ジャーナリスト/ITジャーナリスト。国内SIer、アスキー(現KADOKAWA)、@IT(現アイティメディア)を経て2002年の渡米を機に独立。以後フリーランスとしてシリコンバレーのIT情報発信を行う。現在は「NFCとモバイル決済」を中心に世界中の事例やトレンド取材を続けている。近著に「決済の黒船 Apple Pay(日経BP刊/16年)」がある。