地域に合わせた仕組み作りを実現し、移動の課題を解決
――最初に「ゴイッショ」とはどのようなサービスなのか、教えてください。
中野:一言で言うと、「共同送迎」の仕組みによって、介護人材不足の解消と高齢者の移動手段の確保を支援するサービスです。
多くの介護施設は、施設ごとに車を準備したり、ドライバーを確保したりして、自分たちの施設の利用者のみを送迎しています。「共同送迎」は、その地域における送迎を共同化することで、より効率の良い送迎を実現します。
加えて、送迎の間の空き時間を、病院への送迎や食料品のお届けなどにも活用することで、介護分野だけでなく移動における地域課題の解決を目指すプラットフォームとなることを目指しています。
導入は自治体単位となり、その地域で共同送迎を運営する団体を作っていただき、各介護施設がその団体に送迎業務を委託する。そして、弊社が開発した共同送迎用のシステムを使って、運営団体に運行管理をしていただく仕組みです。
私たちは共同送迎システムの提供に加え、導入や仕組みづくり、体制構築、運営のサポートをしています。
――効率の良い送迎計画を作るシステムと、導入や運営のサポートが仕組み化されていることで、全国各地域で展開できるようなサービスになっているのですね。
中野:そうですね。ただ、それだけでなく、この仕組みをもとに地域ごとの特性に合わせたカスタマイズも可能なので、どの地域にも採用いただけるようなサービスを実現できているんです。
例えば香川県三豊市は、地元のタクシー事業者を巻き込んで取り組みたいという要望をいただいたので、運営は三豊市の社会福祉協議会、実際の運行はタクシー事業者が担うというスキームを作りました。
また、2023年度に実証実験を行なった滋賀県野洲市は、運行委託という形をとらずに、全て運営団体がドライバーの雇用も担う体制を作っています。
――これまでにどれくらいの地域で導入されているのですか?
中野:自治体と一緒に取り組む場合は、実証実験を経て本格運行という流れになっており、現在本格的に導入しているのは香川県三豊市のみです。
実証実験は2023年度に滋賀県野洲市で行い、今年以降の本格運行を目指しています。また、2024年8月には島根県出雲市で1か月間の実証実験を行っており、他に今年実証実験を予定している自治体が1つあります。
サービス開始当初は、私たちからご紹介する機会が圧倒的に多かったのですが、今年に入って自治体からの問い合わせが少しずつ増えてきており、実証実験をさせていただける自治体も増えてきているところです。
――共同送迎の仕組みによって、どのような課題解決に繋がっているのですか。
中野:大きく3つあります。1つ目が、時間やコストの削減です。送迎業務は、その計画の作成にも送迎自体にも時間がかかり、本来の施設内サービスを圧迫してきました。それを外部に委託することで、他の業務に時間を充てたり、車両を手放して車両の管理にかかるコストを削減したりすることができます。さらに、そうしたリソースを本来の施設内サービスに充てていただくことで、より高品質な介護サービスの提供ができるようにもなります。
2つ目が、事故リスクの低減です。送迎業務は介護施設の職員が行なっていることがほとんど。介護サービスをして疲れている中での送迎業務は、安全面でも精神面でも大きな負担となります。それを外部の専門ドライバーに担当してもらうことで、事故リスクの低減につながります。
そして3つ目が、介護人材の幅の拡大です。これまでは、送迎ができる人材を採用する必要があったのですが、送迎業務を委託することで、施設内サービスだけをする方も採用できるようになります。つまり、外国人人材や子育て世代の方など、採用できる人材の幅が広がるのです。
課題は車両ではなく送迎にあった。ゴイッショの開発秘話
――ダイハツ工業という自動車会社が介護サービス「ゴイッショ」の開発するに至った経緯を教えてください。
中野:ダイハツ工業は、軽自動車や小型自動車の製造および販売をしている会社です。その中でも、1995年からは軽の福祉車両のラインナップを始めていて、福祉車両7車種を現在も展開しています。この福祉車両をもっと現場の方に使ってもらいたいという考えから、ダイハツ工業の中で福祉介護分野の専門チームを発足させたことが始まりでした。
最初は軽の福祉車両の拡販を目的に現場でお話を聞いていたのですが、実際に現場で様子を見てみると、車の性能差以前に送迎業務の効率化にかなり負担を抱えていることがわかってきました。
そこで、送迎業務を効率化するサービスの開発を始め、2018年に送迎支援システム「らくぴた送迎」を販売開始しました。「らくぴた送迎」は一つの施設における送迎業務を効率化するシステムで、各施設とダイハツが直接利用規約を結び、運用は全て各施設に行なっていただく仕組みになっています。
「らくぴた送迎」は現在も介護施設から好評をいただいているのですが、一方で、個別の施設だけでは介護における移動や人材不足の問題の解決は難しいと現実的に見えてきた部分もありまして。そして2019年からはより地域全体に視野を広げ、自治体と連携しながら新しい取り組みを開始したのです。それが「ゴイッショ」のサービス開発につながり、2022年に販売を開始することとなりました。
――車の製造や販売を行っている車メーカーでありながら、こうしたサービスを提供することにどのような意義を感じていますか。
中野:「車メーカーとして」というより「ダイハツ工業として」の話になりますが、ダイハツ工業は、お客様に寄り添い、丁寧に車作りをしてきたメーカーです。それにより、車を購入することに対する敷居を下げ、市場の裾野を広げる役割を担ってきました。
言い換えると、自由に移動することの価値をより多くの人へ提供してきたということでもあると思います。そうした価値を提供してきたからこそ、人材不足によって移動が難しくなってきている福祉介護分野においても、自由に移動するという価値を提供する役割を担えているのではないかと考えています。
――ダイハツ工業として取り組んできたことの延長線上にゴイッショのサービスがあるのですね。開発において、特にどんなところにこだわりましたか?
井関:沢山あるのですが、共同送迎用計画を自動で作成する独自のアルゴリズムには特にこだわりました。
共同送迎の計画を作る際、車いす座席の有無や、軽自動車などの車種の指定、希望時間の指定などいろいろな条件があります。その条件を考慮しつつ、車両の台数を減らしたり、利用者の乗車時間を短くしたりするような移動の計画を人の手で作るのはかなり難しい。しかも、その計画作成の負担を軽減するような仕組みもまだ世の中になかったのです。そこで、共同送迎のアルゴリズムを私たちが独自で開発しました。
ただ、自動で計画を作成できれば良いのではなく、その計画が本当に使えるものでなければ意味がありません。ですから、そのアルゴリズムの精度には特にこだわって開発しましたし、今も様々なパターンのデータで評価を繰り返しながら精度を磨き続けています。
また、システムのUI面にもこだわりました。ドライバー向けのスマホアプリがあるのですが、ドライバーは高齢の方も多いので、普段スマホを操作する機会が少ない方でも直感的に操作しやすいUIでなければなりません。
まずは使ってもらい、その感想をドライバーに直接聞きに行ったり、送迎車両の助手席に乗せてもらって操作している姿を観察したりしながら改善を繰り返して作り上げてきました。
――UIに関して、これまでどういった変化があったのですか?
井関:まずは文字の大きさですね。また、観察していると、ドライバーの操作に対してアプリが反応しているのに気づかず、ボタンを連打していることに気が付いたんです。操作している感覚がなかったんですね。
そこで、操作できたことをリアクションで返すUIに改善しました。例えば利用者の自宅に到着して到着ボタンを押す際、「到着しました」という音声ガイダンスを追加しました。
――開発において苦労したことを教えてください。
中野:私たちは基本的に現地で活動しているので、新型コロナの影響はやはり大きかったですね。2019年から香川県三豊市と一緒に取り組みを始め、2022年4月に販売を開始できたのですが、2021年頃からしばらくは苦労しました。やはり、共同送迎は他の施設の利用者との相乗りにもなるので、そこに拒否反応を示される施設も少なくなかったですね。
当時は、できる限りリスクを抑えるため、拠点である関西から香川県に行く時は毎回PCR検査を受けたり、1週間ほど前に香川県に入って外部との接触を減らしつつ体調に問題がないか様子を見たりしていました。そのうえで、現地の移動は香川県ナンバーの車両を使い、地域の方に不安な思いをさせてしまわないようにも細心の注意を払っていましたね。少しでも快適にご利用いただけるよう、丁寧に信頼関係を築いていった結果、現在では地元に根付いたサービス運用ができていると感じています。
地域の“ひと”も“もの”も「ゴイッショ」に。サービスのこれから
――「ゴイッショ」という名前に込めたメッセージや思いを教えてください。
中野:ゴイッショという名前には、様々な思いが込められていますが、中でも私たちが大事にしているのは、「一緒に助け合っていく」という共助の観点です。地域のみんなで一緒に助け合うだけでなく、介護送迎の仕組みや特徴を最大限に生かし、介護以外の分野も含めて地域課題の解決も目指す。そんな人たちの共助によってより良い地域を実現する「ゴイッショ」でありたいという思いを込めています。
――サービスをリリースしてから、実際にどのような反応がありましたか。
井関:定期的に現地の施設に訪問して話を聞いている中で、今まで送迎業務にかかっていた時間を他の業務に充てることができるようになり、利用者のケアが以前よりもできるようになったという声が一番多く聞かれますね。
――利用者からいただいた声を取り入れてサービスを改善した点などはありますか?
中野:送迎に関する安全面やお客様のケアに関する改善の声はいただいたことがあります。ゴイッショとしては、その改善の声をもとに、ドライバーさんに対して、接遇や高齢者の乗降介助を私たちが指導できる体制を整えましたね。
共同送迎は道路運送法の中の「福祉有償運送」という枠組みを使っているんですね。福祉有償運送は、タクシードライバーのような専用免許ではなく、皆さんも持っている1種免許でできるんです。ただ、国交省が定める福祉有償運転者講習を大臣の認定機関で受けなければならないという決まりがあります。
サービスを始める前はその認定資格を持っていなかったので、外部の機関で講習を受けてもらっていました。しかし、ダイハツ工業としてもしっかりドライバーの教育をしていくことが共同送迎の質の向上にも繋がっていくと考え、福祉有償運送運転者講習ができる機関として認定をいただきました。
――UIもサービスの仕組みも、これまで改善を繰り返してきたのですね。今後、サービスの展望をどのように考えていますか。
中野:ゴイッショのコンセプトは、介護送迎の仕組みや特徴などをフル活用し、地域の移動課題解決を目指す「共同送迎プラットフォーム」です。
ただ、香川県三豊市では共同送迎の部分は社会実装できたのですが、間の時間の活用はまだできていません。今後は買い物の支援や宅食サービスなどもかけ合わせていきたいと考えています。そうして三豊市での取り組みを皮切りに、共同送迎プラットフォームにどんどん近づいていきたいですね。
[プロフィール]
中野公輔
コーポレート統括本部 新規事業戦略室 地域移動サービスグループ
総合電機メーカーの研究開発部門を経て、2018年1月にダイハツ工業に入社。
2021年から現業務に従事し、香川県三豊市で共同送迎の実証実験を企画・実行。その後、新規事業の「ゴイッショ」を立ち上げに関わる。現在は、“移動を通じて地域を良くし、暮らしを豊かに”のビジョンのもと、「ゴイッショ」の全国普及に向けて活動中。
井関良太
コーポレート統括本部 新規事業戦略室 システムグループ
インフラ企業を経て、2018年1月にダイハツ工業入社(中野とは中途入社で同期)。
入社後、交通空白地域での移動サービス実証、同地域での自動運転実証を企画。
2021年より現業務に従事。システムの更なる進化と新たなサービスへの事業展開に向けて活動中。
ゴイッショ公式サイト:https://www.daihatsu.co.jp/goissho/
(文・安藤憧果、写真・田中詢也、編集・高山諒)