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いちごの栽培を通じて、人と人をつなぐ「City Farming」とは

2024.12.03(最終更新日:2024.12.20)

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コロナ禍を経て、リアルでの体験やコミュニケーションの価値が再認識された一方で、そうした場をどこで、どのように作るか悩んでいる人も少なくないのではないだろうか。特に、職場となれば意図的に機会を作らなければ、気軽なコミュニケーションが生まれにくいこともあるだろう。

今回紹介する「City Farming(シティファーミング)」は、日本出版株式会社(以下、日販)と日清紡ホールディングス株式会社(以下、日清紡)が提案する、新たなコミュニケーションのきっかけだ。
日常になじみやすいコンパクトな植物工場でのいちごの栽培を通じて、人と人がつながる場を生み出している。そんなCity Farmingが生まれた経緯や開発秘話、今後の展望について日販の定塚友理さんと、日清紡の片山崇さんにお話を伺った。

誰でもできる「農」がコミュニケーションの場に

▲日清紡ホールディングス株式会社 新規事業開発本部企画室 片山崇さん(右)

――はじめに、日清紡さんと日販さんがそれぞれどんなことをされている会社か、事業概要を教えてください。

片山:日清紡ホールディングス株式会社は「環境・エネルギーカンパニー」グループとしてモビリティ、インフラストラクチャー&セーフティ、ライフ&ヘルスケアの3つの分野を戦略的事業領域として無線・通信、マイクロデバイスを中心に様々な事業を展開しています。中でも私が所属している新規事業開発本部では、2010年からいちごの植物工場の事業に取り組んでいます。この事業では、「完全閉鎖型」と言われる外と隔絶したクリーンルームの中でいちごを育てる技術を実現しました。

最初はレタスなどの葉物から始めたのですが、当時既に葉物の植物工場はちらほら出てきていたんですね。だから、ほかに何かできる植物はないかということで、いちごに目を付けました。ただ、専門家の方々にお話を聞いてみると、植物工場でのいちご栽培事業は難しいとのことで。でも、難しいなら実現チャレンジする価値があると研究を始め、国内で初めて(※1)実現することができました。

現在は、いちごを作っていちごを売ることだけではなく、設備や弊社の培った技術を世の中で使っていただいて、持続可能な農業の実現に貢献することを目指して植物工場の事業を行なっています。

定塚:日本出版販売株式会社の祖業は出版流通事業で、出版社から全国津々浦々の書店に本を流通させています。2019年にホールディングス化し、祖業に加え、様々な角度から人と文化の接点を作り豊かさを届けていくため、「人と文化のつながりを大切にして、すべての人の心に豊かさを届ける」という経営理念のもと、エンタメ事業やコンテンツの事業など多角的に事業を展開しています。

しかし、書店が減ってきている昨今、本の流通だけでは人と文化の接点を作ることが難しくなってきています。そこで近年は、本の流通に加え、人と文化をつなぎ、地域に交流拠点を作ることにも注力しており、ブックホテルや文化施設のプロデュースなどのさまざまな空間作りにも幅を広げています。

(※1)2011年9月、日清紡調べ

▲日本出版販売株式会社 プラットフォーム創造事業本部 地域事業開発チームマネージャー 定塚友理さん

――「City Farming」は日清紡さんと日販さんの共創によって生まれましたが、どのようなサービスなのでしょうか。

定塚:簡単に言うと、年間を通じていちごを収穫できる植物工場を、コンパクトなサイズ感で生活の身近な場に提供するサービスです。本来、農は広大な場所を必要とするものですし、露地栽培であれば安定した環境や知識も必要になります。それを身近な場で誰でも気軽に体験ができるようなプロダクトに落とし込んだのがCity Farmingなんです。

タンクを通じての水やりや、葉っぱの量の調節、ハケを使った受粉、イチゴの収穫など、基本的な栽培を当社のサポートがある状態で楽しんでいただけます。

コンセプトは「くらしの中に農の豊かさを届ける」こと。農は人のコミュニケーションやコミュニティを生み出す力があると思います。なりわいとしての農業ではなく、農そのものの豊かさを、暮らしの身近な場にインストールするのが私達が提供する価値となっています。

――いちごは旬の植物のイメージがありますが、1年を通じていちごの収穫が可能なのでしょうか?

片山:一般的には冬から春頃がいちごが出回る時期ですが、当社の技術開発の中で通年栽培が実現をしたんです。つまり、一つの株をお世話し続けることで、一年中苺が採れる状態になるんですね。まさにこれが持続可能性にもつながるのではないかと考えています。

定塚:花が出て実がなるまでが30〜40日ほどなのですが、株によってそのタイミングをずらすことで、毎日10〜15粒くらいは採ることができます。

――いちごを通じてどのような場面でコミュニケーションを生み出しているのでしょうか。

定塚:いちごを栽培する過程そのものを楽しんでいただくので、栽培行為を複数人ですることで会話が生まれるきっかけになりますし、毎日見ていただく中で「あのいちご育ってるね」など会話のネタにもなってコミュニケーションが生まれます。また、洗わずに食べられるので、その場で採ってみんなで食べることを通じても、コミュニケーションが生まれます。

片山:例えば、チームごとに株を決めて育てて、どこがうまくできたかを競っているケースもあります。実は、受粉っていちごの形を作るのにすごく重要なんですね。だから、受粉がうまくできてないとでこぼこになったり、赤くならなかったりするんです。でも、お世話を続ける中でどんどん上達して、綺麗ないちごができるようになってくるんです。

日清紡×日販でしか生まれ得なかったCity Farming

――分野の異なる事業会社同士が、協業したきっかけを教えてください。

定塚:弊社は「豊かさ」をキーワードに掲げているので、ESG経営にも力を入れているのですが、その中で特に植物工場は早くから注目していまして。いろいろテーマを探っている中で、日清紡さんが完全閉鎖型のいちごの栽培に初めて成功されたと知りました。

いちごは美味しいだけでなく「華やかさ」や「エンタメ性」があり、多くの人に愛されているものだと思います。また、今後ビジネスモデルを考えるうえでいろいろな形で活用できるのではないかと考え、いちごの植物工場技術を持っていらっしゃる日清紡さんにお声掛けさせていただきました。

――では、初めから今のCity Farmingのような構想があったのでしょうか?

定塚:実は最初は弊社と日清紡さんの技術とをコラボレーションするところまでは考えておらず、生産流通の文脈で考えていました。それで実際にテストマーケティングをしてみたのですが、あまりふるわなくて。

そこで、日清紡さんと日販が共創する意味を改めて考え直したんです。日清紡さんが持つ技術と、文化的な場所を創造するという当社の強みを掛け合わせるにはどうしたら良いかと。そこで、生活の場に植物工場を通じた持続的な豊かさを提供し続けるようなビジネスモデルとして、City Farmingのアイデアが生まれました。

そして、生活空間にインストールできるよう日清紡さんにコンパクトなサイズの植物工場の開発を一緒にしていただけないかとお願いして。最終的に、一般的な100ボルトのコンセントだけで、水につなぐ必要もない、現在のCity Farmingの形にたどり着きました。

――開発の中で、他にはない強みとなった点を教えてください。

片山:開発においては、日販さんとのオープンイノベーションによってしか成し得なかったと思うことがあります。

1つ目は受粉です。植物を受粉させるには、ハチなどの虫を使って受粉してもらう環境を作るか、自動受粉機のような装置を使っていただくのが技術としては一般的です。ただ、今回は生活環境に落とし込むものなので、どうしようかと。そこで日販さんから、受粉という作業そのものも楽しみにしてもらえたらいいのではないかとアイデアをいただきまして。家庭菜園などで行なわれるハケ受粉を取り入れることにし、課題をうまく価値に転換することができました。


2つ目はオペレーションで様々な問題を解決できるということです。例えば植物は水が変わると育ちにくくなるという課題がありました。始めは、肥料を調整していましたが、その土地の水に合わせてその都度作るのは手間も時間もかかってしまいます。そこで、日清紡からはさまざまな水質に対応できるような肥料を開発・提供し、日販さんのオペレーションで解決していただく仕組みを作りました。また、定期的に日販さんが管理することで、害虫や病気へのリスク対応もできるようになりました。

これらはどれも、当社だけではどうにもできなかったことでした。技術開発のオープンイノベーションとして日販さんが自分ごととして捉えてくださり、アイデアを出しながら進められたことで実現できたことだと思います。

――本導入の前に実証実験もされてきたと思いますが、そこでどのような課題がありましたか?

定塚:いろいろありましたが、本来は大型の工場でしていることを、誰でもちゃんと育てることができ、持続的に育ち続けるようにすることが一番大変でしたね。大型の植物工場の技術を小型のプロダクトに落とし込むこと自体にも長い時間がかかりましたし、そこでの栽培をお客様にしていただけるような仕組み作りにも時間がかかりました。

お客様に栽培をしていただく中で、お水をあげ忘れてしまったり、肥料が少なくなってしまったりすることは当然あるでしょうし、難易度が高すぎては私たちがいなければ栽培できなくなってしまいます。そこで、忘れないようにするにはどうしたらよいか、どれだけ簡単にできるかを、日清紡さんの技術と両社で検討したオペレーションでカバーできるよう2年ほどかけて調整してきました。

――技術やオペレーションによって、育てる人に依存する部分を減らしたのですね。

定塚:そうですね。何よりも、「楽しくない」「やりたくない」と思わせてしまうようなものにはしたくなかったですから。水やりのために重いタンクを運ぶのって嫌じゃないですか。それを、できる限り簡単にできるように工夫したり、マニュアルも改変に改変を重ねて、ぱっと見てわかりやすく、これだったら楽しくできそうと思えるようにしたりしました。

片山:水やり一つをとっても、日販さんとは何度もすり合わせをしましたね。「これくらいでどうですか」「重くて1回の水やりの負荷が大きすぎる。もっと減らせませんか」と。最低でも1日は持たなければいけないですし、土日などの休みにも継ぎ足しがいらないようにしたい。タンクの量と作業負荷のすり合わせを重ねて、今は大きすぎないタンクで、土日やお盆休みなどでも継ぎ足しをせずにできる形になっています。

City Farmingが生み出すオフィスの付加価値

――オフィス向け体験型コミュニケーションパッケージ 「City Farming with Okamura」として、オフィスでの活用も始まっていますが、実際にどのような効果や反応がありますか?

定塚:「City Farming with Okamura」は、株式会社オカムラ(以下、オカムラ)さんとの共同の取り組みで、オフィス向けのパッケージとして提供しています。さらに、ショーケースの筐体をオカムラさんの冷凍冷蔵ショーケースの製造技術を生かして製造しています。

このパッケージが完成するまでに実証実験をオカムラさんと共同で行ったのですが、そこで出た効果としては、やはりコミュニケーションの活性化が一番大きかったです。ただ、それ以外にも癒しや気分転換にもかなり効果が見られまして。
育てることの楽しさだけでなく、生活空間においていちごが成長していく様子を身近で見られること、いちごの華やかさやみずみずしさを体験できることに価値を感じているという声が聞かれました。

コロナ禍を経て在宅勤務が選択肢として一般的になってきた中、City Farmingを導入したことによってオフィスに来ることやオフィス空間そのものにも価値を感じていただけていることは、大きな効果だと思います。

――お話を聞いていると、日清紡さんや日販さん、オカムラさんのそれぞれの力の“足し算”ではなく、“掛け算”によって新たな価値が創造されてきていることを感じます。

定塚:そうですね。実は、最初は年間を通じて連続していちごを収穫ができる状態を生活の場で実現するのは、ものすごくハードルが高いと感じていました。正直、安定して実が採れることは諦めかけていた部分もあったんです。でも、両者で知恵を出し合い、いろいろな工夫をして、生活の場でもできる形に落とし込めたことは一番の成果だと思います。

片山:当社としてもそれは一番大きいかもしれないですね。最初お話をいただいた時に、小さなショーケースで連続して栽培ができるかどうかわからなかったんですよ。研究所にプロトタイプを置いてああでもないこうでもないと、年月をかけて日販さんと一緒に取り組んできたことが、今こうしてCity Farmingとしてつながったのだと思います。

職場、商環境、福祉、街。人と文化の接点を広げたい

――City Farmingをどのような方に導入していただきたいと思いますか?

定塚:コミュニケーションで課題を感じている方には特に導入していただきたいですし、何か新しいことを取り入れてみたい方や、癒しを求めている方にも効果的だと思います。また、お客様にとって何か目を引くものを入れたいという方にもぜひ興味を持っていただけたら嬉しいですね。

――City Farmingの取り組みについて、今後の展望を教えてください。

定塚:今は生活空間にフィットするコンパクトないちごの植物工場を、カフェや高齢者福祉施設といった場所へ展開、さらにオフィス向けにCity Farming with Okamuraのパッケージを展開していますが、もともとは「くらしの中に農の豊かさ届ける」ことを目指しています。その最初のプロダクトとして、アプローチの形がコンパクトないちごの植物工場となっていますが、方法はもっといろいろあると思うんですね。それこそ、いちご以外の植物も面白そうだと思っています。なので、City Farmingというブランドコンセプトのもと、今後いろいろな手段でお客様へ農がもたらす価値を届け、発展させていきたいです。
そこで今後の展開としては、当社が事業として手がけている、自治体との連携によるまち作りや地域活性化など、より広い意味で人と農の接点を作ることに関わっていけたらと思っています。オカムラさんとのパッケージのように、さらなる掛け算で領域をどんどん広げていきたいです。

片山:日清紡としては、一旦はこのCity Farming向けのショーケースの技術はほぼ完成したと思っています。ここから先は、日販さんからのブラッシュアップなどのご要望に伴走していければと思っています。

また、この事業を拡大していくうえで、いろいろな場所にショーケースを設置していかなければならなりません。そのために、今は対面で行っている日販さんのオペレーションが遠隔で集中管理できるような形も作っていきたいです。

見て触って体験してみることで生まれる価値は人それぞれだと思います。これからもサービスを通じて、自治体やコミュニティ、さまざまな方々への価値提供を続けていく日販さんのサポートを続けてまいります。

[編集後記]
取材の際、実際にCity Farmingで育てられているいちごを見せていただいた。まだ小さくて白っぽいいちご、色づき始めているいちご、真っ赤に熟したいちごと、たくさんのいちごが実っていた。それを見ているだけでも、いちごの華やかさや新鮮さを目の前で感じられてわくわくしていたのだから、これを毎日のように世話をして育てるとなったらどうだろうか。「お、実が出てきた」「昨日より色が濃くなったかも」「もうすぐ食べられそうだ」と、日々の彩りが増えるに違いない。実際に見たのはごくわずかな時間だったが、それでも「農」が私たちにもたらしてくれる豊かさとはどんなものかを垣間見たようだった。

[プロフィール]
日清紡ホールディングス株式会社
新規事業開発本部企画室 課長
片山崇
総合電機メーカーにてディスプレイ技術の研究開発、サービスシステム企画などを経て、2019年日清紡ホールディングス株式会社入社。2020年11月に2人の娘とイチゴブッフェに行ったことをきっかけに、イチゴ×場づくりの構想を考え始める。以来、日販とオープンイノベーションを開始し、CityFamingの社会実装に伴走している。

日本出版販売株式会社
プラットフォーム創造事業本部
地域事業開発チームマネージャー
定塚友理

2016年、日本出版販売㈱に入社。人事・経営企画を経て、「生活者起点での豊かな場と機会」を提供する㈱ひらくの設立に携わる。
その後、新規事業開発担当として共創事業を担う。2021年よりCity Farmingの事業開発を担当。


(文:安藤ショウカ、写真:飯山福子、編集:高山諒)