家族をつなぐ小さな友だち「BOCCO emo」
お話を聞かせてくれたのは、ユカイ工学代表の青木俊介さん。たくさんのマシンやロボットが並ぶオフィスに案内していただきました。まず紹介してくれたのは、雪だるまのような形のコミュニケーションロボット「BOCCO emo」です。
「BOCCO emo」は、2015年に発売した「BOCCO」の後継機で、家族や大切な人たちとの声を通じたコミュニケーションをサポートするロボットです。専用のスマートフォンアプリからメッセージを送ると、その内容を「BOCCO emo」が音声で読み上げてくれます。
「BOCCO emo」に話しかけた音声をアプリで再生することや、センサと組み合わせて人の動きや室温に応じたメッセージを伝えることも可能。試しに「この季節におすすめの食材を教えて!」といった質問を投げかけると、「秋はとっても美味しい食べ物がたくさんあるよ。サンマさんっていうお魚さんは……」と、優しく返答してくれました。
首を動かしたり、頭の「ぼんぼり」を揺らしたりほっぺを光らせたりと、愛らしい仕草でも癒やしを与えてくれる「BOCCO emo」。豊かな感情表現は、人同士のコミュニケーションを支えるだけでなく、人とロボットの独自の交流も生み出しているようです。
——「BOCCO emo」の前身である「BOCCO」は2015年に発売されました。まだ「コミュニケーションロボット」という言葉が一般的ではなかった時代に、なぜこのロボットを作ろうと思ったのでしょうか?
ちょうど僕の子どもが小学校に上がる時期で、留守番が多くなることがわかっていたんです。スマートフォンを渡すと動画サイトばかり見てしまうかもしれないので、その代わりに寂しさを埋めてくれる、一緒に留守番してくれる友達のようなロボットがいたらいいな、という「妄想」から開発がスタートしました。
アプリからメッセージを送ると「BOCCO」が家で喋ってくれる伝言機能をメインに発売したところ、子どもがいる家庭はもちろん、僕の両親のような高齢者層にも人気がありました。普段あまりスマートフォンを見ない人たちにとっては、リビングルームで「BOCCO」が喋ってくれる方が気が付きやすいんです。
——季節のおすすめ食材を教えてくれるなど、「BOCCO emo」との会話も楽しかったです。
発売当初から他のWebサービスと「BOCCO」を繋げる仕組みを用意していました。「BOCCO」はメールやSNSの通知を読み上げることもできますし、ユーザーさんがいろいろな使い方を開発してくれるなかで、天気予報やリマインダー機能も追加されていきました。「BOCCO emo」が質問に答える機能はChatGPTを活用したもので、可愛いけれどくどすぎない口調や内容を意識しています。
ロボットになら心を開ける? 心身の安全を助ける存在へ
——「BOCCO」や「BOCCO emo」はどのような方々に利用されているのでしょうか?
いま一番多いのは高齢者の見守り需要です。離れて暮らす家族にメッセージを送るだけでなく、健康に関する内容をクイズ形式で話しかける「あたまの体操/健康クイズ」や、薬の服用や通院の時間をリマインドする機能も好評です。
家族に注意されると「わかってるよ」と抵抗を感じてしまう内容でも、代わりに「BOCCO」が伝えると「お利口な子だね」と素直に受け入れてくれるユーザーさんもいらっしゃるんです。ゴミの日のリマインダーを「BOCCO」に任せたことで夫婦間の口論が減ったという事例もあり、ロボットならではの面白さを感じられました。
——直接言うと角が立つような内容でも、生活に馴染んだ「ロボットの言葉」として伝えると受け取ってもらいやすいのですね。
この知見を生かして、自動車の安全運転支援の実験も行いました。高齢ドライバーが同乗者と運転する場合、単独での運転に比べて事故率が1/4に下がるというデータがあるのですが、この「同乗者効果」を「BOCCO emo」で再現することを目指した実験です。同乗者やカーナビの音声で注意されるよりも、ロボットからのメッセージの方が受け入れやすいという感覚は、高齢者に限らず共感いただけるのではないかと思います。
——確かに。小さなロボットが懸命に伝えてくれる姿には、守ってあげたくなったり、応援したくなるような魅力がありますね。
初代「BOCCO」の発売から10年近くが経ち、スマートウォッチなど生活に溶け込んだセンサ技術が普及していますが、基本的に「見守られたい」と思っている人はいないと思うんです。ロボットなら監視されているようなプレッシャーを感じさせず、むしろ「居てくれて嬉しい」と思える存在だからこそ、受け入れやすいのかもしれません。
もふもふと甘噛み。課題解決ではない、妄想起点のロボットたち
ユカイ工学には、他にも魅力的なロボットがたくさんあります。たとえば、しっぽが動くクッション「Qoobo」や、口の中に入れたものを甘噛みしてくれる「甘噛みハムハム」。どれも愛らしく、心がほっと安らぐデザインです。
——どちらも個性的ですね! しっぽの動きや甘噛みの感覚がかわいらしく、すっかり心を掴まれてしまいました(笑)。こうしたユニークなロボットたちは、どのようにアイデアを出しているのでしょうか?
ユカイ工学では毎年、社内アイデアコンペを開催しており、二つともそこから生まれた製品です。デザイナーやエンジニアだけでなく、総務や経理の担当者まで全員参加でアイデアを出し合い、2ヶ月ほどかけてプロトタイプを完成させるイベントです。
ここでのルールは二つあり、まずは「動く試作品を作ること」。これは紙やスライドではアイデアの良さが伝わらないからです。そして二つ目は「妄想を形にすること」なんです。
——「BOCCO」の開発にも通じるキーワードですね。
課題解決からスタートすると、どの会社が作っても同じようなものになってしまいます。でも、誰がなんと言おうが自分が欲しいものや、家族に使ってほしいものを起点にすると、熱量のこもったものが生まれ、その想いがユーザーにも伝わっていくんです。
たとえば「Qoobo」は北海道出身の社員が発案しました。敷地の広い実家ではいろんな動物と暮らしていたのに、上京したらペット可の物件がとても少なく、生き物が恋しい。そんな東京の一人暮らしでも、しっぽのある動物と暮らしたい!と夢見たのがきっかけです。
「甘噛みハムハム」は、育児中の社員が赤ちゃんの甘噛みに癒やされつつも、止めなくてはならないジレンマから生まれました。「全人類の甘噛みされたい欲求を解放します!」というごく個人的な熱意のもと開発され、特に子育てを終えた世代や、ペットを飼っていた方々から愛される製品になりました。
——たしかに「Qoobo」も「甘噛みハムハム」も、課題解決では生まれない製品ですね。アイディアの元となる妄想を膨らませるために、どのような工夫をしていますか?
社内の日報では業務に関することだけでなく、社員それぞれの趣味や興味を持っていることもシェアしているんです。妄想を言葉にするのは恥ずかしい側面もありますから、普段から自分の想いをオープンにすることが訓練になっているのかもしれません。
また、ユーザーさんからの意見を取り入れることも大切にしています。「Qoobo」は当初クラウドファンディングで支援を募ったのですが、ユーザーミーティングを通じて色や形が決まることもありました。ロボットを作るプロセスはどれも楽しいですが、多くのフィードバックをいただける瞬間が一番嬉しいですね。
「ロボットらしさ」が人の心を動かしていく
——ユカイ工学のロボットはどれも魅力的ですが、触り心地や動きをメディアで伝えるのは難しい部分もあるかと思います。手に取ってもらうために工夫していることはありますか?
ユカイ工学の製品を購入する方は、必ずしもロボット好きとは限りません。単純に「可愛いものが好き」という方にも手に取ってもらえるよう、バイヤーさんとも相談しながら、どういう場所で売るかを考えてきました。たとえば「Qoobo」はインテリア売り場に置かれることをイメージして、質感や価格帯などを調整しました。
——ロボットだからといって、家電売り場にあるとは限らない。既存のジャンルに縛られず、生活をどう変えるか?という視点で届け方を考えているのですね。
技術的に見れば、自動運転車も洗濯機もロボットの一種と言えるかもしれません。でも、洗濯機に名前をつける人は少ないですよね。僕が思うロボットの魅力は、ちょっとした動きだけで人の想像力を刺激し、ポジティブな影響を与えてくれるところ。技術的な定義とは別の軸で、いかに「ロボットらしく」見えるかを重視しているんです。
ちなみに、「BOCCO」の名前の由来は座敷ボッコ。ボッコは東北弁で子どもを意味する言葉なので、つまり座敷童子ですね。座敷童子はいつの間にか家に棲みついて、その家に幸せを呼び込む妖怪です。ユカイ工学としても、いつの間にか家に当たり前にいるような存在のロボットを、これからも作り続けていきたいですね。
[編集後記]
ユカイ工学のロボットは、なんといっても本当に可愛いんです。画像だけでも十分に心惹かれますが、実物に触れるとその魅力が何倍にも大きくなりました。言葉では表現しきれない価値があるからこそ、妄想を起点にしたものづくりのプロセスはとても納得できるものでした。愛らしいロボットの特性や五感に訴えかける力を活かし、心身の安全性を高める役割は、これからさらに重要になるでしょう。ロボットと人間のコミュニケーションが生活に溶け込めば、日々の暮らしがもっと楽しくなりそうです。
ユカイ工学株式会社 代表
青木俊介
東京大学在学中にチームラボを設立、CTOに就任。その後、ピクシブのCTOを務めたのち、ロボティクスベンチャー「ユカイ工学」を設立。「ロボティクスで、世界をユカイに。」というビジョンのもと、家庭向けロボット製品を数多く手がける。2015-2021年グッドデザイン賞審査委員。2021年より東京藝術大学非常勤講師、武蔵野美術大学教授(特任)。
家族をつなぐコミュニケーションロボット「BOCCO」、共感するファミリーロボット「BOCCO emo」、しっぽのついたクッション型セラピーロボット「Qoobo」、小さなしっぽクッション「Petit Qoobo」エデュケーションシリーズkurikit「ユカイな生きものロボットキット」、やみつき体感ロボット「甘噛みハムハム」、呼吸するクッション「fufuly」などを発表。
(執筆:淺野義弘、編集:ヤマグチナナコ、撮影:津村ゆか)