社長になって本気で考えた「社員も企業も喜ぶお金の使い道」
――はじめに、御社の事業と「Taberii(食べりぃ)」開発の背景について、お聞かせいただけますでしょうか。
JCAは1988年の創業以来、ソフトウェアの受託開発を主要な事業としてきた会社です。機密事項が多く、詳しいことは明かせないのですが、国内大手企業のシステム開発の一次請けとなるSIer(大手ITベンダー)からの受託でソフトウェア開発を手がけています。私は入社以来、システムエンジニアとして現場第一線で働いていたのですが、創業社長からの指名を受け、後継者になりました。そこから経営者として経理や財務、労務といったバックオフィス系のことも勉強し始めて。そのおかげで、当社の法令遵守における、いわゆるグレーな課題に気づくことができました。
バブル崩壊のあおりを受けて一時期倒産の憂き目にあった経緯もあり、社内の制度も社風も、どちらかというと会社本位でした。例えば、超過勤務は当たり前に40~50時間もあるのに、月に3回も会社の飲み会があり、自腹で全員参加。業務都合で参加できなければ叱責されることもありました。過去のネットの口コミには「昭和気質、漆黒のブラック企業」と書かれています。
もちろん会社には良い面も素晴らしいと思う面もあり、それに先代社長にはカリスマ性や求心力もあったので社員はついていったのですが、自分にはそういうものはありません。会社の良い面は守りつつ、会社本位に偏っていると感じるものや時代に合わなくなってきているものは見直して、従業員とその家族を幸せにすることを第一にした経営をしようと、数年がかりでいろんな制度や慣習、そして社風を変えてきました。
――そこからどんな工夫がされていったのでしょうか?
福利厚生制度を調べる中で、食事に関しては税務会計上に特殊な制度があることを知りました。ある要件を満たせば、食事補助として1人あたり3,500円(税抜)まで支給でき、会社側は福利厚生費として計上できるんです。要件というのは、換金できない食券や弁当などで現物支給することと、50%以上の自己負担が必要であること。例えば、500円の弁当を社員に提供しようとする場合、「500円の弁当が月7食まで無料」ではなく、必ず1食ごとに250円以上徴収しなければならない、ということです。これを食事補助として3,500円ずつ配ると「給与扱い」になってしまい、従業員側では課税もされるし社会保険料もかかってしまいます。
福岡県の平均年収は430万円と言われていますが、その月の手取りを3,500円増やそうとすると、会社側の社会保険料の負担は上がり、ざっくりいえば、毎月6,000円ほど支出が必要です。つまり、ベースアップしても、会社の負担は増え、本人の手元にもそれほど残らないということになってしまう。だったら、毎日の食事代の負担を軽くしてあげる方が、社員にとっては見えない徴収が増えず、会社にとっては賢いお金の使い方になると考えました。
飲み会が多かったことからか、同じ釜の飯を食うという文化もある当社には、食事補助の福利厚生は相性がいいと思ったこと。そして、受託開発ばかりではなく、もう一つの事業の柱となるような何かしらの商品を自分たちでつくっていきたいと考えたことが、Taberii開発のきっかけになりました。
得意の技術で決済アプリと管理システムを自社開発
――「Taberii」とはどのようなサービスですか?開発の経緯やサービスの仕組みについて教えてください。
Taberiiは、企業が福利厚生の一環で、アプリによって従業員にデジタル食事券を支給できるサービスです。実は、食事補助による福利厚生サービスは30年程前から存在しています。ITの普及前は、会社が買い取った食券を従業員に配布する形で利用されていましたが、現在そのサービスは、従業員に配られたID付きの電子マネーカードに会社からの補助がチャージされる仕組みになっています。そういうサービスであれば、ITを活用して自分たちでも開発できると考え、まずは社員が利用する自社システムとしてつくり始めました。2022年夏頃に開発に着手して、翌年春頃から馴染みの飲食店に協力してもらってQRコード決済アプリのテストを開始。2024年初頭から飲食店の加盟を増やして、4月に正式リリースしました。
アプリ画面には専用電子マネー(Taberiiマネー)が表示されます。Taberiiマネーは給与天引き、または経理や店頭での現金支払によってチャージして、「デジタル食事券」には企業側の補助のポイントが表示されます。加盟店で食事をすると、デジタル食事券のポイントから自動的に支払料金を補填される仕組みです。
また、交際費による懇親会補助もサポートしています。懇親会にかかった費用のうち、企業の設定した補助額がTaberiiマネーで参加者に戻ってくる仕組みです。アプリ内で経費申請から精算までが完結し、会計処理に必要な情報も領収書と一緒に自動的に出力されますので、企業の経理担当にとっても手の掛からないものとなっています。
食事補助による福利厚生サービスはいくつかありますが、懇親会補助を明確にサポートしているのはTaberiiが業界初・唯一無二です。また、コミュニケーションを具体的に活性化する仕掛けとして、社内SNSとしても活用できるようにしており、これを面白いと言って頂ける方もいらっしゃいます。私自身、社員たちが楽しそうにしている様子を見るとうれしいですし、「私も参加したい!」と思ってしまいます。
福利厚生を通して間接的にコミュニケーション活性化を掲げているサービスはありますが、それってなかなか実感できないものですから、本当に効果が出るのだろうか?と疑問でした。食事補助を利用して従業員が個人で食事をしているだけでは、コミュニケーションにはつながらないですよね。当社は飲み会の多い会社でしたから、実際に社員たちが食事を通してコミュニケーションを深め、それが仕事に活きているという実感がありましたので、それを見える形で実現しよう!と考えたのがこの仕掛けです。
企業向けには福利厚生での「食べりぃプラン」と懇親会補助での「みんなで食べりぃプラン」の2つを提供しています。それぞれ1事務所あたり事務手数料5,000円をいただき、実際に補助した金額の20%を手数料としていただく従量制です。飲食店側にはQRコードを置いてもらうだけで、手数料はいただいていません。ユーザーの利便性を追求するなら、クレジットカードでTaberiiマネーをチャージできるといいのですけど、手数料の原資がないため、今は見送っています。
このTaberiiの仕組みについては特許査定の通知を受けていまして、2025年1月には正式に特許として認められる見込みです。
『推し店』と『推し客』をつなぐアプリで地域に根差す
――導入状況はいかがですか? 今後のユーザー拡大の方針や施策についてお聞かせください。
最初に導入した当社でも、こういうサービスがあることで喜んでいる人と、まだ活用できていない人はいます。業界的なものかもしれませんが、弁当を買ってきて自分のデスクで食べる人や、食にこだわりのない人も多いんです。それでも最近は、昼は外に食べに行くとか、みんなで連れ立って食事に出かけていくシーンはよく見るようになったと感じます。
昼は使いにくいという人に向けて、福岡市内全域に配達されているお米屋さんに加盟いただき、Taberiiでお米の購入ができるようにもしました。お米を食べないという人は少ないですし、現在の価格高騰の背景もあり、助かっているという声が多いです。
実は、今のところTaberiiを社員の福利厚生として導入している企業は当社を含めて数社。利用拡大にはもう少し時間がかかりそうです。ユーザーを増やすことを考えるなら、コンビニやファストフードに加盟店になってもらえば話は早いです。実際「持ち帰り弁当チェーンで使えたら導入したい」という声もいただいています。でも、私たちは積極的には考えていません。
なぜかと言えば、私たちは地域に根差した会社になりたいと思っていますし、そもそも福岡の地域限定のサービスで、コンセプトは「『推し店』と『推し客』をつなぐ、地域のつながり、人のつながりを深めるための仕掛け」なんです。私たちはITを活用して便利さ一辺倒を追い求めるのではなく、福岡の人を幸せにしたいという思いでサービスを提供させて頂いています。一般的なクーポンアプリや他の食事補助による福利厚生サービスのように加盟店を何千軒、何万軒に増やすということを考えていません。私たちが体験して、 料理も接客もいいお店に直接お願いして加盟店になってもらっているので、むしろ、「このエリアでアプリが使える焼肉屋さんはこの1店舗だけです」というほうが、サービスのコンセプトに合っていると思いませんか。
現段階では飲食店の加盟店は30店舗で、開始時期を検討しているお店もいくつかあります。今後は、サービス導入を検討される企業からのリクエストで「推し店」加盟のお願いに行ったり、逆に、「推し店」があるエリアの企業にサービス導入を提案していったりすることも考えています。
会いに行けるように「福岡限定」、接点はあえてアナログに
――システムやアプリを活用するサービスなら地域を選ばず展開できそうですが、「福岡限定」にしているのはなぜですか?
それは、担当者が会いに行けるサービスがいいと思っているからです。当社にもいろんな取引先がありますが、 ちゃんと会いに来てくれる人たちがいいですし、私はそういうことが大事だと思っています。当社とは違い、大手企業や大きな資本が入っている会社の全国規模のサービスのように、LP(ランディングページ)をつくって、デジタルで広告をガンガン流して、問い合わせがあればオンラインでミーティングをする。請求書を送ってしまえば、その後、会いに来る気配もない、なんて嫌です。どちらかというと、もっと人間らしくリアルにつながりたい。
そもそも私たちはITの専門家。Taberiiも使っていただきたいですが、地場の中小企業や小規模事業者でITに疎い方たちの役に立ちたいと思っています。システム開発のエンジニアの集団として業界ではそれなりの信用を得ていますが、創業35周年を迎えた昨年から、地場の中小企業向けの相談対応業務も始めました。
実際に、訪問先の飲食店でソフトウェアのサブスク契約や、社内ネットワークのファイル共有のことなど相談されますが、簡単なことはその場で解決できます。中には、月数千円でできるホームページの維持管理に月2万円もかけている方もいて。余計なコストがかかっていたり、知らないうちにリスクに晒されていたり、そういう問題に気づいていないだけなんです。そんな企業にはTaberiiをきっかけにITの相談に乗るとか、ITの相談に乗りつつTaberiiも使ってもらうとか。事業のシナジー効果にも期待しています。
クライアントの要望に応えていく受託開発って、自分のやっていることが誰かの役に立ってるということがわかりにくかったりするんです。それが、Taberiiを介して地域の人と話したり、その方たちの仕事に触れたりすることで、自分は役に立てることがたくさんあるということを実感できます。反響をいただいて、「ありがとう」と言ってもらえて、これまでお付き合いがなかった方とも関わりが増えていくのは、やっぱりいいことだなと思います。
食×ITで福岡の地域とともに豊かになる
――食×ITのサービス、今後の展開をどのように考えていますか?
今は福利厚生サービスとしてしかアプリを使えませんが、Taberiiに広告を出せるようにするなど、今後いろんな機能を追加できるよう、サービスの拡張性を持たせています。企業向けにも「福利厚生でTaberiiを導入しませんか」だけではなく「ユーザー向けに広告を出しませんか」と提案するなどの展開も考えています。
今、ご相談いただいているのは、フードイベントの会場限定で使われる通貨としての活用です。キッチンカーで購入する飲食物の決済をTaberiiで行って、各店の売上をきちんと把握して、そこから手数料をいただくという形で使えないかと検討しています。そういう仕組みなら簡単につくれますし、Taberiiの経済圏は福岡だけなので、そのイベントで使い切れなかった電子マネーは地域に回せたらいいですしね。
福利厚生の用途にしばると、契約企業の従業員しか使えなかったり、 3,500円の枠を超えて使えなかったりします。一方でTaberiiは広い用途を想定していて、その作り込みには時間がかかりました。まだ、詳しくは明かせませんが、今後はもっと別の使い方ができるようになっているかもしれません。
一つだけ明かすとするなら、「体験型ふるさと納税」のような機能も取り込みたいと思っています。例えば、春日市から福岡市に通勤している人が、福岡市にふるさと納税して、福岡市の飲食店で食事ができるとか。今は「食事補助の福利厚生」という、既出の競合サービスと同じような顔をしていますが、Taberiiは地域限定でもっと多機能になっていきますよ。
なぜ、こんなことを始めたかというと、やはり本業のITで地場の中小企業、小規模事業者の役に立ちたいからです。 ちゃんと担当者が会いに行って、まともなお付き合いをしたいからです。そして、福岡でこのサービスが広がっていけば、将来的には他のエリアで、そのエリア限定で展開していきたいと考えています。例えば、弊社には愛知県でリモートワークをしている社員がいますし、神戸や熊本など福岡県以外の出身で、いずれは地元に戻りたいと考えている社員もいます。彼ら彼女たちが、自分の地元のためにお役に立てる手段があるのは良いと思うんですよね。その時は、Taberiiとは別の「Tabeyaa(食べやぁ)」とか、その土地の方言で名前をつけるでしょうね(笑)。
(プロフィール)
平木 誠
1981年生まれ。明治大学政治経済学部卒業。就職活動中、何気なく参加した会社説明会で出会った創業者でもある先代社長に憧れ、2005年にJCA入社。システムエンジニアとしてシステム開発に携わる。2020年、闘病生活が始まった先代社長から後継指名を受け、2021年、代表取締役社長に就任。
(文・阿部 省子、写真・原史紘、編集・金澤李花子)