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アナログとデジタルの幸せな融合がリアルな体験を誘う「屋台DX」

2024.12.02(最終更新日:2024.12.02)

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近年のメガトレンドといえば、なんといっても生成AI。コンピュータの進化を背景に学習量が飛躍的に増え、出力結果の精度はビジネス利用に適うほどに向上している。AIやDXは日々ニュースを賑わすが、そこに続く言葉はもっぱら「効率化」。果たして、人とテクノロジーが共存する未来は明るいのか?

今回紹介するのは、福岡市を代表する観光資源であり、市民の憩いの場でもある「屋台」を舞台とする、福岡市とLINEヤフーコミュニケーションズ株式会社によるDX。店主と客の人情あふれる空間に、IoTや生成AIがいかに自然に溶け込み、コミュニケーションの輪を広げる役割を果たしているのか。共働プロジェクトの担当者である福岡市役所の山喜多洋一さんと、LINEヤフーコミュニケーションズの依田所花さんに伺った。

DXで営業状況を可視化。「本日営業中」がLINEでわかる

――福岡市とLINEヤフーコミュニケーションズ(株)(以下LINEヤフーコミュニケーションズ。プロジェクト開始時はLINE Fukuoka(株)、2023年10月に社名変更)が共働で、2023年度から長浜エリアで「屋台DX」の実証実験を行うことになった経緯をお聞かせください。

山喜多:もともと福岡市とLINEヤフーコミュニケーションズさんは2018年に包括連携協定を締結しており、情報発信の充実強化や行政サービスの効率化といった取組において長いお付き合いがありました。2023年は福岡市が全国初となる屋台基本条例を制定してから10周年、LINEヤフーコミュニケーションズさんも(LINE Fukuoka)設立10周年という記念の年となるため、コラボレーション企画を立ち上げることになったんです。

依田:天神と中洲には昔からたくさん屋台あるのですが、長浜では一時期は1店舗しか営業していないような状態になっていました。企画が始まったのは、ちょうど新たに屋台を公募して長浜の屋台街を復活させようと盛り上がっているタイミングでもあったんです。

山喜多:一度は衰退してしまった長浜の屋台街ですが、福岡市としても盛り上がりを復活させたいと、いろいろとプロモーションを考えている時にお声がけいただいて、一緒に取り組むことになりました。

依田:すでに運用が始まっていた福岡市の屋台のLINE公式アカウント『FUKUOKA GUIDE』でも、住所などの店舗情報は確認できるようになっていました。ですが、屋台営業は天候に左右されるため、「今日、店が開いているのか、現地に行ってみないとわからない」という課題がありました。屋台DXでは、その解決のために、営業状況と混雑状況の可視化に取り組むことになりました。

山喜多:長浜屋台の店主の方々からも「天神・中洲に比べると、長浜は少しアクセスが悪くて、せっかくお客さんが来てくれても営業していなかったら申し訳ないよね」いう声を聞きました。現地に足を運ばなくても営業状況がわかる仕組みがあればいいという話になって。毎日忘れずに継続できる仕組みを検討した結果、屋台の電源を入れたら【営業中】だと発信できる仕組みをつくることにしました。

(LINE公式アカウント『FUKUOKA GUIDE』の画面)

依田: 9軒で実証実験できたのはとても有意義でした。アンケートでも、「この機能を全屋台に拡大してほしい」という要望がたくさん寄せられて、2024年7月からは福岡市内にある100軒以上の屋台でこの取り組みを実施することになりました。

(各店舗情報に「本日営業」のアイコンを加えることで、その場で営業状況がすぐわかる仕様に)

IoT電球が知らせる開店、生成AIが教えるオススメ屋台

――2024年7月から「屋台DX」が全軒に拡大されましたが、進化のポイントについてお聞かせください。

山喜多:長浜での実証実験では、営業状況を発信する電波を飛ばすためにSIM入りの端末を屋台に一つずつ置かせてもらっていたのですが、全軒導入のタイミングからはそれとは違う仕組みを導入しています。100軒近くあれば、営業に関係ない端末を設置したり、別作業が発生すると、協力が難しい屋台も出てくるだろうと思ったからです。

そこで、色々な事業者にお声掛けをして見つけたのが“ハローライト”というIoT機器でした。見た目は普通の裸電球なんですけど、電球の中にSIMが入っていて、点灯すると電波が飛んで基地局と通信できるIoT電球です。もともとの主な用途は、高齢者の見守り用の商品で、電気を点けると離れて暮らす家族にその情報を伝えられるというものです。製造元のハローテクノロジーズ株式会社さんに屋台に転用できるか相談したところ、親身になって対応してくださり、システム構築までトントン拍子に進みました。
ソケットは元々屋台が持ってるものを使っていただき、道路にある屋台用電源にコンセントを差して電気をつけるとSIMが反応して点灯を検知する仕組みになっています。電球は屋台の灯りとして必ず必要ですし、開店準備の動作の中に入っていることなので忘れることがないというのが大きなメリットです。

(店主が電球をつけるだけで「本日営業」が伝わるようになった)

――その他にも追加した機能があれば教えてください。

依田:LINE公式アカウント『FUKUOKA GUIDE』を友だち追加しているユーザーと一般の方へのアンケート調査を実施したところ、屋台に行かない理由でもっとも多い回答が、「どの屋台に行ったらよいかわからない」でした。SNSで紹介される屋台は人気があって入りにくいこともあり、情報の偏りがあるため100軒以上もある屋台の中からその日行く1軒を見つけるのは大変なんだなと思いました。そこで絞り込み機能の実装を考えたのですが、単なる絞り込みでは、福岡市さんが運営されている観光情報サイト『よかなび』のホームページとほぼ同じものになってしまう。「LINE」でしか提供できない価値を入れたいと考え、生成AIによるレコメンド機能を導入することにしました。

山喜多:行政としても、利用者が楽しく使ってくれて、実際に屋台に行こうという動機付けになるようなツールを作りたいという思いはありました。

(LINE上の検索で今日おすすめの屋台がわかる)

ただのレコメンドはつまらない。博多っ子の人格を持つ「AIおいちゃん」爆誕

――生成AIでユーザーの欲しい答えを的確に出す仕組みをつくるにあたっての苦労や工夫についてお聞かせください。

依田:作り込みのポイントは大きく2点あります。一つは「情報の豊富さ」で、もう一つが「いかにうまく返答できるか」です。情報の豊富さに関しては、単にネットに上がっている情報だけでは独自の価値を見出せないので、福岡市さんにご協力いただいて、屋台店主の皆さんにアンケートを実施しました。メニュー紹介だけでなく、個性も反映したいと考え、各店主の「休日の過ごし方」や「自分の自慢できること」など、パーソナルな面を知るための設問も用意しました。さらに、福岡市職員の皆さんの持っているナレッジも追加しました。

山喜多:「屋台の担当課」は、全国でも福岡市にしかいないんです。歴代担当者が蓄積してきた情報も含めて、まさに国内唯一のナレッジ。それを生成AIに使えるように提供させていただきました。
屋台の醍醐味って、ただ料理を食べるだけじゃなくて、店主やお客さんとのコミュニケーションがあることだなと思っています。コミュニケーションを手助けするようなツールにもしたかったので、店主の「趣味は◯◯」とか「◯◯県出身」だとか、いろんな情報を盛り込んでいます。

――実際に使ってみましたが、単なるチャットボットではなく、“AIおいちゃん”というキャラクターが博多弁で的確にレコメンドしてくれることに驚きました。人格をもったAIにうまく返答させることにおけるこだわりについてもお聞かせください。

依田:このアイデアの発端は、「屋台を探す人がもっとも求めているのは、常連の人のおすすめだ」と思ったことにあります。私が屋台に通うようになったのは入社1年目のプロジェクトの一員になってからですが、最初のうちは屋台に通っている人におすすめを聞きたいと思いましたし、自分が常連になってからは、他の人に「こういうところがいいよ!」と伝えたくなりました。屋台のことを知り尽くしている常連の人に、「私はこういうものが好きなんだけど、どの屋台がおすすめですか」と聞けたらいいのに。しかも、それを「LINE」でやり取りするかのように質問できたらいいのに、と。その経験から「生成AIでレコメンドを出す」という企画を考えたんです。

今回作った「AIおいちゃん」の人格のイメージは「ちょっとお人好しな常連客」ですが、裏側ではかなり人力で頑張っているんです。 例えば、人格を入れようとすると、生成AI側が「関西人」と判断して、関西弁で返してくることがありました。それを一つひとつピックアップして、プロンプトを作成してくれたメンバーに、「ここは 博多弁でこんな表現で返してほしい」などと逐一修正してもらうなど、かなり丁寧にこだわってつくり込んでいます。

テクノロジーを発端にコミュニケーションや体験が増える

――DXで進化したLINE公式アカウント『FUKUOKA GUIDE』の利用状況や周囲の反応はいかがですか?

山喜多:わかりやすいのは、友だち追加された数でしょうか。新しい屋台DXが始まった2024年7月末から2ヶ月ほどで7000~8000人ほど友だち数が増えています。
急激に増えたのはやはりプレスリリースを発信したタイミングです。今回の取組みは、屋台のアナログ感とDXのデジタル感のギャップに面白さがあるようで、多くのメディアにも取り上げていただきました。また、株式会社玉屋さんにもご協力いただき、中洲の国体通り沿いの大型ビジョンにPR動画を流したり、首都圏のメディアが屋台取材に来た時には、必ずLINE公式アカウントのQRコードを掲載していただいたり。観光案内所と市内のホテルにもコード読み込み用のツールを置いてもらっているので、そういう所でも広がっているようです。地道な活動を続けているので、現在も友だち数は増え続けています。

依田: SNSでもたくさん投稿や引用をしてもらえて、ちょっとしたムーブメントがあったと感じています。IoT電球に注目する人がいれば、 生成AIを使っていることに関心を寄せれくれる人もいて、注目されるポイントは人によって違うのですが、興味を持ってもらえていると感じました。普段なら屋台のことなど目に留めることもないだろうIT系の方から「すごく面白い取り組み」と広めてもらえたこともありました。


――ユーザーにはどのように利用されているのでしょうか?よく使われている機能はありますか?

依田:LINE公式アカウント『FUKUOKA GUIDE』でもっともよく利用されているのは絞り込み機能ですが、生成AIも割と伸びている印象です。
ターゲット設定は必ずしも観光客というわけではなく、「屋台に行ってみたいけれどまだ行けていない人」ですが、意外にも「行きつけの店の営業状況を確認できるから」と常連さんにも使っていただいているようです。

山喜多:店主の方々からは「自分の店に来たお客さんに、『次に行くならここがいいよ』と他店をお勧めしたい時に、営業中かどうかがわかると案内しやすい」という声を結構聞きます。今までは、その日開いているかどうかわからない離れた場所にある屋台だと紹介しづらいというようなこともあったそうですが、それがなくなったそうです。これまでも屋台同士のつながりは結構あったのですが、これからも広がっていくのかなと思います。

依田:SNSでは、旅行や出張で福岡に来る人から「おすすめ屋台を教えて」といわれた時にこのLINE公式アカウントを紹介した、という声も見ました。福岡に来る人に「ちゃんとした情報をわたせるツール」としても使っていただいているようです。
マップ機能もあるので、旅行客にとっては、道案内をしてもらえたり、今いるエリアで行ける屋台を探せたりするのがいいという投稿も目にしますね。

「AIおいちゃん」と技術進化の波に乗り、観光振興のDX化に挑む

――生成AIの活用に対する周囲の反応や、今後の展開で考えていることなどあればお聞かせください。

山喜多:屋台DXは、福岡市が市民向けサービスに生成AIを使う初の試みとなりました。行政が提供する情報は基本的に、100%正しいものでなくてはならない。そういう観点から、市民向けサービスに生成AIを活用することは難しいのは事実です。ですが、観光部門のこのようなサービスであれば使える可能性はあるという感触は得ています。まだ、サービスが始まって2ヶ月ほどなので、これからアンケート調査なども行って課題を抽出することになりますが、検証次第では他のサービスへの横展開の可能性はあるのかなと思います。

依田:「正しい情報を出す」という点について補足ですが、今回、生成AIの誤回答を防ぐ「RAG」という技術を使い、「与えられた情報の中から答えを生成する」というつくりにしています。一般的に生成AIは「何かを生成して答えを出す」ので嘘をついたり、存在しない屋台を勧めてしまったりする可能性もあるのですが、それを防止するのがRAG。今ある情報からしか答えを出さないようにして、答えられない場合は「答えられない」と返すようにしています。ユーザーからのフィードバック機能もあるので、「この屋台のこのメニューが美味しかった」という情報は適宜反映し、今後もっとリッチなAIおいちゃんになっていくと思います。
弊社の中でも生成AIのユニークな事例との評価を得ることができました。取材記事で取り上げていただいたり、国内外でのセミナーのトピックに使われたりしています。


――特に注目されているのはどういうポイントですか?

依田:屋台という古き良き文化と生成AIという新しい技術の融合が、他にはない事例と捉えられているようです。また、「博多弁」で答えを返すという点にも関心をもっていただいています。ただの問合せ対応ではなく、博多弁という要素を加えることで生成AIによる価値が生まれ、「博多らしさ」を表すことができる。こだわって作りこんだことで、生成AIの活用の新しい形を見せることができたのではないでしょうか。

技術は日々進化しているので、AIおいちゃんにはその波にしっかり乗ってもらうつもりです。今はある程度回答に制限をかけていますが、もっと自由に回答したり、会話ができるようにしたりするなどブラッシュアップしていきたいと思います。

山喜多:多分、僕らだけで考えていたら、そんな発想にはまったくなっていなかったでしょう。依田さんたちと一緒だったからこそ、こんなキャラクターを生み出すことができたんだと思います。

(プロフィール)
▼山喜多 洋一
福岡市経済観光文化局
まつり振興課 にぎわい振興係長
福岡県出身。2016年、福岡市職員として入職。これまでに、G20福岡財務大臣・中央銀行総裁会議における市主催レセプション担当、東京オリンピック水泳競技担当(東京オリンピック組織委員会へ出向)、世界水泳福岡大会競技担当を経て、2023年10月から屋台全体のプロモーション業務を担当。

▼依田 所花
LINEヤフーコミュニケーションズ株式会社
スマートシティ本部 福岡推進チーム 
京都府出身。2023年入社。行政や民間のLINEを活用したDX化の企画提案:プロジェクトマネジメントに携わる。屋台DXプロジェクト以外にも、JR九州との西九州新幹線「かもめ」開業1周年記念プロジェクト(https:// lycomm.co.jp/ja/pr/news/2023/073115)などを担当。

(文:阿部省子、写真:原史紘、編集:金澤李花子)